城侵入3
本日二話同時、一話目です
コルル様、コルル様……と連呼しながら歩くコルルナイトたちの後ろをついていく。
階段を降りて、六階の大部屋へと入る。
催し物が開かれそうな大空間の部屋だ。
部屋の四分の三近くはコルルナイトたちで埋め尽くされている。
なお、残りのスペースは一段高い壇上になっており、ポッカリと空いている。
コルルナイトの視線を考えるにこのスペースにコルルが立つようだ。
コルルが来るのを直立姿勢で待機中のコルルナイトたち、その中に混じる俺。
人数が多いおかげか、やはり一人増えても問題はなさそうだ。
なお途中、タイミングを見て認識阻害を解除した。
部屋の近くに隠れられそうな場所があればよかったんだけど、見つからなかった。
一人だけ外れた場所にいるのをコルルに発見されたら怪しまれるしな。
俺を囲むように立つコルルナイトたち。
こうなったらもう、こっそりと脱出はできない。
どうなってもいいように心構えだけはしておく。
しかしまぁ……かなり暑苦しい空間だこと。
ざっと見てコルルナイトの数は百人を超えている。
おかげで部屋の熱気が凄いことになっている。
誰も喋らない静寂の時間が続く。
待つ間、雑談の一つも聞こえてこない。
ここまで静かだと、統制が取れているというよりも不気味に感じる。
緊張感が漂う中、しばし待つと……扉の開く音がした。
ドアから現れたのはご立派な鎧を装備した四人のコルルナイト。
四人とも赤色に統一された鎧を装備している。
あの四人、他のコルルナイトとは気配が違う。
他のコルルナイトより数段強そうだ。
そして次に部屋に入ってきたのは赤髪ツインテールの少女。
少女は四人のコルルナイトに案内され護られるように壇上へ。
「コルル様ああああああっ!」
「ああああっ! コ、コルル様っ!」
「き、今日も、ううう麗し過ぎる!」
「うおおおおおっ! コルル様っ! コルル様っ! ……うっ!」
さっきまで黙り込んでいた連中で一斉に騒ぎ出す。
び、吃驚したぜ、さっきまでの沈黙とのギャップが酷い。
崇拝しているように、コルルへの賛辞を述べていくコルルナイトたち。
やれやれ、こうはなりたくないもんだ。
まぁランヌの精神支配を受けていた以前の俺もこいつらと似たようなもんかもしれんが。
俺はコルルを観察していく。
あれがサキュバスクイーン、魔王コルルか。
ふむ、聞いて想像していたよりも幼く見えるな。
リーゼやルミナリアよりも背は小さい、百五十センチないくらいだ。
まぁ一部分(胸)はとてもそうではないけどな。
歩く度にアンバランスなそれがタユンタユンと揺れている。
背中に生えた小さな翼が、ピコピコと動くのも妙にチャーミングである。
コルルが壇上中央に止まり、それを見て傍にいた色つきコルルナイトが一歩前に出る。
「一同、コルル様に敬礼!」
大きな声を上げる、色つきコルルナイト。
同時、一斉に膝を付き、頭を下げるコルルナイトたち。
俺は慌てて周りに合わせる。
そ、そういう不意打ちやめろよ。
動きがワンテンポ遅れちまったよ。
だ、大丈夫だよな?
コルルに怪しまれてないよな。
こっそりとコルルの方を見れば、特にこっちを意識している様子はなさそうだ。
どうにか怪しまれずに済んだようだが、今度から注意しよう。
「……ふふふっ♪」
コルルは自身に傅く俺たちを見て、満足気に笑みを浮かべている。
なんだろう、どこか小馬鹿にしたような笑い方に感じてしまう。
魔王コルルの笑顔はルミナリアやリーゼの笑った顔と違うような。
確かに顔は凄く可愛いんだけど……男を舐め切っているような、見下しているような。
クライフが城に捕えられているから、コルルに対し余計にそう思うのかもしれんがな。
しかし屈辱だ。仕方ないとはいえこの俺がこの女に頭を下げねばならんとは。
あの無邪気な顔を見ていると無性にお仕置きしてやりたくなるぜ。
だが、今回は隠密行動なのでグッとこらえないとな。
気に入らないが、我慢しようじゃないか。
というか、考えて見たら、むしろこっちが笑いたくなるぜ。
己の主に匹敵する存在が真ん前にいるってのに、気づかないとはな。
お前は今笑っている場合じゃないんだぜ。
ま、わかってねえからそんなに無防備なんだろうがな。
侵入者がいるってのに気づかずになんと間抜けなことよ。
俺からすれば魔王コルルも魅了されているコルルナイトも等しい存在。
実に滑稽、滑稽である。
「点呼おおおおおおおっ!」
……おい馬鹿、やめろ。
え? うそ? ちょっと待て……。
点呼って……百人以上いるのにそんなことすんなよ馬鹿。時間の無駄だろうが。
い、いや、だからこそ念を入れてやんのか?
