トライデント2
「……中に入りたくないな」
ようやっとギルドに到着。
だが……中に入るのを躊躇してしまう。
先日のルミナリアの件で、人気者の彼女と遊んだ俺に嫉妬した男達が原因だ。
朝から体当たりしてくるわ、足をひっかけてくるわと、ここに繰る途中小賢しい妨害行為をしてきたせいだ。
故意的な攻撃だと気づいてからは、相応の反撃はさせてもらったが、それは奴らの自業自得だろう。
「……あまり気にしてもしょうがないか」
ここで立ち止まっていても通行の邪魔だ。
とっとと建物の中に入ろう。
ルミナリアは別としても、他の奴らに悪い事をしたわけでもない。
堂々と中に入ればいいんだ。
もし絡んでくる奴がいたら反撃すればいい。
(俺は強い)
この街で俺に勝てる奴なんていない……と思う。
自分を護る力があるのだ。
力の使い方は相当アレだけど気にしたら負けだ。
でまぁ、予想通りというか……
ギルドに入ってもやはり注目を浴びていた。
身に穴があくように、ジロジロと見られている。
もう知ったことか……
満足いくまでガーゴイル視姦すればいい。
周囲の視線を無視して、ギンの姿を探す。
「ギンは……と、もう来てるな」
一足早くギルドに来て、テーブルについて俺を待っていたようだ。
昨日の昼までは一緒にいたのに、色々とあったせいで久しぶりに会った気がする。
「おす、昨日は休めたか?」
「おう……おかげさんでな」
軽く朝の挨拶をすます。
ギンの表情は昨日よりもすっきりしている。
疲れも感じられない。
「それでだ兄ちゃん、朝からさっそくなんだがな」
「……なんだ?」
「噂について聞きてえんだが? ルミナリアに袋を投げつけたって話だ」
やはりきたか……
まぁ情報通のギンが噂を知らないわけもない。
「その顔じゃもう結構な噂になってるのは知ってるみたいだな」
そりゃ朝から散々接触を受けたからな。
今更隠すことでもないので、俺は昨日のルミナリアの一件についてギンに話す。
「とまぁ、そんな事があったわけだ」
「なるほど、俺がいない間に随分面白い事したな」
第三者視点からなら、面白い出来事として楽しめるかもしれないけどな。
あいにく当人なので、そんな余裕はなかった。
「ちゃんと仲直りはしたぜ」
昨日の夜、以前の握手の件も含めて謝罪した。
現時点では彼女は俺を恨んではいないはずだ、多分な。
一緒に遊んだ事に嫉妬して嫌がらせしてきた奴はいたがな。
そこまで知るかよってんだ。
「それでも感情を抑えきれない奴もいるってことだな、これ見てみな」
ギンが一枚の紙をテーブルの上に広げる。
「これは……」
俺が以前掲示板に貼った仲間募集の紙だ。
ついに念願の初メッセージが複数書かれていた。
メッセージ内容は碌なものではない。
『くたばれ』『身の程を知れ』とかその系統のモノがほとんどだった。
「兄ちゃんが気分悪いだろうから、一応掲示板から剥がしておいた」
「……ムカつくなコレ、すまねえな」
「まぁ少しの間の我慢だ、仲直りしてなかったらこんなもんじゃ済まなかったと思うぜ」
ケンタウロスの突進をこんなもんで済ましていいのだろうか?
