第十七話 +コラムその16
「どうかしましたか? 食べられないもの食べすぎたみたいな顔ですが」
そんな軽口をよこす劉信に、ユーヤは胡乱げな目を向ける。
「君が黒幕だったら分かりやすかったのに、と思っていた」
「えっ私がですか? どういうことです?」
その問い返す様子には、ユーヤの見る限り驚きの感情が見えない、そのぐらいは予想していたのか。
「ゼンオウ氏は君のコントロール下にあった。君はゼンオウ氏を……金様燈路とか言ったか、ともかく山に追いやった。それと同時に数ヶ月前から虎の毛皮をかぶって虎窯の首魁となり、組織を掌握。シュテン封鎖のテロ行為を起こして、かつ火を放つ。シュテンの焼失によりゼンオウ氏は乱心と見なされ権威が失墜、文官による統治が現実味を帯びる。ついでに邪魔な睡蝶を始末できる」
「はー」
のけぞるように首を後ろにそらし、感嘆の声を上げる。
「すごいアイディアですね。実践しよかな。あ、でもそれなら、私はこんなとこに来ないで封鎖の時点で刺客でも送り込むべきでは?」
「そうだよ」
劉信のとぼけた調子に多少の苛立ちを見せつつ、ぞんざいに答える。
「疑われてることぐらい分かってるだろう。朱角典城を掌握してるのは君らしいな」
「誤解ですよ。ゼンオウ様がお隠れになったとしても、私みたいな若輩が掌握できるほどラウ=カンは甘くありません。妖怪みたいな爺さんがたくさんいますからね。いや爺さんみたいな妖怪かな?」
発音は明瞭、ユーヤの見る限り感情の揺れもない。なさすぎる、と言えなくもないが、ユーヤもまだはっきりと判断がつかない。
「君は口数が多すぎる。何かをごまかしてると思われても仕方ない」
「そうですかね普通ですよ。ユーヤさんは物静かだから喋りまくる男が苦手なだけです。会話なんて必要のない部分がほとんどですよ。必要最低限の言葉で済まそうとするから余計な会話がすべて怪しく見えるんです」
それは痛いところを突かれたのか、ユーヤはやや渋い顔をする。
「……シュテンに火を放つ準備をしてるらしいじゃないか。火薬や、妖精を呼ぶ準備を」
「できるなら止めたいと思ってますよ。でも仕方ないじゃないですか小役人なんですから。フリだけでも準備するそぶりを見せないと、ゼンオウ陛下の命令に逆らうのかって上から下から小突かれるんですよ。おちおち便所にも行けません。誰がどこで槍を構えてることか」
「……」
ユーヤはこの舌が三枚ほどありそうな男とどう向き合うべきか、少し見失いがちであった。事態の黒幕であってくれれば楽だったのだが、話すほどに混乱してくる。
「君自身はどう思ってるんだ。シュテンを焼き払うのが嫌なら、君が職を失う覚悟で阻止するべきだろう。それが本当の忠誠心じゃないのか」
「うーむそれは手厳しい」
頭痛に悩むようにこめかみに手を当て、学朱服の袖をひらひらと揺らす。
「実のところ、ゼンオウ様のご意志に沿ってあげたい気持ちはあるんですよね」
少し声のトーンが変化した。偏屈そうな異世界人の眼が油断なく向けられる。
「私は地方の貧乏貴族の出でしてね。父は小さな公営図書館の館長を務めていました。そのせいで子供の頃からたくさん本を読みました。どこかに色事の本でもないかと、もう目を皿にして」
「……名家の跡取りと聞いてるが」
「そこは後で話します。まあ私は本は好きでしたが、科典を受ける気は無かったんですよ。地方役人が自分の器だと思ってましたからね。ですが10歳の時、地元の新聞に寄稿した論文がなんとゼンオウ氏の眼に止まったとかで、紅都ハイフウに招かれたんですよ。ゼンオウ様は跡取りのいなかった劉家への養子縁組を勧めてくださり、名門の塾も紹介してくださった。そうして5年後に科典に合格したのです。夢のようでしたよ、いつか夢が覚めるんじゃないかと毎日ビクビクしてました」
劉信のその語り口は自然そのもの。ユーヤはけして直感だけを重んじているわけではないが、少なくとも今の劉信に偽りの気配は感じない。
「つまり大恩人なんですよ。恩を受けただけでなく、その知性と、高齢でありながら矍鑠たる振る舞いを尊敬しておりました。抱かれたい男一位でしたね」
