閑話ラボラス2
頃合いを見て、本話の掲載場所を移動するかもしれません
よろしくお願いします
魔王ラボラスの居城、フドブルク城。
謁見の間、玉座に渋面を浮かべて座る悪魔王ラボラス。
その傍に控えるのは、四人の上級悪魔で唯一の女性であるララ。
「ララ、まだ二人から報告はないのか?」
「は、はい」
「……少し遅いな」
ラボラスの端正な顔に皺が浮かぶ。
先日、ラボラスの命を受けてメナルドに向かったラスとラボ。
メナルドは敵対するハイエルフの魔王であるクライフが治める地。
アークデーモンである二人に与えた命令はクライフの妹であるマリーゼルの身の確保。
予定通りにことが進めば、そろそろこの城に戻ってきてもおかしくない頃合いなのだが……。
ラボラスの胸に不安がよぎる。
落ち着かないのか、肘掛を小刻みに指で叩くラボラス。
トントンという音だけが部屋の中で反響する。
「ラ、ラボラス様! 失礼します!」
その空気を打ち破るかのように、バタンと大きな音とともに扉が開く。
慌てて入室してきたのは伝令係らしき下級悪魔。
「騒々しい! ラボラス様の御前である!」
「も、申し訳ありませんっ! 緊急の報告故!」
ララの声に、慌てて床にかしずく男。
「……かまわん」
伝令を見て怒るララに、手をあげて制止するラボラス。
普段であれば無礼者と責めるところであるが、様子を見るに大きな異常が生じたのはあきらかだ。
それより早急な説明を……と、情報の入手を優先する。
伝令の男が口を開き、得られた情報を丁寧に説明していく。
先日、ラボラスの命により城を発ったラスとラボ。
二人は認識阻害効果を持つミラージュリングを使い無事に街に潜入を果たした。
二人は諜報員と合流し、クライフの留守を再度確認。
集めた情報から任務遂行は可能だと判断。
その日の深夜に城への潜入を決行した。
だが……。
「……ば、馬鹿な」
伝令の報告を聞き、ララが呆けた顔を浮かべる。
同じアークデーモンである二人の顛末を聞き、ショックを隠し切れない。
「失敗したってこと? あの二人が……」
「は、はい、ラス様、ラボ様、お二方とも連絡が途絶え、現在所在を確認できておりません。城に捕らえられているか、既に息絶えているか……そのどちらかであるかと」
伝令と言葉を交わすララを見ながら、得られた情報を整理していくラボラス。
二人にはミラージュリングを与えていた。
一定以上の実力者には認識阻害が通じないため、ハイエルフ相手では効果がない。
それでも、顔を視認できる距離まで対象に近づくことは可能である。
常套手段ではあるが、二人は人の少ない深夜を襲撃の時間に選んでいた。
城では水龍の少女が暮らしていたというが、二人はその点についても把握したうえで、任務を決行した。
水龍の得意フィールドは水中……とはいえ最強種の一つと呼ばれる古龍だ。
クライフの留守中を狙うという時間制限があるとはいえ、当日決行に踏み切った二人の判断を早計に思わなくもない。
結果的に二人は失敗した。
その全てが間違いだと断ずることはできない。
水龍を考慮しても、指輪を有効に使えば今回の任務の成功率は低くない。
そう、油断さえしなければ……。
しかし、二人に油断があったとしても腑に落ちない点がある。
「小娘二人、高位種族とはいえ……手も足も出ないほどの相手か?」
ラボラスの顔に疑問が浮かぶ。
一番解せないのはその点。
慢心や油断をして姫に逃げられた、もしくは手傷を負った程度ならまだ納得できる。
だが、二人揃って返り討ちにあうとは……そんなことがあり得るのか?
ハイエルフ、水龍ともに空を飛べない種族だ。
もし、失敗しても空を飛んで逃げればいい話。
それさえできないとは……。
ターゲットのマリーゼルや水龍の少女が想定以上の実力者だったのか?
と、そこまでラボラスが考えたところで、再び伝令の口が開く。
「……ラボラス様、一つ気にかかる情報がございます」
「なんだ?」
「襲撃の夜、城の最上階で強烈な雷光を確認したと……」
「雷光……だと?」
ラボラスの肩がピクリと震える。
雷光と聞いてある存在が思い浮かぶラボラス。
この状況を引き起こしうる、圧倒的な強さを持つ存在。
「まさか……雷真龍ラザファムか?」
「はい、可能性は低くないかと」
「……ち、もしそれが真実だとしたら、二人では手に負えないのも当然か」
真龍相手では、二人が負けるのは必然の結果。
あの雷真龍から逃げおおせるのは不可能に近い。
雷龍は魔力感知能力に優れ、古龍の中で一、二を争う速さで空を飛ぶ。
クライフが留守にした理由はそういうことか……とため息を吐き、失敗した理由を納得するラボラス。
随分昔の話だが、クライフとラザファムに繋がりがあるという話は聞いたことがある。
しかし、ここ数百年ラザファムの姿は確認できていなかった。
まさか参入してくるとは考えなかったと舌打ちするラボラス。
「……なるほど、友のために駆けつけたというわけか」
真の友情は時を経ても消えない……か。
「くそが! 吐き気がするわ!」
結果に納得しただけで自らの邪魔をしてくれた怒りは消えない。
ラボラスの濃密な魔力が漏れ出し、室内に蔓延していく。
部下たちが怯えるのにも構わず、その怒りをまき散らす。
ラボラスの手には血管が浮かんでおり、玉座の肘掛けからピシピシと音が聞こえてくる。
主の気持ちが落ち着くのを、怯えながらジッと待つララ。
「……」
数分が経過し、ラボラスが冷静な思考を取り戻す。
城を離れる前、秘密裏にクライフと約束をしていたのだと推測する。
この面倒な状況はその情報を掴むことができなかった、己の失敗であると悔やむ。
「その……畏れながらラボラス様、よろしいでしょうか?」
「……なんだ?」
「もしや、雷真龍と事を構えるおつもりですか?」
「……そんな真似はしない。我でも雷真龍相手に正面から挑むのは愚策だ」
こちら側で戦うのならば、まだ援軍も期待できる。
勝てる可能性もあるだろう。
だが、相手の本拠地である海の向こうで戦うなど自殺行為だ。
自分一人で戦いを挑んで勝てる相手ではない。
「だが、このまま黙って見ているわけにもいくまい」
クライフの留守というこの機を逃せば、メナルドの攻略はほぼ不可能になる。
魔王べリアか、その傘下の魔王が確実に参入してくる。
「仕方あるまい。できればメナルドを無傷で手に入れたかったが、敵に渡すくらいなら壊してしまったほうがいいな」
「と、すると」
「ああ、念のために腹案を準備しておいてよかった。使わずに済めばよかったが……」
どこか諦めたようにラボラスが息を吐く。
「ボラのほうの準備は整っているな」
「はい、ぬかりなく」
「よし! 急ぎボラに伝えろ」
「はっ!」
ララが頷き、主の命を受けて動き出す。
それを見つめるラボラス。
「……いかに雷真龍でも欠点はある」




