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そのガーゴイルは地上でも危険です ~翼を失くした最強ガーゴイルの放浪記~   作者: 大地の怒り
メナルドの街編

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閑話ベリア5

 私は今、側近メイドのキヌレと数人の供を連れて、本拠地のアスタニアからコルルが統治するリドムドーラへと向かっている。

 その目的はハイエルフの魔王、クライフとの会談のためだ。

 

 明日夕方から始まる会談の前に、途中少し寄り道をすることになった。

 リドムドーラ近隣にある山脈で、温泉が新しく湧いたそうなので、会談前に立ち寄る約束をコルルとしているのだ。

 最近、疲れ気味の私に気を遣ったキヌレが提案してくれたのだ。

 

 温泉など何年振りだろうか?

 ……せっかくの機会だ。

 会談の前に十分に鋭気を養おうと思う。

 

(……本当はマーレルも連れてきてあげたかったけど)


 残念ながら、彼女は城の研究室で呪いの解除方法について、寝る間も惜しんで研究している。

 本当に申し訳ない。

 王なのだし、私的な目的で配下を使用しても全く問題はないんだけど、目的が……

 まぁ頭が痛くなるので、深く考えないようにしよう。



「……見えてきましたね」


「ええ」


 隣を飛ぶ、キヌレの声を聞き、下を見降ろす。

 時刻は現在、夕暮れ時。


 上を見れば、火のように赤い雲。

 下を見れば、広々とした山脈が視界一杯に映る。

 高度を下げれば、鬱蒼とした山森の中に少し拓けた地が見え、そこから煙が上がっているのがわかる。

 煙の元を辿れば、風情のある木造の建物が見えてくる。


 空を移動する私にはあまり関係ないけど、建物に向けて舗装された道が麓に向かって続いている。

 最終的にはコルルのいるリドムドーラに繋がるのだろう。

 ここがコルルの言っていた、新しく湧いた温泉か。


 建物の前には、幾人かの人物が並んでいるのが見える。

 その中心にいるのは赤紫の髪をしたツインテールの少女。

「ここですよ!」とばかりに、勢いよく元気に手を振っている。


 私が地上に降りると、すぐに駆け寄り、満面の笑みを浮かべて出迎えてくれる少女。

 下着と肌面積が変わらないとV字型の黒い服。

 大事な部分だけを隠した煽情的な服を着たサキュバス。

 コルルだ……。


「お待ちしておりました! ベリア様!」


 背中から生えた小さい黒翼が、再会の喜びからかパタパタと揺れている。

 彼女の種族はサキュバスクイーン。

 コルルは人懐っこく、無邪気な性格で、普段の姿からは想像しにくいが……傘下の魔王の一人で、私を慕ってくれている娘だ。


「えへへ、会えて嬉しいです!」


「……ふふ、私もよ」


 私と彼女の付き合いは随分昔の話になるが、コルルが自分の魅了に嵌った男に襲われかけたところを救ったことから始まった。


 サキュバスの固有能力として魅了が挙げられる。

 異性に対し、特に効果を発揮する能力で、その効力は絶大だ。 


 今でこそ魔王と呼ばれているコルルだが、出会った当時は未熟だった。

 サキュバスの中でも彼女は特にその力が強く、自分の魅力を制御できていなかった。

 能力のオンオフがうまく出来ず、自分の固有能力を持て余していたのだ。

 勿論それは過去の話で今のコルルは自在に力をコントロールすることができ、戦闘力だけでなく、能力の危険性の面でも一目置かれている。

 

