総攻撃への狼煙
キース達が中央付近に進出した頃、ゼノ達はスラムから兵士寄宿舎街で暴れていた。
スラムでは日頃、王族から人として扱われずに道具として買われ、飽きると売られるという非道を繰り返されていた事が引き金となり、その反乱は一気に膨れて行った。
無論、ゼノを筆頭に四つのエリアのリーダー格、そして彼等が信頼する仲間達は情報の伝達が出来ていたが、事前に漏えいする事を防ぐ為、全員には伝えていなかった。仮に全員に伝わらずとも、この反乱は良しと踏んでいたのだが、予想以上に波及して行った。
「ゼノ! 西区の兵士は直に抑える! こちらはどうだ!」
ゼノに声を掛けに来た男は西区のリーダーの様だった。恰幅の良い五十を少し超えた位だろうか…。
「マークか…御覧の通り、素直じゃねえよこいつ等」
その通り苦戦を強いられていた。マルキトの城門があるエリアの為、そこに居る兵士たちも屈強な男が揃っているエリアなだけに、軍隊経験の無いスラムの男達だけでは、一筋縄では行かない。ゼノは必死で指示を出し、彼等を導こうとするがそれに従える程の統率力もなかなか現れない。当然と言えば当然である。日々訓練をしている兵士と、ただの乱暴者の集まりの喧嘩だから、1対1であれば何とかなる物の、集団戦闘となると話しは違う事は明らか。
「だが、もう暫く堪えてなきゃならねえ…。もう少しだ」
ゼノはそう言うと、自らも刃を落とした剣で、戦いの中に飛び込んで行った。
それを見た西区のマークは、その場の布陣を指揮し、西区からの応援を回す為に戻って行った。
キース達は王宮警護兵士街を進んでいた。
集団で襲ってくる事は少なくなっていたが、それでも単騎突入を繰り返す勇者は後を絶たない。そればかりか、若干数ではあるが王宮護衛兵士以外の者の姿もチラホラと見え出した。
「対応が早いですね…。もう中央の騒ぎを聞き付けた人が居る様です」
「ゼノさん達、大丈夫かな…」
「大丈夫だから、これだけの人数で終わってるんでしょう。彼等が頑張ってくれているから、こちらに集結できないんですよ」
キースは兵士たちを吹き飛ばしながら、悠然と歩みを進める。そんな姿にすっかり安心しきっているアンは、キースの背後から離れようとしない。彼にくっ付いて居れば安心だと、心から信頼していた。
が…、キースは突然足を止めた。
背後に隠れてキョロキョロしていたアンは、キースの背中に激突し、鼻を押さえて尋ねる。
「なに? どうしたの??」
「いえね…、どうやらこの先は勇者様達と戦わなくちゃいけないようですよ?」
キースの言葉の後、背中から顔をヒョイと覗かせて正面を見る。
「な…何よコレ!」
一人の男を頂点に、三角の布陣が敷かれており、最後尾には槍を携えた『壁』が広がる。その数は百人には達するだろうと思われる。
「途中を棄てても王宮を守る為に集まったのでしょう…。少々厄介ですね」
「門の所で使ったヤツで吹き飛ばせば?」
「ここまで密集していると、死者が出るかも知れませんよ?」
キースは諦めたように溜息を吐く。そんな様子を背後から見ていたアンは、不安に駆られ身体を震わせる。
アンを振り返り、静かに口を開くキース。
「少し、離れていて下さい…。どうやら此処からは逃げてばかりいては、無駄な血を流す事になりそうです」
逃げると血を流す? 今まで逃げていたとは思えないけど? そんな事を思いながらも、ゆっくりと下がるアン。
アンが物陰に身を潜めたのを確認した後、キースは自らのマントを捌き右手を地面に付くように身を屈める。
その瞬間、キースの身に風が集まり、渦を巻き、轟音と共に一気に前に弾け飛ぶ。空気に押し出される大砲の様に…。
