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引退間際のくたびれたおっさん冒険者がダンジョンで見つけた超古代文明の魔導鎧はバトルスーツで変身ッ!  作者: 坂東太郎
『第四章』

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第二話 襲来! 圧倒的な力を持つドラゴンが街に迫る


 耳に届く重低音に、Sランク冒険者は眉を寄せた。

 腰に佩いた剣の柄に手を置いて、じっと前方を見据える。


「……なんだかあの頃を思い出しますね、コロナ(ねえ)


 背後から声をかけられて、『鉄壁の戦乙女』コロナはちらりと振り向いた。

 後ろにいるのは一人の女性で、()()()()()成長しているけれど、確かに当時と同じ立ち位置だった。


「懐かしいな。私が前で防御、ユーナが後ろから攻撃。ああいや、『ユーナ様』か」


「ふふ。まわりに誰もいませんから、ユーナと呼んでください」


 森を抜けて風が吹き、コロナとユーナの髪を揺らす。

 二人は見つめ合い、どちらからともなくクスリと笑った。


「しかしユーナ、()()()というには一人足りないぞ?」


「まだ間がありますから、そのうち来るんじゃないでしょうか? 『わりぃ、遅れた』って言って」


「どうかな。あるいは、私たちの戦いを見て、危なくなったら『気をつけろ、死んだら終わりだからよ』などと言って助けにくるか」


「ふふ、言いそうです。……来るでしょうか。Eランク冒険者なのに。いまでは(わたくし)たちの方が強いのに」


「なんだかんだ言いながら来そうな気がするな。それに……」


「それに?」


「いまはまた、師匠の方が強くなっているかもしれない」


「……え? それはどういう」


「ユーナ、お喋りはここまでのようだ」


 先ほどから、重低音は一定のリズムで続いている。

 近づいて徐々に大きく、いまでは音の発生源がはっきりと見える。


 ドラゴン。


 ダンジョン『不死の樹海』から解き放たれたドラゴンが、ゆっくりと二人の元へ近づいてくる。

 二人の元へ、二人が背後に守る、街に向かって。


 モンスター接近の鐘が深夜に鳴らされてから、一夜が明けた。

 冒険者や兵士が監視する中、ドラゴンは悠々と夜を過ごし、陽が出てから見せつけるように進みはじめた。

 街の外壁からドラゴンが見えたタイミングで空を飛び、ぐるりと街の上空を一周してから元の場所に戻ってふたたび歩きはじめたことを考えると、本当に見せつけていたのだろう。


