穏やかではない朝
メナルド城最上階。
その中の一室、ガーゴイルが眠る部屋。
「起きなさいっ!」
女の声と同時、バタンッと大きな音をたてて部屋のドアが開く。
「ふあぁっ?」
間の抜けた声が室内に響く。
気持ちよくベッドで寝ていたら、夢の世界からの強制帰還。
凄い剣幕で入ってきたリーゼに朝早くから叩き起こされた。
「な、なに? なんなのぉ」
昨日は夜飲んだせいで、帰ってきたのが遅かったからまだ眠いんだ。
「朝から勘弁してくれよ……近室迷惑だぞ」
「兄様はこの時間ならもう起きてるわ……朝から勘弁してほしかったのはコッチよ!」
……あいつ起きるの早いなぁ。
さすが魔王様……いつもご苦労様です。
その勤勉さは尊敬する。
俺にはとても真似できない。
「ふあぁぁ~~、失敬」
大きな欠伸がでてしまう。
だらしないと思うが……我慢できないのでしょうがない。
もう少し夢の世界にいたかったな、ちくしょう。
「さて、アルベルト」
「な、なんだよ?」
顔が怖いです。
美人が台無しですよ。
「何故私がここにきたのか……わからないわけがないわよね?」
「……ん~と?」
「寝起きで頭が回転していないのか、それともフル回転してもなお答えが出ないのか。後者じゃないことを祈るわ」
……後者ならどうするつもりだろうか?
返答を間違えたら痛い目を見そうだ。
鋭い視線を送ってくるリーゼさん。
これは良くない兆候だ。
不機嫌なのが見てとれる。
なんか久々だよな……こうやって怒られんの。
「…………」
寝起きの頭で考える。
リーゼが俺の寝室に入ってきた理由を。
最近寒くなってきたし、これはあれかな?
「……一緒に寝にきっ、おおおぉぉっ!!」
ベッドをポンポンと叩き、「こっちこいよ」とお招きすると同時。
リーゼの拳が顔面横スレスレを通り過ぎる。
「チッ、かわしたか……」
「……あ、あぶねえ」
どうにか避けることができた。
俺じゃなければ、たぶん躱せないぞ。
「し、身体強化魔法かけて殴るとか有りえねえんだけど」
「そうしないと攻撃が通らないこっちの身にもなって欲しいんだけど」
「確かに……手も痛めちまうもんな。理解した」
「……そういうことよ」
なら仕方ないな。
とりあえず納得しておこう。
女の体を傷つけるのは俺の本意ではない。
何か大事なことを忘れている気もするが、気にしない。
「あれ?」
と、そこで俺はリーゼの後ろにもう一人いることに気づいた。
リーゼの登場の仕方が強烈だったせいで、気づくのがかなり遅れた。
青い髪をポニーテールにした女の子。
昨日一緒に飲みに行った相手だ。
「ルミナリア?」
「お、おはようございます、アルベルトさん」
ああ……なるほど。
この二人が一緒にいるということは……
なんとなく状況を理解した。
「さて、事情を説明してもらいましょうか? 何故私の部屋にルミナリアちゃんがいたのかを」
有無を言わさない様子のリーゼさん。
もうちょっと落ち着いていただけると助かる。
「わ、わかった。ちゃんと話す……がその前に」
俺はルミナリアの方を見る。
「ルミナリアは昨日のことはどこまで覚えてる?」
「……途中までは。店に飲みに行って……そのあとどうやってここにきたのかは記憶にないです」
「そうか、なら空白の時間に何があったのか……順に話そう」
三人で飲みに行った昨日の夜のことを彼女たちに話す。
トライデントが戻ってきたお祝いに三人で晩飯を食べることになった俺たち。
その食事の席でルミナリアが、ダミーウォーターという水に似たお酒を間違えて飲んでしまった。
その結果、お酒に弱いルミナリアは酔っ払ってしまう。
ルミナリアを休ませるため、俺たちは店を出ることにしたのだが、彼女は酩酊状態で自力で宿に戻れる状況ではなく、俺たちもルミナリアの泊っている宿の場所を知らない。
当然、女のルミナリアを男の家に泊めるわけにもいかず……
そんでまぁ……思いついたのが。
「この城に泊めてしまおうと考えたわけだ」
途中、酔ったルミナリアとの会話で、ラザファムの娘であることが判明。
クライフとラザファムは友人。
ルミナリアが小さい頃、リーゼとも面識があるって聞いていた。
それならこの城に連れてきても問題ないと判断したのだ。
「なるほど。それはまぁ……いいわ。この城に連れてくるのは構わないわ」
「わかってくれて何よりだ」
リーゼの理解を得る。
