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そのガーゴイルは地上でも危険です ~翼を失くした最強ガーゴイルの放浪記~   作者: 大地の怒り
メナルドの街編

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ギン戻る

 ギンが海から帰ってきた。

 俺は立ち上がりギンの下へ走る。


「おいおい、いつ戻って来たんだよ」


「ついさっき陸に上がったばかりだ、トライデントの調子の報告だけしておこうと思ってここに来た」


「そういうことか……、まぁともかく、お帰り!」


「おう、兄ちゃんも変わりなさそうで何よりだ」


 そう言い、ギンと再会のハグを交わす。

 た、体温冷いな。

 サハギンという種族のせいか、海に潜っていたせいかわからんが。


「……怪我はねえか、ギン?」


「ああヤドリ、おかげさんでな」


「積もる話もあるだろうし、茶を用意するから椅子に座って待ってろ」


「お、すまねえな」

 

 ヤドリが、お茶を入れに工房から退出する。

 ギンが海の集落に戻ってからの日々を語らう。


「んで、向こうはどうだった?」


「ああ、トライデントがこの手に戻ったこと、集落の奴らも喜んでくれたぜ。アイツらにも世話になったからな」


「そうか、よかったな」


「それで、当分の間は陸に暮らすことを伝えてきた」


「……集落の仲間に引き止められなかったのか?」


「まぁ……そりゃな」


 ギンは一族最強のサハギンって話だ。

 戦力を考えたら長老としても集落にいて欲しいんじゃないのか?


