義息子の訪問 後
「……お父様?」
娘の言葉に、回想から引き戻される。
はぁっとため息を吐いた私を、じっと見つめるカイルに、肩を竦める。
「さっきも言ったが、何を言っているのか、さっぱり分からん」
「お願いします。すぐに信じられないのは分かります。いつも機会をくださっていたのに、それを棒に振ったのも分かっております。今までの様な特別扱いをしてもらえないのは分かります。ただ、大勢いる候補の一人としては外さないでください。まだ、フィアナ様の相手を決めるのは待ってください。どうか、どうかお願いします」
一気に話すカイルに、そっけなく言い放つ。
「そんなこと今更言われたって、フィアの相手はもう決まってる。それをお前の我が侭で変えるわけないだろう?」
「お父様?」
ぐにゃりと絶望に顔を歪ませるカイルと、驚愕を顔に貼り付けた娘を見て、少し笑う。
「大体、婚約というのは、家同士の取り決めだ。それに、子供の意見など反映されるほうが稀だということくらい、お前は知っているはずだ」
「………はい」
「なら、私がお前の意見を聞き入れると思うのがおかしいだろう」
「分かっております。けれど、私は……」
何かの決意を瞳に宿して、カイルがこちらを向く。が、それに構わず続ける。
「だから、お前がフィアとの婚約破棄したいなら、さっさと伯爵位を継いで、グラントから正式な破棄願いを出すんだな」
「え?」
「ま、それでこちらが受けるかはまだ分からんけどな」
混乱しているカイルに、妻がふふっと笑って問いかける。
「伯爵家が侯爵家に対して破棄を願うのだから、それ相応の条件をつけることになるわ。伯爵家に、その責を負う覚悟はあるのかしら?」
「え、そ、それは、つまり……」
「子供の手紙で、婚約破棄を望まれたところで、大人が取り合うわけがないだろう」
ふんっとソッポを向いた私に代わって、妻が楽しそうに告げる。理解力のない奴め。
「貴方達、婚約者のままよ」
「お父様!」
弾丸のように娘が飛びついてくるのを受け止めた。お姫様の突撃も久しぶりだ。
「本当ね? 私達まだ婚約者なのね? ありがとう! お父様、お父様、だーい好き!」
全開で喜ぶ娘を抱きしめつつ、カイルを見る。こんな時いつも悔しそうに見ていた子供は、泣き出しそうになっていた。
「但し、まだ私はカイルに合格を出してはいないからな。学園で会えるからといって、それを忘れるなよ」
「はい!」
手を出すな、という忠告にも、屈託なく返事され、少しつまらない。
「あら、でも婚約者同士なのだから、会ったら挨拶にキスくらいはするものよ」
「奥様!?」「シルフィア!?」
我が愛しの妻がとんでもないことを言い出した。
思わず声を上げたカイルをちらっとねめつけた妻は、こちらに手を伸べ、娘を呼ぶ。
「フィアは、カイル以外だったら誰がいいかしらねぇ?」
娘をしっかりと抱きこんで言った言葉に、カイルが慌てる。
「義母上! 申し訳ありません、間違えました!」
その言葉に、にっこり笑う妻は、答えに満足したらしい。が、勝手に妻を義母上と呼ばれた私は当然、面白い訳もなく……。
「ち、義父上、義母上の仰る事はどう思われますか?」
空気を読んで付け足された質問に、私の機嫌はすっかり上昇した。そうだな、私を義父と呼ぶなら、私の妻が義母なのは当然だ。
「そうだな。口は駄目だが、頬やおでこなんかにするのは普通じゃないのか?」
「そうですか……」
「フィアは可愛いからな。ある程度虫除けのために、他人に望みはないと思わせておくことは必要だろう」
反対もまた然り。どこの馬の骨とも知れん女が、カイルを狙ってくるか分からないのだ。可愛い娘が無用な心配をしなくてもいいように、将来の義息子がフィアナに少しくらいいちゃつくのは許してやらねばならん。
私は、妻からフィアナを返してもらい、嬉しそうに抱き合う二人を見ながら、今度はどんな試験をしようか、うきうきと考えるのだった。
はい、ごめんなさい!
一旦婚約破棄しちゃったんだから、元に戻るにはカイルが死ぬほど苦労するだろう、と期待してくださった皆様、いらっしゃったかと思いますが。
いえね、サランディアにとって、カイルはもう既に息子なんですよ。ほら、自分の子供が一、二回、いや何回失敗して道を踏み外したって、親は子供を見捨てられないでしょう? ましてや、子供の苦悩を分かってる状態で、自分の後悔もあるサランディアが、それくらいで見捨てられる訳がないのです。
ましてや、どうせ元に戻ってくることは容易に想像出来てた訳で。叱りはするけど、見捨てる事は考えられないサランディアの対応なので、こうなってしまうのです。
最後さらっとカイルがフィアナ抱きしめてますが、小さい頃からの抱っこ癖が染み付いてしまったようです。両親側もそれがデフォルトなので、むしろ二人が机隔ててお話してたら、喧嘩でもしたのかと勘違いして、父親がそわそわしちゃいます。