「んで夜中……寝ているリーゼの部屋に入り込んでそっと隣に寝かせておいた」
女同士だから一緒に寝ても問題ないしな。
もし父親同様に暴れてもリーゼなら対処できるだろうと思った。
「それはダメね」
「だ、ダメですか?」
「あったりまえでしょ!」
なるほど、お怒りになっているのはその点だったか。
「あんた……言ってることとやってること矛盾してるんだけど! 女を男の家に入れないよう配慮した本人が、夜中に女の部屋にこっそり忍び込むのってどうなのよ?」
「い、いや、リーゼはその……よく寝てたし、起こすのも可哀想だったからさ。俺なりに気をつかったと申しますか」
決して説明するのが面倒だったわけじゃない……はず。
「寝てる最中のベットに他人を放り込まれるくらいなら、起こして欲しいんだけど……」
「で、ですよね」
グウの根もでない正論だ。
昨日は俺も少し酔っていたからな。
正常な思考ができていなかったのかもしれない。
何でも酔いのせいにしてごまかすのはよくないけど。
「す、すまん。俺……こういう時頼れるのってお前しかいなくて……さ」
「……」
「今回も一番最初に頭に浮かんだのがお前の顔だったんだ」
「その場凌ぎに適当なことを……あんたそんなキャラじゃないでしょ」
殊勝な感じで謝るも効果はなかった。
「母性本能をくすぐる作戦は失敗か」
「その容姿で母性本能をくすぐるのは根本的に無理があると思うの」
一緒に暮らしているといろいろと見抜かれてしまうようだ。
「はぁ……朝からどっと疲れた」
あ、これ……本当に疲れてる雰囲気だ。
リーゼが大きくため息を吐く。
肩をガクッと落とし、諦めたように下を向いている。
「す、すまんな、迷惑かけて、一応さっきのは言葉はそれなりに本心なんだぞ」
ちょっと申し訳ない気がしてきた。
「次からは起こしなさいよ。ちゃんと話してくれれば悪いようにはしないから」
「……お、おう」
リーゼの表情が普段通りに戻る。
なんだかんだで文句を言いながらも許してくれる。
優しいあなたが好きです。
「……許してはないわよ。あとで何してもらおうかな……考えとこ」
「で、ですよね」
そんなに甘くはないか。
まぁ無条件で許されない方が気を遣わなくて済むからいいけどね。
「あ、あの……」
と、そこで一人話に置いてきぼりのルミナリアに気づく。
「……っとすまんな」
さっきから間に入るタイミングを窺っていたようだ。
無視してたわけじゃないんだよ。
「そういやルミナリアは体の方は大丈夫か? 二日酔いとかないか?」
「少しお酒が残っていましたけど、リーゼお姉ちゃんに状態治癒魔法で治してもらいました」
「そうか、それはよか……リーゼお姉ちゃん?」
何だ? その呼び方は?
気になった俺はリーぜの方を見る。
「な、なによ? 何か文句ある?」
「……いや、別に」
つい反応してしまったが、呼び方なんて人それぞれだしな。
大人でも仲が良ければそう呼ぶ人もいるだろう。
「言いたいことあるなら言いなさいよ、言えばいいじゃないの」
「……別になにも、いいんじゃないですかね」
恥ずかしがるなら呼ばせなければいいのに……そう思うが口には出さない。
この二人にしかわからない繋がりや絆みたいなモノもある……かもしれない。
本人たちが納得済なら、外野がどうこう言うのは無粋というものだ。
「ど、どうせ子供っぽいとか思ってるんでしょ……」
「……何故自分から傷口を広げるんだお前は」
顔を赤くしてまで、どうしてこの話を続けるんだ。
せっかく、俺が突っ込まないでスル―しようとしてんのに……
そのまま話を流せばいいだろう。
「昨夜はご迷惑おかけして申し訳ありませんでした」
ルミナリアが俺に謝罪する。
いいタイミングだ。
脱線しそうな場の雰囲気を感じ取ったのかもしれない。
なんか普段と逆で新鮮だな。
大体の場合、俺が謝る側の立場なのに。
「これぐらいなんてことない、俺もお前さんに結構な迷惑をかけてきたしな。それに……」
「? なんですか?」
「い、いやすまん……なんでもない」
お前の親父さんほどではないと言うべきか迷ったが……やめておく。
野郎は出会い頭に俺とリーゼにブレスをぶっ放してきたからな。
それに比べればどうってことはない、可愛いもんだ。
今回の件はギンが紛らわしい酒を頼んだのが悪いのだ。
ルミナリアに非はないし、むしろ被害者だろう。
あれ? その件についてはリーゼは話したのだろうか?
