模擬戦
ルミナリアの手伝いのおかげで、早く割れた花瓶の処理が終わった。
全部彼女に任せるのは申し訳ないので、先に食堂に行くように言っておく。
最後、捨てるのは俺が担当した。
メイドさんに聞いたら濡れた絨毯についてはそのままでいいとのこと。
あとはやってもらえるそうです。
よかった、洗い方なんてわかんねえしな。
花瓶を片付けて、食堂へ。
ああ、ようやく朝食を食べられるぜ。
「……ん、ちゃんと花瓶片付けた?」
「……おう」
部屋に入ると、リーゼから確認の声がかかる。
心配せずとも、貴様の望んだ通りにやりましたとも。
「この件は水に流そうと思う。いつまでも怒っていても仕方ないからだ……いいな?」
「いいなも何も、素直に『ごめん』と言えばメイドに片付け全部任せるつもりだったわよ。それが彼女たちの仕事なんだから」
「……」
「それなのに言い訳がましく、ゴチャゴチャゴチャゴチャと……『俺がやった可能性もないこともなくもなくもないが、犯人だと断定するには至らない』とか、煙に巻こうとするから」
ま、まぁ、なんだ気を取り直そう。
文句を言いながらも待っていてくれたリーゼと、ルミナリア、三人で朝食をとる。
城のメイドさんが丁寧に作ってくれた朝食を皆で雑談しながらいただく。
「……」
俺とルミナリアとリーゼ。
この光景も馴染んできたな。
クライフが部屋に居ないのは、少しだけ欠けた感じもするけど、奴は元々、お喋りな男でもなかったから、そこまで大きな変化はなかったりする。
当然、話を振ればキチンと返事をくれるが、基本は、俺とリーゼの会話に入ってくるかんじだった。
「ごちそうさん」
食事を終え、腹が膨らんだあと、食後の飲み物をいただく。
紅茶で口の中の脂をリセットする。
こうやって寛いでいると、しみじみ思う。
「……平和だ、これでもかってくらい」
「そうですね」
俺の呟きに隣に座ったルミナリアが頷く。
チュンチュンと小鳥の囀りが聞こえる。
いや、朝はリーゼと喧嘩したり色々あったんだけど……
まぁ、なんつうか、ああいう喧嘩ができるのは平和である証拠なんだろう。
平和なのはいいことだ。
こんな時間がいつまでも続けばいい。
今の処は大きな事件も起きていない。
リーゼが先日話をしていた、魔王ラボラスの干渉もない。
少し拍子抜けな感じもする。
実際は水面下で動いているのかもしれんけどね。
まぁ用心は大切だろうけど、変に心配し過ぎても仕方ない。
「二人とも紅茶、おかわり飲む?」
「おう、いただくわ」
紅茶はメイドさんに頼めば入れてもらえるが、自分でも入れられるように、部屋には茶葉などを常備している。
「あ……わたしがやります」
「いいって、いいって」
周囲の人のために、率先して役に立とうとするのは素晴らしいことだ。
まぁ俺は見ているだけですが……
だって自分で入れてもおいしく感じないんだもの。
いつもメイドさんに頼んでいるしな。
「いいって、いつも動いてもらってるしね……きゃっ!」
可愛い悲鳴を出すリーゼ。
リーゼが紅茶を入れるために立ち上がると同時、ポットの取っ手が外れ、ガシャンと床に落ちてしまった。
「……スカート濡れちまったな。火傷してないか?」
「大丈夫よ。まだ水を入れる前だったしね」
「それならよかった」
物には寿命がある、形あるものはいつか壊れるのは仕方ないんだけど。
平和だなんだと考えている時に、こんなことが起きると不吉な感じがしてしまう。
にしても、今日はよく割れる日だ。
「早く着替えたほうがいいな。ルミナリア、部屋の外のメイドさんに言って、代えの服を頼んでくれないか? リーゼはそこに立て、今から濡れたところ拭いてやるから」
「手際いいわね」
「わかりました」
ルミナリアは頷き、ドアへと向かう。
「……んん?」
「どうしたルミナリア? 早くいけ……こっちは俺に任せろ。ちんたらするな」
「や、役割分担、逆じゃないですか?」
「「……」」
……気づいちまったか。
途中で止まるルミナリア。
かなり自然な流れだったと思うんだけど。
世の中うまくいかないもんだ。
リーゼには油断も隙もないと睨まれた。
手際がいいんじゃなかったのかよ。
ルミナリアと役割を交代し、持ってきた服にリーゼが着替えて、朝の仕切り直し。
「と、それじゃあ私は仕事を始めようかな」
朝食後の休憩も終わり。
リーゼが椅子から立ち上がる。
俺にできるのは彼女を応援することだけだ。
少しでも役に立てればと思ったが、こればかりは適材適所というか、得意分野が違いすぎるのでしょうがない。
今度、マッサージでも覚えてみようか。
さて……と、俺は今日これからどうするか?
