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そのガーゴイルは地上でも危険です ~翼を失くした最強ガーゴイルの放浪記~   作者: 大地の怒り
リドムドーラの街編

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魔王2

先日、6月23発売のガーゴイル三巻内容について活動報告を更新しております。

 向かい合い、睨み合う俺とコルル。

 その周りを取り囲むように立つコルルナイト。


 しかしまぁ……開戦前になんだけど。


 これから戦うのに客室の一室だと狭い、特にコルルナイトが邪魔。

 扉の方を見れば、廊下までコルルナイトが行列を作って待機しているみたいだし。


 せめてここが大広間とかなら、まだよかったんだろうけど。


「……せ、狭いね」


 どうやらコルルも同じことを考えていたみたいだ。


「それに暑苦しいし、戦う場所を変えよう」


「そりゃ、構わないが……外にでも出るのか?」


「まさか……必要ないよ」


 コルルがパチンと指を鳴らす。


 その直後に視界全体が闇に支配され、転移魔法陣で感じたのと同じ浮遊感を全身に感じる。

 数秒して視界が切り替わった時、そこは客室ではなかった。

 辺りにはなにもなく、地面と夕焼け空だけが果てまで続いて見える広大な空間だ。


「どこだ、ここ?」


「戦闘用の異空間だよ、君を連れて部屋から空間転移したんだ」


「……空間転移」


「広いだけで何もないけど、戦うにはもってこいでしょ。それに大事な城を壊されたくないからね」


「…………」


 空間魔法は最も扱いが難しいとされる魔法の一つだ。

 それを使えるのはさすが魔王といったところだが……少し妙だな。


 空間転移(テレポート)は転移距離、転移する人数などにより消費魔力が増える。

 このように軽々と制限なく使用できる魔法ではない。

 俺にコルルナイトたち、多人数を連れて転移となると莫大な魔力を消費する。


 とすると、何か事前に部屋に仕掛けが施されているか、特殊なマジックアイテムを保持しているか。


 そういえば、魔法発動直前にコルルの首元のペンダントの宝石が一瞬光った気が……。

 アレが魔法の補助媒体的な役割を果たしているのかもしれない。


(空間転移……か、かなり面倒だな)