「だが、最終的には総出で見送ってくれた。陸に出て色んなことを知りたいっつう俺の気持ちを一晩中語ったら、引き止めることは無理だと思ったんだろう」


「……」


「あいつらには感謝の言葉しか出ねえ、世話になっておいて離れるなんて我ながら勝手だと思うが……別の形で恩を返せればと思う」


 少しだけ寂しそうな表情を見せるギン。

 故郷に対する愛着はそりゃあるわな。

 だが、それでもギンは陸での暮らしを選んだ。

 選んだ理由はまぁ……なんというかだが。


「長老には『お前はお前の道を行け』と言われた」


 たぶんその道は行かせちゃ駄目な道だと思うけど。


「で、兄ちゃんはどうしてヤドリと一緒にいるんだ?」


「いや……なんつうか暇でな」


 とはいえ、ギンも無事戻ってきたことだしな。

 もう、一人暇することもないだろう。

 ギンも海旅から帰ったところで疲れているから、ギルドの依頼とかを受けるのはもう少し後の話になるだろうけど。


「そういや……なんだ、その……」


「どうした?」


 珍しく歯切れの悪い口調のギン。


「金髪兄ちゃんの件はどうなった」


「金髪兄? ……ああ、ラザファムのことか、そういや島で会ったんだったな」


「その様子だともう再会したみたいだな……そういや街の雷の噂って」


「予想通り、ラザファムだよ」


「やっぱりか、そんで……その、結局元の鞘に収まったのか?」


「ああ」


 現在、ラザファムとルミナリアが一緒に城で仲良く暮らしていることを話す。

 無事に仲直りできたことにギンも安堵していた。




 十分程経ち、ヤドリがお茶を入れて戻って来る。


「ギン、トライデントの調子はどうだ?」


「バッチリだ。おかげで怪我一つないぞ」


 ヤドリの問いに親指を立てるギン。

 ギンがヤドリにトライデントを手渡す。

 それを上から下まで細かく確認していくヤドリ。


「……ふむ、刃こぼれもない。見た限りではだが問題なさそうだな」


「おう、ダイダロスのおかげで無事に戻ってこれた」


 トライデントに慈しむような視線を送るギン。

 そうして三人で茶を飲みながら喋っていると、気づけばもうお昼時になっていた。


「あ、もう飯の時間か……今日、アンドロがいねえから自分で作らねえといけねえんだった」


 面倒臭そうな顔のヤドリ。

 来た時すれ違ったアンドロは、演劇を見に出かけて行ったそうだ。

 と、そこで……ギンが待っていたかのように口を開く。


「ヤドリ、台所を借りてもいいか?」


「構わないが、なんでだ?」


 ギンの言葉に訝し気な顔を見せるヤドリ。


「……こいつを見ろ」


 ギンが荷物袋から四角い箱を取り出し、蓋を開ける。

 中を覗くと、体長三十センチメートルくらいの全身にビッシリと棘の生えた魚が入っていた。

 空気を大量に吸い込んだかの如く、膨らんだ体が特徴的。

 幅と高さの比が同じくらいの丸っこい魚だ。


「……ニ、ニードルフィッシュか」


「知ってるのかヤドリ?」


「ああ……一度だけ食べたことがある」


「く、食えんのか? あれ?」


「ああ、なかなか出回らない高級魚だぞ」


 ま、まじかよ……信じられねえんだけど。

 高級なのか……これ。


「……あ、味のほうはどうなんだ?」


「「滅茶苦茶うまいぞ!」」


 ダブルで肯定かよ。

 グロテスクな見た目で判断するなというわけか。


「本来はそう獲れる魚じゃないんだが、どこかから迷い込んだのか、帰りに運よく見つけてな……そんでまぁ仕留めた」


「へぇ」


「……てわけで、鮮度が落ちる前にここで食っちまおう」


「ご馳走してくれるのは嬉しいが、さばけるのか? 確か解体には免許が必要だろ?」


 ヤドリがギンに問いかける。

 ニードルフィッシュと呼ばれるこの不気味な魚の針には毒が含まれているそうだ。

 毒といっても、強いものではないが……調理の際には注意が必要。

 強引に針を抜くと、針の毒が体内に回るとかで相応の知識や経験がいるらしい。


「『さばけるのか?』……だと? おいおいヤドリ、俺を誰だと思ってんだ?」


「……」


「今でこそ陸に住んでいるが、俺は海を代表する狩猟種族のサハギンだぞ……侮るな。海でニードルフィッシュを捌いた数は両手の指でも足りねえ」


「そ、そうか、悪い」


 ギンの気迫に押されて謝るヤドリ。

 サハギンとしてのギンのプライドに触ってしまったようだ。


「なに、気にすんな、わかってくれりゃそれでいい。とにかく、魚のことで陸の奴らに遅れは取らねえよ……任せろ」


 得意げな顔を見せるギン。

 まぁ……こっちとしては腹も減ったしな。

 俺毒効かないし、ご馳走してくれるならいいんだけどよ。



「……で、結局免許は?」


「持ってるわけねえだろ、海の男だぞ」


「やっぱり無免許じゃねえか!」


 声を荒げるヤドリ。

 こういうところ、ギンは相変わらずというか……なんというか。

 まぁこれまで海で生きてきたギンが免許なんて持っているはずもない。


「……免許はねえけど、友人を危険な目に合わせるわけねえだろ」


「「……」」


「大丈夫だから信じろ、俺の母ちゃんの旦那さんの息子さんに誓って嘘はつかねえ」


「他人じぇねえか、馬鹿」


「いや……本人だな」


 とはいえ、ギンが日ごろから魚を食べていたのは確かだしな。

 説得力がないわけではない。

 ヤドリは不安げな顔を浮かべていたが、毒も死に至るものではなく、ギンが解毒ポーションも持っているということで、とりあえず納得した。

 滅多に食べられない魚故、危険性より食欲が勝ったらしい。


 台所に移動し、手際よくニードルフィッシュを解体していくギン。

 器用にトライデントを使ってえら、ひれを落とし、棘を除去、皮を剥いでいく。

 経験があるというのは嘘ではないようだ。

 いや、ここで嘘をつかれたら洒落にならんのだけど。

 さすがのギンも失敗する可能性があるならやらないよな……たぶん。


 黒い皮を剥いでいくと、真っ白な身が見えてきた。

 中から内臓を取り出し、身を洗っていく。

 ギンが解体を始めて十分が過ぎ、調理が終わる。

 今回はシンプルに刺身で食べることにする。

 皿に綺麗に並べられたニードルフィッシュの透き通るような身。


「ずいぶん、薄く切るんだな」


「ああ、弾力が強いから……噛み切れるようにな」


「これどうやって食うんだ」


「塩振って食べな、店で出るのは専用のタレとかあるが材料もないからな。あまり時間が経つと鮮度も味も下がるし……」


「あん? 俺、保存魔法使えるぞ」


「……先に言ってくれ、兄ちゃん」


 俺の言葉にガックリと項垂れるギン。

 聞かれなかったからな。

 ずっと喋っていても仕方ないので食事を始める。


「うわ、ぷりっぷりだな。噛めば噛むほど味が出やがる」


「初めて食ったが……塩だけでも普通に美味いな」


「だろう? こういうのはシンプルに食べたほうが美味いんだぜ」


「ああ、手が止まらん。昼間だけど酒が欲しくなる」


「……しかたねえ、とっておきを出すか」


「「おお!」」


 ヤドリが棚から一本の酒瓶を出す。

 舌鼓を打ちながら、飲んで食べる男三人。

 昼食だったはずが……気づけば飲み会になる。

 ヤドリに「仕事はいいのか?」と聞いたが、こんな上等なツマミがあるのに酒抜きなんてあり得ないと言っていた。


 明日頑張ればいい……素晴らしい言葉だと思う。


 ギンが捌いたニードルフィッシュは本当に美味かった。

 やっぱ見た目で判断しちゃ駄目だな。

 その後、三人で居間に気持ち良く寝転がっていたら、帰ってきたアンドロに「大人三人が昼間っから何やってんだか」とたたき起こされたのは余談だ。




 再会したラザファムとルミナリアは二百年振りの家族の時間を城で過ごす。

 リーゼは忙しいが、充実している様子。

 城では皆が笑ってご飯を食べる。

 そうしてクライフが会談から帰るのを待つ。

 俺たちは平和な日々を過ごしていた。

 魔王ラボラスからの干渉もあれからはなく、このまま何事もなく終わるのでは……なんて考えが浮かぶ。



 だが……脅威はこうしている間にも迫っていた。


 それを俺たちは実感することになる。


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