閑話 リドムドーラ2
本日二話目です
ここからリドムドーラ編後半に入ります
時は少し遡る。
夜、アルベルトが城に侵入しようとしている頃……城の最上階では。
「やぁ、クライフ元気にしてる~?」
ベリア様が温泉に出かけるのを見送ったあと。
私はクライフの様子を見に、彼が幽閉されている部屋の中へ。
「コルルか……元気ってお前、この状況でその挨拶はどうなんだ?」
「あはは、ま、そうかもしれないけどね」
確かに、現在の私たちの関係はなかなか複雑ではある。
まぁ幽閉と言っても、一応お互いの了解はあるんだし。
不必要にギスギスした雰囲気にしても仕方ない。
「それで、何か用かコルル?」
「いや別に、ちょっと顔を見に来ただけだよ」
「……それだけか?」
「うん」
少し警戒した表情のクライフ。
今、私たちにクライフを害する意志はない。
マーレルがこちらに来て、呪いの件が解明されるまでは……。
それは彼も十分わかっているはずだけど、だからって完全に無警戒になるほど楽観的でもないのだろう。
「そうだね……まぁあと付け加えるなら、君は一日中部屋の中にいるから、何か退屈凌ぎになるものが欲しいんじゃないと思ってね」
「……ふむ」
「何か希望はあるかな? できる範囲で聞くよ。適当に話し相手でも用意しようか?」
少し考える素振りを見せるクライフ。
「そうだな、なら適当に本でも持ってきてくれると助かる」
「ん、了解したよ。あ……もう少ししたら夕食持ってこさせるからね。今日はなかなか豪勢だよ~」
「…………夕食か。なぁコルル、少し聞きたいんだが」
「なにかな?」
クライフが私の顔をじっと見る。
「どうしてここ最近、食事を届けに来る女性が毎回違うんだ? 前はベリアの傍にいた吸血鬼の女性だっただろう?」
「あはは、そんなことか。別に深い意味はないって、今ちょっとベリア様付きのキヌレが仕事で忙しくてね」
「……」
私の答えに訝し気な顔を浮かべるクライフ。
どう見ても納得はしていない様子だ。
「クライフも色んな女の子が来たほうが嬉しいでしょ、善意だよ、善意」
「それと……妙にスキンシップが激しいというか、食事中も距離が近い気がするのだが」
「それこそ意味はないって……サキュバスだもん、種族的なものだと思って欲しいな」
「お前……いや、まぁいい」
「…………そ」
何か言いたそうなクライフだったけど、気にしない。
聞かれても答えられることはないしね。
まぁ実際、企んでいないわけでもない。
たぶん……これのせいあって、最初クライフに警戒されてしまったんだろうな。
クライフの様子見を終え、執務室へ。
ベリア様が温泉から帰るまで、キヌレと一緒に城の中でお仕事だ。
お一人で温泉に向かうのはここ最近のベリア様の日課となっている。
「あ~私も温泉行きたいな~」
「コルル様まで城を留守にするわけはいかないですし」
「ま、そうなんだけどね。仕方ない、気持ちを切り替えて仕事頑張ろ」
「はい」
本当は一緒に付いていきたかったけど、クライフを放置するわけにもいかないので、私は城に残ることになった。
自分の代わりに供を付けることも提案したけど、一人がいいと断られた。
誰か近くにいたほうが便利かなと思ったんだけど。
提案した時、ベリア様から強い拒否感が伝わってきたのでそれ以上は言わなかった。
まぁ、イモータルフォーのベリア様に護衛など必要ない。
一人のほうが落ち着けるという、ベリア様の気持ちも理解できるしね。
一緒に付いていけなかったのは少し寂しいけど、ベリア様が満足できる時間を過ごせることのほうが大事だ。
無茶を言って、己の本分を疎かにしてベリア様に迷惑をかけるわけにもいかないしね。
それに、私の紹介した温泉をベリア様が気に入ってくれたのは素直に嬉しい。
地質学の専門家の話でも、ここまで多様な効果を持つ温泉は稀有との話だ。
ベリア様がお気に入りになられるのもわかる。
湯の成分は現在も調査中で、まだ効能の全てが判明しているわけではない。
確認されているだけで腰痛、肩こり、魔力回復、肉体疲労。
他にも、まだ検証数が足りていないが、解呪効果まであるかもしれないとのこと。
研究者もあの辺りには何か秘密があるかもしれないと話していた。
「そういえば先日、温泉にベリア様が防音措置を施したほうがいいかもと話されていましたね」
「うん? でも前に夕食の席で、風で木々がざわめく音、山の生物の鳴き声、そういう自然の音を感じるながら浸かるのも露天風呂を楽しむ醍醐味ね…とか、ベリア様が話してなかった? 大体、あそこにはそんなに煩い生物はいないでしょ」
「はい。私もそのことを思い出して疑問に思い、ベリア様に確認したところ。発言を撤回されたのですが」