「しかしお前、思ったより慎重なんだな。魔王にとって他の奴らなんて格下同然なんだから、わざわざ転移なんかせず、サクッと仕留めて終わりにしようとするかと思ってたよ」


「私もそう思ってたんだけど、なんか君……存在が妙に気持ち悪いんだよね」


 気持ち悪いって……お前。

 地味に効く精神攻撃しかけてくるな。


「そもそも、一人でここまで来ただけで絶対君は普通じゃない。誘惑も通じてないし、それに……昨日も平然と集会に紛れ込んでいたみたいだしね」


「……なんだ、気づいていたのか」


「あんな奇声をあげた個体をそう忘れはしないよ。あまりに堂々としているから、見逃してしまった……まったく」


 コルルがため息を吐く。


「本当に不覚だった……でも、ここで君を捕まえれば何の問題もない……それじゃ、そろそろ始めよっか」


 今度こそ、本当に魔王との戦いが始まった。




 俺を囲み、ジリジリと距離を詰めて来るコルルナイトたち。


 正確な数はわからないが、全部で三十人以上はいるか。

 ここにいるコルルナイト全員が赤鎧のエリート個体だ。


「手下に任せて本人は見ているだけか?」


 コルルは俺の動きを遠くから観察している。


「使えるものは使わないとね……誰が戦おうと、君が捕まれば問題ないし」


「そりゃそうか」


 まずは様子見というところか。


 といっても、隙を見せたら空間転移で背後から急襲されるかもしれないからな。

 コルル本人に対する警戒も怠らないでおこう。


 コルルが俺を指差して、コルルナイトに攻撃の合図を出す。

 一斉に襲いかかってくるコルルナイトたち。

 大空間で動きやすくなったのは俺だけではない。

 彼らも互いの動きを阻害することなく、自由に動くことができる。


「くたばれっ、不届きものめ!」「コルル様に仇なす者よっ!」


 コルルナイトが大きな声をあげ、四方から剣で切りかかってくる。

 だがこの程度、手数も威力も変異種の触手乱舞に比べれば微々たるものだ。

 振り下ろされる剣戟を適当に回避しつつ、拳で鎧の上からぶん殴る。


「ごぼふっ」、「がっ!」、「ぐえっ!」


 一体、二体と次々に勢いよく吹っ飛んでいくコルルナイト。

 必要ない限り使うのは身体強化魔法だけに留め、格闘戦で仕留めていく。


 全身鎧のおかげで種族ばれしていないというのは俺のアドバンテージだ。

 この戦い、向こうは俺がどんな戦い方をするかはまだわかっていない。




 正直言って、俺ならコルルナイトを一気に倒すことは可能だ。


 こんな風にチマチマ殴るのではなく、最初から高レベル魔法などを展開して一気に攻める方法も考えた。


(だが、それをしたら……コルルに警戒されて転移で逃げられる確率が高い)


