疑惑
ギンに別れを告げたあとの城への帰り道。
雑談しながらルミナリアと歩く。
「寂しいんですか?」
俺の横顔を見て、ルミナリアが言う。
明日朝、海へと戻るギン。
故郷に無事トライデントが見つかったことを知らせに。
「……否定はしない」
ふふ、出会った時は想像もしていなかった。
あいつの存在が俺にとってここまで大きなモノになるなんてな。
とはいえ、俺のわがままでこれ以上ギンを拘束するわけにもいくまい。
あいつには他にも帰るべき場所があるのだから。
「ま、のんびりしてくればいいさ」
ギンにもそう伝えてある。
「ギンさんにとって、久々の海ですからね」
「ああ久々のな……ん?」
「どうしました?」
「久々?」
俺の胸にふと不安がよぎった。
トライデントを取り戻したとはいえ、戦闘において、ギンは数か月のブランクがある。
ちゃんと実戦で体が動くのだろうか?
俺と一緒に依頼を受けた時は貝拾いと鳥の相手しかしていない。
海の魔物と以前同様に戦えるのだろうか。
な、なんか心配になってきたな。
一度考え出すととまらない。
「ギンに……会いたい」
「じ、十分前に自然体で別れたばかりじゃないですか」
「無事に戻ってこれるのか、急に不安になってきた」
「大丈夫ですって……無理なルートを通らなければ、『ギンさんも慢心はしない』って言ってたじゃないですか」
ルミナリアが俺を安心させようとしている。
「そ、そう……だよな」
以前一度、クラーケンに痛い目に合ってるしな。
調子に乗ったらどうなるかはギンが一番わかっている。
無理はしないはず。
信じて待とう。
年下にこれ以上気を遣わせるのもなんだしな。
「帰ってきたら、一緒に仕事を受けましょうよ」
「ああ、そうだな」
三人で一緒に依頼を受ける時が楽しみだな。
その時に思いを馳せる。
俺たち三人はいいチームになると思う。
チームを組むことで互いの欠点を埋め合えるだろう。
「時にルミナリア、得意魔法なんだ?」
「まぁ……水ですね、水龍ですからね」
「そりゃそうか……ギンもサハギンだから水だろうな」
「アルベルトさんは?」
「俺か?」
俺は三属性(水、土、重力)が使えるが、一番得意なのは……
「水、だなぁ」
「……さ、三人全員水ですか」
け、欠点あんま埋まらないな、これ。
スペシャリストのチームになりそう。
火事とか起きたら大活躍だろうが……
ま、まぁ細かいこたぁいいか。
俺と水龍のルミナリアがいれば戦闘はゴリ押しでもどうにかなる。
俺は他の属性魔法も使えるしな。
そこにギンの情報が加われば何も怖いものはない。
前向きに考えよう。
一緒に組んで楽しければいいのだ。
「あ、そうだ……」
「なんだ?」
「すみません、ちょっと宿に寄ってもいいですか? ここからそんなに遠くないので」
「かまわないぞ。特に用事はないしな」
そういや朝食の席で、城に引っ越すことになるから宿に荷物を取りに行くって言ってたな。
十分ほど歩き、ルミナリアが泊っている宿に着いた。
「あら、ルミナリアちゃん、昨日はどうしたんだい? 帰ってこないから心配したんだよ」
「はい、実は」
ルミナリアが宿の中にいる女将さんらしき女性と話し始める。
俺は入り口でルミナリアが出てくるのを待つ。
「……で、ね」
「はい」
「……なのよ」
十分経過。
事情を説明してすぐ終わりだと思ったら、世間話に移行しやがった。
話し声が聞こえてくる。
会話の終わる気配がない。
な、なげえなぁ……まだかよ。
先ほどまで晴れていたのに……急に空が曇ってきたぞ。
このままだとひと雨くるかもしれない。
「それじゃあ、そろそろ」
「寂しくなるねぇ」
「……また来ますから」
ようやくか。
でもまぁ待つのも男の甲斐性みたいなものだ。
仕方ない。
「もういいか?」
俺は頃合いを見て、ひょっこりと中に顔を出す。
「あ、すみません。長話しちゃって」
「誰だい、この男は? ルミナリアちゃんが男と二人で歩くなんて珍しいね、どんな関係だい?」
どんな関係?