 種族は違うが、吸血鬼も魅了系の魔法を一応使うことができる。

 助けた後、彼女に力の使いかたのアドバイス等、世話を焼いたりしたこともあり私に懐いてくれている。

 執務能力も有能、彼女が傘下にいることで私はいつも助けられている。


「コルル、あなたも変わりはないようね」


「……はい! 元気ですよ!」


 彼女の明るい声が空に響く。


 コルルは素直で明るく、遠慮がない娘だ。

 彼女は思ったことをはっきり言うため、周りから見たら図々しいと思われるかもしれない。

 だけど、私はそういう関係を心地良く思っている。


 勿論、マーレルやキヌレも私を大事に思ってくれているのはわかっている。

 そこに優劣などはない。

 でも、イモータルフォー(死なずの四人)と呼ばれ、どうしても距離ができてしまう。

 立場上仕方ないことではあるけども、寂しい気持ちもある。


「今日は日頃の疲れを癒してくださいね。あとでマッサージさせていただきます。私得意なんですよ。お酒も用意してあります」


「至れり尽くせりね」


「……ベリア様、私は先にリドムドーラのほうに向かいます。明日の会談の準備はこちらで済ませておきますので、ごゆっくりと」


「ありがと、頼むわね」


「キヌレも、次は一緒に入ろうね!」


「はい、楽しみにしております」


 立ち去るキヌレに、労いの言葉をかけ、露天風呂へと向かうことにする。

 温泉か、楽しみだ。

 少しだけ心が躍る。


「……じゃあ、早速案内して頂戴」


「はい、是非是非!」


 コルルが私の手を引いて歩き出す。

 木の板を繋ぎ合わせてつくった簡易な脱衣室に入る。


 中に入ってすぐ、コルルが豪快に服を脱ぎはじめる。

 肉付きがよく、出るとこは出ている、白色の肌が外気に晒される。

 幼げな顔とは正反対の体。ミスマッチな感じがするけど……


 サキュバスは男を誘惑して精気を奪うことを生業とし、それに適した形に進化した種族だ。

 男にとってはそれがいいのだろう。

 まぁ、どうでもいいことだけど。


 さてと、私も服を脱いで……


「ベリア様、どうしたんですか?」


「なんでもないわ、先に行っててくれる?」

 

 なかなか服を脱がない私を訝しむコルル。

 なんとなく……この呪いのせいで、コルルの隣で脱ぐのは躊躇われる。

 些細な変化(今のところ)だし……、仮に見たところで気づくわけないと思うんだけども。


「いえ、待ってます! 一緒に行きましょう」


「すぐ脱いで行くから、先に行きなさい」


「すぐならなおさらです、待っていますよ!」


「え、ええと」


「待っていますよ! いつまでも! 永遠に!」


 遠慮がないのは彼女の美徳でもあるんだろうけど。

 こういうところはちょっとモヤっとしてしまう。


「も、もしかして……私、ご迷惑でしたか?」


「い、いえ、そんなことはないわ」


 誘ってくれた気持ちは嬉しい。

 気持ちに関しては……本当に。

 こっちにも事情があるだけで。


 もう、変に意識するほうがおかしいか。

 堂々と行こう。


(大丈夫、大丈夫、わからない……は、はず)


 幸い湯船を透明度は低く、白濁色だ。

 入って、浸かってしまえばわからないだろう。


 少しずつ、体を馴らすようにゆっくりとお湯につかる。

 気持ちよさから「ふぅ」と思わず吐息が零れてしまう。


「いいお湯ね」


「ですよねぇ、あぁ日々の疲れが抜けていきます」

 

 山から見降ろす夜景が奇麗だ。

 備え付けられた松明が、山の木々を照らす。 


「ただお湯につかるだけなのに、何故こんなに気持ちいいのか……不思議」


「あ、一応、効能もあるんですよ……肩こり、腰痛、ヘルニア、美肌効果」


「ありがちね……それ、本当に効果あるの?」


「あとは魔力回復速度一時向上、呪い進行遅延……」


「……の、呪い遅延……ですって?」


「はい、詳しくはわからないんですけど、体内に入り込んだ、魔力的な不純物を取り除く効果があるとかないとか」


「ふ、ふ~ん……く、くだらないわ、くだらな過ぎるわ」


「そうですか?」


「そ、そうよ」


 で、でも、世界にはポーションと同様の効果の水が湧き出る泉もある。

 どういう原理なのかはわからないけど確かに存在する。

 そう考えると、解呪の温泉とか、そういう効果のある泉もあるのかもしれない。

 