 奇襲攻撃が成功すればいいが、失敗してベリアを助けにでも呼ばれたらかなりキツイ。

 今はまだ、極力手の内を晒さないように戦うしかないと判断。


 ストレスが溜まるが、行けると判断できるまで機を待つ。

 まずはどうにかして、コルルが逃げられない状況を作り出す。


 少しパワーがある程度なら、そこまで警戒はされないはず。

 そんなわけで今の俺はグラップラー……さぁ、拳をくらいやがれ。



「結構、やるじゃないか」


「……だろ、もっと褒めていいぜ」


 コルルが地面に倒れたコルルナイトたちを見て呟く。


「けど君、なんで背中の大剣を抜かないの?」


「はは……そりゃ、てめえら相手にコイツを使う必要がねえからだよ」


 マジで飾りと同じだからな。

 大剣使うなら拳で殴った方がマシだ……ていうか大剣は邪魔なくらい。

 大きく動くとゴツンゴツンと大剣が地面にぶつかるし、ガチャガチャ鳴ってうるせえし……もうここに捨てようかな。


「……ふぅん、ちょっと生意気だよ君」


 少し不愉快そうな顔を浮かべるコルル。

 コルルは俺の言葉を別の解釈で取ったらしい。


 まぁ確かに紛らわしい言い方ではあるが……ふむ、せっかくなので軽く挑発してみるか。


「……憐れ、だな」


「な、何がかな?」


「決まってる。お前に魅了されたコイツらがだよ」


 俺はコルルナイトに視線を向けて呟く。


「空っぽなんだよ……こいつらの剣からは何も伝わってこねえ。怒りも、悲しみも、憎しみも、何もな」


 それっぽいことを適当に言ってみる俺。

 こういうのは結構好きだったりする。


「呼吸するだけの人形、こんな奴ら相手に俺の剣は勿体ねえ、この拳で十分」


「へー」


「抜きたかったらお前自身がかかってこいよ。早く俺から抜かせてみな……コイツ(大剣)をよ」


「……」


「このままだと、退屈過ぎて欠伸が出そうだぜ」


 ふてぶてしい感じでコルルを見ながら、俺は大剣の柄をコンコンと叩く。


「ほれ、どうした? サキュバスなんだからヌくのは得意だろ?」


「さっ、最低だよ、コイツ!」


 適当にコルルを挑発してみると、それなりに効果があった様子。

 さっきから外で観察しているだけだったコルルが動きを見せる。


 大気中にコルルの全身から魔力が広がっていき、『誘惑(テンプテーション)』が展開される。

 空間内に漂う甘ったるい匂い。

 昨日、集会で『誘惑(テンプテーション)』を見た時にも感じたもの。

 一度見ているので別段驚きはないが……視界はぼんやりと霞んでいく。


「うん? ……この感じ、ねばっこい視線、臭い……まったく効いていないわけじゃないみたいだね」


「ああ、困ったことにな」


 俺の様子を見て呟く魔王コルル。


 後でメーテルさんに聞いたが、これは完全無効化まではできていない証拠だそうだ。

 気をつけないと、性欲に頭が侵食されてしまう。


 モヤモヤと霞んだ視界から逃げるように、頭をぶんぶんと振る。

 まぁ今の動作にどれだけ意味があるかはわからんけど……。


「痴女同然の破廉恥な格好しやがって……興奮すんだよ、くそが!」


「ふふ、そっかそっかっ」


「でも……嫌いじゃあないぜ」


「そ、そっか……へ、変な奴だなぁ」


「だが、この程度ならまだ戦いには影響ないと思うぜ」


「……ふぅん、それはどうかな?」


 俺の抵抗している様子を見て楽しげな顔を見せるコルル。


「まぁ確かにあれだ。こうして動きながらも、揺れて今にも服からこぼれ落ちそうなお前のでけえ**を***回して、その***の中に***してやりてぇと頭ん中で考えているところだが、まだ我慢はできるさ」


「アアアアア、さ、寒気が……」


 俺のセクハラ攻撃にブルブルと腕を抱えて震え出す魔王コルル。おかしな女だ。

 サキュバスだし、風俗街を経営しているんだからこの程度は慣れっこだと思うんだけど。


 そういやコルル自身が相手したとかって話は聞いてないな。

 意外と男慣れしてなかったりするのだろうか?