俺だから怪我しなかったようなもんだぞ。
それにしても……ギンは随分淡々としているな。
「怒んねえのか?」
「なんでだ?」
「そりゃあお前、せっかく俺の仲間集めを頑張ってくれてたのに……」
肝心の俺がその評判を下げるような真似をしちまった。
「気にするな……もう色々と吹っ切れた。こうなったら最後まで付き合ってやるよ」
「……」
無理や我慢をしてる顔ではない。
俺に気を使って嘘をついているわけではなさそうだ。
本心から言ってくれているんだろう。
「とはいえ、今回の件で兄ちゃんと組んでくれる奴を見つけるのは困難になった。噂が過ぎ去るまで当分の間は二人で依頼を受けるしかないだろう」
まぁそうなるよなあ。
ちと悪い意味で目立ち過ぎたか……
ん? でも待てよ……
「それってよ……ポジティブに考えればこれまでと何も変わらないってことなんだよな?」
「そうなんだよな、元々兄ちゃんは繋がりやコネもない。どこかのグループに所属していたってわけでもねぇから、ハブられることもない」
「……」
「失うものなんてほとんどない、だから噂で評判が下がってもダメージが少ない、喜ぶべきなのかコレ?」
今日みたく嫌がらせはされるかもしれんがな。
現状を改善しにくくなったことは確かだし……
しかしまあ……
「どうした?」
こんな状況でも、目の前の男は変わらずに接してくれる。
いい奴だよなぁコイツ、癖はかなり強いけど。
「ありがとな」
ちゃんと心を込めて礼を言っておく。
ちょっと恥ずかしいな。
「おう……なんか調子狂うな」
ギンの方も照れくさそうに返事をした。
それからギンと今後について、適当に話をしていたら……
「おはようございます」
「噂をすれば当人登場だぜ」
ギンの声とほぼ同時に、俺は後ろの入り口を見る。
俺達から少し遅れて、ルミナリアがギルドにやってきた。
「よ、ようルミナリア……」
近くまで来たルミナリアに挨拶する。
ちょっとだけドキドキする。
これで、「誰ですかあなたは」とか言われたら泣くとしよう。
「はい、おはようございます、アルベルトさん」
よかった、ちゃんと挨拶を返してくれた。
昨日の仲直りはやはり夢ではないようだ。
ギルドの奴も俺達のやりとりに少し注目している。
今まで見向きもされなかったのに……なんか複雑な気分だ。
「あの、アルベルトさん」
「ん?」
「その紙……」
ルミナリアが俺の手元にある紙に気づく。
『くたばれ』、『ルミナリアちゃんに近づくな』とか書かれた仲間の募集用紙に……
「すみません、私のせいで……」
紙を見て自分にも責任があると思ったのだろう。
申し訳なさそうな顔をするルミナリア。
「いい、お前さんのせいじゃない。元は俺が悪いんだしな」
「……でも」
彼女は納得できないご様子だ。
面と向かうのを避け、姑息なやり方をする奴の事なんて気にする必要はないのに。
まだ今朝突撃してきたケンタウロスやミノタウロスの方がマシだ。
俺にとってはだけどな。
「気にすんなって」
「姉ちゃんの個人情報を貰えればそれでいいからよ」
「個人情報?」
自然な感じで会話に入ってくるなよ……ギン。
ここぞとばかりに便乗するのはやめてくれ。
まるで俺が情報欲しいみたいじゃねえか。
さっきの礼を撤回したくなった。
お前今回の件関係ない……いや待て、ないこともないのか?
「兄ちゃんもそれでいいだろ?」
「良いわけねえだろ……」
何故それが通ると思ったんだコイツは。
勢いで俺がウンとか言うと思ったのか。
「…………」
警戒の表情を見せるルミナリア。
頼むから話をややこしくしないでくれ。
「お前、ルミナリアの情報は最初に俺に教えてくれただろうが」
「それは誰でも知ってる情報に過ぎねえよ、彼女のプライベートな情報はほとんどねえ。だが確かに焦りすぎたな、好奇心の疼きをおさえられなかったぜ」
前話した口ぶりから既に色々知ってるのかと思ったが……
そんなことはなかったらしい。
「お前……本来の目的の事を忘れてないか?」
「トライデント?」
その言葉にルミナリアが反応する。
彼女がギンをまじまじ見つめ始めた。
……少し口が滑ったな、すまん。
「あれ?」
「ちっ」
ルミナリアがトライデントをギンが所持していない事に気づく。
サハギンとトライデントの関係を彼女も知っているようだ。
ギンの奴、見られて居心地悪そうだな。
少し場の空気が悪くなりかける。
だが……
ルミナリアの次の言葉でそんなモノは吹っ飛んだ。
「トライデントといえば……街に来る時に、海中でトライデントを拾いましたね」
な……に?




