第二十話 +登場人物まとめ
※
「おい、誰か買えたやつはいないのか」
「俺が買ったよ、何しろ世界初のクイズだからな。1500ディスケットだけど安いもんだ。それにこの問題文の書き起こし、紫晶精のボタンが押された地点まで記入してある。こういうのは初めて見るな……」
「銀写精の平面動画だけど、記録体も売ってたぞ、いまどんどん複製してるらしい」
「マジかよ、あとで買ってこないと……」
シュテンに住まう少年、石は屋根の上にいた。
学舎を繋ぐ渡り廊下の屋根。ここは身が軽い子どもたちの通路となっており、石は学生たちの言葉に耳を澄ましている。
胸を満たすのはクイズの熱狂。
学内のすべてを束ねたような盛り上がり、まだ幼い石は頬を真っ赤にして、興奮の只中にいる。
「石、こっちだ」
呼ばれる。見れば地学部棟の屋根に何人かの子どもたちがおり、石は瓦の上を走ってその集団に合流する。
「おいみんな! すげーぞ! いま虎窯がクイズ対決してるんだ! 今の代表たちと「三悪」が戦ってる!」
「知ってる、向こうで記録体を上映してるらしい。見せてもらおうぜ」
紅色の瓦屋根を渡り、たどり着くのはどこかの空き教室。女子学生らが20人ほど詰めかけ、教授らしき妙齢の女性もいる。
石たちのような町に住む子どもたちもいた。隅の方に何人か固まっている。何かしらの不文律でもあるのか、誰もその子どもたちの存在を気にしていない。
「そうですね、今の早押しは本当にお見事です」
編み上げた白髪の女性が解説する。
「寒い地方ほど動物の体が大きくなる、ディア=ルクレインの法則と呼ばれるものてすが、それは500年ほど前、ガガナウルの高山帯に住む少数民族がすでに気づいていました。その対象はイワオオカミという大型の獣なんですね」
「すごいですね、虎窯ってサークル内部でしか戦わないから、実力を疑う人もいたけど……」
「噂だけど、この甲虫とかいう幹部の人たちって科典で九割超えてくるらしいよ」
「うそ!? 私なんかこないだの模試で3割も行かなかったよ。九割なんて可能なの!?」
「えっと、確か統括書記官の劉信さまが満点取ったとか……」
「科典って何だっけ?」
「あれだろ、役人になるための試験か何か」
子どもたちは映像の方に集中したいのだが、女子学生たちは噂話で盛り上がっている。
「先生、九割なんて可能なんですか?」
「それは……どうなんでしょうね。摩筆百節といって、筆が擦り切れるほどの勉強を百の季節、つまり25年続けてやっと一人前、という言葉もあるけれど」
「うそー! そんなに勉強したらお婆ちゃんになっちゃうよー」
「いいのよ一人前なんか目指さなくて、4割も取れれば地方官吏にはなれるんだから、アタシは5割目指してるけど」
子どもたちはのそのそと床を這って、見やすい位置を確保しようとする。
画面をよく見れば気になるものも多い。後ろの方に座っている虎の毛皮をかぶった男もそうだし、三悪と一緒に戦ってる、すみれ色の髪の女性は何者なのだろう。
そうして動いていると、ぐう、と音が鳴った。
「うぐっ」
石の腹の虫である。暗くしてある中で顔を真っ赤にして、教室の後ろに下がる。
昨日は食堂でパンを貰えたが、少年たちのルールによって、同じ人を何日も頼ることは避けねばならなかった。今日はほとんど何も食べてない。
「君たち、お腹すいてるの?」
女子学生の一人が振り向く。石たちは少し身構える気配を見せたが、学生たちはうなずき、飴玉の入った袋を出してくれる。
「ほら、これあげる。少しだけど焼き菓子もあるよ」
「よければ他の子どもたちも呼んできなさい。普段はあまり施しはできませんが、今は非常時ですからね」
教授らしき女性は立ち上がり、部屋の隅から金属の容器を持ってくる
中には金色の液体。竹を切った容器に注げば、この時代にはどこにでも漂っている甘い香り、蜂蜜の香りがふわりと広がる。
「なにこれ、蜂蜜の匂いだけどお茶みたい、全然ねばついてない」
「錦雲花蜜ですよ。嗜好品ですからあまり見ないかも知れませんね」
「うわっ、これがそうなんだ、初めて飲むよ」
石と、その仲間たちも蜂蜜を飲む。濃厚な甘さだが口の中でべとつかない。華から一気に抜けていく花園のような芳香と、どっしりと胃に落ちる満足感。そして早くも背中からほかほかと熱くなる感じがする。
「それだけ飲むのはあまり健康に良いとは言えませんが、今は活力を得ておくほうが大切でしょう」
「でもお婆ちゃん、いいの? いま食料もないって聞いてるぞ」
「ええ、実は私は戦時貯蔵庫の管理もしてましてね。少しだけ調達してこれるのです」
「え、教授、なんですかそれ? 初耳なんですけど」