瞬時に三角の布陣の頂点にまで達したキースは、その場で左方向へと直角に弾かれるように跳び、更に斜めから布陣に突っ込む。正面からの攻撃に対応する為の陣形は、斜めからの素早い強襲に対応する事が遅れる。風によって弾かれる為に、方向転換する度に砂塵を巻き上げ、護衛兵士たちはどこから襲われるか分からなくなっていた。
布陣の中央で、砂塵が撒き上がる時には、その場所にキースが立っており、周辺の兵士たちは倒れていた。そんなキースに、全ての武器が向けられる。
その時…、キースは両手を地面に付き自らを守るようにあった砂塵を吹き飛ばす。
砂塵の中で何が起こり、どうやって護衛兵士達を倒したのかは皆目見当が付かない彼等は、キースの次の手を見極める為に身構えていた。
ただ一人、物陰で見つめるアンは異変に気付いていた。兵士達の少し背後の地面が盛り上がって、静かに割れて行く。
中央に位置するキースは、血管を浮かべながら、力を込めて地面を圧す。徐々に大きくなる割れ目…アンは目を疑った。その割れ目の中に風が向かって行っていたのだ。更に、その風が地面を持ち上げ、割り、大きく地面を砕いた。その中で兵士達は文字通り足元を掬われる形となり、悲鳴と共に皆往々に崩れ去る。
地面の揺れが止まった後、キースの周りを除き、地面が大きく窪みを作っていた。そして、意識がありながらも何かに押さえつけられている様に身動きを取らない兵士達。
「アンさん、割れ目を通らずに抜けて行って下さい」
キースはゆっくりと背中を向けて、王宮へと向かって歩き出した。慌てて彼等を横目に見ながら駆け抜け、キースに聞く。
「なに?何をしたの??」
「見たままですよ。彼等の足元の地面に風を送り込み崩しただけです。まぁ、暫く立ち上がって貰っては困るので、少々細工はしていますが…」
その細工で彼等が立ち上がれない事は理解できたが、一体何をしたのか、さっぱり分からない。
「…最強じゃん…」
アンはポツっと呟く。
「特別な事はしてませんよ…。風で地面を割り、それをクッションにして空気の重しを乗せてるってだけですよ」
「何だか重力異常起こしてるみたいだよ…」
キースに追いついたアンは、後ろを振り向きながら恐ろしそうに言った。
「重力操作は、私にはできません…。細かくは後でゆっくり説明しますよ」
「私には…って、操作できる人も居るんだ…」
背中に冷たい物を感じながら、アン達は遂に警護兵士のエリアを超えていた。
そこには大きな水路があり、所々に噴水がある。恐らく天然の湧水を利用した物だろう。その間隔は区々であり、不自然な配列である事から、容易に想像できる。
「こんなに水源があったんだ…。こんな所まで入って来るの、初めてだな~」
アンはキョロキョロとしながら呟く様に言うと、キースがそれに答える。
「まぁ、千四百年前はこんな姿の国になるとは予想してませんでしたよ。もう少しまともな国になると思ったのですが…」
「まとも…?」
「アンさんは、ここでの生活が当然だから疑問に思う事も少ないでしょうね。さあ、先を急ぎましょう」
「ゼノ…兵士が減って来てないか?」
息を切らしながらマークが言う。
「ああ…俺達はそんなに倒しちゃいねえ筈だ…。王宮周辺で、『エクセル』が派手に動き出したんじゃねえか?」
相変わらず兵士達とドツキ合いをしながらゼノも答える。『エクセル』がそこまで動き出したという事は、警護兵士のエリアを抜ける頃だろう。
ゼノは鎧の隙間を目掛けて力の限り兵士の腹を殴り、マークに言う。
「頃合いだ、マーク。賛同者を連れ王宮に向かう」
「了解だ。先に行っててくれ…必ず他の三方も駆け付ける!」
マークはそう言い残し、城壁まで下がり影へと消えた。
いよいよ…王宮決戦か。
ゼノは意識せずに口元を怪しく歪めた。
この国の、決して表には出ない卑劣な実態と、それを知らずに暮らす『貴族』と呼ばれる者達の解放。今こそ、その時だと…。




