急転
「に、兄様が……魔王べリアに拘束?」
リーゼの言葉が静かに響く。
戻ってきた補佐役のエルフの発言に時が止まったような錯覚を受ける。
その言葉を頭が理解するのには数秒の時間を要した。
「……ど、どうして?」
突然の報にリーゼほどではないが俺も困惑している。
何故こんな状況になっているのか意味がわからない。
(……ベリアめ、どういうつもりだ?)
俺の友に何故こんな真似をした?
まさか、最初からだまし討ちをするつもりだったのか?
ベリアに対して怒りがふつふつと湧いてくる。
「わかんないっ! なっ、なんで兄様がそんなことになってんのよっ!」
「っ!」
「ひ、姫様っ!」
「ち、ちょっと待てリーゼ!」
部下の補佐役の男に詰め寄り、取り乱すリーゼ。
強く肩を掴まれ、痛みの表情を見せる男。
もう一人がリーゼをなだめようとしているが、混乱状態のリーゼはそれに気づかない。
俺は後ろからリーゼを強引に抱えて兵士から引き離す。
少し間をおいて彼女を解放すると、力が抜けて床に崩れ落ちる。
「……ど、どうしてこんなことにっ……」
「…………リーゼ」
悲壮感に満ちたリーゼの様子。
彼女の気持ちもわかるが、まず確認しなければならないことがある。
「ええと……聞いていいか?」
「え、あ……はい」
「クライフはベリアに拘束されただけか? 怪我とかはしてないのか?」
「は、はい……直接危害を加えられたわけではありません、交戦もしておりません」
「そ、それじゃあ……兄様は無事なのね?」
「はい、それは確かです。私が城を出る前の話になりますが、魔王べリアも大人しく幽閉されるのであれば何もしないと話していましたから」
その報告にリーゼの目に少しだけ輝きが戻る。
幽閉された状態を無事といっていいのかわからんが、少なくとも命に影響はない。
わずかに気持ちが楽になった。
「取り乱して悪かったわね……話を続けて頂戴」
「は、はい……」
補佐役の男が、クライフとともに城を出た後のことを語り始める。
この城を発って四日後、クライフたちは無事目的地のリドムドーラへ到着した。
道中はアクシデントもなく順調に事は進み、リドムドーラに着くとベリア側も好意的に出迎えてくれたそうだ。
城ではクライフのために豪華な晩餐会を開いてくれたりと歓待を受けたらしい。
「最初は友好的な雰囲気でした、少なくとも表面上は……それが急変したのは翌日の会談の後でした」
……てことは会談で何かがあったのか。
まぁ、最初からベリアの策略だった可能性もあるが。
「会談はクライフ様、魔王コルル、魔王ベリアの三名で行われました。ですので、私自身がその場にいたわけではないのです。魔王同士の会談、同席を許されておりませんでしたから」
「「……」」
「私たちは会談後に魔王コルルに呼び出されて告げられました。クライフ様に容疑がかかっていることを」
「兄様に容疑?」
「はい」
リーゼが訝し気な表情をする。
「容疑ってことは……クライフがベリアに何かしようとしたってことか?」
「馬鹿言わないで! 兄様が何か企んでいたなんてことはありえないわよ!」
「……わかっているよ、そんな様子はなかったもんな」
即否定するリーゼ。
どんな容疑なのかわからんが、その可能性は低い。
確かにクライフは水面下で色々動いてそうな性格だけど。
それだと俺はともかく妹にまで嘘をついていたことになるしな。
「魔王コルルが言うには……魔王ベリアの配下にクライフ様が呪魔法をかけた疑いがあると、その者は今も呪いで苦しんでいるそうで……」
「兄様が……ベリアの配下に呪魔法ですって?」
「はい、勿論クライフ様は即座に否定したそうですがベリア側は納得できず。身の潔白を証明するためにリドムドーラに残ることに」
「……呪いの内容は? 兄様が疑われた要因は?」
「申し訳ありません、そこまでは……」