 まぁ、魔王相手にこんな口を聞く奴はそういないだろうがな。


 そんな思考をしている間にも、頭にかかるモヤが大きくなっていく。

誘惑(テンプテーション)』の効果がどんどん強力になっていく。


 性欲に心を支配されないように意識をしっかりと持つ。


「ヒアアアアアアアッ!」、「ヴオオオオオオオッ!」、「フヒヒヒヒヒヒッ!」


 コルルの『誘惑(テンプテーション)』を受けてコルルナイトたちが咆哮をあげる。

 先ほどにも増して様子がおかしい。

 なんというか、一言で言えばイっちゃってる感じだ。

 さっきまではまだ言葉らしきものを話していたのに、今は雄叫びをあげて獣同然だ。


 刹那、コルルナイトの一人が俺の懐に飛び込んで来る。


「……っ!」


 先ほどまでの倍近いスピードに、わずかに反応が遅れてしまう。

 頭上から勢いよく振り下ろされる大剣を拳で横にはじく。


「……あっぶねっ」


「強く魅了をかけると理性が飛んで細かい命令はできなくなるけどね、戦闘力は大幅に向上するんだ」


 誘惑で理性を取っ払った狂戦士モードってやつか。


 本来、身体には心理的なブレーキがかかっている。

 意識的に出せる全力と、本当の意味で出せる全力は異なる。

 あるライン以上の力を出せば筋繊維がちぎれるなど身体に影響を及ぼすから、その前段階で通常はストップをかける。

 だが……魅了状態の彼らはブレーキが存在せず、そのラインを簡単に踏み越えてしまう。

 結果、身体への負担は増すが戦闘能力は大幅に向上する。


「痛みを無視した、死をも恐れぬ戦士ってやつか」


「そゆこと、じゃあそろそろ……お望み通り」


 遠くに感じていたコルルの気配が消失する。

 一瞬で俺の頭上高くへと空間転移するコルル。


「いくよっ!」


「ちっ!」


 同時、空に展開される凄まじい数の『風刃(ウインドカッター)』。

 コルルが腕を振り下ろすと同時、俺目掛けて一斉に襲いかかって来る。


 単発で見れば低レベルな攻撃魔法だが、その圧倒的な数は驚異だ。

 シンプルな物量攻撃だが、ゆえに回避は難しい。

石の盾(ストーンシールド)』を頭上に展開し降り注ぐ風の刃を防ぐ……が、みるみるうちに石の破片が飛散していき、瞬く間に小さくなる。

 すぐに盾の意味をなさなくなってしまう。


「さっきまでの調子はどうしたのかな? まさかこれで終わるってことはないよね?」


「……な、生意気な女だぜ」


 だが、それでいいのかもしれない。

 それでこそ戦意が湧いてくるというものだ。

 戦いになったら女相手だろうが遠慮する俺ではないが、女を殴るのは少し気分がよくない。

 あれぐらい敵意を向けてくれたほうが割り切れるからやりやすい。


 しかし、空を飛ばれるとやりにくいな。

 かといってコルルのいる頭上に意識を割いていると、コルルナイトが地上から迫って来る。

 エリート個体の赤鎧だろうが俺にとっては驚異ではない……が、これだけ集まると少し面倒ではある。


 ペースを奪われると防戦一方になりそうだ。

 俺に翼があればコルルに空中戦を仕掛けられるんだが……ないものを言っても仕方ない。


 丁度『石の盾(ストーンシールド)』が破壊されたところで、再び『石の盾(ストーンシールド)』を頭上に展開する。


 コルルの魔法相手では数秒しか持たないだろうが、それだけ稼げれば十分だ。


「……つうかよ」


 俺は背中の大剣に手をかける。


「さっきから邪魔なんだよ、この剣っ!」


 大剣をギュッと握り締め、思いっきり大回転する。


「うごふぁっ!」、「ぐえっ!」


 回転に巻き込まれ、近くのコルルナイトたちが悲鳴をあげて吹っ飛んでいく。

 切るというよりは叩きつけていく感じだ。

 ちゃんとした使い方なんてわかんねえ。


 そして遠心力を乗せた大剣をコルルに向けて投擲する。


「プレゼントだっ……おらあっ!」


「……とっ」


 勢いよく投擲された大剣をコルルは身体を捻って空中で回避するが、わずかに虚をつかれたようで態勢を崩す。


「と、とっておきじゃなかったの?」


「いいんだよ、細けえことは……よっ!」


 俺はコルル目掛けて大跳躍する。

 目算、上空二十メートル……こんくらいなら余裕で届く。

 だが、コルルの身体に拳が触れる寸前で空間転移されて逃げられてしまう。


「くそ、ちょこまかと動きやがって……」


「よくそんな高く飛べるもんだね。ちょっと驚いたよ」


 地面着地と同時に駆け出し、コルルナイトの包囲網から脱出する。

 しかし空間転移は本当にやりにくいな。

 コルルを捕まえるのに苦労しそう。


 着地した俺めがけて集まってくるコルルナイトたち。


 まったく、地も空も忙しいことだ。

 まぁコルルナイトの数も地道に減ってはいる。残り二十体くらいか?

 倒れているのは、俺がやったのとコルルの風魔法の巻き添えを受けた個体だ。


「……お前、自分の部下なのに容赦ないな」


「最初から彼らはそういう存在だからいいんだよ」


「……あん?」


「知らない? 彼らは元々凶悪な犯罪者だよ、力はあるけど周りに迷惑をかけてきた人たちなんだ。ベリア様に魅了する相手は選ぶように言われてるしね。さすがに罪のない一般人にこんな真似はしないって……」


 そういや、そんなことをメーテルさんも話していたな。

 まぁ魅了されていると知りつつ、ぶん殴った俺も俺だが……。


「それよりも……戦いの最中に敵のことを考えるなんて余裕じゃないっ!」


「ぐおっ!」


 追って来るコルルナイトから距離を取ろうと走っていると、背中に強い衝撃を受ける。

 対応できず、地面をゴロゴロを転がっていく俺。

 空間転移したコルルに背後から蹴っ飛ばされたようだ。

 そして回転した先には、いつの間にか俺を見下ろすコルルがいた。


 て、転移ずりぃ! 


 腕に魔力を一気集中し、身体強化した拳を振り下ろすコルル。


「うぐっ!」


 回避できず、鎧の腹部がベコンと大きくへこむ。

 襲いくるコルルの攻撃、途切れることなく続く乱打、乱打。

 腕を交差してガードするも、衝撃は殺せない。

 背中の地面がひび割れ、体とともに少しずつ沈んでいく。


(ち、ちっさい身体なのに、大した攻撃力じゃねえか)