「そう……なら、ただの気まぐれだったのかな?」
「かもしれませんが、一瞬苦い顔を浮かべていたのが少し気になりました」
「……ベリア様、また何か問題を抱え込んでいるんじゃないよね?」
「だといいのですが」
あの方は心の中に色々溜め込んでしまう性格なので心配だ。
ベリア様は温泉で再会した時も少し疲れた表情をしていた。
現在、ベリア様に心労を与えているのはクライフの件以外にもある。
ベリア様から聞いた謎のガーゴイル。
ランヌとの戦争最後に出現したガーゴイルは、最高位魔法の一つであるレベル七水魔法『大津波』を展開しようとしたという。
そんな規格外なガーゴイルの話など一度も聞いたことがない。
正直、眉唾モノの話だがベリア様が冗談を言うとは思えない。
魔法はベリア様によって阻止されたようだが凄まじく迷惑極まりない話だ。
終戦間近にベリア様に与えた心労は大きいだろう。
イモータルフォーのベリア様と五分に戦ったというガーゴイル。
もし遭遇したら絶対に刺激しないように注意を受けた。
ガーゴイルがどんな存在なのか私自身興味はあるけど。
今、クライフに加えてガーゴイルのことまで考える余裕はない。
椅子に座って仕事をしていると、ノックの音が聞こえてくる。
部下のサキュバスが入室し報告書を持ってきた。
束ねられた紙を受け取り内容を確認していく。
紙には数日前から調べさせていたとあるデータが記載されていた。
「う~ん、どれもほとんど同じか~」
「はい、いずれも誘惑をかけるには不十分かと」
部下のサキュバスが答える。
「コルル様、その紙……何が書かれているのですか?」
「ああ、うん……見てみる?」
私の悩んでいる様子が気になったのか、隣の机で仕事をしていたキヌレが私に問いかける。
私はキヌレに紙を手渡す。
その内容を見たキヌレが顔をしかめていく。
「バニーガールが三、シースルーランジェリーが二…………な、なんですか、これ?」
「い、いや、別にふざけてないからね」
理解できないといった表情のキヌレ。
まぁ、気持ちはわからなくもないけど。
「これは万が一の場合、誘惑を使うことを想定してクライフの趣味でも調べておこうと思って……どんな相手に対し、欲情するかをね」
私は理由をキヌレに説明していく。
手元の紙の数値は各ケースにおけるクライフの興奮目安を調べたものだ。
数値が高いほど発情しているということ。
十段階評価で八くらいあれば誘惑にかかる確率が高い。
クライフへの配膳は当初キヌレが担当していたが、今は配下のサキュバスたちが行っている。
容姿の優れたサキュバスを選別し、色んな衣装を着させて魔王クライフに食事を届けさせた。
その際、配膳係のサキュバスを見た時の反応で、クライフの好みを少しでも知ることができればと思ったのだ。
サキュバスは相手を見れば欲情しているかどうか、なんとなくわかる。
数値は観測した人の感覚的なものも混じっているので正確ではないけど、まぁ大体で。
クライフも男だ。何かしら女性への好みが存在するはず。
このデータを使うことになるかはわからないけど、まぁ……あって損することはない。
少しでもクライフの性欲を引き出すことができれば誘惑がかけやすくなる。
今後の展開でクライフが敵になるか味方になるか不明だが、どう転んでもいいようにできることはやっておく。
私はベリア様に被害が及ばないように最善を尽くす。
これはあくまで保険だ。
調べても無駄になるかもしれないし、使わない可能性の方が高いと思っている。
クライフは私たちの言動を少し怪しんでいたけど。
さすがに調べている内容の詳細まではわからないだろう。
それに、こっちとしては普通に配下に食事を届けさせているだけだ。
現時点でクライフに害となるようなことをしているわけではない。
「な、なるほど、仰りたいことは理解しました。ですけどこれ」
「……どうしたの?」
「やってることはストーカーですよね」
「言い方悪いな~、戦いも男を口説くのも事前の分析はとても大事だよ。だよね?」
「はい、コルル様の仰る通りです」
配下のサキュバスが頷く。
「私に言わせればストーカーも恋する乙女も似たようなものだと思うよ~、デートで惚れた男の趣味に合わせてコーディネートする、今やっているのはそれの発展系。より詳細に、戦略的になっただけ」
「……その考え方もストーカー寄りだと思うのですが」
納得できない表情のキヌレ。
まぁ、この辺の考え方の違いは種族の影響もあるのかもしれない。
それに風俗街の経営管理なんてしていると、モラルというかその辺の認識が緩くなる。
「ま……といっても、今のところ結果は芳しくないんだよね」