リーゼが補佐役の男に問いかけるも答えは不明。
容疑をかけといて内容すら話せないってのも変だな。
「クライフ様はリドムドーラの城で疑いが晴れるまで滞在することになりました。私たちだけがメナルドに戻ってこれたのは、マリーゼル様にこのことを伝えるためにクライフ様がベリアに頼みこんでくれたからです」
「……そういうことか」
クライフが戻ってこなかった事情を理解する。
協力関係を結ぶつもりの国の魔王が自分の部下に呪いをかけていたかもしれない。
そんな相手を素直に傘下に入れるのは無理だろう。
だが、話を聞く限りはまだ犯人だと断定されておらず、疑惑の段階なのが救いか。
完全に敵と見なされていない今なら、まだ協力関係を得る道は残されてはいるはずだ。
呪いの疑惑が晴れればという条件付きだがな。
魔王の安否情報は街の運営に関わる重要な話だ。
ベリアはメナルドにいるリーゼにソレを知らせることを許可した。
まだ多少はこっちの状況を配慮してくれているようだ。
しかし、本当にどうしてこんなことになってんだよ。
「呪いをかけたのがどこのどいつか知らねえが、面倒なことをしてくれたぜ」
「ええ、許せないわ!」
「ああ! 激しく不快だぜ!」
俺はリーゼに同意する。このタイミングでなんてはた迷惑な野郎だよ。
誰かがクライフを嵌めようとしているのか
顔も知らないそいつのことを思いっきりぶん殴ってやりたい衝動に駆られる。
「まぁ、だが……それなら犯人がわかればクライフの信頼が回復するってことだよな?」
「それは……そうだけど」
犯人を突き出せば、クライフへの疑いも解けて元通りになる。
「でもどうやって? 情報が少ない上に、呪いの内容すらわからないのよ」
「……ふむ」
呪いのことについて俺はじっくりと考える。
頭を高速回転させて推理を始める。
情報は少ない、それでもわかることはあるはずだ。
わずかな手がかりも見逃さないぞ。
俺はこんな真似をした術者に激しい不快感を覚えている。
(友を危地に置き、俺の翼再生計画を邪魔した愚か者を必ず見つけ出してやる!)
「……っ!」
そう強い思いを抱くと同時、頭がズキリと痛んだ。
痛みは一瞬で消えたが……なんだ急に?
「アルベルト?」
「……いや、なんでもない」
リーゼに心配させないようにいつもの声色で返事をする。
怒りで興奮したせいだろうか?
いかんな……怒りが表面に出ては考えもまとまらない。
冷静に落ち着いて考えねばならない。
まずはわかっていることから整理していこう。
今回の会談、クライフの話では協力関係はベリアも望んでいたって話だ。
クライフ曰く、過去に派閥に誘われたことがあるとのこと。
多少の内容なら、ベリアも目を瞑ってもおかしくはないはず。
清濁併せ呑むとは言わないが、綺麗ごとばかりでは上手くいかないこともある。
ってことはベリアが問題視するほどの内容ってことだろう。
普通に考えれば、呪いをかけられたベリアの配下が相当な重要人物なんだろうが。
腑に落ちない点がいくつかあるな。
「なぁ、ベリアの配下は今も苦しんでいる……って話だったな?」
「は、はい」
俺の言葉に補佐役の男が頷く。
「て、ことは……犯人を一気に絞れるぞ」
「……ほ、本当に?」
リーゼが俺の言葉の続きを待つ。
「今も苦しんでいるってことは……呪いは解けていない。呪いは継続中だ」
「そうね」
「ベリアは何故呪いを解かないんだ? おかしいだろ」
「言われてみれば変ね。ベリアなら部下に高レベルの回復魔法の術者もいるはずなのに……あ!」
リーゼがポンと手をうつ。
どうやら俺の言いたいことを理解したようだ。
「解かないんじゃなく、解けないってことね! てことは……」
「そうだ、イモータルフォークラスですら解呪できない呪魔法。似たような事例を思いださないかリーゼ?」
