再会2
「……説明、してもらえますか?」
「「「……」」」
……や、やばい。
適当なことを言ってごまかせる雰囲気ではない。
ラザファムめ、秘密にしていたのに自爆しやがった。
割れた窓からは冷たい風がビュンビュン入ってきている。
冷気耐性もある俺だが、今は不思議と寒く感じる。
「はあああっくしゅぇっ!!」
冷たい風のせいか、リーゼが可愛くないクシャミをする。
ピリピリした空気がちょっとだけ変化。
自然と皆の視線がリーゼに集中する。
「と、とりあえず、場所を移しましょう、そうしましょう」
クシャミをした羞恥で顔を赤くして、ごまかすような顔を浮かべるリーゼ。
こういう場合、触れないのが優しさってもんだろう。
ま、まぁ仕切り直しになっていいと思うぞ。
いいタイミングだ。
ここにいても兵たちの片付け作業の邪魔になるだろう。
ああ、ラウンジが滅茶苦茶だ。
窓ガラスが割れ、その破片が散らばり、床も焦げてる。
読書するのに最適な俺の憩いの空間だったのによ。
ちくしょう。
一先ず仕切り直し。
俺たちは落ち着いて話せるよう、応接室へと移動する。
本当ならもう、皆眠っている時間なんだけどな。
本音を言えば逃げ出したい……そんなこと言える状況じゃないけど。
床に転がっていたアークデーモンたちは、駆けつけてきた衛兵により地下の牢屋にご案内された。
ラザファムの攻撃を受けたラボにはリーゼが軽く回復魔法をかけておいた。
「それでは、説明をお願いします。アルベルトさんとの出会いから」
テーブルを挟んで両側に置かれたソファーの片側にルミナリア。
もう片方に俺たち三人が座る。
三人を順に見回し、詳細を聞いてくるルミナリア。
質問はカップルの馴れ初めを聞くみたいな感じだが……勿論、そんな雰囲気とは程遠い。
「「「……」」」
ラザファムが俺とリーゼの顔を見るが、リーゼも俺も黙ったままだ。
当事者であるラザファムに説明を任せるのが必然だろう。
「俺がやんの?」みたいな顔をするな、それが筋ってもんだ。
俺たちが沈黙を保っていると、そのへんの機微を察したようで、覚悟を決め口を開くラザファム。
「お、俺たちの出会いは……だな」
「なんですか?」
「えっと……だ、俺たちは、その」
「……はっきりとお願いします」
も……もごもご、もごもごと男らしくねえ野郎だな。
さっきの登場シーンみたく、今こそドカンといこうぜ。
「……仕方ねえな。俺が代わる」
ラザファムに任せてもうまく説明できなそうなので、仕方なく俺が話をする。
このまま逃亡は不可能、覚悟を決めよう。
もしかしたら良い方向に話が転がる可能性もあるしな。
うん、ゼロではない……はず。
「それじゃあ話すとしようか……あまり愉快な話でもないんだけど、いいか?」
「はい」
「一応前置きしておくけど、話を聞いても変に気にするなよ……俺もリーゼも気にしてないしな」
「……? は、はい?」
一応の念を押しておこう。
ルミナリアは優しいからな、責任感の強い子だし。
言っておかないと、この件で負い目を持ってしまいそうだ。
「今はもうあのときのことを恨んでもいない、あんなこともあったなぁ……ってくらいで、ラザファムのことは大切な友人だと思ってる。今後も良好な関係でいられたらなんて……」
「……あ、あの、な、何をしたんですか? うちの父は?」
「前置きが長い! 怖がらせてどうするのよ! ……私が説明するわ」
ルミナリアに心の準備をさせておこうと思っただけなんだけど……
結局、説明役をリーゼと交代することになった。
「ゴブリンの集落での私とアルベルトの出会いについては、以前話したわよね?」
「はい」
「集落をあとにして、アルベルトと一緒にファラに向かうことになったんだけど、ラザファムさんとはその途中……二人で山脈を越えるときに出会ったの、近くまできたから、せっかくだし挨拶にってことで」
「……なんとなくですが、予想はしていました。二人がここに来た経路と時期、あとは噂から」
「噂?」
「はい、この街にいる知り合いの商人の方から、ファラ山脈が光らなくなったせいで、山での遭難者が増加したって噂を聞きましたから」
遭難者の増加……って、そんなことになってんのか。
今頃領主のレイあたりが頑張っているのだろうか?