と、とにかくやべぇぞ……どどどどど、どうしよう。詰んだかコレ。
内心、焦りの感情に支配され、どうすべきか迷っていると……。
「ん~、点呼はいいよ、今日はちょっと時間もないし」
点呼しようとしたコルルナイトを制止するコルル。
「で、ですが、いつもより集団が膨らんでいて人の気配が多いような気もするのですが……」
あのコルルナイト鋭いな、おい。
いつも檀上から見ているからか、普段の光景との差異に気づいたご様子。
ち、一人ぐらい増えてもわからないって判断はちょっと甘かったか。
「……大丈夫、大丈夫」
「……っ!」
直後、コルルの身体から濃密な魔力の波動が部屋中にほとばしる。
ぞくりと身体中で感じる、強烈な違和感。
な、なんだこれ? 視界が霞む。
部屋全体がフィルム越しに霧がかかったような光景が目に映る。
「ふふっ♪」
コルルの方からどこか甘ったるい匂いが伝わってくる。
なんだこの匂い、現在進行形で媚薬成分入りの香水を嗅いでいるような感じ。
無邪気に笑うコルル、彼女を見ているうちに気持ちが一気に高揚していく。
コルルに触れたい、その温もりを確かめたい。
柔らかく触り心地の良さそうな肌の感触を堪能したい。
あの黒い服を無理矢理ひんむいて裸にしたい。
そんな感情があふれ出て、急激に高まっていく情欲。
これはイケない兆候と、俺は胸部を押さえつけて気持ちを静める。
まぁ鎧越しなので、伝わってくるのは金属の感触なんだけども。
「う、ああああっ……」、「ココ、コルル、様……」、「ああ、う……おっ」
周りを見ればコルルナイトたちが激しく痙攣している。
上を仰ぎ大きく吠える者や、五体を床にこすりつけて拝む者、などなど。
その反応は様々だが、その様子から異常なのは伝わってくる。
これが……誘惑か。
コルルナイトが兜の中で今どんな顔を浮かべているのか、想像したくもない。
所々で鎧姿の男どもがビクンビクン動くのが、なんとも気持ち悪い。
「ぐおっ! ……てめっ」
隣のコルルナイトが大きく動き、俺の鎧にぶつかる。
不意打ちでバランスを崩しよろめいてしまう。
睨みつけるも、ぶつかったコルルナイトはコルルに夢中で俺の事は眼中にないようだ。
ぶつかったのに謝りもしない。
決めたわ。もし再点呼とかなった場合はコイツの魅了を強制解除しよう。
正気に戻ったコイツを、不審者として突き出しコルルへの生贄に捧げてやる。
「……うん?」
あ、やべ。
隣のコルルを見つめていたら、気づけばコルルがこちらを見ていた。
一人だけ普通に突っ立っている俺。
しまった、この空間では異常こそ正常だった。
このままだとコルルだと怪しまれるな……周囲と同調せねば。
「あ、あ……コ、ココ、コルル様。コルル様がいいいっ今こちらを見てくださった、おお、俺と目が合った。今俺、めめめ、目が合ったあああああああああっ!」
目が合ったしか言ってねえが、こういうのは勢いが大事だ。
俺はバンザイして超感激した感じに身を震わせながら、全力で咆えてみる。
視線を切るのではなく、あえてこちらから積極的にコルルの方を見る。
見ろよ、こっち見ろよ魔王コルル。刻みつけろよ俺の姿を。
攻めるのだ、こういうのはやり過ぎなくらいで丁度いい。
変に遠慮すると違和感が生じてしまう。
「おおお、俺のアイズとコルル様のアイズが合った、一致したああああっ! 二つの眼が今、絶賛交差したああああっ!」
「……う、うぅわ」
俺から顔を逸らす魔王コルル。
おいおいどうした? もっと見ろよ。
目ぇ開いて刮目しろよ。
「な、なんか一際気持ち悪いのが」
ちょっとやり過ぎただろうか……ま、まぁいい。
視線を逸らしてくれるなら好都合だ。
「……ん、これで大丈夫かな」
コルルの誘惑発動から三十秒程経過。
誘惑が止まり、俺たちの様子を見てコルルが口を開く。
「みんな、集まってくれてありがとうね!」
『も、勿体ないお言葉っ!』
コルルの労いの言葉に激しい喜びを見せるコルルナイトたち。
眼下のコルルナイトの様子を観察して、納得の顔を見せる魔王コルル。
一連の行為から、コルルがこの場にコルルナイトを集めたその目的を理解する。
隷属魔法と違って、誘惑の効果は永続的ではない。
時間経過でその効果は弱まるため、こうして定期的に集めて誘惑をかけているってわけか。
