22 ドレス
屋敷に帰ると、殿下からの贈り物であるドレスが届けられていたのですが。
広げられたドレスを見て、私は唖然としました。
どうして、十着もあるのですか?
授与式と夜会で、一着ずつあれば良いと思うのですが。
そもそも、この数を仕立てるには時間がかかったはずです。地下書庫へ行った後に注文したなら間に合わなかったでしょうし、殿下はいつこのドレスを注文したのですか……。
仕立てるには私の体のサイズが必要ですが、両親が簡単に娘の情報を渡すはずがありません。そう思うと殿下が初めて我が家に来た日、両親とは初対面ではなかった疑惑すら浮かんできます。
「お母様、殿下とはいつからお知り合いに?」
「あらミシェル、殿方からの贈り物を詮索するなんて無粋よ。こういう時は何も知らない顔で、喜んでおきなさい」
上手くかわされてしまいましたが、お母様の言うとおりかもしれません。
殿下からいただいた初めての贈り物ですし、驚きはしましたが本当は嬉しいです。
当日はこちらのドレスを着て、殿下にもう一度お礼を言いたいです。
勲章授与式の当日。
「ミシェルお嬢様、いかがでしょうか?」
「わぁ……」
鏡の中の私は、まるで別人で。
いつもはもっさりとした印象のウェーブがかった髪の毛ですが、三つ編みがカチューシャのようになっていて顔周りがすっきりとしていますし、初めて施されたお化粧により幼い雰囲気が消え、気恥ずかしさを感じるほど大人っぽく見えます。
ドレスは殿下が贈ってくださった中で、最も地味なものを選びました。
私の勲章授与はおまけみたいなものだと思っているので、主役の皆様より目立たないようにと思いまして。
グレーの生地に白いフリルのドレスなのですが、腰に天使が羽を広げたようなデザインのリボンがついていて、とても可愛いのです。
このリボンは、どのドレスにもどこかしらについていたので、デザイナーがこだわった部分のようです。
「お嬢様、本日はこちらをお持ちください」
最後の仕上げとばかりにメイドが持ってきたものを見て、私の気分は一気に沈みました。
「……いらないわ」
「ですが社交界で粗相があれば、お嬢様の名に傷が……」
「ゆっくり歩けば、大丈夫よ」
メイドが差し出した杖を忌々しく思いながら、私は視線を逸らしました。
この杖は、魔法を使うためのものではありません。
人を支えるための杖で、ご老人がよく使用しているものと同じです。
私は魔力の流れが悪いらしく、生まれつき右の足首に力が入りにくいのです。お兄様曰く、足首に魔力が溜まっているので、動きを阻害しているのだとか。
いつか改善方法を見つけるとお兄様は約束してくれましたが、私はこの体質にあまり不便を感じていません。
それでも使用人たちはおおげさに心配して、いつも私に杖を持たせようとするのです。
使用人との押し問答の末に勝利を勝ち取ったところで、殿下がそろそろ到着されると知らせがありました。
今日は王城へ行くのに、殿下はわざわざ迎えに来ると約束してくれたのです。
お出迎えするために玄関から出て待っていると、二頭立ての白馬が引いている白い馬車が到着しました。
馬車の扉が開き、地面へと降り立った殿下は、さんさんと降り注ぐ日の光を浴びて黒髪が艶やかに輝き、白を基調とした素敵な衣装がさらに彼を引き立たせています。
王子でした。
殿下はまぎれもなく、王子様でした。
今まで制服姿しか見たことがなかったので、王子らしい姿の殿下を前に、私の心の奥底に眠っていたミーハー心が、突如目覚めてしまいました。
もし学園の女子生徒たちがこの姿の殿下を見たら、卒倒する方が現れてもおかしくありません。
私も「きゃー!」と叫びたいのを必死にこらえながら、殿下がこちらへ来るのを待ちました。
後は殿下の完璧なスマイルを見られたら、私はもう思い残すことはありません。
そう思いながら殿下を見つめていると、彼は私の少し手前で立ち止まりました。
どうしたのかと思っていると、殿下は私から少し視線を逸らしました。
「今日のミシェルは、直視していられないほど綺麗だね」
よく見れば、殿下の頬が少し赤くなっています。
彼のそんな姿に、張り切っておめかしをした自分が急に恥ずかしくなってしまいました。
褒めてくれるのは嬉しいのですが、殿下の頬まで染める意図はなかったのですっ。
「殿下こそ、今日はとても素敵だと思います……」
「ありがとう。ミシェルに褒めてもらえると、幸福な気持ちになれるよ」
幸福を周りにまき散らしているのは、殿下のほうですよ。
微笑む姿が、あまりに麗しく。私と同じ気持ちであろう我が家のメイドたちから、小さく悲鳴が上がりました。
「あのっ殿下、素敵なドレスをありがとうございました」
馬車に乗ってから真っ先にお礼を伝えると、殿下は私が着ているドレスを改めて眺めながら満足そうに微笑みました。
「気に入ってくれたなら、俺も嬉しいよ」
「はい、特にリボンが可愛いと思いまして」
「それは、リクエストしてデザインしてもらったんだ」
「殿下がですか?」
「うん。俺の天使だから」
彼はそう言いながら愛おしそうに、私の髪の毛をなでました。
殿下の天使というと、思い出すのは図書室でのジル様との会話なのですが。
あの時の殿下は、堂々と天使を得たいと宣言していませんでしたか?
つまり、殿下が得たいと思っている天使とは、私のことなのですよね……。
周りからは婚約についての話題が出ていましたが、殿下の意向を知ったのはこれが初めてです。
側室問題や公務問題を突きつけられてきましたが、今は単純に嬉しいという気持ちで心は満たされてしまいました。
私、殿下との未来を夢見ても良いのでしょうか……。