そういや、ラザファムの点滅が山越えの移動の目印になっているって話だったもんな。
非生産的行為だが、一応誰かの役には立っていたらしい。
「し、知っていたのか? ルミナリア?」
「……聞いたのは最近だけどね」
ルミナリア、一応父親の情報集めはしていたのか。
俺が彼女に目線を送ると……
「い、一応……近くまで来ましたしね……ま、まぁ、直接会うのは母に禁止されていましたけど」
「母に禁止?」
「はい……そ、その、私の家の事情は?」
「ああ、もう知っているぞ」
俺はルミナリアの問いに頷く。
隣に座っている男が守る以外に何もしなかったせいで、家族に捨てられたってことは。
「こちらの話の途中になってしまうんだが……ルミナリアは父親のことをどう思ってるんだ?」
ここまできたら遠回しなことはせず、単刀直入に聞くとしよう。
「それは……怒ってますよ」
ラザファムをキッと睨みつけるルミナリア。
なんだ……やはりそうなのか。
まぁこの男、守る以外に何もしてこなかったらしいからな。
「す、すまなかった……お前たちにすべてを任せっきりにして」
「そうだね、子供のときから、ずっと家でグ~タラ、グ~タラ、グ~タラ、毎日毎日何もせずに、食事の支度から掃除、洗濯何から何まで、私たちに任せっきりで……、母が何を言っても『俺にはお前たちを守る使命がある』とか言って、ずっと私たちのことを見ているだけ」
「い、一応狩りの手伝いはし、したぞ」
「それも、私たちから離れたくないからって、得意の魔力感知で山にいる魔物の位置を一瞬で把握して、ピンポイントで雷を落として三分で戻ってきたけどね」
「……」
ここからでも彼女の手に力が入っているのがわかる。
娘に言われて、黙るラザファムさん。
下手に反論しないほうがいいと思うぞ。
「あ、こ、こほんっ……し、失礼しました、つい」
熱くなっていたことに気づき、咳払いするルミナリア。
敬語も使わず、家族の前だから見せる素なんだろう。
「結局その、なんだ……怒る原因はラザファムが何もしなかったからってことでいいのか?」
細かいことの積み重ねって感じなんだろうか。
俺も家庭を持ったら気をつけないとダメだな。
「いえ、それに関しては別に……」
「あ?」
「んん?」
「ち、違うのか?」
あれ、なんか予想外の答えが来たぞ。
リーゼも戸惑いの声を上げている。
一体どういうことだ?
てっきり、何もしない父親に愛想を尽かして出て行ったと思ってたんだけど……
「私が怒っているのは、そこじゃないんです」
一拍おいてルミナリアが言う。
「私が怒っているのは……二百年も母を放置したことについてです!」
「放置って……手紙には別れるって書いてあったって、ラザファムから聞いたぞ」
「……え? 手紙にはそんなことは書いていなかったはずですが?」
「ば、馬鹿な、確かに別れようって手紙には書いてあったぞ!」
ラザファムがテーブルに身を乗り出して反論する。
ど、どういうことだ? さっぱりわからんぞ?
「『このままだと家族皆が駄目になるので、一度離れて距離を取りましょう』そんな内容だと母に聞きましたが?」
「?? おい……ラザファムから聞いた話と微妙に違うぞ……」
それだと微妙なニュアンスが違ってくる。
つまり、別れの手紙じゃないのか?
まぁ別れの手紙ととれなくもないけど。
「お、俺にもさっぱり……」
ラザファムに視線を送るも、わからないと首をふる。
何故張本人がわからんのだ。
「……な、何か父と私たちで話の食い違いがあるみたいですね」
「ああ、とりあえず、そのあたりを説明してくれるか?」
「わかりました。先ほどの続きにもなるのですが、父は家では何もしませんでした。ですが……日々、大切に見守ってくれているのは私も母も理解していたんです」
「ほう」
「家族を思う気持ちは本物だって……ちゃんと私たちを愛してくれてるんだって」
なんだ、その点についてはちゃんと理解してくれていたのか。
「つ、伝わっていたのか俺の気持ちは。じゃ、じゃあ何故? 俺をす、捨てっ」
「だから捨てたわけじゃ! ……えと、続けます」
コホンと、軽く咳ばらいをしてルミナリアが話を続ける。
「家では何もしない人ですが、家族を守るのが父親の大切な仕事だってことはわかっています。私も母も父に愛想を尽かしたから出て行ったわけではないんです。喧嘩はしましたが、家族三人で仲良く暮らしていました」
「……」
「父が家族を愛しているのは十分に理解しています。ただその……ちょっと過剰と申しますか。ベッタリ依存しているというか、生きる目的を私たちに集約し過ぎていると申しますか」
「……あぁ」
「私が大人になるまではそれでもよかったのですが」