コルルナイトを城の自分の近くに置いているのは、管理しやすくするためってとこか。
「コルル様のためならっ!」、「この身はコルル様の物、礼など不要でございますっ!」
「うんうん、ありがと~、皆の忠義嬉しいよ。ここにいる君たちがわたしを困らせないように日夜動いてくれているのはわかっているからね」
「困らせないように……」魅了された者が今のコルルの発言を聞けばどうなるか。
この中に侵入者がいても自発的にコルルの元に出て名乗り出ることだろう。
隠し事を許さないという意味では方法としては確実ではある。
点呼を取るよりも侵入者を見つけるのは容易い。
ま、俺の様な例外を除いてだがな。失敗したなコルル。
とはいえ、俺も魅了されなかったとはいえ、誘惑によって増幅された性欲により風俗街の時以上に欲情している。
「…………ふぅ」
今すぐにでもコルルに襲い掛かりたい衝動を鋼の理性で抑えている状態だ。
俺なら完全に誘惑に抵抗できると思ったが……さすがだ。
しかしなんつうか、リーゼとセクキャバに入った時もそうだったけどさ。
この街に来てから不発というか、お預けがひどい。
なにこれ……ある種の拷問に近いぞ。
だ、大丈夫かな、我慢し過ぎると体に悪いと聞く。
後々酷いことにならなければいいんだけど。
とはいえ、ちょっと焦ったが、どうにか危機を凌ぎ切れたぞ。
「それじゃあ、この後もお仕事よろしくね~」
壇上で適当に話をしたあと。
用を終えたらしいコルルが四人のコルルナイトたちとともに部屋から去って行く。
俺はそれを見送ったあと、こっそりと追跡することにする。
コルルには指輪の認識阻害が通じないので、気づかれないよう慎重に移動する。
廊下を一つ、二つと曲がり歩くコルルたち。
うん? 妙だな……そっちは七階への階段とは逆方向なんだけどな。
不思議に思いながらも、彼女を背後からストーカーすること数分、コルルの足が止まる。
コルルの視線の先、廊下奥の小部屋前にコルルを出迎えるように誰かが立っていた。
メイド服を着て、肩で銀髪を揃えた賢そうな女、吸血鬼だろうか?
俺は廊下の角から、相手に気づかれないように観察する。
「……コルル様」
「あ、キヌレ、どうしたの?」
「いえ、もう少しでベリア様がお戻りになるので、お知らせに参りました」
メイド服の女性に話しかけるコルル。
もうじきベリアが戻るだと?
それが本当なら、ぼちぼち撤退を考えるべきだ。
丁度良く、その情報を知ることができて運がよかったな。
「あ……もうそんな時間か、ごめんね」
「いえ、いつもお疲れ様です」
「ま、定期的に掛けない駄目だからとね。裏切り者が出たりすると、もっと面倒だから」
一言、二言メイドと会話をして、部屋の中に入って行くコルル。
それから十秒ほど経過し、部屋内部の魔力反応が消えた。
俺は部屋の中へ入り、どうやってコルルたちが移動したのかその答えを探す。
答えは足下の床にあった。
薄く光輝く直径一メートル程度の六芒星の模様。
「……そういうことか」
空間転移の魔法陣、消えた理由はこれで間違いないはずだ。
足元の魔法陣と繋がっている魔法陣が最上階にあるのだろう。
コイツがあれば面倒な階段を使わずとも一瞬で行き来が可能だ。
もしかしたら、目の前の以外にも城には魔法陣はあるのかもしれない。
暫く魔法陣を観察していると、輝きは止み、何の変哲もない床に戻った。
光っている起動時はともかく、普段は床と同化しているようだ。
よく観察しないと魔法陣に気づかないな、これは。
なかなか嫌らしい作りをしている城だぜ。
魔法陣の存在を知らずに城に侵入しても、最上階には絶対に辿り着けない。
強引に突破しようとしても行き止まりで、最後はコルルナイトに退路を塞がれてジ、エンドだ。
「だがまぁ、わかっちまえばこっちのもんだ」
俺は魔法陣の設置された部屋を出る。
ベリアが戻ってくる前に、俺は探索を切り上げることにする。
これ以上の無理は禁物だからな。
クライフには会えなかったが十分な収穫はあった。
魔法陣の存在に加え、ベリアが城に戻る時間も大体わかったしな。
城の構造もかなり把握できたし、二回目はもっと早く動けるはず。
俺は来た道を戻り、城を脱出した。