どのケースも似たり寄ったりの数値だ。
まぁ総当たりで色々調べてみるしかない。
まだ全パターン試したわけじゃないしね。
せっかくだし、キヌレと話しながら考えを整理していく。
彼女は少し恥ずかしそうな顔をしていたけど。
「あの……コルル様」
「なに、キヌレ?」
「以前にも少し話を聞きましたが、そもそも魔王への誘惑って本当に実現可能なのですか?」
「……相当難しいけど、不可能じゃないよ」
相手が一際興奮するシチュエーションが作れれば、魔王相手でもいけるはず。
かつての自分と同格だった相手に誘惑を成功させたこともある。
誘惑の効果の程はその人の心の持ち様にも影響を受ける。
元々性欲が少ない人には効果が薄い。
他にも相手が所帯持ちだったり、心に決めた人がいたりすると成功率はガクンと下がる。
だけど、クライフに特定の相手がいるという話は聞いたことがないし、可能性はあると思う。
まぁ、格上のイモータルフォーレベルとなると、どうなるかはわからないけど。
「ただ前にも言ったけどクライフ個人が本当淡泊だからね」
「か、枯れているという線はないんでしたよね?」
「うん、それは確かだと思うんだけど……」
顔を少し赤くして聞いてくるキヌレに、私は紙の数値を見ながら答える。
「……おっ」
次の紙を見ると、少し興味深いデータが書いてあった。
「これちょっと数字が高めだ……なになに、メイド服で五?」
「あ、これはキヌレ様が着た時の数値ですね。一応記載しておきました」
「……え?」
配下のサキュバスの解説に、キヌレの肩がピクンと動く。
「あれ、もしかして、ちょっと嬉しかったりする?」
「……い、いえ別に」
本当だろうか? ちょっと間があったけど。
「でもさ、なんでメイド服?」
「す、すみません、私にも理由がさっぱり」
部下のサキュバスもわからない様子だ。
「メイド服なんて、一番露出少ないじゃない」
「はい、誘惑に向いているとは思えないのですが」
データはあくまでサキュバスの感性でつけた数値だし、偶然だろうか。
それともキヌレ個人の容姿がクライフの好みだったとか?
「コルル様、もう一度見せてもらってもいいですか?」
「ん?」
紙を受取り、データを確認していくキヌレ。
「……データを見ると、メイド服だけではなく、他の露出の少ない衣装も数値は高いですね。その逆に露出が多い衣装は数値が低い」
「ふむふむ」
元の数値が低いのでそこまで気にしなかったけど、確かにそうだ。
最高値のメイド服に対し、裸に近いスケスケのシースルーなんかは数値が低い。
「これって……コルル様、その、少し言いづらいのですが」
「いいよ、気づいたことがあるのなら遠慮なく言って」
「もしかしたら、サキュバスの誘惑する性質そのものが魔王クライフにとってマイナス要素になっているのでは?」
「ど、どういうことかな?」
「その……男性の中にはあまり女性に積極的に迫ってこられると逆に警戒してしまう人もいますし」
確かにそういう人もいると聞く。
女性にグイグイ来られると引いてしまうというか。
「魔王クライフは清純な女性の方が好きなのかもしれませんよ。奥ゆかしい感じがする」
「清純、積極的なのが駄目……か」
なるほど、私は思い違いをしていたのかもしれない。
キヌレの話は説得力があった。
不覚だ、私としたことが基本的な考え方がずれていた。
「おのれ、魔王クライフ……処女厨め」
「い、言い方が……さすがにこれだけで決めつけるのは酷すぎるかと」
「まぁ……なんにせよ、少しパターンを変えてみたほうがいいかもしれないね」
清純なんて言葉は私たちサキュバスから一番程遠いしね。
そう考えればクライフが興味を示さなかった納得できる。
何が男の心にヒットするかわからない。
以前開店した一本線というお店も、現在では三時間待ちの人気店だ。
あ、そうだ、また近いうち街に視察に行かないと。
定期的に行かないと治安に問題が出てくるしね。
金と女の集まる街では良からぬことを企む輩は多い。
……と、考えが逸れてしまった。
「あとは普通に女性の外見より内面をより重視する方という可能性もありますよ」
「まぁ、彼は紳士的な感じではあるしね」
とにかく、クライフについては継続して調べることにしよう。
キヌレと話しているといつの間にかコルルナイトに魅了をかける時間だ。
定期的に掛けないと彼らの魅了効果が弱まる。
掛け直すのは手間だが、もし効果が切れて裏切り者が出るとより面倒なことになる。
私は執務室を出て転移魔法陣から六階の大部屋へと向かう。
コルルには知る由もない。
この時の行動が後々、彼女の運命に大きく影響してくることを……。




