第42羽 孤児院で親睦を深める
剣閃が下段から跳ね上がる。渾身の力がこもった一撃はしかし、体を逸らした私の前で空を斬った。
力の限り振り上げられた剣。反動で胴体ががら空きだ。
「甘いですよ? グルーヴくん」
「うぐっ!?」
その悪手を指摘するように無明金剛で軽く突くと、少年は一瞬息をつまらせた。
ここは白蛇聖教が運営する孤児院、その庭だ。
そこで私は、初めてあったときに突っかかってきた少年、グルーヴくんにちょっとした訓練をつけていた。
「ほら、避けられたら固まってないで脚を動かして。下がるなり、敢えて懐に切り込むなりしないと、格好の的ですよ」
「わ、わかってるよ!」
痛みに顔をしかめた少年が、こらえるように剣を振るう。私も剣戟に槍を振るって応えた。両者が打ち合わさるたびにじわりじわりと剣が押されていく。
劣勢を吹き飛ばすために全霊の力を込めた得意技、唐割り。上段からの斬り下ろしを選択した。
「それでは――――前と同じですよ?」
だが振りかぶられた剣が剣閃を描くことはない。振りかぶった瞬間、見越していたかのような鋭い突きが柄底を打つ。
「あっ!?」
虚をつかれ、柄が握りこぶしから押し出される。すっぽ抜けた剣は少年の背後に落下して、カラン……と乾いた音を響かせた。
動けない少年の喉元に、無明金剛を突きつける。
「勝負あり、ですね」
「……ぶはぁ」
グルーヴくんは大きく息を吐き、背中から地面に崩れ落ちた。
「つ、疲れた……」
「お疲れ様です。今日の動き、昨日より良くなってましたよ。でも劣勢になると力押しになりがちな悪い癖はなかなか治りませんね。押されているときこそ、慎重かつ大胆に、です」
「……前は慎重にやったらなにもできなかったじゃん」
「ふふ、何事も練習あるのみ、ですよ」
「メルはそればっかだな……」
「まあ、私はそれしか知らないので」
――――懐かしいですね……。
私も師匠にこうやって修行をつけてもらいました。
まあ私の方はもっと初歩的というか……、悪手をさらすたびにそこをつかれ、手合わせは仕切り直し。突破できるまで同じ展開を何度もやり直し、なんとか次へ進む、というカタツムリのような速度で成長してきました。
『悪手も良手もすべて覚えろ。それがなぜ悪いのか良いのかを実践前に考えておけ。そうすれば他の悪手・良手も予想がつくようになる。お前さんの到達点は、一度見た攻撃を、次が来る前に完璧に対応できるプランをひねり出せるようになるところだ』
師匠はそう言っていました。
考えなくてはならないことが多すぎて、訓練初期は頭ぐちゃぐちゃになって、さんざん醜態をさらしてしまいましたね。うまくいかないことだらけで、常に半泣きだった気がします。
そんな風に昔の記憶を懐かしんでいると、安全のために距離を取っていた他の子達が駆け寄ってきた。
「すごーい!」
「かっこいー!」
「あはは……、ありがとうございます」
褒められても困ってしまう。
なんだか弱いものいじめをしているような感覚になってしまうので。
そもそも剣と槍なら、槍のほうが有利ですからね。
「それに比べてグルーヴはだめだめ~」
「ほっとけ! オレはこれから成長するの!」
「でもメルちゃんはグルーブよりちっさいじゃん」
ち、ちっさい……。
子どもは純粋だからこを、悪意なくグサッと刺してきますね……。
「はあ!? そ、それを言うならトーヴ分隊長達だってメルには勝てなんだから、オレが特別弱いわけじゃないって!」
それを聞いた子どもたちは井戸端会議をするように集まって、ヒソヒソ話し始めた。
「……奥さんあんなこと言ってますよ」
「あらまあ。最近の子ったら見苦しいですわね」
「弱い犬ほどなんとやらですわ」
「そう言わないであげよう? 粗末なプライドを守るのに必死なんだよ」
「お前らなぁ!!」
「「「「ワンコが怒ったぞ! 逃げろー」」」」
「ぜってー泣かす!!」
疲労で地面に倒れ込んでいたグルーヴくんは、さっきまでの様子が嘘みたいに元気になって他の子達を追いかけ始めた。
「若い子は元気ですねぇ」
「メル、なんだかおばあちゃんみたいだね」
「ぐッ!?」
休憩していたミルからの不意打ちに胸を抑える。
べ、別に私まだ生まれて1年くらいですから! 全然若いですから!
