閑話べリア4
「べリア様。紅茶をお持ちしました」
「ふぅ……ありがとう」
丁度仕事も一区切り終えたので、ブレイクタイムにする。
今部屋に入ってきたメイドの名前はキヌレ。
信頼できる側近で、参謀と私の世話係を務める女性だ。
錬金術師のマーレル同様、彼女との付き合いも結構長い。
「魔王クライフとの会談場所は……コルル様の城で決定ですか?」
「ええ、メナルドからこの城までは距離があるから……かといって、傘下にくだるというのに、私のほうからメナルドまでいくのもね」
「……そうですね」
先日、魔王クライフから使者が送られてきた。
今はクライフが私の派閥に入るという件で、会談日程など含めて調整中だ。
「クライフもあまり長期間メナルドを留守にしたくはないはず。コルルの城ならメナルドとアスタニアの中間にあるから」
コルルは私の傘下の魔王で、種族はサキュバス。
過去、何度か助けたこともあり、私のことを慕ってくれている子だ。
「ランヌの領土の半分はコルルに統治してもらうつもり。隣接する領土の魔王同士、今後のためにも顔を合わせておいてほうがいいでしょう」
コルルの負担が増えるが仕方ない。
当分の間、我慢してもらうしかない。
状況を見て、クライフの協力が得られればと考えている。
「……まだ正式に話が決まったわけではないですが」
「それはたぶん……大丈夫だと思うけどね」
クライフとは何度か顔を合わせており、彼の人となりは知っている。
魔王二人がいる場で事を起こすほど、愚かな男とは思えない。
もちろん……何かあっても対応できるようにはするが。
さて……と。
「キヌレ、出るわ」
「? どちらへ?」
「マーレルのところに……少し用事があってね」
「……かしこまりました」
マーレルの研究室に向かう。
本来なら彼女を私のところに呼び出せばいいのだけど。
この件は内密に二人で話したいし、詳しい話を聞くには彼女の部屋の方が都合がいい。
「マーレル、入るわよ」
「これはべリア様」
呪いの件が判明してからは、ここを訪ねるのが日課になっている。
「どう? 解析状況は?」
「……それが、まだ新しく報告できることは何も」
「……そう」
「もっ申し訳ありません。私の力不足で……」
頭を下げるマーレル。
呪魔法の分析をマーレルに大至急進めさせているが、まだいい成果は出ていない。
自分の体に呪いが掛けられてるのは、本当に嫌な気分だ。
じわじわと進行していく呪い。
本当にいやらしい術者だ。
……ダブルの意味で。
マーレルの顔にはクマができている。
成果が出てないとはいえ、頑張っている彼女を見ると……叱る気持ちにはなれない。
「……大丈夫? 寝てないみたいだけど」
「職業柄、徹夜は慣れてますから……一週間くらいなら寝なくても平気です」
彼女はそう言うが、このままだと無茶をして疲労で倒れるかもしれない。
呪いの件が判明して以来、ほとんど寝ずに解析を続けていたのだろう。
できればもう少し休ませてあげたいのだが、私の配下の中で魔法の解析にかけて彼女より優秀な者はいない。
どうしてもマーレルに頼らざるを得ないのだ。
「……もどかしいわね」
つい、歯嚙みしてしまう。
「こういう時……あの子がいればよかったんですけどね」
「あの子?」
ポツリと呟くマーレル。
「べリア様の下につく前に同じ師に教わった友人がいるんです。彼女のほうがこういった魔法に関する分析能力には長けているのですが……」
「あなた以上に?」
「はい」
昔を懐かしんでいるのか、マーレルが遠い目をしている。
「語尾をやたらと伸ばす子で、話した感じは頭良さそうに思えないですし、話していてイライラすることも多いのですが、興味のあることに対しては驚くべき能力を見せる子でした。天才というのはああいう子なんだって思えるくらいに……」
「……へえ」
文句を言っているように見えるが、マーレルの口元は笑っている。
「その子に一度、話を聞きたいわね」
「……ものすごいマイペースな子ですよ」
あまり外部の人間に話す内容ではないが、一応考えにいれておこう。