 暴走状態の変異種と比べて一撃のダメージは少ないが……ピンポイントに急所を狙ってくる。

 どうにか乱打の隙を狙って蹴り上げるも、コルルは空間転移で回避してまた距離をとる。

 起きあがり、正面に立つコルルを睨みつける。


 くそ、空間転移の出現タイミングが掴めない。

 間合いが把握できないから本当にやりにくい相手だ。


「ほいっと」


「……んぬあっ!」


 と、考えている時にもコルルが頭上に空間転移。


 両腕の振り下ろし攻撃を、思いっきり横っ飛びして回避する。

 消えたら即死角を警戒……それでも現状避けるのが精一杯か。


 少しでも冷静になろうと努める。

 焦ったら向こうの思う壺だ。

 魔力感知を使ってコルルの転移先を一瞬でも早く把握するんだ。



 攻撃を避けて、受けて、避けて、受けて……の何度かの攻防のあと。


「そこおおおおっ!」


「……っ、とぉ」


 死角から繰り出されるコルルの拳にカウンター。


「……ぐっ!」


 俺の反撃はコルルの首元をかすっただけ、コルルの攻撃はマトモに腹部に入り、俺はまたも無様に地面を転がる。

 だが……ようやくかすらせることができた。

 俺はすぐに立ち上がる。


「……反応、良くなってる」


「そりゃ、こんだけやられたらな」


 何度も繰り返されれば少しは慣れて来る。

 だが、もっと早く反応しないとコルルは捕まえられない。

 困ったな。ベリアが城に戻って来るまでにどうにかコルルを無効化しねえと。


 さすが魔王、誘惑抜きでも十分強い。


 ったく、ヒットアンドアウェイでやられっ放しとか超ストレスたまるわ。


「にしても、かったいなぁ……なんなの、君? あれだけ被弾して普通に立ち上がるし、想像以上に強い」


 赤くなった拳をさすっている魔王コルル。


「それに魅了が多少は効いているはずなのに……戦っていて視線誘導の効果を感じない」


「視線誘導?」


 視線誘導、要は男の本能に訴える魅了の効果の一つらしい。

 例えば風で女性のスカートが捲れると男は反射的に見てしまう。

 それと同じことが戦いの最中にも頻繁に生じるようになる。

 間抜けなようにも感じるが、その効果は侮れない。

 達人同士のハイレベルのバトルなら、ほんの一瞬のわずかな隙が勝敗を分けることもある。


「君からは強い性欲を感じる。耐性のせいか支配まではいかないけど、視線誘導ぐらいは起きるはずなんだよね」


 これは本能的なもので絶対に抗えないそうだ。

 緊張感溢れる戦いの最中ですら、コルルの揺れる胸やら、柔らかそうな太ももやらが視界に映ると、視線をずらしてしまう。

 露出の多い服が余計に男たちの目を惹きつける。

 防御力の低そうなサキュバスの服だが、戦闘面でもキチンと考えられているのだ。


「はっ! 俺レベルになればそんなのどうってことねえんだよ」


「気合や根性でどうにかなる話じゃないんだけどね」


「馬鹿め……最初からずっと胸に照準を合わせてれば影響は少なくてすむんだよ」


「…………な、ないわぁ」


 俺の答えにコルルが顔を顰め、ドン引きしていた。


「君と話していると頭がおかしくなってくる。まぁ、なんにせよ……その兜の下がどうなっているのか、すごく気になってきたよ」


 会話が終わると同時、また空高くに転移するコルル。