少しの間思案していると、ルミナリアから声がかかる。
「あの……アルベルトさん」
「ん? なんだ?」
「このあと……時間ありますか? 少し付き合って欲しいんですが?」
ほう……珍しいな。
まさかのルミナリアからのお誘いとは。
街の男どもが聞いたら発狂しそうだ。
「……このあとか、そうだな俺の予定は」
なんとなく、ちょっとだけ焦らした言い方をしてみる。
「俺の予定は~」
このあと、このあとは……え~と、なんだ。
焦らしたはいいけど、あれだ。
そもそも次の予定……ねぇからな。
……生命維持活動をするくらいだろうか?
「もし時間があれば、模擬戦に付き合ってもらえませんか?」
「模擬戦?」
「はい……アルベルトさんがよければ、ですけど」
案の定、デートの誘いとかではなかった。
まぁわかっていましたけども。
仮に誘いだとしても、ちょっと困るが……主に父親のせいでな。
しかし模擬戦か……ルミナリアにしては随分好戦的じゃないか。
「……ほら、前に朝食の席でそんな話をしたじゃないですか」
「ああ」
あれは、ルミナリアが城に来た時だったか。
俺の素性を少し話したとき、そんな話をした気がする。
「二人で模擬戦やるの? 私も見たいわね」
模擬戦発言を聞いて、食堂から出ようとしていたリーゼが目を輝かせ、会話に混じってくる。
「仕事はいいのか?」
「大丈夫、それくらいの時間は作れるから。衛兵たちが使っている、屋外訓練場を開けようか?」
「い、いいんですか?」
「もちろん、私も見たいしね」
リーゼが提案する。
話が勝手に進んで、もう決定事項のようになっている。
「おい、俺はまだ返事してないぞ」
「いいじゃないの、どうせ用事なんてないでしょ?」
「……まぁこれでもかってくらい暇なんだけどな」
素直に暇と言うのも抵抗があるが、暇は暇だ、仕方ない。
ギンもいねえしさ、ギルドに行っても一人では大した依頼も受けられないだろう。
誘われなければ、たぶんラウンジで一人、読書することになっただろう
最近読書に嵌まっている俺だ。
(さて、どうするかね)
本の続きが気になるけども、外はいい天気だし、せっかくのお誘いだ。
体を動かすほうが健康的ではあるし、読書をする時間はあとでもとれる。
そんなわけで……正直、無理して断る理由もない。
まぁ、戦い方の参考になるとは思わないんだが。
「じゃあやるか、模擬戦」
「はい、よろしくお願いします」
ルミナリアの誘いに乗ることにする。
リーゼもすげえ、乗り気な様子だしな。
自分が戦うわけでもないのだが。
ここ最近、ずっと室内仕事をしてるからなコイツ。
ストレスも相当溜まってるんだろう。
ここ数日雨続きだったし、ギルドで依頼も受けていないから体も鈍っている。
模擬戦をすれば、少しは運動不足を解消できるだろう。
ルミナリアがどんな戦いかたをするのか、少し興味はあるしな。
こうして俺はルミナリアと模擬戦をすることになった。
一時間後。
城を出て五分ほど歩いたところにある屋外訓練施設に俺たちはやって来た。
訓練場は五十メートル四方のスペースがあり、頑丈そうな三メートル程度の高さの石の壁がぐるりと囲っている。
普段は城の衛兵用の訓練場所なのだが、リーゼが無理矢理開けた形だ。
まぁお姫様だしな、これくらいの融通は許されるだろう。
ルミナリアと俺に配慮してか、一応人払いをリーゼがすませてくれた。
別に見られても問題ないんだけどな。
ここにいるのは三人だけだ。
ルミナリアは先ほどまでのスカート姿ではなく、鱗の鎧を装備している。
