決断
風がビュウビュウと吹きすさぶ冬の屋上。
そんな場所で今、俺は土下座をしている。
俺がベリアにパ〇パンの呪いをかけたせいで、どういうわけかクライフが拘束された。
それを知ったリーゼは激しくお怒りで、土下座をしている俺の頭上に何度も拳が降ってくる。
手だけでなく足も使って、時折かかと落としっぽい衝撃も背中に伝わってくる。
いやもう……本当にすみません。
思い出した今でも、俺はべリアに対して悪いことをしたとは考えていないが、クライフは完全にとばっちりだ。
何の罪もない。
攻撃は続いているが……俺とリーゼでは力の差もあるためちょっと痛むくらいだ。
先日の変異種の触手攻撃に比べれば可愛いものだ。
彼女の気がそれで済むのならと、俺はそれを大人しく受けとめる。
ぜ~は~言いながら、赤くなった手に息を吹きかけてさするリーゼ。
これ以上やったら手を傷めると判断したらしい。
「ああもうっ、自分の脆弱さが憎い!」
「……ぼ、防御力高くて申し訳ない」
俺は土下座を続ける。
「頭が痛い……もうやだ、せっかく変異種で見直したと思ったらアンタは本当に次から次へと……あれからまだ数日しか経ってないのよ? ねぇ、なんでこんなことになるの?」
「……」
「事前にキッチリ功績を上げてから事件を起こすのもムカつくわ。おかげでフルパワーで怒れない!」
嘘だろ? これでもフルパワーじゃないの?
なんてことは口に出さない。
「俺だって別に狙っているわけでは……」
「あったりまえでしょうが!」
ひとしきり叱られて土下座の解除許可を得る。
屋上から城内の執務室へと移動し、緊急会議を開く。
執務室には俺とリーゼの二人だけだ。
戻ってきた補佐役の男たちは今回の件の報告書を別室で書いている。
ナイカさんは報酬を受け取り、空へと発っていった。
勿論、秘密厳守であることを釘を刺されたうえで。
「……で! どうすんのよ?」
向かい合わせに座ったリーゼがドンと強くテーブルを叩く。
「……どうするって?」
「だからそのっ、い、いんもっ」
「いんも?」
途中でモニョモニョと口籠るリーゼさん。
まぁなんとなく何を言おうとしたかはわかるけども。
「と、とにかく……な、なんでそんな馬鹿なことをしたわけ? 包み隠さず話しなさいよ!」
「わ、わかってる」
俺を問い詰めるリーゼ。彼女の言う通りに正直に話す。
ベリアに呪いをかけた時のことを説明していく。
「あれはそう……レイに翼について話を持ち掛けられた日のことです」
当時のことを思い出す。
ファラの街に滞在していた頃、翼がなくて不便を感じていた俺はレイに翼を作ることができるかもと言われ、レオナを紹介された。
だが、結果は最悪だった。
意気揚々とレオナのところへ出かけて行ったが、翼を作れないどころか自然再生もしない。
さらにはベリアの呪いが背中にかけられていたことが判明した。
「……あんたが落ち込んで帰ってきた日ね」
「ああ、このままでは呪いは解けない。翼も再生もしない。それどころか、このままでは俺は死ぬって余命宣告を受けたんだ」
「え?」
「……あ」
そうだ、これは話をしてなかったっけ。
「な、なによそれ、あんたそんなこと一言も……」
「……言ったら心配させちまうと思ってな、お前はなんだかんだで優しいしよ」
「ば、馬鹿っ! アンタ、私には一人で抱え込むなって言ったくせにっ! そういう大事なことは言いなさいよ! 知ってれば助けられることもあるでしょ!」
「……すまん」
俺はリーゼに素直に謝る。
確かに俺がリーゼへと言ったことだったな。
「で、その……どれくらいの猶予があるの?」
「八千年だ」
「そ、う…………うん?」
何か違和感を感じたのか、リーゼが首を傾げる。
「ねぇ、あんた今八千年って言った?」
「そうだ」
「…………ど、どれだけ生きるつもりなのよ」
リーゼが大きく息を吐き、脱力する。
「でも理由はわかった……それで腹いせに呪いをやり返したってわけね?」
「ああ……あれは俺なりのベリアに対する復讐だった。それと同時に俺も呪いを解くからお前も呪いを解け……と互いに弱みを握ることで、ベリアへの交渉材料になればとな」
「そ、それは……ちょっとどうなんだろ」
「リーゼ的には交渉材料になると思うか?」
「……そうね。わたし的にはなっ……に言わせてんのよ馬鹿! この非常時に」
顔を真っ赤にして怒るリーゼ。
ギリギリどうとでもとれる回答だったな。
