第43話 お父さんっ!?
女の子は安堵の笑みを浮かべ、たたたとお父様に走り寄ると、お父様の片足にひしっと抱きついた。
「おとうさん、なんでむかえに来てくれなかったの? おかあさんがっ、おかあさんが、しんじゃったよう!」
見る見るうちに涙声になった女の子がお父様を責めたてる。
「は? えっ? な、なんだっ」
お父様は突然の出来事に目を白黒させながら、足にへばりついた女の子の肩に手を伸ばしかけて、途中でピタリと手を止めた。
その時になって初めて、その女の子の髪が自分と同じ赤毛だということに気が付いたようだった。
「お、お父様……」
「おとうさま……」
お兄様と私は驚きながらも、その女の子が私によく似ていることに気が付いていた。
赤い髪も、琥珀色の目も、顔立ちだってどことなく似ている。
私は誰もが認めるお父様似だ。
髪も目も、お父様から受け継いだ色なのだから。
「あ……、あなた……?」
声のした方を視線を移すと、お母様が血の気の引いた顔で女の子を凝視しているのが見えた。
「ヴァ、ヴァイオラッ!」
「これは……、いったい……?」
わなわなと震えながら、声を絞り出すお母様の姿が痛ましかった。
「ご、誤解だっ! 俺はこんな子は知らないぞ!」
「おとうさんっ!? なんでマルティーナのことしらないなんていうの? うわああああん!」
お父様に拒絶されたマルティーナと名乗る女の子は、声をあげて泣き始めた。
「マルティーナ!? あなたの亡くなられたお母様のお名前ではありませんかっ! まさかこの子は、本当に、あなたの……?」
お母様は最後まで言えず、今にも泣きだしそうに顔を歪めた。
「その子、チェリーナに似ています。髪の色も目の色も、チェリーナと同じ……」
「チェレス、俺の子ではないぞ! 俺が愛しているのはお母様だけだ!」
私と女の子の類似点を指摘するお兄様に、お父様は必死に言い訳をしている。
「……愛がなくても子どもは作れる。俺がいい例だ」
「そ、そんな。殿下まで! 私には身に覚えなどありません!」
誰もがお父様に疑いのまなざしを向けていた。
お父様は思いも寄らぬ事態に混乱して、理路整然とした説明が出来る状態にないようだった。
でも本当に誤解かもしれないし、お父様の言い分もちゃんと聞いてあげないと!
「まって! おとうさまが、おかあさまをうらぎるとは思えません!」
お父様はぐるんと首をひねって私を見ると、地獄で仏にあったような顔をして言った。
「おおっ、チェリーナ! お前はお父様を信じてくれるんだな! お前だけだ……、お父様の本当の子どもはお前だけだよ!」
「ええッ!? おとうさま、それは本当ですかっ?」
ここに来て衝撃の新事実!?
既に手に負えないカオスなのに、お兄様まで本当の子どもじゃないとか、頭がおかしくなりそうだよ!
「ち、違う! いまのは言葉のアヤだよ! チェレスとチェリーナが俺の子どもだ! 神に誓って、この子は俺の子じゃないぞ!」
「うわあああああん!」
ひえっ、女の子の泣き声のボリュームが上がった。
「こ、困ったな……。マルティーナと言ったか? お母さんの名前は何というのだ?」
「うう、ぐすっ……、ニーナ……」
マルティーナがぽつりと言った名前に、心当たりがあったらしいお父様が目を見開いた。
「ニーナ? ニーナの子なのか? 父親の名前は、マルティーノか?」
「うん、そうだよ。」
女の子が涙を拭いながら、不思議そうな顔でお父様を見上げた。
自分の名前が分からないのとでも言いたげな目だ。
「マルティーナ、俺はチェーザレ・プリマヴェーラ。お前のお父さんの兄だよ。お前の伯父さんだ」
「えっ……、ティーナのおとうさんじゃないの? おとうさんは、おとうさんはどこ……?」
女の子の目に、また涙がこぼれ落ちそうに膨れ上がってきた。
「ここにはいない……。だが、心配するな。マルティーナの面倒は俺がちゃんと見るよ。疲れているだろう? 居間に行って話をしよう。チェリーナ、案内してやってくれ」
「はい」
お父様は、お母様と少し話をするためマルティーナを私に託したようだった。
後ろを振り返ると、お父様に抱きしめられたお母様は、お父様に体を預けて泣き笑いのような表情を浮かべていた。
よかった……。
ほのぼのホームドラマが一瞬にしてドロドロの昼ドラになるかと思ったよ!
