第43羽 白兎襲来
「おーい、開けてよー!」
孤児院の門の前で手を振っているのは、絹のような白髪に白いウサミミを揺らす美少女――――トコトさんだ。
手といっしょに耳がゆらゆらと動いて目を惹く。確かにかわいい。かわいいが、目が行くのは別の場所。何食べたらそんなに揺れるんですか引きちぎりますよ。
黒い衝動を抑えていると、クレアさんが駆け寄ってきた。
「トコト様!? どうして急にこちらへ?」
慌てて門を開け、トコトさんを中に招き入れる。
「お? クレアちゃんじゃん。ありがとー。そこのメルちゃんに用事があってね。それはそうとクレアちゃん、今日もかわいーね。今度お茶でもどう?」
「メルちゃんに用事……。無理な勧誘ではありませんよね?」
ああ、やっぱり有名なんですねそれは。
「もちろんだよ。ボクがそんなことするわけないでしょ? それでお茶のお返事は? どう?」
クレアさんはにっこり微笑んで言い切った。
「いたしません」
「ガーン……!!」
なんだコイツ……。
「くっ! こんなことでボクはヘコたれないよ!」
もう少し大人しくなった方が良いと思いますよ。
一緒にいた副官のような方はなぜいないのでしょうか……。ストッパーがいない……。
「そうだ! メルちゃん!」
「あ、はい。何でしょう」
「……なんか態度が冷たくない?」
「そんなことは無いかと」
「そ、そう? まあ良いけど……。話しっていうのはほら、前に断鋏のタラバンの剣を2本預かってたじゃない?」
「ああ、その話ですか」
断鋏のタラバン。
ジャシン教の幹部だった巻きひげです。彼に勝ったあと、剣を回収してアイテムボックスにしまったのですが、証拠品としての提出を求められていました。
そのまま買い取りも行うとのことだったので、おまかせをしたのですが、どうやらその話のようですね。
「ホントだったらオークションに出した方が儲かったのに、ごめんね……?」
「いえ、良いんですよ。お話は納得できるものでしたし」
巻きひげはさすがの強者というべきか、使っているエモノも相当な業物でした。
それ故オークションで競りに出せば、高額の入札が狙えたはずだったのですが……、十中八九巻きひげは自分のエモノを取り戻すため買い取った人物を狙うでしょう。
剣に見合った強者が買い取ったのならそうそう奪われることはないでしょうが、オークション会場ではよりお金を持っている人が強いですからね。危険だとわかっていても手を出す人はいるものです。
無用な被害者を増えるかもしれないとの話を聞いて、白蛇聖教に任せることを決めました。
本拠地のある島国なら侵入はかなり難しいでしょうし。
「それで買い取り金の準備ができたからメルちゃんに伝えに来たんだよ」
「それでトコト様がご自身でいらしたんですか? 伝令などを遣えばよかったのでは?」
「メルちゃんに会いたかったから! 住んでるところも聞いてないし!」
「はいはい」
「おざなり!?」
「クレアさん、さっきから気になっていたんですが……トコトさんってどういう立場の人なんですか?」
扱いはともかく、クレアさんからトコトさんへの口調が妙に丁寧なので気になっていました。
「トコト様はこう見えて……、白鱗騎士団が最強の騎士の一人、十二鱗光の一鱗を担うお方……、”破戒”のトコト様です……」
「ふふ~ん、そうなのです。ボクってば、とってもつよつよで、えら~い騎士なんだよ? どう? 尊敬した?」
「いえ別に」
「辛辣!?」
「話を戻しても?」
悔しそうな顔で「くっ、ボクがお金に負けた……!!」などとのたまっているトコトさん。別にお金を天秤に乗せたわけではなく、あなたを乗せなかっただけですよ。
続きを促して話を聞いたところによると、お金は直接受け取りに行く必要があるようです。確かに大金を持ち運ぶのは怖いですからね。
「ホントだったら届けるべきなのにごめんね?」
「構いませんよ。こうして話を進めてくれるだけで助かっていますので」
「わあ! メルちゃんってばかわいいだけじゃなくって、とっても優しいんだね! 好きになっちゃいそう!」
「それで受け渡しはどこになりますか?」
