街、初日夜3
酒場を出て、いざ風俗街へ。
男の夢がたくさん詰まった街の南西区画に向かってゆっくりと歩いていく。
俺の後ろにはフードを被って俯きながら道を歩くリーゼさんがいる。
「リーゼ、前を見て歩かないと危ないぞ」
「……」
「なぁおい、聞こえてんのか?」
フードを深く被ったまま、俺の忠告を無言で返すリーゼさん。
男性向けのサービスが集まる場所に女性が行けば場違い感は半端ない。
どうやっても好奇の視線で見られるし悪目立ちするのは確実だ。
だからリーゼは顔を隠して極力気配を消そうと頑張っているのかもしれないけど。
過剰防衛過ぎるというか、なんとういうか……。
逆に目立つと思うんだよな。
風俗区画に入ってもいないってのにこんなんで大丈夫か? 少し心配である。
まぁ……気持ちもわからんでもないのだけど。
でも、今回に関しては俺そんなに悪くないと思う。
いや、言い訳じゃなくてね。
この状況を作り出すのに、俺が一役買ったのも確かだ。
それでも俺たちを不審者と疑う巨人たちの詰問に対して、あの状況で良く切り返すことができたと思う。
正直、自分を褒めてあげたいくらいだ。
完璧な対応とまではいかず、奴らには風俗街観光目的の旅行者と思われてしまったがな。
今も俺たちの後ろには巨人たちがついてきている。
でかい図体だから足音を聞くだけでわかる。
正直、俺のほうはリドムドーラの風俗街のことは前から話を聞いていて興味があった。
せっかく現地に来たわけだし街を見て回るぐらいはしたかった。
さすがにクライフが拘束されている状況で遊ぶのは不謹慎なので、問題が解決するまで観光するつもりはなかったけど。
いや、こんな風になし崩しに行くことになるとは思わんかったよ。
酒場を出て十分ほど歩いた頃。
風俗街の入口の門が見えてきた。
門といっても、道の左右に高さ五メートルくらいの木柱を立てただけの簡易な門だ。
外壁の正門のように強固なものではなく、この先が風俗街であることを明確にゾーニングするために存在するようだ。
二つの柱の上部で繋がれた紐から大きな灰色の布が垂れて、風俗街側が見えなくなっている。
小さいお子様の目に入らないようにとか、そんな感じの配慮かね?
そんなことを考えながら門をくぐると、そこにはこの世の楽園とも言っても過言ではない景色が広がっていた。
「……ふわああああああああああっ!」
視界が一気に開放され、我慢できずに大きな声をあげてしまう。
ピカピカと点滅するピンク色の灯りが周囲一帯を照らす。
建物入口に設置された畜音石からアップテンポな感じの音楽も聞こえてくる。
眼前の光景を見て、自然とテンションが高くなっていく俺。
「見ろよっ! おい見ろよっ!」
「……ふん」
後ろを振り返ると、すさまじく冷めた目で俺を見るリーゼさんがいた。
「いいから見ろってばっ! 見えないなら高い高いしてやろうか?」
まぁ……冷たい目がなんだって話だけど。
無駄だぜ、今の俺はその程度で怯まない。
はっきり伝えたいことがあるなら目でなく口で言うべきだしな。
しょうがないじゃないか、俺も男なんだ。
こんな光景を見て平常心でいるほうが無理だろ。
「お兄さん! お兄さん! 一晩の思い出、ウチの店で作ってみないかい?」
「サキュバス、エルフ、ドワーフ、色んな別嬪さんを取り揃えてるぜ!」
客引きの男たちの陽気な声が方々から聞こえてくる。
店の前には肌の露出の凄まじい女の子たちが並んでいる。
女の子はやはりサキュバスが多いが、他の種族の娘もちらほらと見える。
種族に限らず、性に奔放な女の子はいるのだろう。
まぁ俺としては彼女たちに風俗嬢だからといった偏見もない。
自分の容姿を武器にしているようなものだし、それも一つの処世術だろう。
腰上まで伸びる深いスリットの入ったスカートをはいて、美脚を惜しまず披露する女性。
薄い衣を身に纏い、そのボディラインを強調する女性。
てか、やべえ……衣装の布地が薄すぎて胸のポッチが浮き上がっている。
「……っ」
彼女たちと目が合うと笑顔で手を振ってくれた。
反射的に俺も手をブンブンと振り返す。
全身鎧を装備しているせいで、ガチャガチャと金属がぶつかる音が鳴った。
ああ、彼女たちを見ていてぐんぐんと湧き上がる強い気持ち。胸が少し苦しくなる。
俺は知っている。
この感情の名は…………性欲だ。
もしや俺ともあろう者が、既にサキュバスの『誘惑』にかかっているのだろうか?