「それで、君がマルティーナを連れて来てくれたのかな?」
お茶を飲んで一息ついたお父様は、マルティーナと一緒に屋敷を訪れた男の人に尋ねた。
明るい茶色の髪に茶色の目で、真面目そうな好青年に見える。
背は高いけど、顔はまだ可愛らしい感じが残っているから、10代後半くらいだろうと思われた。
「はい。私は冒険者のダニエルと申します。私がアゴスト伯爵領の港町を出てプリマヴェーラ辺境伯領を目指そうとしている時に、街門でこの子を見かけまして。門兵に一人で街の外へ出るなと止められているところでした。
もともと近所に住んでいてティーナとは顔見知りでしたので、放っても置けず話を聞きました。すると、最近母親が亡くなって、死ぬ間際にこちらのプリマヴェーラ辺境伯家を訪ねるようにと言い残したといって、一人で歩いてここに来るつもりだったようなのです」
「まあ……。歩いてだなんて、馬車でも1週間以上かかるというのに……」
お母様がまだ幼いマルティーナを見て、痛ましげに眉を下げた。
マルティーナは、侍女が運んで来たお茶とお菓子をもりもり食べてお腹がいっぱいになったのか、ウトウトと船をこぎ出している。
「マルティーノは? 自分の子どもの面倒も見ず、あいつはいったい何をしているんだ?」
お父様が憤慨したように言った。
というか、お父様……。
お父様に弟がいたなんて初耳なんですけど。
この前、お祖母様はお父様の弟を産む時に亡くなられたと聞いたけど、てっきり赤ちゃんも一緒に亡くなったのかと思ってたよ。
どうしてそんな近い血縁者の存在が、今の今まで話にも出てこなかったんだろう?
ダニエルは、マルティーナが寝入ってしまったのを確かめてから、声を潜めて言い難そうに事情を説明した。
「あの……、ティーナは、父親は生きているとニーナさんに教えられていたようなのですが……。マルティーノさんは、1年ほど前の船の座礁で、行方不明になったままなんです。おそらくは、もう……」
お父様はひゅっと息を呑むと、そのまま言葉を失ってしまった。
「そんな! あの、それは確かなお話なのでしょうか? どなたか生きて戻られた方はいませんの?」
「はい……。残念ながら、浜辺に船の残骸が打ちあげられただけで、誰も……」
ダニエルはそう言うと、下を向いて黙ってしまった。
しばらく重苦しい沈黙が広がったが、お父様はダニエルにお礼をしなくてはいけないことを思い出したようだった。
「ダニエルだったな? 私の姪を連れて来てくれてありがとう。ところで、これからの仕事は決まっているのかな?」
「いえ、決まってはおりませんが、エスタの街で冒険者として働こうと思っています」
そう言ってダニエルは笑顔を見せた。
「そうか……。それは時機が悪かったな。魔の森に魔物が大量発生して、つい最近撃退したばかりなんだよ。しばらくは、かなり奥深くまで入らないと、魔物は見つからないかもしれないな」
「えっ! そ、それは困ったな……」
まだ年若い冒険者だ。
手持ちのお金が足りないのだろう。
それに、マルティーナの分の旅費も出してくれたのかもしれない。
「君には何か礼をしたい。よかったら、騎士見習いとしてうちで働かないか? 働き次第では、いずれ騎士にしてやろう。君はいくつなんだ?」
「は、はいっ! 私は18です! ぜひこちらで働かせてください! よろしくお願いいたします!」
思わぬ申し出に顔を輝かせたダニエルがガバリと頭を下げた。
「ああ、よろしく頼むよ。マルティーナも、君が傍にいてくれると心強いだろう」
ーーーあれ……?
その時私は、ダニエル越しに見えたサリヴァンナ先生に目をひかれていた。
一言も口を挟まず、目立たない場所で話を聞いていたサリヴァンナ先生の表情が、今にも泣き出しそうに暗く陰っていたのだ。
サリヴァンナ先生、いったいどうしてそんなに悲しそうなの?