「無視!? う、受け渡しは白蛇聖教の教会ならどの街でもできるよ。小さい街だと全額は無理かも。あとメルちゃんは冒険者だから、冒険者ギルドでもできるよ。どう、一緒に教会に行かない?」
「じゃあ後日冒険者ギルドで受け取ります」
「言外の拒否!? うう、わかったよぉ……。今日中に手配しとくね……。しくしく」
「ありがとうございます」
わざとらしい泣き真似はスルーで。
う~ん、律儀な人ではあるんですよね……。言動が残念極まりないですが。
地位に見合わず直接足を運んでれるし、お金も本来届けるべきだと思ってる節もある。言動が残念極まりないですが。
「そうだ! 報告で聞いてるんだけど、うちの団員の訓練を手伝ってくれてるんだって?」
「「「「!!!!」」」」
トコトさんが来てから直立して微動だにしていなかった、トーヴさんたちが反射的に肩を震わせる。
無理もない。彼らにしてみたらトコトさんってとんでもない上司なわけですからね。それも突然職場に現れた類の。そりゃあ緊張もしますよ。
「ええ、私も良い経験をさせてもらっています」
「そっか。それは良かった。君たちも頑張ってね?」
「「「「はっ!」」」」
立派な敬礼をして返答するトーヴさん達。
ここだけ切り取るとトコトさんが立派な騎士に見える不思議。
「メルちゃん本当に感謝してるよ。ここを守ってもらったし、事件の解決にも尽力してくれた。ね、改めてお礼を言うよ。ありがとうね?」
「ふふふ、気にしないでください。当然のことをしたまでですから」
困っている人を放っておいたって、自分が後悔するだけなんですから。私のためにやったことですよ。
私の返答に、トコトさんが眩しいものを見るように目を細める。
「――――やっぱりメルちゃん良いね。どう、本気で白蛇聖教に入らない? メルちゃんだったらボクから推薦するし、将来的に十二鱗光だって狙えると思うよ?」
先ほどとは打って変わって真剣な声色。それが今までの冗談ではなく、本気の勧誘であることが伺えた。
「――――ダメッ!!」
そこに大きな声が割って入った。
それは口元を強く引き結んだミルだった。
「メルはあたしと冒険者としてパーティーを組んでいます。メルはあたしと冒険をするんです」
「そうなの?」
トコトさんが疑問を浮かべてこちらを確認してくる。ミルは後ろからぎゅっと抱きしめてきた。
「そうですね。先約があるので、ありがたい申し出ですが辞退させていただきます」
「そっかそっか。じゃあ仕方ないね。でも気が変わったらいつでも言ってね! ボクは大歓迎だよ!」
「メルの気は変わりません」
「それは君にはわかんないでしょ……」
ミルは威嚇するように後ろから私を抱きしめたまま。
「勧誘失敗か~」と残念そうに呟いての帰りぎわ、トコトさんが何かを思い出したように振り返った。
「そうだ! メルちゃん、蒼い鳥に心当たりはない? ジャシン教退治、たくさん手伝ってくれたみたいでお礼がしたいんだけど、気づいたらいなくなってたみたいなんだよね。目撃情報的に、ここから広場までに向かう間で会ってる可能性が高いと思うんだよね?」
油断していた。鋭く突き刺すような一言だった。
せっかく隠しているのにバレたら面倒なことになる。
内心の動揺を押し隠し、淡々と答えた。
「――――いえ。私は見てないですね」
「そう……? わかった、ありがとう! 今度お茶しようね~」
「はい……」
疑われてはいなさそうだと内心で胸を撫で下ろす。
安心したところで、鳥の姿に無関係な話で意識が逸らされた私は、つい、反射で頷いてしまった。
言い訳になりますが、気が抜けていたんです。
「え!? ほんとに!? やった! じゃ、ばいばーい!」
「メル!?」
「え? ……あ!? ちょ、待ってください違うんですっ……て……もういない」
まさに脱兎の如し。とんでもない約束をしてしまいました……。
ストックが切れましたので、不定期更新に戻ります。
なるべく毎日更新できるように頑張ります!
楽しんでいただけたらぜひ、ブクマ・評価・感想・良いねなどお願いします!