 コルルが両腕を掲げ魔力が手先へと集中していく。

 ゴオオッと埃を捲き上げながら、コルルの頭上に風が渦巻き集まっていく。

 コルルの身体の倍じゃきかない、風の玉が生成される。


 今にも高レベル魔法が発動しそうな感じ、急ぎ対抗策を打とうとするが……。


「……むっ?」


「ふふっ、逃がさないよ」


 いつの間にか、コルルナイトが俺の手に足に全身を抑えるように絡みついている

 魔法が完成する前に片っ端から振り払おうとするも、次々から次へと纏わりついてくる。

 コルルナイトの数が多く、なかなか振りほどくことができずに少し焦る。


 だが……ここで俺は閃きを得る。


「うおおおおおおおおおっ!」


 身体に密着していることを利用して、コルルナイトの体内魔力をひたすらにかき乱す。

 強制的にコルルナイトの魅了を解除していく。


「……あ、う?」

「お、俺はどうして? こ、ここは一体?」


 一人、二人と我に帰るコルルナイト。

 敵の敵は味方というしな。急遽仲間を作って脱出する作戦だ。


 ただ敵を仕留めるよりも、この方が場の状況を有効利用できる。


「そんなことしても、もう遅いよっ!」


 気づけばコルルの頭上には馬鹿デカイ風の玉。

 直径十メートルを超えたソレが、ブオオオオオンと風切り音を立てている。


 ちくしょう、間に合わなかったか。

 もう脱出はできなそうだ。

 だが……それでも、俺のやったことは無駄じゃねえ。


 この瞬間、俺には心強い仲間ができたからだ。


「そ、そうだ。俺は確か魔王コルルに捕まって」

「思えば、長い夢を見ていたような……」


 まだ半覚醒状態のコルルナイトたちを一瞥する。

 出会ったばかりで、お互いの趣味も年齢も種族も素顔すら知らねえ。

 だけど……孤独じゃねえ、一人じゃねえ……痛みを共有する仲間がいる。


「幸せな、とても幸せな夢を見ていた気がする」

「ああ……俺もだぜ。ふわふわした夢……」

「心地よい微睡みの中に俺たちはいた」


 本当に幸せなことに、まだ現実が認識できていないようだがな。

 だがそれも時間の問題で、夢から覚める時間はやってくる。

 上空の異常に数秒して気づき慌て始める。


「うげっ! なななっ、なんだよアレ!」

「あの、でけえ風の玉はなんだよっ!」

「つうか、あれっ、魔王コルルじゃねえかっ!」

「どうして俺、こんなことにっ? 魔王の戦いの場にっ!」


 頭上のコルルと大魔法を見て困惑、混乱するコルルナイトたち。


 地上で慌てふためく俺たちを嘲笑うかのように、無情にも放たれるコルルの攻撃魔法。



「来るぞおおおおおおおおおぉぉぉぉっ!」


「「「「「来るぞじゃねええっ!」」」」」


 悲鳴をあげるコルルナイトたち。

 魅了されたままなのと、困難な現実を知るの……どっちがコイツらにとって幸せだったんだろうか?


 だが……彼らは本来、魅了されたまま巻き込まれて無抵抗で死ぬはずだった。

 そこに抵抗する生きるチャンスが与えられんだから文句はあるまい……と思う。

 うん、ちょっと申し訳ない気もするが、かすかに湧いた罪悪感を誤魔化すことにする。


「こんなとこで死んでたまるかあああっ!」、全力で防御魔法を展開しろおっ!」、「離れるなっ! 小さくなって固まれえええっ!」、「ありったけの魔力を絞り出せええっ!」