学生たちの視線が集まり、教授は余計なことを言ったかという反省を目に浮かべたが、それもやはり非常時であるからと、割り切った気配を見せて言う。
「シュテン大学が戦時下には要塞となることは知っていますね? そのために大学内には食料と蜂蜜の蓄えがあるのですよ。学内で何人かがその管理を任されています。私の管理してる場所だけで、大樽に30もの蜂蜜があります」
「へー! 全然知らなかったー!」
「シュテンは朱角典城に次ぐ国の中枢ですからね、いろいろと一般の学生が知らないこともあります」
教授は壁に写ったクイズの様子を見て、そこにいる人物たちを指さす。
「たとえば虎窯もそうです。彼らが占拠しているという白納区は本来は大学の施設ではありません。元々は古代神である華彩虎を祀る施設があるとか、何か禁忌なるものを封印してる場所とか言われています」
「ええ!? そんな話聞いたことないですよお」
「三十年ほど前までは、虎窯もまだなくて、白納区は国が管理していました。どんな施設があるかは知りませんが……」
と、そこで教授ははてと首をひねる。
「そう言えば、白納区には結局何があったのでしょうね……。年に何度か、ゼンオウ様もそこに行かれていたようですが……」
※
時は少し戻る。
シュテンの片隅、極彩色の妖精が舞い、着飾った女性の足元を照らす歓楽の路地。その桃色の看板の奥にて。
「地底クイズとは禁忌のないクイズだ」
梟夜会の面々を前に、語るのはセレノウのユーヤ。
彼以外の者は一度店外に出てもらった。2回戦、3回戦の勝負内容は、虎窯側とほぼ同時になるように告知したいのだという。
「どんなジャンルでも出題する。例えば淫猥な事柄、芸能人のスキャンダル、犯罪者や犯罪行為について、薬物や武器について、表の世界では扱えない知識すべてが出題範囲となる」
「それは……一部の雑学本とか、ゴシップを扱った雑誌なんかに、まれにそういうクイズも載ってるけど……」
鈴鈴はテーブルに腰掛け、足を組みつつ考える。
「メディアで扱ってるのは見たことない……勝負として成立するかしら」
「虎窯の代表はどんなクイズでも受ける、と言った。それだけ自信があるんだろう」
サークルのメンバーが、互いにひそひそと言葉をかわす。
「アダルトなクイズってことだよねえ。パルパシアならそういうクイズもあるって聞くけど、できるかなあ」
「資料がないわね……売店に『週刊フルーツキャンパス』とか『裏情報の森』売ってたかな……」
「犯罪史なら図書館に……性病とかもアリだよね」
「クイズの方はそれでいいわ」
雑然としかける場を、鈴鈴が引き締める。
「勝負形式は?」
「そうだな……長文クイズの後だから、ボリューム感が欲しい。20問先取でどうだろう。一問一答だけじゃなく、映像クイズや音楽を使ったクイズがあってもいい」
「わかったわ、やってみましょう」
そしてユーヤに流し目を送る。
「選手への告知をぎりぎりまで遅らせたいと言ったのは作問のためね? シュテンが広いと言っても資料には限りがある。どちらかの陣営が先に勝負内容を知ってしまえば、資料をかき集めて独占されるからと」
「……そうだね、そんなとこだ」
「すぐに取り掛かる。第一試合の長文問題の方がずっと大変そうだから……人手をうまく分けないとね」
「よろしく頼む……できる限り豪華に、最大の盛り上がりを目指してくれ、できれば一回戦と二回戦は会場を分けて」
そう告げるユーヤを、鈴鈴はちらりと見る。猫のような三角の流し目。品定めするような、隙をうかがうような視線が飛ぶ。
「別会場にするの? それはどうして?」
「学生たちがだいぶ不満を溜めてる。暴動に発展するのを食い止めたいんだ。複数会場にするほうが多くの学生を巻き込める、なるべくクイズの方に注意を向けたい」
「……」
それは一理あるだろう。シュテンの学生たちは例に漏れずクイズ好きばかり。大陸で初めてのクイズとなれば注目度は否が応でも高まる。
しかし大学は広く、準備時間が短いために告知に限界がある。複数会場にすれば、ある程度それを補える。
だが、それだけだろうか。
「……この地底クイズ、あなたたちに有利なのは間違いないんでしょうけど、それだけよ。大会の運営はきっちりやる。手心はいっさい加えないし、どちらも贔屓しないからね」
「もちろんだ」
「……けっこう」
もう少し、この奇妙な男を詰問してみたくもあったが。
それは自分のやることではない、という意識も働く。クイズサークルの代表として、自分の体をプロ意識が支配し始めていた。
「すべて承知、じゃあ試合時間にまた会いましょ」
「ああ……」
※
「地底クイズ、ですか、すごい戦いになりそうですね」
白納区、禁書管理地とか聖地とか呼ばれる不可思議な縦穴。