そして劉信は感慨深げに目を細め、シュテンの街を見る。鮮やかな朱色に染まる町。研究所に図書館、私塾なども敷地内にひしめく学問の街である。その赤に誰かの面影を探すかのようだった。
「ゼンオウ様は言われました。お前は私の理想に近づけると。より知識を磨いて武も極めて、完全なる人間になれと。頑張ったんですよ私。この口調だって努力のうちです。すべてゼンオウ様の期待に応えるためですよ」
「……完全な、人間」
「だからもう、焼きたいなら焼いてもいいんじゃない? ぐらいは思うんですよね。もともとゼンオウ様の築かれた大学ですし、80年ほど経っててガタの来てる建物もありましたから。すべて立て直すってのもいいんじゃないですか。予算としては2、3000億ってところでしょ。何とでもなりますよ。劉信大学とか名付けようかな」
ぽん、と手を打ってみせる。
「あ、もしかするとゼンオウ様もそのつもりだったのかも。あの大学もう古いから焼いて建て直せって。これいいと思いません? 他の官僚を説得する道具になるかな」
「もういい」
ユーヤはかぶりを振る。
「もし本当に焼くなら、君にはその前に仕事があるだろう」
「仕事と言われると……」
「大学を焼いたからって、ゼンオウ氏の消し去りたいものがすべて消えるとは限らない。あの縦穴の奥にあるものは焼け残るかもしれない」
縦穴、という言葉に劉信の眉が少し上がる。
それをユーヤは見逃さなかったが、なぜ彼が驚いたのかの理由は分からない。
「あの、縦穴ってもしかして禁書管理地ですか? 地の底へ伸びる暗い穴、書架を脇に見て下ること三千丈、なお闇の深く道の絶えることなき……」
何らかの詩を引用したようだが、むろんユーヤに分かるわけもない。ユーヤは相手の様子を観察しながら話す。
「そうだよ。知らないのか」
「いえ聞いたことはあります。でも実在すると思ってませんでした。ラウ=カンでは本を焼くのはタブーなので、本を処分するときは「穴に捨てる」と言うんです。その穴はラウ=カンのどこかにあって、代々の皇帝が管理していると、そういう怪談話じみたものが……」
「普通にあったぞ……虎窯のメンバーがそこに住み着いてたし」
待てよ、と、ユーヤは思う。
――こんな穴、聞いたことないネ……。
――しかもこの深さ、紅都ハイフウは海に面した土地ネ、その近くにこんな縦穴ができるわけが……
(そうだ、確かにそう言っていた)
(睡蝶も穴の存在は知らなかった。あるいは伝説の存在とだけ思っていた)
(これは何を意味する? そう、虎窯だ。生徒の噂で聞いた、白納区にある古代遺跡とは禁書管理地のことではないのか)
(虎窯はあの穴を発見し、そして世間からは隠していた……)
(違う、もっと前だ。あの穴を封じたのは……)
「そうか、ゼンオウ氏だ。ゼンオウ氏は禁書管理地を封じるために、この場所に大学を建てた」
「何ですって?」
「ゼンオウ氏はこの大学の学長でもあったしな。彼が消し去りたいものは禁書管理地にあるかもしれない。「鏡」に関する何かだろうか」
「なるほど……そこを調べなければいけませんね。おっと、そうなると今は手薄ですよね、虎窯のメンバーは門を固めてて白納区にいませんし」
劉信は立ち上がり、懐中時計で時刻を確認する。今は昼時。太陽は中天にありき。
「…………」
ユーヤはその様子を見て、何故か目に影が降りた。テーブルを指で叩いて注意を引く。
「もし……君が本当に黒幕じゃないなら、ここで引き返した方がいい」
「はい……?」
「君が黒幕じゃないなら、事態の中心にいるのはゼンオウ氏だ。この大学の存在も、今の封鎖という事態も、あるいは睡蝶も、君すらも、ゼンオウ氏から始まっている。山に隠れてなお、その存在感が消えない」
「はあ、まあ国王陛下ですからねえ。コインにもなってますから、いつも財布の中から見守ってますし」
「そしてゼンオウ氏は基本的には間違ってる。完全な人間を求める発言がしばしばあるが、この世に完全などあるわけがない」
「……」
劉信は、この軽薄を装った底の知れない男は、その時はじめて表情を固くするかに思えた。