「頼りにはなりますけどね、力を貸してくれるかはわかりませんが。師は既に亡くなっているので、その子を超える凄腕の錬金術師……となると、べリア様と同じ、イモータルフォーのあの人しか思い浮かびません」
「……いくらなんでもこの件であの女の力を借りるのはちょっとね」
正直言って、あの女は苦手だ。
呪いの件を相談したら笑われるのは間違いないだろう。
再び執務室に入り、仕事に戻る。
そして……
「お疲れ様です。あとは私のほうで処理しておきますので」
「お願いね……ふぅ」
疲れからか、長い息を吐く。
「ランヌとの戦争が終わって、城に戻ってきたというのに、また忙しくなってきましたからね」
「そうね」
といっても、主に精神的な疲れであって、肉体的にはそれ程疲れていないのだけど。
「あ、あの……べリア様、差し出がましいようですが……」
「なに?」
キヌレが話を切り出す。
「会談に向かう道中……気分転換に少し寄り道しませんか?」
「……」
「日程のことが心配でしたら、大よその基本方針は決まっていますし、あとはこちらでも進めておきます。最終確認だけしていただければ大丈夫です。それよりも……このままだとべリア様の体が壊れてしまいそうで心配です」
随分心配させてしまったようだ。
キヌレには脱毛魔法の呪いの件はまだ話していないが、傍にいる時間が多い彼女は、私が悩みを抱えているのをなんとなく察しているのだろう。
「一泊でしたら時間も取れるかと思います」
「キヌレ……」
心から私の身を案じてくれるキヌレ。
ありがとう、私はいい配下を持った。
と、同時に心配させて申し訳ないと思う。
彼女にも、そのうち正直に呪いの件を話しておくべきかもしれない。
マーレル同様、彼女なら他言したりはしないだろう。
「わかったわ」
「はい! お任せください!」
キヌレの顔が綻ぶ。
せっかくだし、キヌレの言葉に甘えるとしようか。
「それで、寄り道って何所に?」
「実はですね、コルル様の城から少し離れた山脈に、新しく温泉が湧いたそうで、そちらでのんびりなされてはと」
「温泉か……」
「雄大な景色を望みながらお酒でも楽しんではいかがでしょうか? 既に宿泊設備も整っているそうです」
「……いいわね」
大自然を見ながら湯につかれば、リラックスできて、嫌なことも忘れられるかもしれない。
「それではコルル様にお伝えしておきますね」
「え? コルル?」
「はい、その時はコルルさまも是非一緒にとおっしゃってましたので……、あの、何か問題でもあるのですか?」
私が戸惑うのを見て、キヌレが訝しげな表情を浮かべる。
てっきり一人で温泉に入るものだと思っていたんだけど。
コルルと一緒に湯につかるの?
温泉には入るってことはつまり、裸になるわけで。
となると、必然……見られるわけで。
「え~と、いえ……その」
「一般開放してないので、もちろんプライベートですよ。お二人以外の邪魔が入らないように致します」
「……」
普段なら女同士だし、一緒にお風呂に入るのに何の問題もない。
けど、今は呪いのせいで状況がいつもと異なる。
かと言って、もし今回の話を断った場合はコルルを傷つけてしまうだろう。
少し考える。
(……だ、大丈夫かな?)
タオルを巻いて体を隠せば平気よね。
湯船に入るときだけ気をつければ。
「わかったわ……コルルに伝えて」
「はい」
仮に見られても、今ならまだ大丈夫、だと思う。
うん、問題ない……はず。
「誰かと一緒に入るなんて二度とないかもしれないものね」
「ど、どうしてそんなに不吉なことをおっしゃるんですか?」
……色々あるのよ、色々。
「と、とにかく……温泉で疲れた体を癒してください。それに、その温泉は女性に嬉しい効能があるそうですよ」
「そうなの?」
「美肌効果で、全身くまなく、ツルツルのスベスベになるそうです。」
「……そ、そう」
なにかが……悪化しそうな気がする。
キヌレに悪意はないのだろうけど。
(いけないいけない……後ろ向きに考え過ぎだ)
やっぱりキヌレの言うとおり、少し気分転換した方がいいわ。
大事な会談の前にしっかりと英気を養おう。




