成長1
上級悪魔の襲撃の件を踏まえ、三人で防衛手段について相談しながらギルドへの道のりを歩く。
当然というか、昨夜の出来事は街の人たちの間で噂になっていた。
道中、耳に入ってきた会話は、俺がルミナリアと一緒であることを嫉妬する声も多かったが、それだけではない。
ラザファムが起こした落雷は住民たちに目撃されており、何者かの襲撃があったのではないかと不安を感じる人々の声が聞こえてきた。
あれだけ派手にラザファムが登場すれば噂になるのも当然だ。
情報管制が敷かれたとしても、人の口に戸は立てられない。
正直ラザファムが来なければ、襲撃があったことに気づかなかったんじゃないかと思わないでもないが。
なんにせよ、ラボラスのほうにも情報が入っているのは間違いないだろう。
傭兵ギルドに到着すると、建物内から賑やかな声が聞こえてくる。
ギンが海に戻って以降は城に閉じこもっていたので、この喧噪を味わうのも久しぶりだ。
建物の中に入ると同時、街中と同様に注目が集まる。
方々からルミナリアに声が掛けられ、彼女を中心にあっという間に人の輪ができる。
俺とラザファムはそれを少し離れた位置で見ていた。
無言で娘の背を見つめているラザファム。
今、どんな気持ちでいるのだろうか?
「あ、ルミナリアちゃん」
「ナタリアさん、おはようございます」
「おはよ、待ってたわよ」
ナタリアと呼ばれた受付嬢が手をヒラヒラと振る。
受付に来て、軽く挨拶を交わしたあと。今日の依頼の説明を受けるルミナリア。
「マチルダさんは奥の部屋にいるよ。詳しいことは彼女のほうからね」
「わかりました」
ルミナリアが依頼人が待つ奥の部屋へ入り、姿が見えなくなる。
「……アルベルトは行かなくていいのか?」
「うん?」
ラザファムが俺に問いかける。
「一応傭兵ギルドに登録しているんだろう?」
「まぁな、でも今は特に用もない。ギンもいないし、ギルドで受注できる依頼もほとんどないからよ」
「ん? お前なら討伐依頼ならどれだってこなせるだろう?」
俺の答えを聞いて、ラザファムが訝し気な表情を浮かべる。
「色々あるんだよ……世間て奴はな。面倒なしがらみが」
「そ、そうか」
珍しく空気を読んだのか、ラザファムは深く聞いてくることもなかった。
「……んじゃ、出るか?」
「そうだな」
ルミナリアも見送ったことだし、ずっとギルドの中にいると邪魔になる。
今も結構な注目を集めているしな。
ラザファムの容姿はかなり目を引く。
美男子だからな、異性の視線を強く感じる。
さすがはルミナリアの親父さんだ。
「さ、いくぞ……ん?」
振り返りギルドを出ようとすると、見憶えのある姿が目に映る。
「よいしょっ……と」
そこにいたのはエルフの受付嬢であるエルザ。
いつも俺とギンの受付を担当してくれるお馴染みの女性だ。
彼女とは前に酒場で会って以来か。
お酒の席で、仕事の愚痴を同僚に零していた彼女の姿を思い出す。
「……」
あ、挨拶ぐらいはしておくべきだろうか?
