城侵入2
「……多すぎだろ」
幅五メートルはある広い廊下、向こう三十メートルだけでも十人近くいる。
無言で淡々と歩き続けるコルルナイトたちは、職務を全うする姿勢はご立派だが不気味である。
雰囲気や魔力感知などで探るに皆かなりの実力者。
個人の戦闘力はリーゼに幾分か劣るが、大人数で囲まれたら彼女も危ないかもしれない。
さらにこの上階にもコルルナイトがいるってんだから、大変だ。
この数を魅了する魔王コルルの誘惑、その凄まじさの一端が窺える。
ま、だからって諦めるつもりはないがな。
指輪がなかったら気づかれずに突破するのは厳しいだろうが。
魔力感知で強さを探るにこれぐらいの力量なら、まだ認識阻害は通じるはずだ。
立ち止まっている時間も勿体ないので移動を開始する。
認識阻害で俺の存在は目の前にいないものと認識されているが、細心の注意を払って歩く。
コルルナイトと接触しないように……ぶつかれば認識阻害効果が解除されるからな。
便利なミラージュリングだが、万能ではない。
認識阻害を発動したまま、こういった多数の存在が歩く場所を通る場合は少し注意が必要だ。
人同士がぶつからないのは、呼吸をするように自然と互いに居場所を認識しながら歩くからだ。
繁華街など、人通りの多い場所だとぶつかる時はぶつかるけどな。
相手が右に移動すれば自分は左に……といった具合に当たり前に進路を作り出して動く。
それが片方だけが認識されなくなると、遠慮なくこっちに突っ込んでくるから結構怖い。
まぁ突然ダッシュしたりイレギュラーな動きをする奴がいないのは助かるがな。
ま、そういう指輪を発動して動きにくくなるパターンや、ぶつかってしまったパターンを考慮して、俺たちは指輪に加えて全身鎧やフードを装備したりと、追加で変装しているのだが……。
補足だが、ミラージュリングはこうした存在を消す認識阻害だけでなく、自身に幻影を纏う幻影魔法をかけることも可能だ。
ただ幻影については、ただ発動すればいい認識阻害に比べて扱いが難しい。
イメージがしっかりしていないと使えないというか。
ガーゴイルの俺がいきなりエルフになろうとしても、身体のバランスとか、耳の長さとか、そういうイメージがしっかりしてないから、幻影を使ってもうまく再現できず相手に怪しまれてしまう。
加えて俺のように外見が特徴的過ぎると、別の種族に見せるには全身像をイメージしなければならない。
エルフや吸血鬼のように元々人型で、ある程度外見が共通していれば部分的に変更すればいいから応用も利きやすい。
肌や髪の色などを変え、別人に見せることも可能だ。
コルルナイトの中には廊下を歩く者だけではなく、置物のように廊下脇に待機している者もいた。
彼らは置物のフリをして、通り過ぎようとした侵入者を奇襲するつもりなのだろう。
まぁ俺は認識されないので特に問題はなかったけど。
コルルナイトの数には驚いたが、廊下幅が広いから移動しやすくて助かった。
魔力感知で階段の位置を探りつつ移動する。
無事、交戦することなく六階から七階へと繋がる階段を見つける。
侵入から三十分が経過、後もう一つ階段を見つければ最上階だ。
指輪があるとはいえ、ここまで順調過ぎて怖いくらいだぜ。
リーゼからの連絡もないから外のほうも大丈夫だろう。
七階にも徘徊する大量のコルルナイトがいた。
まぁ、それは六階と同じなので特に問題はない。
コルルナイトを回避しながら歩みを進める。
魔力感知を駆使し、最上階に繋がる階段を発見できた。
……だが。
「……あれ?」
階段の先、最上階側の扉が閉められていた。
扉をぶっ壊すわけにもいかないので、やむなく俺は引き返し別の道を探すことにする。
だが、魔力感知で周囲を探るも手掛かりを発見できない。
七階の諸室を調べるも、確認できるのは武器倉庫など関係ない部屋、それと部屋にもいるコルルナイトだけ。
五分、十分と時間が過ぎ、少しずつ違和感が出始める。
城のワンフロア、図を見るに直線距離で幅百メートル程度だ。
俺は広大な迷宮探索をしているのではないのだ。
だというのに、階段のような特徴的な構造物を発見できていない。
この行き詰った状況、まさか俺が認識阻害魔法の術中に嵌まっている?
