十三、金棒を持った青年
……ぺったんぺったんぺったんこ、ソレソレはたらけぺったんこ。はたらき者は真っ黒け、汗と涙の真っ黒け。サテンのようなきれいな肌も、カマドの煤で真っ黒け、ふっくらお餅を完成させりゃ、勤めは済むというものよ。ぺったんぺったんぺったんこ、ソレソレはたらけぺったんこ。生きてるかぎりはぺったんぺったん、つぶれるときまでぺったんこ……
おじいさんと野ウサギは、呆然として目の前の光景を眺めておりました。
「こりゃあまるで、ウルカヌスの鍛冶場みたいじゃのう……」
おじいさんはこんなふうに喩えましたが、それもあながち見当はずれなものでもありません。なにせ、若い男たちが真っ黒いロボットのようになって必死にお餅を製造しているこの工場の様子は、ジョルジョ・ヴァザーリの描いた『ウルカヌスの鍛冶場』にそっくりだったのですから。
また、おじいさんは野ウサギのデタラメ仮説をあっさりと受け入れたことを忘れたのか、こんなことも言いました。
「わしゃあてっきり、奥にはドミニク・アングルの八十二歳のときに完成した作品に描かれておるハーレムみたいなのが待っとるんじゃなかろうかと、密かに期待しとったんじゃがのう」
と、そのとき……
ひゅーぅどらどらどら……。
「ひえっ」
突然鳴り出した不気味な風の音に、野ウサギは例のごとく、おじいさんの背に隠れます。
「我が偉大なるアイギスよ、どうかこの憐れなる野ウサギめを……」
「よしよし、憂い奴じゃ」
このように、おじいさんと野ウサギが、小芝居とも本心ともつかないやりとりをしていますと……
ひゅーぅ、ばこんっ。
「ひえっ……」
突然、「Staff Only ~ 関係者以外立ち入り禁止な件 ~」と書かれた扉が勢いよく開き、金棒を持った乱暴そうな青年が現れました。そして、その傍らに……
「猿じゃないか」
蟹の集団にカキフライ定食を投げつけたことで窮地に陥り、助けを求めて奥へと逃げた猿が、ちょこんと顔をのぞかせていたのでした。
「よくわかったな、バクダンミミ野ウサギ」
「いや、わかるわ」
「なんじゃ猿、もうわしゃ頭がこんがらがってしまって、目の前におるのが猿なのか番犬なのか、はたまた虎の威を借る狐なのか、わからんのじゃが」
ひゅーぅどらどらどら。
「ひえっ……」
また風が音を立てます。ひゅーぅどらどらどら……、どうやらこの風は、金棒の青年が身動きをするたびに巻き起こり、不気味な音を立てるようです。
金棒の青年は息を吸い込むと、言いました。
「蟹は、ドコダぁっ!」
どうやらこの青年、例のタカアシガニの集団を探しているよう。
「カニタイジだ、猿っ」
「わかっております」
「海蛇たろうが蟹だろうが、ノロウイルスだろうがテトロドトキシンだろうが、俺様に刃向かうものは皆、夜空へ打ち上げてやるっ!」
「わかっております」
「天下に武を布くぞ、ハゲネズミっ」
「ははあっ」
「今度はネズミになりおったか」
「ハムレットに斬られちまえばいいのにな」
ひゅーぅどらどらどらっ。
「ひえっ、ごめんなさい黙りますっ」
野ウサギはそう言って、おじいさんの背に完全に隠れた……つもりでしたが……
「頭隠して、耳隠さず」
「うるさい、猿っ」
「けっ」
「蟹はドコダっ。今日のまかないは、タカアシガニと決まってるんだっ。みんなもうエスカルゴ・ド・ブルゴーニュ定食には飽きただろうという、かぐや姫さんのお心遣いだっ。ということでお前たちも、ハチミツ入りきびだんごと引き換えに俺様の供をするんだなっ」
「え、わしらが?」
「そうだっ」
しかし、おじいさんと野ウサギには、「ラスボスを倒して姫を救う」という優先すべきメインストーリーが残っているため……
「わしゃ、かまわんが」
「いや、ダメだって」
竜宮での猿蟹合戦に付き合っている暇などありはしません。
「冗談じゃよ、ドケチミミバクダン」
「いやいや、アヒル口で言われても……」
ひゅーぅどらどらどらっ、ひゅーぅどらどらどらっ……。
「ひえぇっ……!」
今度は耳まできれいに折りたたみ、野ウサギはおじいさんの背に隠れます。
「おのれ、俺様に逆らうとはっ、いい度胸だっ。貴様らさては、リュウグウノツカイならぬリュウグウノスパイだなっ。カークゴシロッ!」
「あ、え、ちょっとボス、こ、こいつらは……、うきゃうっ」
「わかったぞい。こやつこそ、わしらの最大の敵『ラスボス』っちゅうやつなのじゃなっ」
こうして、金棒の青年 VS 竹取翁(with バクダン)の戦闘が、BGMなし・サウンドエフェクト「巻き起こる風」のみの状態で始まったのでした。