大きな階段に差し向かいに座って、桃は雨蘭と打ち合わせていた。
「地上波で一番過激な番組というと、「今夜も脱ぎっぱなし」とかでしょうか。パルパシアの双王がプロデュースされてるとか」
「あれもかなり攻めておるが、過激すぎてお蔵入りになった企画も多いのう。ディレクターが放送するなら死んでやるとか言うもんじゃから、さすがに気の毒での」
桃ははてと首を傾げる。
「とても、お詳しいん、ですね。パルパシアだとそういう噂も聞けるんでしょうか」
「う、ま、まあそんなとこじゃ。たまたま知り合いがラジオ局にいるもんじゃから、そこから聞いたのじゃ」
「なるほど……」
眼の前に広がるのは雑誌の河。ピンク雑誌にゴシップ誌、アングラな情報を扱った雑誌などが並ぶ。
「私は、禁書、と呼ばれてました。こういう、正式に保存されない本に、興味があったんです」
「気が合うのう、我もじゃ。これなんか好きじゃの。背広ビリビリ先生のエロコラムは芸術じゃと思うておる」
「あ、わかります。その先生は別名義を盗作ブチコロとか、ピンピンキリキリとか言うんです」
「なんと!? あれは同一人物じゃったのか?」
「はい、この本の著者近影でそれが明かされてて……」
桃は己のコレクションを嬉々として語る。それは双王たる目から見てもかなりの水準だった。
「確かに、私達に、有利なクイズです。これなら、あの黒い学朱服の人たちに勝てるかも」
「そう簡単にはいかんじゃろうな」
袋とじを定規で開けつつ、雨蘭が言う。
「そう、ですか?」
「あのムチムチが服を着てるような女がおるじゃろ。睡蝶というが、あれは確かに一流のクイズ戦士なのじゃ。本調子が出せなかったようじゃが、それでも学生に後れを取るはずはない」
「……というと、あの方たちが、本当に強い」
「そうじゃ。そしてユーヤもそのぐらいは計算に入れておるじゃろう。このクイズ、我らに有利となる仕掛けは他にもあると考えるべきじゃ」
「そ、そうなんですね。じゃあユーヤさんに聞かないと」
その言葉に、しかし雨蘭からは重めの沈黙が返る。
その急な沈黙に桃が戸惑っていると、分厚い布団を押しのけるように、ゆっくりと唇が開かれた。
「あれは言わんじゃろうな。言う気があるならもう言っておる。それはあやつなりのルールに触れるのじゃろう」
「そう、なのですか?」
「逆を言うなら言う必要がない。我らならそれに気付けるとユーヤは踏んでおるのじゃ」
「……な、何だか、雲をつかむような話です。大陸で初のクイズで、しかも作問は梟夜会がやるのに……」
(そうじゃ、その点が問題)
これまでも何度か見たユーヤの流儀。雨蘭は自分ならそれを読めると考えていた。
(何もかもすべて意味があると考えるべきじゃ。ジャンルだけではない。作問を任せた団体、試合の行われる段取り、我らが二回戦目であることにも意味があるのか……?)
「読み切ってみせようぞ」
それは、細く小さな声。
それでいて、銀の針のような強さを秘めた声だった。
「それができねば、あやつの隣にいる資格は……」
ここまでの登場人物まとめです
正確には舞台に出てきてない人物も含まれます
【ユーヤ】
異世界人、様々なクイズに通じる
かつての名は七沼遊也
【見翁 ゼンオウ】
ラウ=カン伏虎国の王、山に入って身を隠したとされる
【睡蝶 スイジエ】
豊富な知識を持ち、武にも通じている女性。ゼンオウとは婚姻関係
【雨蘭 ウーラン】
パルパシアの双王の片割れ、身分を隠すためにラウ=カン風の名を名乗っている
【劉信 リウシン】
ラウ=カンの統括書記官であり文官のトップ。ゼンオウが隠れて以降、内政を取りまとめている
【虎煌 フーコウ】
クイズサークル「虎窯」の現在の代表、虎の毛皮で顔を隠している
【甲虫、羽虫、鱗虫、土虫、糸切虫】
虎煌の部下であり、現在の虎窯の幹部、クイズと武に並々ならぬ実力を持つ。
【陸 ルウ】
クイズサークル「虎窯」の前代表。「三悪」と呼ばれる一人であり、「悪癖」の異名を持つ、若々しい青年
【猫 マオ】
「三悪」の一人であり、「悪問」の異名を持つ。理知的な雰囲気の女性
【桃 タオ】
「三悪」の一人であり「悪書」の異名を持つ。美人だが引っ込み思案な女性
【鈴鈴 リンリン】
クイズサークル「梟夜会」の代表。黄色の紅柄を着ている
【モンティーナ】
セレノウの上級メイド、妖艶な雰囲気の女性、真紅のリボンが目印
【マニーファ】
セレノウの上級メイド、幼い印象とピンクのリボンが目印、モンティーナの妹
【石 シー】
いわゆるストリートチルドレン、シュテン大学に住み着いており、何人かの仲間がいる
【草森葵】
膨大な読書量をこなす知識タイプのクイズ王、大学時代の七沼遊也の知人




