魔王9
「よ、よかった……どうにか止められたぁ」
予期せぬ声に闘いは中断される。
事態が飲み込めない俺たちの前に、二人の女性が空から降りてくる。
一人は銀髪の吸血鬼、もう一人は黒髪メイド服の女。
メイド服の少女が俺の元へと歩いてくる。
「えぇと……リーゼ、だよな?」
「そうよ、アルベルト……」
なんでそんな服を着ているのか知らんけど。
リーゼは俺の知らないところで色々とあったようだ。
なんだかわからんが、誘拐された彼女は無事のようで安心した。
「ふぅ~~~」
ガッシリと俺の肩を掴むリーゼ。
「ど、どうした? 大丈夫か?」
「大丈夫じゃないわよ! 間に入るのすっごく怖かったんだから!」
若干、涙目のリーゼ。
いつ激しい戦いに入り込んで止めるか、遠くからタイミングを窺っていたらしい。
リーゼの手には声を拡声する石。
さっきの大きな声はあれを使って叫んだのか。
「キヌレ……あなたはどうしてここに?」
「今回の事件……そのすべてを説明するため、お二人の戦いを止めるためです」
キヌレと呼ばれた俺の知らない吸血鬼に話しかけるベリア。
どうやら彼女はベリアの部下らしい。
リーゼが俺から離れ、ベリアの前に立つ。
「ベリア様……お久しぶりです」
黒髪のカツラをとって一礼するリーゼ。
「あ、あなたは確か……先日の温泉で」
「はい。私の本当の名前はマリーゼル、魔王クライフの妹です。訳あって温泉では本名を名乗ることができませんでしたが……」
「……じゃあ、あの時の私の勘は外れていなかったのね」
ベリアがリーゼを見て小さく呟く。
「私は会談に向かった兄がメナルドに戻ってこれないことを知り、兄に会うためにメナルドからリドムドーラにやって来たのです。こちらのガーゴイルのアルベルトと共に」
「……この男と?」
俺たちがリドムドーラに来た理由、目的をベリアに説明していくリーゼ。
俺とリーゼの旅での出会いから、俺とクライフの協力関係。
俺は背中の呪いを解くためにベリアに会いたい、クライフは自分が街を留守にする間の戦力が欲しい、両者の求めるものに答える形で手を組んだ。
ゆえに本来は落ち着いた場所で、俺とベリアを引き合わせる予定だったこと。
だが、予定外の事態が起き、会談でクライフが冤罪でベリアに捕まってしまったこと。
一つ一つ順に説明していく。
「キヌレ……どう思う?」
「筋は通っていますし、話の信憑性は高いかと思われます」
「なら、クライフの鞄から出てきた私の髪の毛は……」
「あれはアルベルトがランヌ城で戦った時の物を私に渡したものです。その時、私が旅で使っていたマジックバッグにその髪の毛を入れていたのですが、それを入れたまま兄様が今回の会談にバッグを持って行って……」
リーゼがベリアに答える。
ああ、そういや髪の毛をリーゼに渡したな。
お近づきの印にとかいって、すっかり忘れていたよ。
なるほど、それでクライフがベリアに疑われたってわけか。
ようやく事態を把握した。
「なるほど、リーゼとの連携技が決まってこうなったわけか」
「……う、ぐ」
ポンとリーゼの頭に手を置く。
「まぁ、こんなこともあるさ……ドンマイ」
「こ……今回ばかりは、何も言い返せない」
自分を抑えるように、強く拳を握るリーゼ。
そのあともリーゼがべリアに丁寧に説明をしていく。
リドムドーラへの道中、温泉でベリアに会ったこと。
温泉で柵の向こう側で歌っていたのが俺だと知ったベリアが「本当にどこにいても碌な事をしない男」と呟いていた。
そして、街まで来てクライフに関する情報を探っている途中、事件に巻き込まれてリーゼがコルルに城に連れてこられたこと。
「それで貴様は彼女が誘拐されたと考え、勘違いして二人を助けに城に来たと、それで途中コルルに見つかり戦いになったと」
「まぁ、大体そういうことだな」
「ようやくわかったわ……目的は別にあった、だから行動が理解しにくかったのね」
大きくため息を吐くベリア。
「ベリア、とりあえず一時休戦しないか? 俺も少し頭が冷えた。このままドンパチやってもお互い、いいことなんてない」