「おいリーゼ」
「何?」
手で合図をして、リーゼにこちらに近づくように伝える。
……会話がルミナリアには聞こえないように。
内緒話で申し訳ないけど、一応確認しておかなければ。
「親父さんについてはルミナリアに話したのか?」
「……まだよ、正直に伝えるべきかな?」
「う~む、でも黙ってるのもな」
父親についてルミナリアにどこまで聞かせるべきか。
ルミナリアは親父さんのことどう思っているんだろうか。
ちょくちょく会話に出てはいたけど……。
身内の恥……というと可哀想だが、山頂でのラザファムの話を聞いたらルミナリアも責任を感じるかもしれない。
とりあえずその話には触れないようにするか。
いずれタイミングを見て、話すか決めるとしよう。
リーゼにその旨を伝える。
「にしてもアンタ……よくルミナリアちゃんがラザファムさんの娘さんだって気づいたわね。私も小さい頃あったきりですぐにはわからなかったのに」
「ああ……それか」
「知ってるなら、早く教えてくれればよかったのに」
「俺もすぐに知ったわけじゃない、昨日の夜にようやく気付いた」
知ってたら、友好の握手を引っ叩いたりなんてしない。
友人の娘として相応に大人の対応をしたはずだ。
「『酒に弱い』とかそのあたりのキーワードから連想した結果、ドンピシャだった。一応名前だけは聞き覚えがあったからな」
「キッカケがちょっとどうかと思うけどね……でも言いたいことはわかるわ」
リーゼがなんとも言えない表情を浮かべている。
「彼女がこの街にきてたなんてね」
「見事にすれ違いなっちまったなラザファムは……運が悪いというかなんというか」
今さら言ってもしょうがないことだけどよ。
「……さっきからすまないな」
俺たちはルミナリアの方へと向き直る。
「いえ、アルベルトさんとリーゼお姉ちゃんはお知り合いだったんですね」
「ああ……まぁいろいろあってな、今はこの城でリーゼたちのお世話になっている」
なぜガーゴイルの俺が魔王様の城で暮らしているのか?
いろいろと聞きたそうな表情だ。
「……」
俺が城で暮らしていること。
俺とリーゼの関係もルミナリアには話してなかった。
魔王のいる最上階に一緒に住むとか、周りの奴から見たら「何者だよコイツ」って話だもんな。
「本当にいろいろあったんだよ……」
俺は哀愁漂う感じで上を見上げながら、ルミナリアに言う。
「そう……ですか。気になりますけど、無理には聞きません」
「いや聞け、ガーゴイルの俺が何故ここにいるかというとだ」
「じ、自分から言っちゃうんですか?」
別に隠すことでもないからな。
荒唐無稽な話に聞こえるかもしれないが……
ルミナリアに事情を説明する。
翼を取り戻すために、現在動いていることを。
道中会ったラザファムについてはとりあえず説明を省いておく。
「とまぁ、そんな感じだな」
「…………」
話を終えるも、少し納得できない様子のルミナリアさん。
無理もないし、別に信じないなら信じないでいい。
「嘘じゃないわよ」
「……お姉ちゃん」
リーゼが証人になってくれた。
「それで、リーゼお姉ちゃんとは旅の途中で出会ったんだ」
「やめて、あんたにそう呼ばれると痒くなるから」
し、失礼な女だな。
「もうクライフには事情を説明したのか?」
丁度話が一区切りついたので確認する。
「まだよ、これから一緒に説明しにいくところ」
魔王様を後回しにして、まずこの事態を引き起こした犯人のところにきたというわけか。
まぁ……当然だな。
「ふあぁ~~~っと、失礼」
また欠伸が出てしまった……はしたない。
しっかし眠いなぁ。
中途半端で起こされたから余計に眠いんだよ。
「……眠ければ、寝ててもいいわよ?」
「え、いいのか?」
どうして急にそんなに優しくなるんだろ?
俺の知っていることは大体説明したつもりだし、説明の場に居なくても問題はないだろうけど。
「いいんですか?」
「……いいのよ、いると高確率で話がややこしくなるから」
ルミナリアの問いにリーゼが答える。
なんだ、そういうことかよ。
やっかいものを遠ざけただけか。
……まぁいい。
眠いし、一々反論するのも面倒だ。
朝食まで睡眠をとらせてもらおう。