「……あんたと同じケースね!」
「ああ」
デメリットの多い呪魔法を解かない理由はない。
解呪できるのならとっくにしているだろう。
俺の背中の呪い同様に強烈な呪いならベリアでも解けない。
で、そんな呪いをかけられるってことは……。
「……なら術者は」
「ああ、相当の実力者だな。……かなりタチの悪い手合いとみた」
「下手すれば魔王や真龍クラスかもしれないってことよね?」
「ああ」
犯人像が少しだけ鮮明になり、希望が見えてきたな。
悲壮感に満ちていたリーゼの目には輝きが戻っている。
元気が出てきたようでなによりだ。
あとはこの先をどう絞るかだな。
「普通に考えたら、ベリアの配下に呪いをかけて一番得をする奴か」
「もしくはベリアに恨みを持つ存在ね!」
「ああ、クライフを嵌めて得する奴って線もあるな……心当たりはないか、リーゼ?」
「……う~ん」
リーゼが腕を組んで考える。
「ベリアはイモータルフォーなんだから恨みの一つや二つは買っているでしょうね。ベリアの細かい内情まではさすがにわからないし」
「残念ながらそうなんだよな。とするとあとは……このピンポイントなタイミングでこんなことを仕出かす奴だな」
「……時期を考えたら、真っ先に思い浮かぶ存在が一人いるわね」
「……え、まじで?」
自分で言っといてなんだけど、すんなり出てくるとは思わなかった。
「で、誰だよ?」
「いや、でも、う~ん……これはいくらなんでもないと思うのよね、まぁ本人の性格からしてノリでやりかねない部分はあるけれども」
「……いや、焦らさずに教えてくれよ」
「アンタよ」
「……あ?」
「だからアンタよ、アルベルト。ベリアに恨みを持っていて、イモータルフォーに匹敵する実力者で条件はピッタリ一致しているでしょ」
そう言ってマイボディを指さすリーゼ。
何をおかしなことを……失礼にも程があるだろう。
聞いて損したぜ。
「確認しておくけど、呪いをかけたのあんたじゃないわよね?」
「あのな、なんで俺がそんなことすんだよ? それってつまり、今、俺がお前を騙そうとすっとぼけた振りしてるってことだろ? やるなら直接本人にやるぞ俺は」
「ベリアの配下じゃなくて……案外ベリア本人かもしれないわよ。あくまで敵の魔王コルルから聞いた話なんだからさ」
「……」
「仮にベリアだとしたら周囲に弱みは見せられないだろうしね。実は本人でそれを隠している可能性もあるわよ」
リーゼに言われ、過去の記憶を思い返す。
俺がベリアに呪いねえ……。
「考えたが、これっぽっちも心当たりがないわ。俺ではないな」
「……そう、ごめんね、嫌なことを聞いたわね。そもそもガーゴイルって呪魔法なんて使えないものね」
「……あ、ああ」
返事をしたあと……ふと、何かが脳裏をよぎる。
大事なことを忘れていないだろうか?
二人で相談を始めて五分が経過。
「……ああもう! もう少し手がかりがあれば!」
二人で犯人の仮説を立てていくも、断定には至らない。
兄の身を思い、もどかしさから髪の毛を掻き毟るリーゼ。
「落ち着け、とりあえず移動しようぜ。屋上にいると風邪をひくし、一度城の中に入って考えよう。皆で考えればもっと良い考えが浮かぶかもしれない」
ラザファムも下で待っているかもしれないしな。
あ、上級悪魔を連れてこさせたのが無駄になっちまったな。
「……アルベルト、そうね」
リーゼが階段へと向かい、俺はその背に続く。
さっき髪をクシャクシャにしたせいで、リーゼの綺麗な後髪が乱れているのが目に映る。
せっかくの美しい容姿が台無しだ。
ふと、下を見ればリーゼの金髪が一本下に抜け落ちていた。
「……うん?」
「?? どうかしたアルベルト?」
「い、いや、なんでもない」
リーゼが振り返り、訝し気な顔で俺を見る。
今の光景を見て、頭がズキリと痛んだ。
(はて?)