どう答えるべきかな。
父親の友人です……などとは言えないので。
別の切り口からいくか。
「そうだな……俺たちはこれから一緒に暮らす関係なんだ」
「……は、今なんて?」
「ちょ、ちょっと!! やめてくださいよ!!」
ルミナリアが手をブンブン振って否定している。
そんな必死に否定しなくてもいいのに。
「勘弁してくださいよ……本当」
宿から出たところでお叱りを受ける。
どうにか誤解を解いたルミナリア。
「……嘘は吐いてないぞ」
「そうですけど……傭兵仲間とかもっとほかにあるでしょう」
「っと、そうだな、気付かなかった」
「嘘ばっかり……わざと曲解させる言い方するんですから」
完全にバレてやがる。
まぁ先ほどの朝の一言のちょっとした仕返しだ。
無事誤解も解けたようだし、これくらいは許していただきたい。
と、そんなやりとりをしていたら。
ゴロゴロと音がして……一気に降りだした。
「ふむ」
天を見上げ、両手を広げて雨を一身に受ける。
「は、走らなくていいんですか?」
「いや、もうこんだけ強い雨なら急いで戻っても濡れるしな。それよりそっちは……って、聞くだけあれだな」
「……ええ、濡れちゃいますけどね。」
俺なんて服すら着てねえからな。
お互い、雨に打たれたくらいで風邪を引くことはない。
「その中に着ている鎧は水龍の?」
「はい、水龍の鱗で組まれた鎧ですね。バッチリ水を弾きます。いつでも海に潜れる装備です」
「海に潜る時って……龍化しないのか?」
「状況によりますね……下手に龍形態になると周りに怖がられますし」
龍型が怖い……か。
「そうでもないけどな。格好いいと思うんだが」
「……見たことあるような口ぶりですね?」
(ん?)
なんとなく、ルミナリアの目が鋭く光ったような。
……いや、気のせいか。
「ん、いやまぁ……昔な。長生きしてれば見たことくらいはあるさ」
俺は無難に返事をする。
ここで嘘をついても変だ。
だが一応、言動には注意しておくか。
俺とラザファムの繋がりは話していないが、ルミナリアは結構鋭そうだしな。
とはいえ、いつまでも隠しきれるとは限らないんだが。
そのうちバレそうな予感がする。
「ふい~」
雨に打たれて城に戻る。
俺は駆け寄ってきたメイドさんからタオルを受取り、体を拭いていく。
「あら……おかえり、タイミングが悪かったわね」
城の廊下でリーゼとはち合わせる。
「ああ、もうちょっと早く戻ってくればよかった」
「二人とも濡れたなら、お風呂入ってくれば?」
「そうだな、そうするか」
雨に濡れたら当たり前のようにお風呂に入る。
こんなに清潔なガーゴイルはあまりいないんじゃないだろうか。
「私は自室で済ませますので、朝も入りましたし」
「……そうか」
ルミナリアが自室へと戻る。
俺のほうは当然のように魔王様用風呂に突撃することにする。
一応与えられた自室にも風呂はあるんだけどね。
どうせなら広いほうがいい。
と、そうだ。
風呂に入るその前に、言うべきことがあった。
「なぁリーゼ」
「なに?」
リーゼの悩みを増やすようで申し訳ないが、伝えておかねばならないことがある。
「……なんとかルミナリアから聞き出せないかな? 父親に対する現時点での印象みたいなのを」
「……何かあったの?」
「いや、帰り道にちょっとあってな」
ついさっきの出来事をリーゼに話す。
多分、確信とまではいかないまでも、俺たちが何か隠し事をしているとは思っていそうだ。
「今日の朝の席でもラザファムに関する話題はでなかったし、俺が逆の立場でも疑問に感じると思う」
三百年振りに会ったってのに、クライフの親友でもあるラザファムの様子を聞かないのは不自然だったろう。
……ルミナリアのほうからは振りにくい内容だが。
「う~ん、でもねえ、正直に伝えるのはちょっと」
「……まぁな」
『お前の親父さん、酔っ払ってて、即ブレスぶっ放して俺たちを殺そうとしてきたぞ』なんて言えない。
まぁ真実を全て馬鹿正直にルミナリアに話すことはないんだがな。
それでもある程度の事情は話す必要があるだろう。
一応ラザファムは友人だし、出来ることなら復縁させてやりたい気持ちはある。
事前にルミナリアの気持ちを聞きだせれば動きやすいんだけど。
ああ、本当に面倒だ。
「同じ女同士だし、なんとか頼めないか?」
「え? わたしが聞くの!?」
「俺が聞くわけにはいかないだろ。元々はラザファムと接点がねえんだから」
「う……」
丸投げで申し訳ないが、よろしくお願いします。
……やがて、観念したようで。
「……しょうがない、そのうちさりげなく聞けそうな雰囲気を感じ取ることができたら聞いてみる。あんまり期待はしないでよ」
「お、おう」
本当に期待できなそうな返事だが、まぁ頷いてくれたのだから文句は言うまい。