 何の因果かこうして集まった俺たち。

 なんの繋がりもねえ俺たち。

 だが……こんなギリギリの状況だからこそ、生まれる絆もある。


 生きたいという志は同じ。

 俺たちは身を寄せ合い、協力して大きな力へと立ち向かう。


 さぁ、一緒に風を感じようぜ。


 コルルが放ったレベル六風魔法『大竜巻(トルネード)』が襲いかかる。


 風の玉が地に着弾すると同時、ブワリと周囲一帯を風が包み込む。

 発生した竜巻に巻き込まれ、地を離れ一瞬にして天空へと上昇していく身体。


 俺たちは自由を奪われて、そのまま空高くから落下し地面に叩きつけられた。






「……ふぅ」


 土煙が巻き起こる中、翼をはためかせてゆっくりと地面に下降するコルル。

 地面には渦のような破壊跡ができており、その上には倒れ伏すコルルナイトたちが見える。


「…………うっぐ」、「あ、うぅ……あ」


 聞こえてくるうめき声。

 人格に問題があるとはいえ彼らは実力者、大竜巻(トルネード)を受けても生き残っていた。

 全員、満足に立つことすらできず……地面でピクピクと蠢いているが。


「さて、どうなったかな? あのタフさなら死なないだろうけど、アレを受ければ……」


「……だらあああっ!」


 俺は頭上に積み重なっていたコルルナイトを押しのけ立ち上がる。


「……う、そぉ」


「あ~今のはちょっとだけ、効いたな」


 コルルが現れた俺を見て唖然とした顔をする。


「……ど、どうなってんの君? 絶対おかしいでしょ、アレで無傷なんてあり得ないでしょ」


「いや、さすがに無傷じゃないぜ」


大竜巻(トルネード)』で地面に叩きつけられた衝撃により、鎧内部の見えない場所に打ち傷ができている。

 まぁ……これぐらいならすぐに治るし問題ないけど。

 にしても頑丈な鎧だぜ。

 衝撃で凹んでいる箇所はあるが、機能性を損なっていない。

 変装目的で装備してたので気にしなかったが、リーゼはいい防具を渡してくれたようだ。


「それに、周りにいたコルルナイトたちが破壊力の一部を負担してくれたからな。かなりダメージを抑えられた」


「だからって、いくらなんでもこれは……」


 コルルナイトに感謝しよう。

 地面に倒れている彼らに心の中で礼を言う。


 一応の感謝の気持ちということで、これ以上攻撃の余波を受けないように、一か所にまとめて石牢獄(ストーンプリズン)の中に入れて置いてあげよう。

 せめてゆっくりと休むといい。


 あとは……俺に任せろ。


「……」


 その間、コルルに行動を邪魔されることもなかった。

 まぁ……止める理由もないしな。

 コルルは得体の知れないものを見るような目で俺を観察していた。

 さすがに異常過ぎると感じたようで……警戒度がグンと増した気がする。


「さて、ぼちぼち本格的に攻めるとするか……ようやく準備も整ったしな」


「準備?」


「もちろん、お前を捕まえる準備だよ。この空間に立っているのは俺とお前だけ……サシの戦いに集中できる」


「……」


「そして、お前はこの空間から逃げられない」


「何を言って……あっ!」


 首にかけられたペンダントに視線を送るコルル。

 ペンダントの宝石部分に大きなひび割れが存在しているのに気づく。


「ペンダントに嵌められた宝石……それはおそらく、異空間にアクセスするためのマジックアイテムだろ?」


「……さっきの攻防の時、か」


「ああ、お前を捕まえるにはソレがどうしても邪魔だったからな。最初に壊す必要があった」


「どうして気づいたの? 私の空間魔法だと考えなかったの?」


「……それにしてはお前の空間魔法が派手過ぎた」


 空間転移(テレポート)は有用な魔法だが制約も多い。


 まず転移距離、これはせいぜい数百メートルといったところだ。

 距離に応じて消費魔力が飛躍的に増え、転移座標指定も難易度があがるからだ。

 転移には距離に応じた魔力が必要で、適量の魔力を込めなければ想定した転移先と実際の転移先のズレが生じる。

 当然、転移距離が伸びるほど要求される魔力量の計算や調整が難しく、誤差は大きくなる。


 これより、空間転移を成功させるには緻密な魔力制御能力が必要だ。

 他にも転移先に障害物があると、転移が失敗するなどの条件がある。

 障害物の少ない空と大地だけのこの空間は、コルルの空間転移(テレポート)を活かせるフィールドといえる。


 このように、高レベルの魔力制御能力と効果に応じた魔力量が求められる空間魔法。

 それなのに……コルルのしたことは派手過ぎた。

 五十人近いコルルナイトを同時に正確に空間転移(テレポート)? ……あり得ない。


「そもそも、別次元へ転移する魔法なんて聞いたことがねえ。もしかしたら、ここが城から離れたどこかかと思ったが、それにしたってこれだけの数のコルルナイトを一瞬で長距離転移なんてできるわけがねえ……いくら魔王でもな」