まぁそれは想像できるな。
その時の光景が浮かんでくる。
「母は、私が成人してからも山で父親の面倒を見てるのを見て危惧を抱いたそうです。島に帰ると、私と年の近い子が成人して外に出ていく……このまま暮らしていれば、娘は外の世界を何も知らないまま、一生を終えてしまうのではないかと」
「……」
「平穏な暮らし、ですが変わり映えのない停滞した日々。母はこのまま一緒にいたら皆が駄目になると思ったそうです。それで私が古龍で成人とされる百歳を迎えた年に手紙を父の枕元に置き、私を連れて家を出ました。あとになって話を聞いたのですが、その日、睡眠草を父の食事に盛っていたそうです」
こ、行動力のあるママさんだな。
当時のことを思い出しながら、ルミナリアが語る。
「事に及ぶ前に、母も何度か父に話したらしいんですけどね。それでも聞く耳持たなかったらしく強引に」
「……ふむ」
「と、とにかくです……母なりに家族のことを思っての行動だったんです。乱暴な手段ですけど、私と父の自立のために、良い薬になるだろうと考えた上での判断でした。方法は褒められたものではありませんが、それくらいの荒療治をしないとと思ったのでしょう」
「……」
「父と離れ、私は母にこれまで以上に徹底的に鍛えられました。実家の島にいれば父もそのうち迎えにくる。再会した時、私が強くなれば、私のことを心配しなくてすむようになれば、父も安心できるし、今よりは考えを改めてくれるだろうと……」
模擬戦で俺に負けた時、少し落ち込んで見えたのはこの時のことが原因か。
「そうして百年を越える月日が流れました。アルベルトさんには以前話しましたが、母の卒業試験であるクラーケンを倒せるまでになり、これなら一人でも大丈夫と認められました」
「……」
「ですが父は……私が修行を終えても、何百年経っても島に姿を見せませんでした」
おいおい……てことはまさか。
「最初は母も、父のことだから、寂しさからすぐにでも島に来るかもしれない。その時は事情を説明して、どう納得してもらおうかなんて悩んでいたくらいです。ところが十年、五十年、百年、百五十年と時が過ぎ、母もこれにはどうしたことかと……」
「……」
「お父さん、お母さんはずっと迎えに来てくれるのを待ってたんだよ。島でも頻繁に空を見上げてたし、それなのに……なんと言ったらいいのか」
「……そんな事情があったのか」
え~と、つまり……なんだ。
別れたあとすぐにでも、島にいけばどうになったってことか?
ラザファムは行動選択を間違えたってことか。
「そういえば、何で山で光っていたの? お父さん」
「お、お前たちが近くを通りがかったときに、戻ってきてもらえると思って……」
「…………お父さん」
ルミナリアが何とも言えない複雑な表情を浮かべる。
父親が自分たちのことを今でも大切に思っていることがわかった一方。
自分たちの行動が、二百年も家に縛り付けるほど、父親を苦しめていたのだから。
「じゃ、じゃあ、俺のことが嫌で出て行ったわけじゃないんだな?」
「……嫌いになるわけないよ、家族なんだから」
「よかった、あぁ……よかった……」
息を吐き、穏やかな笑みを浮かべるルミナリア。
「……ごめん、お父さんがこんなに苦しんでいたなんて」
「ルミナリアッ、いいんだ、いいんだ、……本当に、よかったぁ」
涙を流す父に歩み寄り、肩を抱き寄せる娘。
今度こそ感動的な再会の抱擁だ。
不幸なすれ違い……ってやつだろうか?
まぁよかったよかった。
母親の方はどうなるか知らないけどな。
精神的な疲労度が半端なかった。
これで肩の荷が降りたな。
めでたし、めでた……
「……私の話は以上になります。それではお姉ちゃんのほうの話を聞かせてください」
「え?」
「先ほどのお姉ちゃんとアルベルトさんとお父さんの出会いの続きを……」
そ、そういや、そんな話だったな。
ピタリとラザファムの動きが止まる。
やべえな、コレ。
「も、もういいんじゃない?」
「ああ、綺麗に話を終えようぜ」
「……そういうわけにもいきません」
俺とリーゼの提案にも、首を横に振って納得しないルミナリアさん。
だ、駄目か……そうだよな。
明らかに何かある口ぶりだったもんな。
結局、リーゼが、俺たちとの馴れ初めを説明する。
俺たちと戦闘したこと、ラザファムが酒に逃げていたこと、包み隠さずすべて。
話を聞き、見る見るうちにルミナリアの表情が変化する。
眉間に皺を寄せ、怒り指数がグングン増していく。
ラザファムは口を挟むことなく、顔を青ざめながら黙って話を聞いていた。
「………………………………何をやっているんですか」
「お、落ち着いてルミナリアちゃん、ねっ」
「ああ、さっき言った通りもう気にしてないからよ」