 別に期待はしてないけどね。

 ……期待すると辛くなるしね。

 でも偶に入りに来るのもいいかもしれない。



 呪いについて、少しだけ判明したことがある。

 先日のマーレルとの会話を思い返す。 


「先日提供していただいたべリア様の皮膚から、魔力紋の採取が完了しました。想定より時間がかかり、申し訳ありません」


「いいわ、あなたが懸命に仕事してくれているのはわかっている」


 今も彼女の顔にはクマが浮かんでいる。

 

「それで、魔力紋から何かわかった?」


 マーレルに問う。

 魔力紋は各々が持つ魔力の性質で、目には映らないが、魔法を使う際には必ず反映される。


「それなのですが、少し奇妙と言いますか」


「奇妙?」


「はい、魔力紋が妙な形をしているのです。規則性がないというべきか」


「……どういうこと?」


「順に説明させていただきます。まず、今回魔力紋を採取した一番の目的は、記録した魔力紋に反応するレーダーを作れればと考えたからです。距離に制限があり、ある程度近づかなくては反応しませんが、犯人探しに一役買うのは間違いありませんので」


「なるほど、それで……レーダーは作れたの?」


「それが……」


 その問いを受けて、マーレルが口ごもる。


「……結論から言えば、現時点では完全なものを作成するのは難しいです」


「それはどうして?」


「これを見ていただけますか?」


 マーレルが二枚の紙を取り出し、机の上に並べるように広げる。


「こちらは魔力紋を可視化して写しとった紙になります。右側が今回の脱毛魔法の術者の魔力紋になります。左側は私の魔力紋です、これは比較のために持ってきました」


 マーレルの説明が続く。

 魔力感知で単純に魔力の大小を調べるのに比べ、誰の魔力かを調べるのは遙かに難易度が高い。

 経験を積めば、誰の魔力紋か、意識してなんとなくわかるようにはなるが、感覚的なもので、曖昧な形だ。

 故に、通常は調べるのにマトラス紙という特殊な紙を用いるそうだ。


 このマトラス紙は魔力に反応する。

 水面に水滴を垂らすと、その波紋が広がっていくように、紙に魔力を込めると、対象の魔力に応じて千差万別の図形が紙に浮かびだす。


 実際、魔力紋は目に見えるモノではない。

 疑似的に魔力紋を紙上に表現し、目に見える形とすることで、術者の魔力の特徴をマトラス紙から読み取ることができる。 

 

「ベリア様もご存じのように、魔力紋はその人が持つ固有のものです、同じ魔力紋は二つと存在しませんので、採取した魔力紋と一致した者が呪魔法の術者ということになります」


「そうね、それで?」


「先ほど申し上げましたが、この紙を見てわかるように、採取した術者の魔力紋が歪なのです」


 正直、専門でない私には二枚とも子供の落書きに見える。

 どちらの紙にも、四角、三角、円、楕円、台形、様々な模様が紙に描かれている。

 図形の大きさもバラバラだ。


 しかし、二つの紙には決定的な違いがある。

 その差は一目瞭然だ。


 マーレルの魔力紋は図形同士が接しておらず、模様の数も少ない。

 術者の方は、各図形が重なっているものが多々あり、模様の数が多い。

 例えば、三角形の上に被さるように楕円がかかっていたり、三角形同士が重なり六芒星のようになっているものもある。


「成程、確かに歪ね」


 一度落書きした紙を、捨てるのがもったいないからもう一度落書きした……そんな印象だ。

 

「普通はこんなことにはなりません。一体どうしてこうなったのか? まるで複数の魔力が混じり合ったような、そんな形です」


「複数? もしかして、協力者がいるかもしれないってこと?」


「はい、まだ可能性の話ですが……」


 こんなふざけた呪いをかけるのに協力する者がいるのか?