「……」


「つうか、転移直前に宝石が一瞬光っていたしな。違和感に気づけば十分答えにたどり着ける。その宝石が発した光に触れた存在を異空間へと転移させるアイテムって感じかな」


「……せ、正解。なかなか大した観察眼だね」


 素直に驚いたとコルルが言う。


「とにかく、これでお前はこの空間に閉じ込められたってわけだ」


「……やってくれたよ。希少なんだけどなぁ、これ」


 ようやくコルルに一矢報いた形となる。

 ギリギリまでコルルを追い詰めても、外に逃げられたら何の意味もないからな。


「俺はただやられてたわけじゃねえんだぜ」


「うん、まぁ……ちょっとイラッときたよ。けど……さ」


 一拍置いてコルルの口が開く。


「私がこうなった場合のことを考えていないと思う? そんな間抜けに見えるかな?」


「見えるぞ。だってお前……俺が昨日侵入してるのにも気づかなかったじゃねえか」


「ううっ、うるさいなっ! それはそれなんだよっ! 誰だって失敗はあるでしょ!」


 逆ギレするコルル……事実を指摘しただけなのに理不尽過ぎる。

 コホンと軽く咳払いをしたあと。


「本当に口の減らない男だよ。こうなった時に備えて、城にはアイテムのスペアぐらいあるよ。あと少しすれば外のベリア様が異常に気づいて来てくれる。ここから出れる」


「……」


「ふふっ、残念だったねっ! ベ~~っだ!」


 ベロを出して、あっかんべ~をするコルル。

 どうだ参ったか! ……と言わんばかりだ。

 やれやれ……魅了のせいか、そんな小生意気な仕草も可愛いと思ってしまう。


 我ながら困ったもんだ。これは早くコルルを拘束しないと……。


「昨日侵入した君なら知っているかもしれないけど、ベリア様はもうじき城に戻ってくるよ。早ければあと五分てとこかな」


「……」


「ま、ペンダントを破壊したのは見事だし、勇気ある行為なのは認めてあげるよ。自殺行為とも言えるけどね」


「自殺行為?」


「まさか自分が出れなくなってまで私を閉じ込めようとするとは考えなかった」


「……え?」


「…………えっ?」


 俺のキョトンとした反応にポカンとした顔を浮かべるコルル。

 なんとも間抜けな感じである。


 そういや、ペンダントが壊れたら俺も出れないよな……あっぶね。


「ちょっと待って……まさか君、考えてなかったの? あんなに得意げに語っておいて……普通、まずそこ考えるでしょ!」


「……ふはははははははっ!」


 とりあえず、笑って誤魔化すことにする。

 コルルが「マジか、コイツ……」みたいな顔をしている。


「やばいよ……絶対やばいよコイツ。お近づきになりたくないタイプだよ」


「う、うるせえな! 誰だって失敗があるって、てめえも言ってただろうが!」


 リーゼだってそこまでダイレクトな悪口は言わないぞ。


「……ほれ、いいからさっさと続きやるぞ! 続き!」


「君、本当に自分の置かれた状況理解してる?」


「だからベリアが助けに来てくれるんだろ? 俺のやることは何も変わらねえ」


「……こ、こいつ。真性の馬鹿なのかなっ!」


 苛立たしげな口調のコルル。

 焦らせよう、動揺させようって魂胆なのかもしれないけど、そうはいかない。

 俺は逆境には強いぜ……おそらく。


「タイムリミットは五分……それまでにお前を無力化してベリアへの人質としよう」


 大切な部下を人質に……かなり強引なやり方だけど交渉の場には乗ってくれるだろう。

 コルルを捕まえたらベリアへ悪印象だろうが、この戦いは回避不可能だから仕方ない。


「本気でできると思ってるの? たった五分でっ! 触れることすらほとんどできなかったのに……」


「……たぶん、な」


 確かにコルルは強い。

 転移魔法に加えて翼による空中移動と、三次元的な高速移動を得意とする相手だ。

 全力で逃げに専念されたらやっかい極まりない。

 その上、異空間に転移されたら手の打ちようがない……だから俺はまず逃げ道を塞いだ。


 五分で捕まえるのなんて普通は無理。

 だが俺は千五百年の永き時を生きた歴戦のガーゴイル……普通じゃないからできるはず。


「老獪で頭脳的で戦略的な戦い方ってやつを見せてやるよ」


「抜かしてくれる……君は本当に人を馬鹿にしてくれるよ」


「馬鹿になんかしてねえよ……逆だ」


 コルルの実力なら簡単に死にはしないという信頼がある。

 さすがに殺してしまうと、ベリアと全面戦争となり交渉どころじゃなくなるからな。


 だからここからは……。


「……精々、飛行と転移を駆使して逃げ回ってみな」



 戦いの第二幕が上がる。

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