こんな時にセクハラしている場合かと怒られる。
別にふざけてないんだけど、呪いの内容のせいでそう見えてしまうようだ。
話は続いていく。
「ま、まぁ、とにかく事情は理解したわ。あんたがベリアに呪いをかけた行為に関しては正直言ってお互い様かなと思う。内容に関してはちょっと品性的にアレだけど……それを言ったらベリアの呪いだって、アンタが規格外に強いから無事でいられるだけで、単純な凶悪さでは向こうが遥かに上だしね」
「リーゼ」
「……でもね、どうして兄様にこのことを知らせなかったの?」
「忘れてたんだ」
「ふ、普通こんなことして忘れられる? ベリアと駆け引きするつもりだったんでしょ?」
「いや、呪いが終わって、冷静になるとただの嫌がらせにしかならないだろうと気づいてな、それでまぁ……どうでもいいやって気持ちになってな。なんつうか、そのまま記憶の隅に……」
これが明確な魔王との敵対行為だと理解はしていた。
一応レイには話すべきか迷ったが、レオナもばれる心配はほとんどないって話だし、わざわざ言うのも心配かけるかな……と、考えた。
結果として素直に伝えておいたほうが傷は浅かった気もするけど。
呪いをかけた時はまだクライフに会いにいくという話もなかった。
どうやってベリアに会うかの算段もついておらず、この国にここまで関わることになるなんて思ってなかった。
俺は大体の事情をリーゼに説明し終える。
「だがリーゼ、本当に俺の呪いが原因なのかね? お前もさっき話したが俺の呪いなんて死に直結するようなものではないし、ベリアが俺の翼にしたことに比べれば可愛いもんだと思わないか?」
「そ、そりゃ肉体的ダメージはそうかもしれないけど……」
「真面目な話、そんなに恥ずかしいものなのかね? パイ〇ンは?」
「は、はっきり言わないでよ、もう……。それは、まぁ、中には衛生面を考えて自分から処理……する人もいるけどさ」
リーゼが一拍置いて語りはじめる。
「ま、まぁパイ……の良し悪しの問題は別にしても、それを自分の知らない誰かが知っているとなると落ち着かないと思うわよ。一般人ならまだしも、超がつくほどの有名人であるイモータルフォーがその……パ、パイ……なんて世界中に噂が流れる可能性があると考えたら……ね」
「ふむ」
ネームバリュー的な問題か。
一般人ならともかく、彼女の場合は世間のイメージもある。
「一人の女としての尊厳的な問題……かしらね? あっ、あくまで客観的な想像よ! 自分がどうこうって話じゃないからねっ!」
「ああ」
客観的の部分を強調するリーゼ。
「だ、だってわたしベリアじゃないもんっ! 彼女の考え方なんてわからないもん!」
「わ、わかってるよ」
もん……て。
リーゼは両手で顔を覆って、真っ赤な顔を隠している。
「……うぅ、なんで真面目にこんな馬鹿なこと語ってんのよわたしは……もうやだぁ」
まぁ、リーゼの言う通り価値観は各々違う。
だから正解はわからん。
たとえば、コンプレックスだって人それぞれだしな。
貧乳がコンプレックな人もいれば、逆に巨乳がコンプレックスな人もいる。
気持ちを切り替えようと咳払いするリーゼ。
「……ま、まぁそれは一先ず置いておきましょう、一番わからないのは、なんで兄様が疑われているのかってことよ」
「それなんだよな」
俺の呪いのせいだとして、なんでクライフが捕まるんだよ。
意味がわかんねえ。
呪いに関してだが、レオナ曰く隠蔽処置がされておりベリアが犯人である俺たちに辿りつく可能性は低いと言っていた。
絶対はないからバレる可能性もあるが、だとしても疑われるなら俺であるべきだろう。
クライフを拘束したってことは、ベリアは俺が犯人だとは思っていないはず……たぶん。
「……マジでどうするか? このまま待っていても事態は好転しないよな。時間が経過してもクライフが解放される可能性は低いだろうし」
「ええ、真犯人はここにいるからね」
「はい、すいません」
ジト目を向けるリーゼさん。
「そう、犯人がアンタだというのが本当にまずいのよ」
リーゼが大きくため息をつく。
「アンタが真犯人だと判明して、ベリアが兄様とアンタの繋がりを知ったなら、兄様も共犯者扱いされる可能性があるわ。今は無事でも……」
ベリアが現時点でどの程度の情報を持っているのか。
俺とクライフの繋がりを知っているのか。
ああくそ! わからないことだらけで本当に面倒な状況だ。
この状況を打破する最善の手段はなんだ?