「ふ……ふふっ、ふふふふ……はぁ」
話を聞き終え、乾いた笑いを浮かべるルミナリア。
「正座っ!!」
「え?」
「正座しなさい!! 今すぐに!」
怒りに満ちた声が室内に響きわたる。
やべえぞ、コレ。
俺がルミナリアに袋をぶつけた時以上の怒りだ。
ルミナリアが叫ぶとか相当なことだぞ。
「「はい」」
「?? ……アルベルトさんはしなくていいんですよ?」
「そ、そうだな」
いや、なんとなくな。
以前巻き込まれて正座したせいでなんとなくな。
……懐かしいな、この感じ。
お説教タイムだ。
とりあえず二人にしておこう。
部屋を出ることにした。
親娘を残して、屋上に出る俺。
ぶっちゃけ、あの空間から逃げたかった。
あそこにいると俺まで叱られている気分になるからな。
なお、リーゼはアークデーモンの後処理に奔走中だ。
憩いの読書空間の修復には時間がかかるそうだ。
ガラスが割れただけならともかく、雷弾の被害が特に大きかった模様。
ほとんどラザファムのせいだ。
アイツ、ただ場をかき乱して被害を広げただけじゃねえか。
そんなことを考えていると、後ろから足音が近づいてきた。
「父親と話はついたのか?」
「はい、アルベルトさんには、本当に……何てお礼を言えばいいのか」
ルミナリアが隣にきて、深々と頭を下げる。
「父を止めてくれて、アルベルトさんがいなかったらと思うと……」
「いいって、いいって、さっきも言ったが気にするな」
「そうはいきません。アルベルトさんが父に対抗できるくらい強かったから、今回は最悪に至らなかったんです。それに、私たち家族が起こしたことですから」
まぁ、彼女の性格ならそうくると思ったよ。
「なんつうか、俺のほうも隠し事をして悪かったな。中々言い出せなくてよ」
「当然だと思います。こっちこそ気を遣わせてしまいました。それにしても、あの父に勝つなんて、模擬戦や悪魔との闘いでも底が知れないとは思っていましたが……」
「まぁ……ラザファムはあのときは酔っぱらっていたからな。それに空中戦を選択しなかったし、素面ならもっと苦戦していたはずだぜ」
案外酔っぱらってていて、うまく飛べなかっただけかもしれんけどな。
まぁ、それについては俺も同じ条件か。
「ラザファムはお前さんら家族のためなら何するかわからん、大事に思ってる証拠なんだろうけどよ」
「……はい、もうこんなことは起こさせませんから」
ルミナリアが微笑む。
「実は私、一度だけ山で攫われそうになって、本当に危なかったことがあるんですよ」
「なに?」
「私のわがままで、一人で家を飛び出した時のことです。母は厳しい人でしたからね。嫌になって逃げ出したって、よくある子供の話です。その時はお父さんがギリギリのところで助けてくれたんですけど」
「ふむ」
「それまでもかなり過保護でしたが、もの凄く、ではなかったですね。以降はもうベッタリと……になりまして」
「……なるほどな」
一応、それなりの理由があったってことか。
「色々と残念なところもある父ですけども、これでもなんていうか……その、私なりに尊敬はしているんです」
「そっか」
「本当迷惑をおかけしました……私にできることなら、何でも言ってください」
「おいおい、女の子があんま軽はずみに言うもんじゃねえぞ……弱みに付け込む奴がいたらどうするんだよ」
「あはは、なんか、アルベルトさんらしくないセリフですね」
「ほっとけ」
俺だって空気は読むんだ。
ルミナリアが笑い、軽く礼をして去っていく。
俺はその背を見つめる。
「……ルミナリアめ、俺らしくないだと?」
そんなの、理由があるに決まってるだろ。
(さっきから後ろで隠れて見てんだよ……奴が)
……俺だって空気は読むんだ。
「……だとよ、よかったな」
「……ああ」
ルミナリアがいなくなったのを確認したあと、後ろで隠れていた男に呼びかける。
姿を現し、隣に並ぶラザファム。
「正座はもういいのか?」
「ああ、あの怒られ方……ふと、妻を思い出したよ」
本当に反省してんのか? こいつは。
「勘違いで放置したことはともかく、奥さんに叱られるのは覚悟しておけよ」
「ああ」
とはいえ、一歩前進ではあるだろう。
一時はどうなることかと思ったが……。
「俺にできることがあれば言ってくれ」
「当然だな。でっかい貸しができたぜ、微塵も遠慮しねえ」
「あ、ああ、それは勿論だが、……さっきまで気にしてないって言わなかったか?」
今はそんな気分なんだよ。
考えたら、ラザファムをいい娘代表のルミナリアと同列に扱う理由はない。
「あと……お前にもう一つ、言いたいことがあったんだ」
「なんだ?」
「……助けに来るなら、もうちょっと早く来いよ」