髪の毛。抜け落ちた金色の髪の毛。
つい最近何かあったような……
髪の毛、髪の毛かぁ……それ関係で何か大事なことを忘れているような。
髪の毛、カミノケ、かみのけ……上の毛。
………………下の毛。
「…………………………あ」
蘇るファラの街での出来事。
レオナに翼が呪いで再生しないことを聞いた時、ショックを受けた俺はベリアに……。
「さっきからどうしたの? 様子が変よ、いつもだけど」
「えと、その……」
口ごもる俺。
ベリアは容疑者とか言っていたよな。
(………………………………やべぇ)
ど、どうしよう?
こうなったのは俺のせいかもしれないって言うべきか?
もういっそ黙ってればわかんないだろうか?
「アルベルト……本当に大丈夫?」
顔を近づけて、俺の目を見つめるリーゼ。
純粋に俺の心配をしてくれているようだ。
そんなリーゼを見て黙っているのも、かすかにある良心が痛む。
いや、なんつうか自分が善人だなんて考えたことはないけどもさ。
さすがにここで知らん振りするのはダメだよなぁ。
か、覚悟を決めるしかねえか。
「あ、あの……リーゼさん」
こういうとき自分から名乗りをあげるのは相当な勇気がいると思う。
「……何?」
「あの……よ、その……俺、犯人わかっちゃったかも……」
「え! ほっ本当に!」
興奮した声を出すリーゼ。
「一体誰なのっ! こんなふざけた真似をしてくれたのはっ!」
「今から話します……それで、その……」
「なによ? 随分もったいぶるわね……早く言ってよ!」
こっちにも事情があるんだよ。
ス~ッと深呼吸をして俺は懺悔の準備をする。
自らの罪を打ち明けるのには相応の覚悟がいるのだ。
「正直に言うので……その、できるだけ怒らないで聞いていただけますか?」
「怒る?」
俺の発言にビクッと震えるリーゼさん。
スッと目を細めて、俺の目を見つめてくる。
「怒るって何? なんでそんな前置きをするの?」
「……」
火山が噴火する直前のような、そんな気配がリーゼから漂っている。
「……言ってごらんなさい、黙っていてもわからないでしょ?」
「怒らないでいただけますか?」
「……言いなさい」
「怒らないで」
「言えっつってんのよ!」
「……は、はい!」
覚悟を決めよう、正直に話さねばなるまい。
リーゼの顔がすげえ怖い。
せめて誠意を見せるとしよう。
俺は床に膝と手をつく……そう、土下座だ。
使わないで済むと思ったのに……結局こうなるらしい。
「た、たぶん犯人は俺だと思うんです。思い出したんです。俺、ベリアに呪いをかけちまいました」
俺はリーゼに罪を告白する。
「……い、いやでも待ちなさい。さっきも言ったけど、ガーゴイルって呪魔法は使えないはずよね?」
「ええ、ですので……その、ある方に協力していただきまして呪魔法を……」
「そんなことが可能なの? …………ええと……ちなみに、どんな呪い?」
俺は土下座の姿勢を一時解除し、顔をあげてリーゼを俺の耳元に手招きする。
秘密を知らせるのは少ないほうがいいからな。
「し、下の毛が全部抜ける呪いでございます(ボソッ)」
「…………」
ポカンと大きく口を開けるリーゼさん。
リーゼからの返事はまだこない。
腕を組み、顔を空に向け何かを考えているようだ。
沈黙の時間は十秒以上続いた。
静寂が続き、ようやくリーゼが反応を見せる。
ほのかに顔を赤らめ、首をブンブンと振り始めた。
「わ、私の聞き間違いかしら……考えても何言っているのか理解できないんだけど」
まぁ……それが当然の反応だよな。
俺はもう一度リーゼに同じ台詞を伝える。
二回目でようやく言葉の意味を理解するリーゼ。
「……す、すあいってぇ……」
蔑むような目で俺を見降ろすリーゼ。
「髪は女の命って言うでしょ!」
「それ、下の毛も含まれんのか?」
「……し、知らないけども、そんなこと言ってる場合じゃないでしょうが!」
声を荒げるリーゼ。
このあと、俺はリーゼにかつてないほどに怒られることになった。