俺もクライフもリーゼもみんなが笑っていられる方法を必死で模索する。
二人で考えていると部屋のドアがゆっくりと開く。
入ってきたのはラザファム、その後ろには手錠で拘束されたラスとラボがいた。
悪魔の二人は緊張した顔つきをしている。
「リーゼ嬢、二人を連れてきたぞ」
「ラザファム」
「ラザファムさん」
「……クライフの気配が城にないようだが?」
「実はその、厄介な事態が発生しまして……これからお話しします」
ラザファムがクライフがいないことを訝しむ。
「「???」」
クライフの審判を待っていたラスとラボも戸惑っている。
目的の人物と会えず、想定と異なる今の状況に混乱しているようだ。
肝心のクライフがいないため、ラザファムに連れてきてもらったことが無駄になる。
「それで、すみませんラザファムさん。事情が変わりまして、その二人はまた牢屋に戻すことに」
リーゼがラザファムに謝罪をする。
部外者である二人は牢屋へ逆戻りすることになる……はずだったが。
「……いや、ちょっと待ってくれリーゼ。その二人には用ある」
「アルベルト?」
彼らを見て、俺はあることを閃く。
俺の言葉に戸惑うアークデーモンたち。
「ま、まさか! 気が変わって殺すなんて言わないでしょうね!」
「お、俺たちは約束を守ったぞ!」
「んなことしねえよ馬鹿。ああ、いえ失敬……ラスさん、ラボさん」
「「き、気持ちわるっ!」」
失礼な奴らだな、さん付けで呼んだだけだろうが。
アークデーモンたちは、俺を警戒している。
「ラスさん、ラボさん……少し相談があるんだけどよ、確か悪魔は高レベルの呪魔法が使えたよな?」
「それは……使えますが」
「これでも上級悪魔だぞ……当然だ。それがなんだというのだ?」
なら……アレが可能かもしれんな。
「お、俺の代わりにベリアに自首してくれないか?」
「何をしたのか知りませんが絶対にお断りですっ!」
「だっ、誰がするか馬鹿者がっ!」
俺の提案を一蹴される。
「……あ、あんたって奴は、いくらなんでもそれは……」
隣に立つリーゼがドン引きしていた。
結局二人の同意は得られず作戦は失敗する。
確かに我ながら非人道的すぎる手段だとは思ったけどよ。
いくら敵であるこいつ等でも無理強いはできない。
まぁよく考えたら、イモータルフォー相手に呪いをかけるとなるとアークデーモンでも実力不足だった。
ナゼンハイムやラボラスあたりに罪をなすりつけるのならともかくな。
「はぁ……こうなったら仕方ねえか」
「何よ?」
「……決まってんだろ」
あまり気乗りしない。
いや、あまりどころではないが……。
俺の仕出かしたことでクライフを巻き込んでしまった。
身から出た錆だし、他力本願せずに俺自身で決着をつけるしかなさそうだ。
ベリアの誤解を解いて交渉するにせよ、戦うにせよ。
いずれにしても、待っていて状況が良くならないなら答えは一つだ。
クライフを救うために、俺の呪いを解くために……。
「行くぞ! ベリアのところへ!」
これでメナルド編完結になります。
クライフ、べリアサイドの話も時期を見てやりますので。
一応次章の冒頭を予定してますが、構成次第では変更するかもしれません。
現在プロットを練り中です。
長かったですが、ここまで書けて少しホッとしてます。
お読みいただき本当にありがとうございます。
評価、感想なども本当に感謝です
ここからリドムドーラ編に入ります。