それは無意識レベルの表情筋の動き、すぐに弛緩した顔つきに戻る。
「絶対にありえないものを求める、それは歪んだ考え方だ。もしこの先に踏み込んで、ゼンオウ氏の心の深層に触れることがあれば、そこにはきっと良くない……」
「ユーヤさん、大丈夫ですよ」
それは安心させるためというより、それ以上の言葉を拒むような発言。
「ゼンオウ様に見出された私です。ゼンオウ様の真意が分からないなら、最後までそこに近づこうとするべきでしょう。では」
そして別れの言葉も省略し、彼はその場を立ち去る。その姿が雑踏に消え、気配の名残も観客の熱気に飲み込まれ、そしてクイズはまだ続いている。
「さあ、これで9対6、いよいよリーチとなりました!」
体内にうごめく形のない不安。
それから逃れるかのように、ユーヤはステージへと意識を向けた。
「果たして虎窯側が勝負を決めてしまうのか! では問題です!」
コラムその16 群狼国ヤオガミその2
群狼国ヤオガミ、ズシオウのコメント「ここでは大陸とは異なる文化の息づく国、海の果ての戦乱国家、ヤオガミについて解説させていただきます。なんと第二弾ですよ」
フォゾス白猿国、コゥナのコメント「コゥナ様も手伝おう。あとフォゾスの話も面白いんだがな……」
・ラウ=カンとの関わり、貿易について。
ズシオウ「以前からラウ=カンにはヤオガミの漂流者などが流れ着いていました。東に国があることは把握されていたようですが、時の権力者はあまり関心を示さず、交流もなかったようですね」
コゥナ「それというのも行く方法が無かったからだ。ヤオガミ周辺は海流が複雑で風の道もない。大乱期にラウ=カンやハイアードなどで造船技術が発達し、灯台船など航海術も進歩したために交流が持てたのだ」
ズシオウ「今では多くの船が行きかって貿易を行っています。主な交易品は魚介類、木材、陶器や武器、お茶などです」
コゥナ「現在はラウ=カンがほぼすべての貿易を独占している状態だ。地方豪族がハイアードやシュネスと貿易してるという噂もあるがな」
ズシオウ「はい、地方豪族のナナビキ様などはヤオガミの新聞社にすっぱ抜かれたこともあるんです。夜の写真でしたが、ナナビキ様の船を囲むように、外国に発注したと思われる大型船が何隻も」
コゥナ「大変な話だな」
ズシオウ「ナナビキ様はそれは船ではなく、海坊主に囲まれてたんだと主張されてます」
コゥナ「言い訳がすこしかわいい」
・文化と芸能
ズシオウ「ヤオガミには大陸にはない文化があります。茶の湯に水墨画、石を愛でる妙石、庶民の芸能である砂州話芸、それと映画ですね」
コゥナ「映画? 映画なら世界中にあるだろう」
ズシオウ「ヤオガミでは映画に動きや音をつけてはいけない、という法律があるんです。そのため藍映精ではなく、銀写精の静止画による映画しかありません。演劇と競合しないようにそんな法律ができたとか」
コゥナ「なんと……」
ズシオウ「でも面白いですよ。弁士の方が場面を説明するんです。ただやはり大陸産の映画を見たいという声もあって、藍映精のものが見られる映画館も全州に二箇所だけあります」
コゥナ「ああ弁士か、「千夜を語る」という映画で見たぞ、ヤオガミを描いた珍しい映画だ。サムライも出てたな」
ズシオウ「……あれのヤオガミ観ってだいぶ間違ってて……監督はヤオガミではお尋ね者です」
コゥナ「……」
・まとめ
ズシオウ「ヤオガミは一般の観光客を受け入れていませんが、それも今後は変わっていくかも知れません。ぜひ興味を持っていただければと思います」
コゥナ「フォゾスも良いところだぞ。観光客を受け入れてる集落も多いから、一度来てみるといい」
コゥナ「まあフォゾスは観光地魅力度ランキングで毎年最下位だがな……」
ズシオウ「あまり気にしないほうが……」
コゥナ「森しかないとか、サラダみたいな国とか言われてるんだ……」
突然ですが、諸事情により更新を1、2週間お休みさせていただきます
その間は止まっていた別の連載を更新したいと思います
まことに申し訳ありません




