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マジック・パレス  作者: 才谷草太
マルキトの解放
7/11

伝説の大賢者

 鍛冶屋で頭を打ち気を失っていたバルジーに変わり、二日間はキースとアンが野良仕事をこなしていた。立場上、キースが野良仕事をするのは当然だが、祖母は『伝説の大賢者』に野良仕事など、とんでもないと大反対しつつ、バルジーを何とか早く起こそうと看病していた。


 「キースさん、こうやって毎日ただ畑仕事をするだけですか?」

 スラムでの会話の後、何か大きな運命の旅に出るとばかり思っていたアンは、鍬を持ちながら聞いた。

 「敬語は止めて下さい。アンさんは畑仕事に不満ですか?」

 ひたすら鍬を地面に入れながら答える。

 「生活の一部になってるから、嫌って思った事は無いんだけど…」

 アンはスラムの方を眺めながら、少し不満そうに言った。

 「こうやって畑仕事をしてる間にも、ゼノさん達は何か準備してるんでしょ?」

 「彼には彼のやるべき事があるんです。アンさんには、アンさんの役割があります」

 アンは、明らかに表情を曇らせてキースを見る。

 「だからその、私の役割って何なの!? ただ『クルドの宝玉』を守ってた一族の末裔でしょ?」

 その言葉にキースは手を止めて答えた。


 「あの宝玉はクルドを封じた玉ではありませんよ…」


 その視線は王宮に向けられていた。

 哀しくも見え、愛おしくも見える表情に息を飲むアン。畑に吹く風は乾燥して焼けているが、何処となく冷ややかな印象を受けた瞬間だった。


 「伝説の大魔道士と、あなた方が呼ぶ人の、大いなる力を封じた玉です」

 「だから、それはキースさんの力でしょ?」

 二人は手を休め、王宮を見ながら話している。

 「忘れたのですか? 私の力はこの枷によって封じられています。わざわざ玉に込めずとも…」

 アンはハッとした。そう言えば自分で枷の封印を解いた時に彼は不思議な術を使っていたし、外見も変わった。玉が割れた事で力が戻ったと思っていたが、それならば枷をする必要が無い。


 「大魔道士は、他に居るって事なの? じゃ、あのヒビは一体誰に対して反応したのよ!」

 鍬を投げ捨てキースに迫る。


 その時、家の方で叫ぶ声が聞こえた。


 「アン~~~! キース様~~! バカ息子が目を覚ましたよ!」

 話しの腰を折られたアンは、ブスっと家を睨む。

 「バルジーさんも目を覚ましましたね…。では、皆さんの前でお話ししましょう。恐らくスラムもそろそろ準備ができる頃でしょうから」

 キースはそう言うと、アンの放置した鍬と自分の鍬を持ち、家に向かった。



 「バルジーさん、大丈夫ですか?」

 「キース様! こんなバカの心配などして頂かなくても…」

 老婆はキースを敬い、畑仕事をさせるなど大反対だった。

 「ひでえな母さん…、わざと寝てた訳じゃ無いんだから…」

 バルジーも不慮の事故という奴で気絶していただけなので、それを責められてはたまらない。

 「ヨークさん…バルジーさん、これから話す事をちゃんと聞いて下さい。先日はバルジーさんが倒れていたのでお話ししませんでしたが、この家に伝わる、真実です」

 ヨークと呼ばれた老婆は、目を丸くした。勿論バルジーも寝起きでの唐突の言葉に、多少慌てていた。



 * * * * * * * * * * *


 『クルド』での戦いの後、一人の少年が「闇の玉」を持って南に向かい、ある場所に封印をした。

 その少年はその近くの街で、所謂ボディーガートを生業とし生きて行く事を決めた。

 だが、魔導力を使わない為に剣術を覚えようと必死だったが、どうやらその才能は無かった。

 仕方無く彼は、一振りの剣に魔導力を込めた。その物質の時を止める力。そうすれば決して刃毀れせず、決して折られる事の無い剣になる。更にその少年は風を操れる為、斬撃と見せかけて放てる技も幾分かは助けになる。


 そうしてそこで一生を終える筈だった…。恋をし、子を作り、歳を重ねる。

 二十三歳になった頃だった。

 ある一人の男が訪ねて来る。その少年こそが、『クルド』を封印した少年だった。


 彼は『クルドの玉』を最果ての地へと封印し、その地で暮らそうとしていた。が…『闇の玉』が復活する夢を見たのだと、南に来た青年に言う。

 『闇の玉』を運んだ青年は、運命を呪いつつも家族を残して『クルドの玉』の青年と共に旅に出た。


 * * * * * * * * * * *


 「ちょっと待って…。キースさんって、まさか『闇の玉』を封印した人なの?」

 アンが驚いて口を挟む。

 「そうです。だから言ってたでしょう…、私は大賢者などでは無いと」

 「なら、あの宝玉が割れたのは何故なんじゃ!? あの宝玉は一体何じゃ!」

 ヨークが目と共に口も開いて、驚きと共に言う。


 * * * * * * * * * * *


 『クルドの玉』の青年の目的は、ただ一つ。

 互いの子孫に宿命を与え、そして『闇の力』復活の時に備える。無論、何千年という後の事かも知れぬ為、どちらかが禁術を使い、命を永らえる必要があった。

 そこで、名も無いオアシスへと辿り着き、住み付く事にした。


 『クルドの玉』の男の名前は、「マルク・キラ・アルテミス」。

 『闇の玉』の男の名は、「キース・ガードナー・プロイス」。


 結局、キースが禁術で命を永らえ、マルクは力を全て封印した。そしてキースは、その封印と秘密を守る為に、欲深そうな一族に剣を渡す事を決めた。その力を示す事により、彼等はその剣を守るだろうと思ったからだった。


