円満秘訣
男三人で並んで歩くこと数十分。
ヤドリの家に辿り着いた。
「食料庫にコイツを置いてくるから、居間で適当にくつろいでな」
……とのことなので、家主のヤドリに従うことにする。
一度お邪魔したことがあるので、間取りは覚えている。
「……おや?」
今日は壁に剣が交差してねぇな。
ふと、ギンの話を思い出してしまう。
「ん、どうした?」
「なに、ちょっとな……大したことじゃない」
ラザファムの疑問の声に、適当に返事をしておく。
居間に置かれた剣が交差して壁にかけられていることが、ドワーフ夫婦の夜のサインらしい。
今は斜めに置かれた剣が一本だけだ。
壁には一つ分の出っ張りがむき出しで見える。
ギンめ、余計な情報を教えやがって、変に意識してしまうぜ。
「なんだ……剣が外れてるな、戻しておいてやろう」
「……いや、それは」
何も知らないラザファムが剣を交差させる。
気を利かしたつもりなんだろうけどさ。
「……ま、まぁいいか」
ラザファムに伝えたら、妻のことを思い出さてしまうかもしれないしな。
しいて言えば、ヤドリ夫婦に三人目の子どもが生まれる可能性が高まっただけ。
やれやれ、我ながら気遣いのできる男だと思う。
別に「説明すんのが面倒臭い」とか思ってないよ。
「おや、アルベルトじゃないか?」
「よう、アンドロ」
居間でラザファムと喋りながら、のんびりしていると、奥さんのアンドロが姿を見せる。
相変わらず小さいな。
やはり見てると無性に頭を撫でたくなる。
「ん? おや? あいつめ……」
壁の交差された剣を一瞥して、笑みを浮かべるアンドロ。
一瞬ペロリと唇を舐め、妖艶な仕草を見せる。
内情を知っていると、妙な目で見てしまいそうだ。
まぁ人妻にはあんま興味はないんだけど。
「今日は随分なイケメンさんを連れてるね。ヤドリに依頼かい?」
「いや、今日は依頼じゃなくて、ちょっとした世間話っつうか、相談というか」
アンドロに軽くお邪魔することになった事情を説明する。
「あいつに相談ねえ……役に立てばいいけど、まぁいいや、今から昼飯を作るから待ってな」
「すまないな……おかまいなくなく」
「それ、どっちだい?」
台所からジュージューと音が聞こえてくる。
アンドロが料理をしている間。
完成までもう少しかかりそうなので、戻ってきたヤドリに相談事を打ち明ける。
「ふ~む……喧嘩した妻と仲直りする方法ねえ」
「わりいな突然。こんなこと……他に聞ける奴がいなくてよ」
「いや、俺に言われてもなぁ。他にもいるだろ? 結婚してる奴はよぉ」
「俺が知ってるのはお前だけだ……俺知人が少ないから」
「そ、そうか……、なんかすまねえ」
ヤドリが誤魔化すように咳払いをする。
といわけで、力を貸していただきたいものだ。
「いくら熟年夫婦でも、喧嘩したことねえわけじゃねえんだろ?」
「もちろんだ、喧嘩なんかしょっちゅうだぜ。ドワーフは熱くなりやすい種族だしな」
「そういう時はどうしてんだよ? 聞かせてくれ」
「う~む、参考になるかはわからんぞ」
将来、男女の駆け引きみたいなのが役に立つかもしれん。
なんだかんだでこの二人は仲よさそうに思える。
今のところ予定はまったくないが、覚えておいてもいい。
「相手の怒り具合にもよるがな。もし激怒状態なら、俺の場合は……もう土下座だよ」
「……いきなり詰んでんじゃねえか」
最初からの諦めモード全開。
男女の駆け引きすっ飛ばしてんな。
もうちっと、役に立つ話を聞かして欲しいんだけど。
「……わかってねえなお前、女ってやつをよ」
「あぁ? なんか気に入らねえぞ、そのセリフ」
このアルベルトさんに向かってよ。
俺が女と付き合ったことねえからって馬鹿にしてんのか?
「お前は女のヒステリーの恐ろしさを知らねえ」
「あ?」
「こちらの理を説いて、下手に説得しようと考えないほうがいいぞ。アレはおっかねえ。反論しても、火に油を注ぐだけだ。なら最初から土下座したほうがいい」
「ぽ、ポジティブなんだか、そうじゃねえんだか」
「男は論理的に、女は感情的に動くからな。抵抗は逆効果だ。まぁ全員がそれに当てはまるってわけじゃねえんだろうがよ」
「な、なるほど、そう考えれば一理はある……のか?」
「まぁそれが可愛いんだけどよ。夜、素直になって甘えてくる時なんかたまんねえ」
最終的には惚気かよ。
そういや、ラザファムの奥さん、ミナリエ……だっけ?
どんなタイプなんだろうか?
「ウチの妻は、静かに怒るタイプなんだがな。普段はお淑やかだが、一度怒ると頑固だ」
「女房とは正反対だな」
「こちらの顔を見て、本当に反省しているのかすぐに見抜く。下手なことを言おうにも通じない。何故自分が怒っているのか、相手の問題点を冷静に的確に指摘してくる」
「なら、ヤドリの言う土下座は通じねえんじゃねえか?」
思い返してみれば、ルミナリアもそんな感じかもしれないな。
ラザファムの話を聞き、ヤドリが髭をいじりながら思案している。
「いや……だったらなおさら、土下座一択だろ」
土下座をごり押ししてくるな、コイツ。
「さっき表情から見抜かれると言ったが、土下座で顔を隠しちまえば、相手にはわかんねえだろ?」
「……た、たしかにそうなんだが」
「土下座は攻防一体の構えだ。一番大切なのは仲直りすることだぜ、プライドなんて邪魔にしかならねえ」
「せ、誠意の欠片もねえ」
「土下座しちまえばイチコロよ」
さ、最低な発言だな。
行きつくとまで行きついたって感じがする。
と、そこで……台所からアンドロの興奮した声が聞こえてきた。
「ちょっとアンタ! 昨日まであったチーズがほとんどないよ! また盗み食いしたね!」
「ちょうどいい」
バタバタとこちらへ近づいてくる音。
奥さんによる断罪の時は迫るが、ヤドリの顔には余裕が見える。
ヤドリが入り口に向き直る。
両手と額を床にベッタリとくっつけて……。
「見てな……三十秒で片付けるからよ」
「「……」」
台詞だけは格好いいな……姿勢は土下座だけども。
ヤドリがアンドロに叱られるのを見届け、何事もなかったかのように昼食をご馳走になる。
なお、アンドロの怒りは土下座により霧散していた。
本当に三十秒で怒りの嵐は過ぎ去ったようだ。
昼食後は適当に雑談を交わし、昼食と相談のお礼も含め、ラザファムがアンドロの工房で女性物のアクセサリを何点か購入していた。
考えてみたら武器防具は俺やラザファムには必要ないからね。
あとでルミナリアや奥さんにプレゼントするらしい。
センスがいいねとアンドロに褒められていた。
そうして、ドワーフ夫妻の家を出る。
城に戻る帰り道にて。
「ところで……さっきのヤドリの話、参考になったか?」
俺はラザファムに問いかける。
「いや……あまり」
「だ、だよな」
自分から相談を提案しておいてなんだけど、役には立たないよな。
ああいうのは、さっぱりした性格のドワーフの女性だからこそ通じると思う。