 空を飛べるモンスター、それもドラゴンを前に、街の外壁は意味をなさない。

 領主は早々に判断して、すぐに指示を出した。


 街にある四つの門のうち、ドラゴンから遠い三箇所の門から避難するように、と。

 領兵と冒険者たちのほとんどは、三方向に逃げ出す避難民の護衛についた。

 一部の領民はそのまま街に残って、それぞれの役目を果たしている。


 せめて飛べなければ、人々は外壁を頼りに戦ったことだろう。

 あるいは空を飛べてもドラゴンでなければ、住民を街から避難させることはなかっただろう。


 女領主が散り散りに逃す決断をしたのは、運を天に任せてのことだ。

 領兵と冒険者はパニックをおこさないように、ドラゴン以外のモンスターから守れるようについているだけで、もしドラゴンに狙われても役には立たない。


 空を飛んだドラゴンが咆哮しただけで多くの者は震え上がり、戦う気力さえ保てなかったのだから。


 ドラゴンと戦えるのは英雄だけ。

 街の住人たちは、物語や英雄譚で語られるエピソードを、身をもって体験した。


 だが、運を天に任せるだけでは避難が間に合わずに、ドラゴンによって大きな被害が出る。


 だから、二人が残った。


 街最強のSランク冒険者『鉄壁の戦乙女』コロナと、幼くして家督を継いだ女男爵にして街最強の魔法使いユーナ・フェルーラが。


 ドラゴンを撃退するため、ではない。


 その身をもって、わずかでも時間を稼ぐために。

 散り散りに逃げた住人の避難が進んで、一人でも多くを助けるために。


 死を覚悟して。


「ユーナ、あの頃と同じだ。私が守る」


「そして(わたくし)が魔法で攻撃します、コロナ姉」


 重く低い足音を響かせて、黒い鱗のドラゴンが近づいてくる。


 絶望を前にしても、二人は逃げなかった。


 二人に戦い方を教えた男からは「生き残ることが一番大事」だと教わったのに。


「おや、小娘たちは状況がわかっていないようだ。封龍公、いや、操龍王たる儂に歯向かう気だとは。これは儂の力を思い知らせてやらんとなあ」


 街最強の二人の前で、ドラゴンが足を止める。

 ドラゴンの首の付け根には、ニンマリと笑いながら支配の長杖を振りかざす侯爵がいた。




 ざらついた石壁の手触りを感じることなく、カケルは外の光景を見つめていた。

 高さ6メートルほどの石壁の上に立つと、遠く街の外を見渡せる。


 ダンジョン『不死の樹海』、その先にそびえる『不死の山』が見える。

 近づいてくる黒い鱗のドラゴンも、小さな二人の女性の姿も見える。


「くそっ、アイツら、俺が何を教えたと思ってんだ」


 目に映る光景に、カケルは一人ボヤいた。

 普段、街を守る石壁の上には兵士が巡回しているが、いま、カケルを注意する兵士はいない。

 (こと)顛末(てんまつ)を見届ける数名を残して、領兵は避難民の護衛にまわっていた。


「女将たちもギルド員も残って役目を果たすって……あの二人は()る気だと。はあ」


 吹き抜ける風がカケルの前髪を揺らす。

 石壁の上も、背後の街も、この二十二年なかったほどに静かだ。


「帰りてえ。帰る、つもりだったんだけどなあ」


 大きなため息を吐いて、カケルはぼんやりと遠くを、『不死の山』を見つめた。

 山そのものではなく、稜線が似た山を思い出しているのだろう。

 『不死の山』ではなく、富士山を。


(残魔力(エネルギー)98%。感覚強化センスアップを継続します)


「はあ、聞かなきゃよかった。アイツら俺をなんだと思ってんだ。『生き恥』だぞ、なんで俺が助けに来ると思ってんだよ」


 富士山から視線をそらして、空を見上げる。

 ドラゴンが飛んで街中に絶望をもたらした空は、陽光を遮るほど分厚い雲が覆っていた。


「アルカ。ドラゴンも倒せるって言ってたな」


(龍であれば。魔力量と質を分析した結果、アレは真龍です)


「真龍?」


(龍が成長した個体をそう呼ぶとインプットされています。一部地域では真龍は神格化されています)


「ただのドラゴンじゃねえと。そんでアルカがいても倒せないっぽいと」


(勝利は絶望的です)


「ははっ、まあわかってるけどよ」


 石壁の上で、カケルは座り込んでうつむいた。

 この世界に来てから何度も何度もカケルが取ってきた姿勢である。


 自らの力の無さを嘆く時に。

 勝てないモンスターから隠れる時に。

 帰れないと悟った時に。

 帰れないとわかっているのに、帰るんだと自らに言い聞かせる時に。


 現実から逃げ出す時に。


 これまでのカケルなら、このまま座っていたことだろう。

 二十二年間、そうして生き延びてきたように。


「ただ、絶望的ってことは、ゼロじゃないってことだろ?」


 だが。

 腰のベルトに手をかけて、カケルは立ち上がった。


 ダンジョンで手に入れた、超古代文明のマジックアイテムに魔力を流す。


(私はアルカです。いかなる相手でも勝利の可能性はゼロではありません)


「おいやっぱ名前つけて人格生まれてんだろアルカ」


 魔導心話(テレパシー)に、無表情のまま胸を張るローブ姿の女性のイメージが乗る。


 カケルは、口元を歪めて笑った。

 自嘲ではなく、嬉しそうに。


「うし、んじゃ足掻いてみっか。二十二年間暮らした街と……アイツらを、守るために」


(絶望的な戦いに身を投じる。人間とは不合理ですね、拾得人(ファインダー)よ)


「まあ人間ってのはそういうもんだろ。それに……」


 カケルは肩幅ほどに両足を開いて、ブーツで石壁を踏みしめる。

 だらりと垂らした両手をゆるりと重ねて、ベルトに触れる。

 大きく腕を広げ円を描いて、ガントレットを頭上に持ち上げる。

 一瞬、動きを止めた。

 まるで、空と地面から何かを集めているかのように。

 下ろした左手はベルトへ、右手は額のサークレットへ。

 ふたたび動きを止めたのちに、カケルは左の拳を引いて、右の拳を突き出した。


「勝てなくても、逃げる時間ぐらいは稼げんだろ。んで俺は適当なところで逃げりゃいい」


(そういうことにしておきましょう)


 自分でも信じていない言い訳を口にして。

 コクッと頷くアルカの返事を受けて、カケルは皮肉げに口元を歪める。


 叫ぶ。


()()()!」


 ポーズを決めたカケルが黒い闇に覆われた。

 時おり、ひとすじの赤い光が走る。


 闇と光が収まった時————


 カケルは、黒い全身鎧をまとっていた。

 時おり赤いラインに光が流れる。




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