 どちらかと言えば、単独犯の可能性が高いと考えていたのだが


 この私を相手に……いい度胸だ。


「故意なのかどうかはわかりませんが隠蔽工作されています。これだけだと、追跡もかなり難しいです。勿論全力でやりますが……せめてあの娘がいれば」


「……前にも話していた娘のこと?」


「はい、私の姉妹弟子です。彼女なら何かわかるかもしれません。面白ければいいがモットーで、偶にとんでもない事をやらかす子でしたけど」


「確かダークエルフって話よね」


「はい。今どこにいるのよ、レオナ……」


 マーレルがポツリとその娘の名を口にする。


 ダークエルフか……。

 ハイエルフの魔王のクライフに会った時にそれとなく聞いてみるか。

 街の住人一人一人を覚えているはずもないが、マーレル曰く凄腕の錬金術師という話だ。

 もしかしたら何か情報が得られるかもしれない。


「せめて、何かキッカケがあれば……もう少し術者の情報が欲しいところです」


 時間は刻々と過ぎていく。

 戻ってきたとき、もう少し解析が進んでいることを祈り、城を去った。





「考え事ですかベリア様?」


「……あ、ごめん」


「魔王クライフとの会談のことで、何か心配事でも?」


「……ううん。温泉に浸かるのが気持ち良くて、ついボ~っとしただけ」

 

 慌てて、コルルをごまかす。

 いけない、いけない。

 せっかく温泉に来たのだから、今くらいは忘れないと。


 そんなことを考えていると、コルルの視線が私に注がれていた。


「な、何? 人の体をジロジロと見て」


「相変わらずお綺麗です。サキュバスの私ですら、うっとりしてしまうくらいに」


「ありがと、でもあまり見ないでくれる」


「女同士なんですからいいじゃないですか……ん?」


「ど、どうしたの?」


「ベリア様……以前会った時とどこかが違うような。うまく言えないんですけど」


「……」


 彼女はサキュバス。

 そういった身体の変化に対しては凄く敏感なのかもしれない。


 コルルの統治するリドムドーラの街は歓楽街となっており、配下のサキュバスたちが経営する男性に性的なサービスをする店が多い。

 女として店の存在をあまり好きにはなれないが、精気を必要とするサキュバスだ。

 そういった街の必要性については理解している。

 送られる報告書を見る限り、良心的な値段の割に、かなりの収益が出ているし、彼女は街の治安についても十分に配慮している。

 あまり綺麗事ばかり言っても回らないだろう。


「う~ん、気のせいですかね。吸血鬼は老化なんかしないし、いや、でも……」


 それはともかく、まずい流れ……話を逸らさないと。


「そ、それよりどう? コルルのほうは?」


「どうって? えと、何がですか? 私の治める風俗街の様子とかですか?」


「そ、そうよ」


「珍しいですね……ベリア様って、そういう話好きじゃありませんでしたよね? もちろんベリア様がいいとおっしゃるのでしたら話しますが」


 もう、今は話が変われば何でもいい。


「そうですね、最近の話題だと……先月、部下の提案で開店した『一本線』って店なんですけどね。その名から想像できるように、パ○パン専門店なんですが、これがまた予想以上に好評でして……本当、どこに需要があるかわかりませんね」


「……」


「本当男って馬鹿ですよね。おかげさまで、もうガッポガッポですよ」


「……やっぱり話を変えてくれる? 大至急」


「え? 近々開く二号店の話がまだ」


「……聞こえなかったの? まさか慰めのつもりか?」


「はひぃぃっ! す、すみませんっ! ……な、慰め?」


 つい、怒気からコルルを睨み付けてしまう。

 そんな話題、聞くだけで不愉快だ。

 

 ああ、不覚にも彼女を怖がらせてしまった。

 彼女にたぶん悪意はないのだから、反省しないと。

 それもこれも、ふざけた術者のせいだ。



 

 温泉は気持ちよかったけど、胃が痛かった。

 途中、コルルに気づかれることがなくてよかった。


 次はもっと穏やかな気持ちで温泉に来るようにしたいものだ。 






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