「それを貴様に言われるのは少し癪だけど……わかったわよ」
俺の提案にベリアが頷く。
「では城に戻りましょうベリア様。コルル様のこともありますし」
「そうね。そういえば、今クライフはどうしてるの?」
「コルル様が気絶したせいか、魅了が解除されて起きたコルルナイトの暴動を城内で抑えてくれています」
「なんていうか……本当に、彼には申し訳ないことをしたわね」
頭が痛そうに額を抑えるベリア。
なるほど、それでここに来たのがリーゼだけなのか。
改めて思うが、今回の騒動の一番の被害者はダントツでクライフだよな。
「……ベリア」
「なに?」
「俺と一緒に、クライフに誠心誠意謝ろうな」
「っ!」
キッと俺を睨みつけるベリアさん。
「ば、馬鹿っ、また話がややこしくなるから黙っててっ!」
間違えたことは言っていないつもりなのだが……。
場所を変えるため俺たちは城へと戻る。
さぁ、ちゃんと仕切り直しだ。
キヌレは先に城に戻って、話し合いの準備を整えると言い飛んで行った。
城の最上階の会議室につくと、中ではクライフとキヌレが待機していた。
クライフは顔色もよく身体に問題はなさそうだ。
「クライフ……その、久しぶり、なんつうか、その……色々巻き込んじまって」
「まったくだ。身に覚えのないことで容疑をかけられて、どうしようかと思ったぞ」
「やっぱ呪いについて忘れてたこと、怒ってる?」
「……当たり前だ」
そりゃそうだよな。
ここ数十日間、敵地で軟禁生活を送ることになったのだから。
気が休まることもなかったろう。
「だが、メナルドでの変異種の件もマリーゼルから聞いている。だからなんとお前に言えばいいか困っている。感謝すべきなのか、怒るべきなのか」
「そ、そうか……」
「まぁ、それでも遠く離れたここまで妹と助けに来てくれたんだ。きっと、ありがとう……と、いうべきなのだろうな」
そう言ってくれると助かる。
「お、おう……まぁ俺のほうも次は気を付けるよ」
「そもそも、次がないことを祈る」
「ははは」
とりあえず、適当に苦笑いで返しておく。
「キヌレ、コルルはまだ起きない?」
「つい先ほど目を覚まされたようです。今現状を説明しているところです、もうすぐこちらに来られるかと」
「そう、ならコルルが来てから話をしましょう」
長テーブルに座ってコルルを待つ。
テーブルの片側にベリア、傍にキヌレが立つ。
もう片側には俺、クライフ、リーゼの順に座る。
それから五分ほど過ぎ。
「べ、ベリア様……お待たせしました」
ゆっくりと、なんとも気まずそうにコルルが部屋に入ってくる。
「おはよう、身体の調子はどうだ? コルル」
「っ!」
俺が声をかけると、身体をビクリとさせるコルル。
心配して言ったのに、なかなか失礼な女である。
「怯えなくても大丈夫よ、もう何もさせないから……」
「べ、ベリア様」
ベリアの隣に座るコルル。
この女、わざわざ一番俺から遠い席に座りやがった。
「それじゃあ、はじめましょう」
ベリアの言葉で話し合いがスタート。
「まず、魔王クライフ……私の早合点であなたに大きな迷惑をかけてしまったことを謝罪させて欲しい」
頭を下げるベリア。
「頭を上げてくれ、過ぎたことを言っても始まらない。今、俺が求めているのは謝罪ではない。保留になった同盟の話の再開をお願いしたい」
「……ええ、それはもちろん」
なんだかんだあったか、同盟の件も元の鞘に戻りそうだ。
そのあとコルルナイトの暴走を押さえてくれたことについても、ベリアが感謝を述べる。
コルルナイトはクライフの手により、全員気絶、拘束され現在は下の階にいるらしい。
「ところで、街をこれ以上留守にして大丈夫? 一度戻った方が……妹に、このガーゴイルまでがこちらにいるとなると……」
「心配ない。向こうにはもう一人、頼りになる友がいる」
「えっ! あの、雷真龍ラザファムが今メナルドにいるの?」
「ああ……だから街については、心配ないさ」
手を口を当てて……考えるベリア。