俺は模擬戦の前に一応の確認をしておく。
「……ここで大丈夫か?」
「どういう意味ですか?」
「水中じゃなくてもいいのか? こんな狭いところで龍形態になる意味もないだろうしな」
彼女の得意フィールドはあくまで海だ。
本気でやるのであれば……。
「水中だと私に有利過ぎますから」
「い、言ってくれるじゃないか小娘が……カチンときたぜ」
「だ、だって……アルベルトさん、泳げないですよね?」
「言い方を間違えるな。俺は泳げないんじゃない……浮かないんだよ」
つい、乱暴な口調で言い返してしまう。
もっとタチが悪いんだ。
生まれつきの問題なんだよ。
結果的に泳げないから間違ってはいないんだけど。
「あ……す、すまない、当たるような言い方をして、俺ってやつは最低だ……幻滅したか?」
「慣れてますから大丈夫ですよ」
「そうか、よかっ……ん?」
その返事おかしくねえか?
「……心配無用です。どこでも戦えるつもりです」
「……」
強がり……ではなさそうだな。
まぁいい。
戦う場所も、ルミナリアがいいっていうならそれで構わない。
「あまり無茶はしないでよ。一応兄様の土魔法で作った壁だし、防御結界も張ってあるから多少の攻撃なら大丈夫だけど」
「わかった」
クライフの張った結界のおかげで、ちょっとやそっとでは傷つかないようだが、俺の場合事情が異なる。
リーゼがここにいるのは、俺が無茶なことしないように監視する意味合いもあるのだろう。
まぁ土魔法なら俺も使える。
最悪、壊しても直せばいいんだけどさ。
それに、心配せずとも友人の娘を傷つけるようなヘマはしない。
「……なるほど」
そんな俺とリーゼの様子をルミナリアがジッと観察していた。
軽く跳ねたりして、準備運動をしたあと。
互いに白い開始線の位置へ。
十メートルほど離れて、ルミナリアと向かいあう形になる。
「ルミナリアちゃん、おもいっきりやっていいからね」
「……みたいですね、お姉ちゃんも信用しているみたいですし」
さきほどの俺とリーゼの様子を見て、何かを感じ取った様子のルミナリア。
「一発でも当てたらお前の勝ちでいいぞ」
「……む」
ルミナリアの頬がピクッと震える。
先ほどの発言のお返しのようなものだ。
だが、別に彼女のことを舐めているわけじゃない。
一応模擬戦。
俺のほうも緊張感を持たないとと思っただけだ。
肉体性能の差に任せて、強引に被弾覚悟が突っ込んでいくのはちょっとな。
二人の視線が交差する。
俺の一挙一動を見逃さないと言った様子だ。
「「……」」
ルミナリアの表情は真剣そのものだ。
緊張感のある、いい顔だ。
「……空気が、変わった?」
厳密な違いなんてよくわかんねえけど……
一言で言えばそんな感じ。
(……動かないな)
初動を見逃さないように、ルミナリアをじっくりと観察する。
これでもかと観察する。
目一杯、限界まで観察する。
相手の実力が未知数である以上、下手に動くのは危険ではある。
警戒するのは正しい判断だと言えるが……
これは模擬戦、訓練だ。
相手の実力を知るためのものでもある。
睨みあっていても意味がない。
このままではらちが明かない……か。
ふむ、仕方ないな。
「どうした? こないのならこちらからいくぞ」
「まだ開始の合図を出してないから待ちなさい」
成程……そういうことか。
理解したぜ。
「準備はいい? 二人とも?」
「はい」
「大丈夫だ、いつでもいいぞ」
「それじゃあ……」
リーゼが右手を空に向かって上げ、一気に振り下ろす。
「はじめっ!」
ルミナリアとの模擬戦が始まった。




