第四羽 商人の顔
「お騒がせしました……」
「ふふ、元気いっぱいでしたね」
シュンとしおれたダラムさんがペコリと頭を下げる。塞いでいても少し耳が痛かったので意趣返しをしてみれば、俯いたまま耳まで真っ赤になっていた。かわいらしい反応です。ちょっと意地悪でしたかね……?
ここは商会の中の応接室。正気に戻ったダラムさんが外で話すのもなんですので……とすぐにでも中に戻りたそうにしていましたのもあってここにいます。かなり視線を集めていましたからね。
モルクさんと合わせて状況を説明し終わった所です。
「メルさん、どうかそこら辺にして頂けると……」
「ふふ、ごめんなさい。モルクさんを心配していたのは痛いほど伝わってきましたから、もう気にしていませんよ。動転していたせいでしょう。……それに私も少し常識外れだったようですし……」
遠慮がちに頷くダラムさんからそっと目をそらす。蛇を倒したという私にダラムさんが驚いたのも仕方のない事。
何せあの蛇は、Sランクの冒険者パーティーが敗走したレベルの強力な魔物だったそうではないですか。まさかあの蛇がそこまで強いものだとは思ってもいませんでした。この半年でちょっと強さに対する感覚がずれているのかも知れません。
蛇に簡単に勝てたのは流石に相性のせいでしょうけど。魔法がほぼ効かない能力をもっているらしいので。
私は『無明金剛』でなんとかしましたが、Sランクの冒険者パーティーの方は最大火力が魔法だったのでしょう。たぶん。
この半年、修行の合間にお母様と何度か手合わせをしていたので、感覚がちょっとずれていたのはそれのせいでしょうね。殺し合いでないのならば強者との手合わせは望むところですので案外楽しかったです。まあ、訳の分からない強力な能力は封印して貰いましたけどね。修行にならないので。あれはずるいです……。
半年前のあの日再会したときには使っていなかったお母様のチート能力に恨みをぶつけていると、モルクさんが話を進めていました。
「それでメルさんが手助けをしてくれるという話なんだけど……」
言葉を切ったモルクさんが困ったように眉を下げる。
「すごくありがたいんだけど、ちょっと難しいかもね」
そこで眼鏡をクイッとして秘書モードになったダラムさんが話を受け取る。
「我々が求めているのは物資の運搬です。捨ててしまった分と今からの仕入れが赤字なのは捨て置くとしても、スピードと運搬量が必要になります。メルさんの戦闘力はともかく、求められてくるものが違うのです。従来通り専門の業者に頼もうと思っています」
「……ああ、それなら大丈夫ですよ。移動速度になら自信はありますし、かなりの物資量を運ぶことができます」
私の言葉にダラムさんはキョトンとしていて、逆にモルクさんは考え込むように口元に手を当てていた。
「ワンパンで倒した衝撃で忘れていたけれど……そういえばあの大蛇、フィスクジュラの死体を一瞬で消し去っていたね……」
フィスクジュラとはあの蛇の名前です。
「メルさん、貴女は空間収納系のスキルを持っているのかな?」
「ええ、そうです」
期待するように目を向けてきた彼に頷きを返した。
「……メルさん、命を助けて貰っておいて重ねて申し訳無いんだけど……運搬、お願いしても良いかな?」
答えが返ってくるまでの時間は短くて。すぐに決断できるのはモルクさんの商人としての才覚の一旦なのでしょうか? 彼は私に助けを求めることを選択しました。
これも何かの縁でしょう。なにより商人の彼に恩を売っておいて損はないはず。方針も固まりきっていない現状、あまり負担になりそうにない運搬任務は恩を売るには最適です。
「もちろんですよ」
「……よし、私は今から仕入れ先に連絡を取ってくる。メルさん、貴女は確か冒険者カードは……?」
「はい、持っていますよ」
「なら先に冒険者ギルドに行っていてくれるかな。これから君に冒険者として指名依頼を出させてもらうから。ダラム、書類を」
「はい!! すぐに準備します」
「メルさん、なにか質問はあるかな?」
顔つきが変わりテキパキと指示を出していくモルクさんに少々気圧されつつも、疑問を口にする。
「ギルドの場所はどこでしょうか?」
「冒険者ギルドなら大通りを少し戻って、大きな十字路を右にまっすぐだ」
「わかりました」
「それと、フィスクジュラのことも報告しておいてね」
う……。あの蛇ですか……?
「言わないというのは……?」
悪目立ちは避けたいのですが……。
「……悪いけど却下だね。あれの危険度には今も不安を覚えている人もたくさんいるし、物流の妨げにもなっているから人の生活にも悪影響が出てる。君が倒した事で姿が見えなくなったけれど、逆に言えば死体はないから死んだ証拠もなく、かといって別の場所に移った痕跡もない。
今度は危険な魔物がどこにいるか分からない恐怖に襲われる訳だね。しばらくフィスクジュラがいない確証を得るための調査に時間と労力が費やされるだろう。もちろんその間は不安に駆られる人物がそれなりにいるわけだけど……、君がそれを押してでも隠したい理由があるなら私は従うよ? 命の恩人だからね」
「イエ、ナンデモアリマセン」
ぐうの音も出ない正論です……。自分の事しか考えてなくてお恥ずかしい……。
「それに大陸を渡りたいなら、目立つのは必要経費じゃないかな?」
それはそう。
大陸を渡るためには冒険者ランクを上げる必要があり、それには相応の実績が必要となります。目指すのがSランクともなればそれはなおさら。
……でもなぁ。目立って良かった事って、ほとんど無いんですよね。……苦手意識が染みついてしまっているのですよ……。
「……もうなにもないかな? では、行動開始」
まあ、なるようになるでしょう。




