10話 カベドン
「ところでロドリゲス、こちらに来た用事はなんだったんです?」
何もなく派遣されるはずがありませんものね。
ロドリゲスに限って、レッセイ様やマリー様から不興を買うことは想像もできませんし。
「奥様がまだこちらに滞在されているか、確認に参りました」
えぇと、もう奥様呼ばわりしなくてもいいんですけど。
「レッセイは息災か?」
「そうですね。レッセイ様は、お元気です」
何か含みのある言い方ですわね。
「シーラ様がお屋敷を移られたあと、懲りもせず使用人に手を出そうとしたレッセイ様に、業を煮やしたマリー様が、全ての使用人を連れて別邸に行ってしまわれまして」
そこまで言ったロドリゲスでしたが、リード様の様子に変化を感じて、一旦言葉をとめました。
「…シーラ、お前この屋敷に派遣された理由はなんだ?」
リード様、何か怒ってます?
「え、え〜とですね、レッセイ様のお元気さについていけないわ〜って助けを呼んだら、まさかの奥様登場で?」
って伝わるかしら?説明って難しいんですのね。
「ほ〜お〜?」
え、え〜と
「あ、お洗濯がまだでしたわ!」
くるりんと踵を返したつもりなんですけど。
目の前、壁ですわ。
後ろ、何やら湯気が出てるリード様に囲まれてますわ。
「あのアホに何された?」
「な、何もされておりません。その前に奥様がいらっしゃいましたから」
じ〜っと見つめ合っております。
うぅ、いたたまれないですわ。
でも、あれ?
もしかして、これって壁ドンですか?
壁ドンですわ!
お母様の資料の中にありました。
確か、男女のアツアツ、ウフウフなんですわよね。
なるほど、リード様から湯気が出てアツアツですわ。
するとウフウフとはなんのことでしょう。
「あ〜、え〜とですね。しかしながら、シーラ様のいないお屋敷は仕事が思うようにできない状態でして、少しずつ荒れてきておりました」
…ロドリゲス、この中、話を続けられるってすごいですわね。
尊敬しますわ。
「シーラ様の抜けた跡は思いの外大きかったのです。そこでマリー様より、こちらの様子を伺ってくるようにと」
「さもありなん。シーラの家事能力は人知を超えているからな」
うんうん、ですって。
え?何2人で通じ合ってますの?
「そして、シーラ様が反省されているようでしたら、マリー様の元に戻ることをお許しになるとか」
ぎゃああああ、リード様、湯気、湯気!
「必要なさそうですよね〜」
ロドリゲス!この状況で私を置いて逃げないで!
「まあ、今頃あのハゲ豚は汚部屋で反省してることでしょう」
ロドリゲスが柱の陰からかなりの毒を吐き出しました。
あ、リード様、少し前のご自分を思い出しておられますわね。
なんだか一気にお怒りが解けたようです。
「なんだかレッセイに同情するな」
「大丈夫でございましょう。マリー様は、なぜだかレッセイ様に首ったけでございますし」
「そうなんですよね。この世の七不思議の一つですよね」
理解できませんわ。
「あのハゲで豚の姿に一目惚れして、押し掛け女房してきたんだぞ」
そうだったんですか?ますます理解に苦しみます。
「気がついたら俺は隠居させられていたし、策略家でもあるんだろうな」
マリー様が策略家というよりも、レッセイ様とリード様が扱いやす過ぎなんだと思います。
でも、あのハゲで豚の相手をしてくださるなんて、よく考えたらマリー様って女神様なのかもしれません。
いえ、きっとそうですわ。
女神様って本当にいらっしゃったんですね。