「そ、そんなことより休憩は終わりましたか?」
本来の目的はミルの訓練です。
最初は街から出てすぐのところで2人で訓練していました。その帰りに孤児院の様子が気になって寄ったとき、訓練の話をしたらグルーブくんにせがまれたんですよね。
白鱗騎士団の人たちに訓練をつけてもらっているらしいのですが、見回りのお仕事があるのでいつもというわけにはいかないそう。とりあえず孤児院のシスターであるクレアさんに確認を取ったところ、せっかくだから庭で訓練しても良いと許可をもらいました。
訓練風景は娯楽の一環としてたまに披露されるらしく、いつもやってることだし問題ないとのこと。
安全面に関しては私が見ているので子どもたちに当たることはありませんからね。
「ごめん、もうちょっとまって。まだ腕が震えてるから」
「そうですか……」
「ならその間俺達も見てくれないか?」
「トーヴさん」
よっ!、と手を挙げて挨拶をしてくる鎧姿の男性。白鱗騎士団に所属し、見回りの1部隊を率いている分隊長だ。後ろには部下の皆さんの姿も見える。
「見てたんですね」
「おう、今日もすごかったな。さすがの一言だよ」
「あはは……、ありがとうございます」
「グルーヴに合わせて同じ力、同じ速度で相手をしているはずなのに、そうとは思えない身のこなし。グルーヴは始終圧倒されっぱなしだ。とんでもないテクニックだよ。俺達だってああはできないさ。……それで、相手してくれるのかな、お嬢さん?」
後ろで控える隊員のみなさんも期待の眼差しでこちらを見ています。プレゼントを前にした子どもみたいでかわいですね。
「もちろん良いですよ。ただ、ミルの訓練の時間を取る必要があるので、皆さん一緒で良いですか?」
その言葉を聞いた瞬間、空気が変わった。さっきまでキラキラしていたみんなの目がギラギラとしたものになっていた。な、何事!?
「聞いたかお前ら。お嬢さんが言うには1人ずつ相手にするより”まとめて”の方が短く済むんだとよ」
「上等だ!」「今日こそ敗けん!」「ぜってー理解らせる」「はあはあ、踏んでください」「誰だ今の」「捕まえとけ」「後で衛兵に突き出そう」
「ち、違うんです! そういう意味じゃなくて! 前の訓練のときの時間がそうだったじゃないですか!? ただの事実ですよ!」
そう必死に弁明したのに、皆さんの熱気はさらに高まった。
「メル……」
気づけば、子どもたちも遠巻きに観戦モードに入っていた。
「今の聞いた?」
「ああ、あれが天然物よ」
「おれら養殖とは格がちがう」
「ごく自然に挟まれる煽り文句。僕じゃなきゃ見逃しちゃうね」
「逆に見逃すやついないだろ」
「っぱすげえわ。一生ついていきます、姉さん」
「ご、ごめんなさ~い!」
「ごめんで済んだら衛兵はいらない! 者共かかれ!」
「ひえぇっ!?」
このあと、襲いかかってきたトーヴさんたちをきっちり転がして、ミルもみっちり訓練して、体力が回復していたグルーヴくんもしっかり訓練した。
「ふう……、良い訓練になりました」
死屍累々。訓練したみんなが倒れ伏したの孤児院の庭で一息つく。観戦していた子どもたちは、木の枝でみんなをつついていた。何やってるんです?
そうしているとクレアさんが親切に水を持ってきてくれた。みんなで喉を潤して休憩しているところに遠くから声が掛けられた。
「おーい! やっと見つけたー!」
あれは……ぴょこんと立っている、……ウサギの耳。
あの姿は……トコトさん?




