閑話 ラボラス
魔王クライフが治めるメナルドの東、海を挟んで向こう側にある広大な大陸。
そこは千年を超える時を生き、人々から畏敬の念を集めるイモータルフォーの一人、ナゼンハイムの支配する土地だ。
大陸の西側(メナルド側)には湖があり、湖を囲むように大森林が広がっている。
湖畔にはフドブルクという悪魔たちが暮らす街がある。
街並みはよく言えば歴史のある、悪く言えば少し古びた印象を受ける街。
悪魔には翼があるため、道を舗装しようという考えがあまりない。
物資の運搬などのため、湖を囲うように最低限の道は整備されているが、その程度だ。
人の出入りが少なく、喧噪の止まないメナルドとは対照的で、閉鎖的な印象は否めない。
あまり特筆すべき部分の無い街の中で、目を引くのが街の中央に建てられたフドブルク城。
城の規模としてはメナルド城よりも小さいのだが、他が平屋など、低い建物が多い故、ひと際目立つ。
現在、フドブルク城の玉座のある謁見の間には、刺々しい尻尾が特徴的な三人の悪魔の姿があった。
静寂が場を満たしている。
一人が玉座に座り、他の二人は床に片膝をつけて頭を下げている。
他の二人よりも一段高い場所、豪奢な玉座に腰かける悪魔こそ魔王ラボラス。
女性のように艶のある長い黒髪に、真紅の目をした、どこか妖しげな魅力を持つ男だ。
ラボラスは悪魔の最高位種族とされるデーモンロードで、ナゼンハイム傘下の魔王の一人である。
そのラボラスにかしずいているのは、彼に仕える二人の上級悪魔。
ラボラスの側近である彼らは、主が話し始めるのをジッと待つ。
「ラス、ラボ、顔をあげろ」
「「はっ!」」
主の声を聞き、顔を上げる二人の上級悪魔。
一人は血のように赤い髪をした細身の悪魔。
モノクル眼鏡をかけており、表面上は紳士的に見えなくもない。
もう一人は青髪で、筋肉質な大柄の男。
赤髪の悪魔とは正反対に、粗暴な印象を受ける悪魔だ。
赤髪の男はラス、青髪の男はラボという。
ラボラスに仕える上級悪魔の名前はそれぞれ、ラボ、ラス、ボラ、ララ。
アークデーモンたちは四人とも、ラボラスの四文字から二文字を与えられている。
「ラボラス様 本日はどういった用件で?」
「二人を呼びだしたのは他でもない……先日、魔王クライフがグリフォンに乗り、西の方角へ飛びたったと情報が入った」
「クライフが?」
「ああ、このことについて……ラス、お前の意見を聞かせろ」
「……ベリアと接触を持つため、でしょうか?」
上級悪魔が、少し考える仕草を見せたあと返答する。
ラスの意を聞いた、ラボラスの表情に変化はない。
その問いは質問というよりも確認に近いのだろう。
「我もそう考えた。まぁこの流れは予想できていたことではある。どのイモータルフォーの派閥にも入らず中立を維持していたクライフだが、ランヌが死んだ以上、孤立化を避け、後ろ盾を得るために動くだろうと……」
「……」
「クライフめ、我らの誘いは拒否した癖にな。まぁ……あの女は甘いところがある、いい条件を引き出せると考えたのであろうが」
クライフのことを思い出したのか、苦虫を噛み潰したような顔になるラボラス。
そんな主の表情に、ラスはあえて気づかないふりをする。
「ベリアの干渉が入れば、エルフ共の攻略が非常に困難になる。その前に手を打っておきたい。推測するに会談場所はおそらく魔王コルルがいるリドムドーラ。急いだとしても十日はメナルドに戻ってこないだろう。この隙を見逃す理由はない」
ラボラスの言葉に二人が頷く。
クライフ領に対する妨害も、これまでは内々のけん制程度で済ませていた。
だが、勢力図が大きく変化する今回は、このまま黙っているわけにもいかない。
「ふん、本来なら我か、ナゼンハイム様が動ければいいんだがな。お前たちも知ってのとおり、今は軽々とは動けない」
「「……」」
「そこでだ……お前たちに任務を与える」
一拍置いて、ラボラスの口が開く。
一時間後。
メナルドの方角に向けて、城から二つの影が飛び立った。
「ラボラス様も心配性だな……ラス」
上空には、青髪と赤髪の上級悪魔が翼をはためかせて飛ぶ姿があり、悪魔たちの間で会話が交わされている。
「そうですねラボ。ですが、万が一にも失敗しないようにとの気持ちの表れでしょう。今回の任に最適なマジックアイテムまで頂きましたね」
ラスの視線が自らの右手に送られる。
視線の先には透明な石の嵌められた指輪がある。
「ラボラス様がおっしゃられた通り、この好機を見逃す手はありません」
「好機か……、これがクライフの罠である可能性は?」
「ない、とは言いきれません。クライフは頭の切れる男と聞いています。留守中、我々から干渉される可能性を考慮していなかったとするのは無理がある」
「……」
「まぁハイエルフのマリーゼル姫が戻ってきたから、十日程度ならどうにかなるだろうと考えた可能性もありますがね……」
「ふむ」
「だとしたら、少し楽観的過ぎますが……私たちの目的はクライフと戦うことじゃない」
「―――――お姫様の身を確保することです」
温厚そうな表情を浮かべていたラスの表情が一変する。
紳士の仮面が剥がれ、残忍な笑みがひろがっていく。
「しかし、魔王でないとはいえ、相手はハイエルフ。一人では上手く事が運ばないケースも考えて、下級悪魔ではなく、私たち二人へとご命令されたのでしょう。油断さえしなければ問題ないはずです」
「ああ、ラボラス様の期待を裏切るわけにもいくまい……まぁ二人なら多少の障害があっても失敗しないだろう。マジックアイテムもあるし、姫を逃がさないことだけ注意すればな」
飛行しながら、ラボは頭の中でシミュレーションする。
「ふふ、聞いてみたいですね、お姫様がどんな声で鳴くのか」
「……サディストが。俺にはお前の趣味が良く分からん」
ラスの発言に溜め息を吐くラボ。
一見、人が良さそうに見えるラスであるが、一皮むけば残忍さが潜んでいることをラボは知っている。
「脅すだけならまだしも、姫の身には極力傷を付けるなよ。止めなかった俺まで、ラボラス様から罰を受けることになる」
「ふふ、わかっていますよ」
アークデーモンの魔の手が刻一刻とメナルドへ迫っていた。




