十六、かぐや姫の真実
かぐや姫誕生前後の情報をお忘れの方は、一話目〜三話目らへんを読み返してね。
あのね、じいじ……、わたくしね、本当をいうと、身体が弱くて養生のために地球に来たわけじゃないのよ。嘘をついてごめんなさい。
わたくしがまだ母の胎内で親指をしゃぶって遊んでいた頃、一足先に外へ出て月の都を闊歩していた兄がいてね、月桂丸っていうんだけど……、その兄がね、やらかしたのよ。
「おい妹、たいへんなことになっちまった。お前の服……さっきマミーが胎内へ飲み込んでお前に着せた衣服……、あれの秘密が、ダディーにバレちまったんだ。あの衣服に使った素材、じつは、ダディーのかわいがってたペットの獣の毛皮なんだ、それがダディーにバレちまったっ」
ダディーのペットの獣……マルシュマルっていうんだけど……、彼は兄に逆らったのよ。
「おい獣、ちょっくら郊外の湖へ行って、スッポンをひっつかまえてこい。月並みじゃなく、いっちゃん良質の、極上のやつをな。そしたらこの俺、太陽系ズイイチのミュージシャン月桂丸さまが、そいつの甲羅と極上の弓を使ってタランテッラを奏でてやる」
「……え、おっしゃっている意味が ――」
「なんだ獣、俺に逆らうかっ!」
かわいそうなマルシュマル、兄に逆らったばかりに……。
父は、マルシュマルがいなくなったのを不審に思って兄に訊ねたわ。そしたら兄は、「山へ柴刈りにでも行ったんだろう」ってごまかしたの。でも、父がなんど訊いても、いつも工夫もくそもない、まるっきりおんなじ答えだったものだから、父は兄を疑って、ノックもせずに兄の部屋へ入り込んで……、そうしたら、私の衣服の設計図と、マルシュマルの毛皮の残りが見つかって……
「おい息子っ、ワシの大事なマルピョンをよくもっ……! どこへ埋めやがったっ……!」
っていう具合に怒り狂って、
「マルピョンの毛皮をまとった姫など、ワシはいらんっ」
とかいうわけのわからないことまで言いだして、兄と母を困らせたのよ。いいえ、わけのわからないことを言いだしただけならまだよかったわ。……父は言うにとどまらず、母のお産がうまくいかないようにするというおどろおどろしい魔法を、月の都はおろか月面中に撒き散らしてしまったの……。
そこでね、兄が一計を案じて、母を地球に連れてきて、私を産ませたのよ……そう、竹のなかにね……。母の胎内から竹のなかへと移されたわたくしは、竹取翁……つまり、じいじ……の世話になるようにと母から言われたわ。そして、兄からは……
「おい妹、俺の妹ともあろうものが、いつまでもこんな星で人間のジジイと歳の差同居生活だなんてのはさすがに馬鹿げてっからよ、ダディーの機嫌が直ったら、迎えにきてやるよ。ただし、手土産になにか持って帰ってやる必要があるからな……、そうだ、地球産の糯米を使ってついた極上の餅を大量に持ってってやろう。そうすりゃダディーもご機嫌バンザイ屁のカッパってなもんだ」
そうしてわたくしは、約束させられたの。じいじのお家の地下に工場を造って、お餅を大量生産するって。そのために、力のありそうな若者を誘惑して駆りあつめ、ブラックな条件で働かせるって。そして……、この工場の秘密を知った人間はみんな、永遠にこの工場の従業員……という名の下僕……にしなければならないって。
だから、本当は来てほしくはなかったんだけれど……来てしまったからにはじいじにも、従業員になってもらわなければならなくて……いずれは浦ノ島も連れ戻して、とっちめなくちゃならなくて……
でもわたくし、やっぱり、大好きなじいじを下僕になんかしたくなくって……、だから、いっそのことっ……
――
「え、ちょっと待って」
「なあに、野ウサギ」
「もしかして、その……、お父さんのペットの獣って……」
「マルシュマルがどうしたのよ」
「マルピョンって……」
「ああ、マルピョンっていうのは愛称よ。父はそう呼んでいたの」
「ピョン、ってさ、もしかして、さ……」
「……」