い、一応お世話になっているしな。
彼女の愚痴の中には俺とギンのことも含まれていた。
そんな場面を見ているせいで、罪悪感というほどではないけど、ちょっとこう……ね。
エルザは入口横に設置された掲示板の更新作業中らしい。
完了済みの紙を剝したり、新規の募集用紙を貼ったりしている。
エルザはあまり背が高くないため、高い場所に紙を貼るのに椅子を使っている。
不安定な足場で作業しており、椅子がグラグラと揺れており、つま先を伸ばして作業する彼女は、見ていてちょっと危なっかしい。
俺の胸に親切心が湧き起こり、少し手伝うべきか、などと考えていた矢先のこと。
「……きゃっ!」
エルザの足が椅子からはみ出して、バランスを崩す。
小さく悲鳴をあげ、床に脊中から落ちていく。
咄嗟のことで、受け身の姿勢もとれていない。
このままでは一秒と経たず、床に体を打ち付けることとなる。
「……む」
だが、エルザが床にその身を打ちつけられることはなかった。
偶然、近くにいたラザファムが彼女の元へ。
両手で彼女の体を優しく受け止める。
背中からささえるお姫様抱っこというやつだ。
「ふぅ、危ないところだったな。怪我はないか?」
「…………ふぇ」
ラザファムの登場に、エルザが気の抜けた声を出す。
何が起きたのかわかっていない様子だ。
ポ~ッとした顔で、ラザファムのことを見つめているエルザ。
二人の視線が交錯する。
「ん? もしやどこか痛めたか? 俺はあいにく回復魔法は使えないんだがな。アルベルト、ポーション持ってるか?」
「ギンからもらった(押し付けられた)のがあるぞ、使うか?」
「……いっ、いえっ、だ、だだ大丈夫ですっ」
我に返ったエルザがしどろもどろになりながらも答える。
「す、すみませんっ! 突然のことでボ~っとしちゃって! お、おかげさまで元気ですっ!」
「そうか、それならよかった」
ラザファムが頬を緩めて、安堵の笑みを浮かべる。
姿勢のせいか、二人の顔がかなり接近し、エルザの白い顔が真っ赤に染まっている。
「え、えと、その……」
この状況に落ち着かない様子のエルザ。
彼女の視線が羞恥からか、ラザファムの顔から胸へと移る。
その様子を見て、ラザファムがエルザを抱きかかえたままの自分の姿勢に気づく。
「……っとすまないな、立てるか?」
「いえ、ずっとこのままでも……」
「ん?」
「そ……その、な、なんでもないですっ! 大丈夫ですっ!」
手をすごい勢いでぶんぶんと振るエルザ。
それを見てもラザファムに気にした様子はない。
スッと自然な流れで、エルザの足をゆっくりと床につける。
なんか慣れてないか? ……コイツ。
「あ……す、すみませんっ。私ってば助けていただいたのにお礼も言わずに……」
「気にしなくていい、偶々近くにいただけだ。仕事に一生懸命なのは結構だが、気をつけてな」
「は、はい! その、あ、ありがとうございましたっ!」
そう言い、ギルドの扉を出て、颯爽と立ち去ろうとするラザファム。
本当、無駄に恰好いいよなコイツ。
内面知らない奴から見たら特にそう感じるはずだ。
「あっ、あのっ!」
「なんだ?」
エルザの声にラザファムが振り返る。
「私、本ギルドの職員でエルザと申します。あの、お、お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
「……ラザだ」
わずかな間のあと、名乗るラザファム。
ラザ? ……ああ、本名を名乗るのはまずいか。
こいつの場合、真龍だから名が売れているしな。
「ラザさんですか……す、素敵なお名前ですねっ! 覚えやすくてっ!」
……偽名だけどな。
両手を胸の前で組んで、ラザファムに満面の笑顔を向けるエルザ。
エルザに別れを告げて、俺たちはギルドを出る。
結局俺はエルザに挨拶することはなかった。
なんとなく、タイミングを逃してしまった。
そもそもエルザは俺の存在を認識していたのだろうか?
先ほどの顔を赤らめているエルザの様子を思い返して思う。
あれは間違いなく乙女の顔だった。
「お前……」
「……どうした?」
「いや、まぁ……いいか」
今回、ラザファムのとった行動は間違えていない。
あそこでエルザを助けずに放り出すのもどうかと思うし。
(さっきの場面、ルミナリアが見ていたらなんて言ったかな?)
俺が考えてもしょうがないことか。
……バレなければ問題ないだろう。
ま、他人事と割り切ることにしよう。