 マルクは自らの力を封印した『玉』を、代々語り継ぐようにと子孫たちに伝え、いずれ解放される時には、キースが導き役となる。


 二人は、別々の時の流れで千年を過ごす事となる。


 * * * * * * * * * * *


 「……え?」「……は?」「……いやいや…」

 アン・ヨーク・バルジーは同じタイミングで話しを止めた。

 「『アルテミス』って、ウチの名字じゃない…」

 アンが祖母に向かって言う。

 「そうじゃの…まさか、まさかのぅ…」


 「あなた方こそ、大賢者マルク様の子孫です。そして、現在王宮に眠る剣は、その宝玉と我々を守る為に大地に突き立て、この王国の周囲を守る城壁の礎となる岩盤に魔力を与え、決して破壊される事の無い、鉄壁を与えているのです」


 「この国そのものが、俺達を守る為の物だった…って事か…」

 「この壁を快く思ってない人は大勢居るわ…。その元が私たちだなんて、ショックなんだけど…」

 「それより、ワシ等が大賢者の子孫という事がイマイチ納得できんがの…」

 アン達は口々に言う。


 「アンさんが私の封印を解いた瞬間に、宝玉が割れた…。これは、僅かながらアンさんに魔導の力があり、それに呼応した為に眠りから覚めつつあるのです」

 キースがアンに向かい言う。その言葉を聞いた瞬間、バルジーとヨークはアンを見る。

 「まさかぁ~、私にそんな力なんか無いよ。それに、私の身体に刻印なんか無いよ?」

 アンは苦笑いをしながら否定する。だが、その言葉すらキースは笑みで流し、答える。

 「刻印は宝玉に封印されていますよ。ほら、私の刻印は『鎌鼬』…風を司る霊獣です」

 キースはそう言いながら、リストバンドと化した手枷をずらして見せる。その手首にある刻印を、初めてゆっくりと見つめる。そこには、大きな鎌をクロスさせている動物らしき刻印があった。

 「この鎌が、スラムの人達には『エックス(X)』に見えたのでしょう…。私が『エクセル』と呼ばれていた所以ですよ」


 「私達が受け継いだ…その霊獣は、何ですか?」


 アンが不安そうに言う。


 「龍です…。クルドが封印された時、地面から現れた光る龍…そのものです」


 「霊獣ってより、モンスターじゃねえか…」

 バルジーがボソッと呟く。

 「…私…身体のどこかに龍の刻印が刻まれるの…? 何かやだな…」

 「とにかく、アンさんは宝玉を肌身離さず持っていて下さい。完全に覚醒するまではもう少し時間が掛かると思いますし、恐らく2~3日中にスラムが動くと思います…」


 何だか鵺と対峙している様な、言い知れぬ疑念と不信感、恐怖感が三人の心に広がっていた。突然の宣告に似た告白で、まだ整理が着いていないのだから当然と言えば当然ではある。



 「龍が私の刻印なら、空とか飛べるのかな…」

 アンは我が身の事ながら、呑気にポツリと呟いた。



 「剣を抜き、ゼノさんに力を与えなくてはいけません…」

 「風の霊獣はキースさんに憑いているんでしょ? ゼノさんは何の力が?」

 「私は魔導力を使わない為に、あの剣を作り上げました。あの剣には魔導の加護が込められています。そして私の子孫…ゼノさんは、幼少よりその力を使い切れる精神力と業を、その身に付けている筈です」

 「全てはこの日の為…と、言う訳か」

 ここまで来て、ようやくバルジーが口を開いた。



 「マルクの魔導力・私、キースの魔剣の力…それを完全に使い切れる人間が揃う時まで、私は待っていました。我々だけでは「闇の玉」の封印が精一杯。それを撃ち滅ぼす日が近付いたのです」




 「千年以上前に、勝手に決められてたってのは納得できないけど、ここから出られるなら何でも良いわ。あの王族たちからの解放もできるのよね?」

 「ええ、この王国の砦自体、不落の物では無くなります。まあ、外敵から守る程度であれば、これだけの兵士を抱えていれば大丈夫でしょう」

 「それを聞いて安心したわ、分かった。私、外に出る」

 アンはゆっくりと立ち上がり、自分の部屋に向かう。旅支度を始める為に。


 「バルジーさん、ヨークさん…。アンさんをお借りしても…?」

 「断れる余裕は無さそうだしな、アイツはもう大人だ。本人が決める事だ…」

 バルジーは薄らと涙を浮かべながら席を立った。ヨークは眉間を押さえ、涙を堪えている。



 娘・孫が、危険な旅に出るのだ。家族としては当然であるが、長年の伝承と、それが宿命とされて来た家族に止める事はできなかった。




 夕暮れが僅かな時間を残し、東の空は紫に染まっている。

 キースの名の元に、千年の時を経て二人の魔導士が揃った。

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