ギンの手紙のおかげである程度風俗街の情報は入手している。
風俗街にある店は多種多様だ。
例えば真横の店の看板には「プレイ用コスチューム、レンタル無料」と記載されている。
清楚な白いドレスだったり、ビキニアーマー的なものだったり……好きな衣装を嬢に着せて行為を楽しむらしい。客を呼び込むために色々と考えているようだ。
金額やサービス具合もピンキリである。
胸元の空いたセクシーな服を着た女の娘と飲み食いしながら、会話を楽しむことがメインのキャバクラと呼ばれる店種。風俗街にある店の中では比較的健全な内容のお店。
性的なサービスを提供する店も、恋人同士に成りきってプレイするようなノーマル? な内容から、鞭にロウソクといった様々な道具を使ったアブノーマルなものまであるそうだ。
まぁ……俺には理解できんが、趣味趣向はそれぞれだ。
自分が理解できないからといって、そういった特殊な店を否定する気はない。
店として存在するってことは確かな需要があるってことなのだろう。
「異種姦っ! 異種姦をご希望の方はいらっしゃいませんかあああっ?」
「五本まで、当方五本まで同時対応可能です! 退屈な日常を変えてみませんか!」
きっと、需要はあるん…………だろう、よ。
後ろから俺の想定を大幅に超える言葉も聞こえて来たが振り返らない。
アブノーマルな香りがプンプンするので、あまり考えないことにしよう。
それはさておき、年甲斐もなくキョロキョロと周囲を見回してしまう。
見ているだけでも十分に街の淫靡な雰囲気を楽しめる。
よくない、よくないぞこの街は……けしからんな。
そりゃ外から見えないようにされるわ。
こんな場所、子供には教育上とても見せられない。刺激が強すぎるぜ。
「……っと」
「……」
いかんいかん、落ち着け俺。
目移りしていたら、いつの間にかリーゼが俺の少し前を歩いていた。
俺も男だし興奮するのはしょうがないが、無言で歩くリーゼの気持ちも考えないとな。
この分だと風俗街を出たあとに何を言われるかわからん。
つい一人で盛り上がってしまったぜ。
リーゼに対する配慮が欠けていた、反省だ。
風俗街に入って少し時間も経ち心に余裕ができてきた。
極力彼女の存在が周囲から目立たないようにするなど、できる限り彼女の羞恥心とかを軽くしてあげよう。
不本意ながらも俺について来てくれたリーゼの気持ちにきちんと応えないと。
本音をぶっちゃけると、こういう街をいきなり出歩くのは勇気が必要だ。
風俗、風俗と俺は言っていたが、実際一人で行くとなると少し尻込みしていた気もする。
彼女がいたから俺の心に余裕ができているのも事実。
だからってリーゼに「一緒に来てくれてありがとう」とか伝えたらぶん殴られそうだから言わないけど。
「ほれ、黙っててもいいけどもっと傍に来いよ。あんまり離れないほうがいいと思うぞ」
「……」
俺はリーゼの背中に語り掛ける。
この場所にいる女性はリーゼ以外は商売関係ばかりだ。
手をこすり合わせながら、店定めをしている男たちに近づく客引きたち。
客引きの男と色んな交渉をする男。
そんな光景があちこちで見られる中、女一人で歩いていると見られたら、絶対に面倒なことになるぞ。
前方を見れば、リーゼのほうに一人の男が近づいてきている。
「うひひ、こ、今晩二十万ゴールドでどうだい? 可愛いお姉ちゃん」
「ふぬああああっ!」
「うぐおえっ!」
ほれ、案の定こうなった。
風俗嬢と勘違いした男にリーゼのボディブローが炸裂する……可哀想に。
どっちが可哀想かというと微妙なところだけど。
隣を歩くようになったリーゼさん。
さっきの出来事で少し懲りたらしい。
フードから覗く顔は涙目だ、肌もピンク色である。
「ほら、ふて腐れてないで、いい加減元気出せ」
「……うう、う……なんで私がこんな目に……」
う〜む、そこまで嫌なのに付いてくるとは。
俺一人にするのがそんなに心配だったのだろうか?
それはそれで、ちょっと複雑な気持ちである。
「変装してるんだから誰もお前の正体なんて気づかないっての。他人がどう思おうと気にすんなって、どうせ二度と会うことはない奴らなんだ、堂々といけばいい」
「……アルベルト」
「確かにとんでもなく目立つし、風俗嬢と勘違いされそうだし、チラチラどころじゃない男たちの視線を感じるけどな」
「帰ったらアンタに強引に風俗街に連れて行かれたって、ルミナリアちゃんにあることないこと吹き込んでやるわ」
「お、おまっ! ……そんなことしたら俺のイメージに傷が……つく、か?」
「そんなの今更でしょ」
まぁ……普段からあまり隠してないしな、案外ノーダメージな気もする。
リーゼなりの冗談? ……を言ったあと、大きく息を吐くリーゼさん。
気持ちを落ち着かせるように、柔らかそうな頬をムニムニと揉みほぐしている。
緊張した空気が少しだけ緩和される。
「はぁ……ま、こういう場所には情報も集まるだろうしね。こうなったらただでは帰らないわ」
「おう、その意気だ。お前らしくなってきたぜ」
顔をあげて前を向くリーゼさん。
とりあえず、吹っ切れたみたいでよかった。