「ガーゴイルに雷真龍ラザファムか。ねぇクライフ、私の協力……本当にいるの?」
「勿論だ。二人とも街に常駐してくれるわけではないしな、今は手を貸してくれているが」
「そう、まぁ雷真龍はともかく、このガーゴイルは敵にするととてつもなくやっかいだけど、味方にしても癖が強すぎるしね。私も最初、配下に欲しいと思っていたけど」
ベリア、そんなこと考えていたのか。
「言っておくが、俺は誰の下にもつかねえぞ」
「ふん、こっちのほうから願い下げよ……そんなことしたら内部に超強力な爆弾を抱えるようなもの、制御しきれそうにない。もうそんな気は完全に失せた。今回の件でよ~くわかったわ」
顔を顰めるベリア。
「さて、それなら同盟の話はこのあとでクライフとゆっくり話すとして、次は今回の件の発端となった呪いについてね。そうだ……まず事実確認しておくけどコルル、あなたがこのガーゴイルに誘惑をかけたのは事実?」
「は、はい」
話題が変わり、ベリアに話しかけられ、ビクリと肩を震わすコルル。
「それでこの男が暴走したのも?」
「ほ、本当です……わたし、こいつに異空間で勝負を挑んだけど負けて、捕まっちゃって、それで一か八かで誘惑を……でもこいつが暴走して追いかけられて、また捕まっちゃって、ベリア様が助けてくれたんですが、そのあとまた捕まっちゃって、こんな醜態、ベリア様に会わせる顔なくて、ごめんなさいベリア様ぁ……わたしっ! うあああっ!」
な、泣くことないだろう。
なんか俺がすげえ悪いことしたみたいに思える。
めっちゃ、捕まってんなコルル。
「俺の言うこと、信じてくれたかベリア?」
「そうね、よく考えたら私にあんな下劣な呪いをかける男だし、誘惑に引っかかってもおかしくはないかもしれないわ」
「と、棘のある言い方しやがって」
ここで、ベリアの発言に泣いていたコルルがピクリが反応する。
「ベリア様に、呪い?」
「……あ」
コルルの呟きに失言だったとベリアが気づくが、もう遅い。
「ど、どういうことですかベリア様! 呪いをかけられたのはベリア様配下の誰か、本人に配慮して内緒にしているのかと思っていたのですが……違うのですか?」
それに続くようキヌレがベリアに疑問をぶつける。
「そ、それは、その……う」
訝しげな顔をする二人。
そういや、城に来たエルフの補佐官の報告でもベリアの配下が呪いを掛けられたことになっていたな。
直近の配下たちにも正確なことを伝えていなかったのか。
「ベリア、俺が呪いのすべてを伝えたのはここにいるリーゼだけだ、呪いの有無についてはともかく、内容については他の誰にも言っていない。言ったら交渉にならねえしな」
「……」
「俺が言うのもなんだが、そこの二人だけには内容を伝えておいたほうがいいんじゃないか?」
報告、連絡、相談は大事だぜ。
今回みたいな件を再発させないためにもな。
俺は本当に実感した。
「私はベリア様のお力になりたいのです、教えてください」
「わたしもですっ!」
詰め寄る二人に、たじろぐベリア。
「い、いえ、その……あの……」
「臣下として主が苦しんでいるのを見ているだけなのは辛いです!」
「これまでベリア様に何度も助けてもらったんです! 今回だって……だから今度はわたしがお返しする番ですっ!」
なかなか慕われているようで、なによりだ。
「で、でも……」
チラチラとベリアがこちらを見てくる。
「とりあえず……席、外そうか」
「そうだな。俺たちがいたら切り出しづらいだろうし、出るのが優しさか」
俺は空気を読んだクライフに頷く。
そう言い、立ち上がって部屋を出ていく。
話し合いが始まって、すぐ外に出るってのも変な話ではあるがな。
「「「「…………」」」」
「なんだよ? こっち見て……」
別に俺は優しくなくて結構なんだけど。
「あ、アンタも出ていくのよっ!」
俺は呪いをかけた張本人なのに。
リーゼに腕を引っ張られ、俺も部屋の外へ。
まぁ困っているベリアを見ていたい気もするが……少し悪趣味か。