(いや……そんなわけがない)
そんな真似を行うのはベリアでも余程大がかりな仕掛けをしなければ不可能だろう。
刻一刻と時間だけが過ぎていく。
今回の侵入でクライフに絶対に会う必要はないが、せめて何かしらの手掛かりを得て城を出たいところだ。
少し焦るぜ。思考中の俺をあざ笑うかのように聞こえてくるコルルナイトの足音。
イライラして前を歩くコルルナイトを蹴っ飛ばしたくなる。
完璧な無拍子を決めてやろうか。
「……ふぅ」
一先ず深呼吸をして落ち着こう。
焦って時間を消費する前に冷静になるべきだ。
隠密行動を諦めて天井をぶち破ってやりたい衝動をこらえる。
七階まで順調に進んでいると感じていたが、ここまで違和感が本当になかったか思い返してみる。
そういえば……六階から上のフロアで俺はコルルナイト以外の存在を見ていない。
城で働くサキュバスやメイドさんの一人ぐらい見かけてもよさそうなものだ。
考えるに六階と七階はコルルナイトの専用スペースになっている感じだ。
俺にかけられていた隷属魔法と違い、魅了は精神支配後も食事や睡眠を必要とする。
いくつかの諸室にはベッドや食事テーブルなどが置かれていたことから、彼らの生活スペースであることが推測できる。
なかなか思い切ったフロア構成というか、なんというか。
このフロア、ここまでくると兵士の詰め所みたいなもんだ。
俺だからここまで来れたが、普通の奴は七階にもたどり着けない。
防衛面で考えればほぼ完璧……だけど。
(いくらなんでもやり過ぎじゃないか?)
考え、どんどん浮かんでくる疑問点。
先日の会談ではクライフは階段から最上階にきたそうだ。洒落じゃねえぞ。
だからさっき発見した最上階への階段の扉も開く時は開くんだろうが、他にも最上階への移動手段がないと、城の利便性が悪過ぎる。
階段が封鎖されていたら平時はどうやって移動するんだ?
コルルは普段、窓から最上階に入るのか?
それに、もしこのフロアで異常があった場合、コルルナイトはどうやってコルルに知らせるんだ?
やはり、何かしらの別ルートがあるはずだ。そうでないと納得できない。
そう、考え事をしていると……。
ひっきりなしに続いていた足音がピタリと止まった。
(……うん?)
徘徊していたコルルナイトたちが突然静止する。
も、もしかして、侵入者がいることに気づかれたか?
俺、何か怪しまれるようことをしたのだろうか。
一瞬、不安になったが……コルルナイトの様子を見るにどうやら違うらしい。
彼らの視線の先は俺とは別の方向を向いている。
若干の間のあと、コルルナイトたちは揃って下階への階段へと移動を始めた。
「……コ、ルル、様」
「すぐ、いきます……コルル様」
「コルル様、ああ……コルル様」
コルル、コルルとぶつぶつと呟きながら移動するコルルナイト。
ヘルムのせいで表情は見えず移動目的はわからないが、コルルの元へと向かっているらしい。
俺は彼らを観察しながらこの後にとるべき行動を考える。
普通に考えればコルルナイトのいない今のうちに、七階フロアを詳しく調査をすべきだろう。
だが、もう二十分以上かけてもまだ階段は見つかっていない。
最上階への手がかり一つ見つかっていない現状。
このまま七階にいても時間をただ消費する結果になりそうで怖い。
となると……危険だが、コルルナイトの後ろを付けてみるか?
一緒に行けば必然、コルルに会うことになるだろう。
だが、俺は今コルルナイトと同じフルプレートメイルを装備している。
コルルに認識阻害は絶対に通じないが、コルルナイトは大勢いる。
コルルナイトの装備する鎧の種類はバラバラだ。
俺が集団の中にいても誤魔化せるかもしれない。
一人ぐらい増えてもバレないんじゃないか? そんな考えが浮かんでくる。
コルルは最上階に暮らしているという話だし、コルルの位置をうまく追跡できれば最上階に行けるかもしれない。
う~ん、悩みどころだな。
リーゼには無理をするなと言われたがどうすべきか。
城にベリアがいない確率が高い今のタイミング。
コルルだけなら万が一の場合でも対応できるはずだ。
多少の無茶をする価値はあるように思える。
虎穴に入らざれば虎子を得ず……ってやつだな。
俺は決断する。
よし! コルルナイトに付いていこう。
俺の直感がそう訴えている……気がするぜ。
千五百年間も死なずに生きてきた俺の直感だ。
信じるに足るはずだ……たぶんな。




