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マジック・パレス  作者: 才谷草太
マルキトの解放
6/11

鍛冶屋の災難

 砂漠の国と言うだけあって、その夜は冷える。

 スラムから兵士たちの住むエリアを抜けて、商店に差し掛かる。夜にはなったが、まだ露店や商店の店先には灯りが灯っていた。兵士の住むエリアからは、石畳で舗装している街道となっており、その石畳もひんやりとした空気を放っている。

 商人たちは店先に火を焚き、暖を取りながら客引きをしていた。

 そんな中の、ある一人の鍛冶屋の男が三人に気付く。


 「バルジーさん、あんたとうとう奴隷を買ったのかい?」

 馴染みの鍛冶屋に声を掛けられ、ギクリとするバルジーとアン。

 「…まだ子供じゃないか…、労働力としては幼すぎるんじゃないですかい?」

 男はニタニタ笑いながら、アンを見る。

 「何ですか? 私の顔に何か付いてます?」

 アンはキッと睨みつける。

 「おぉ、怖い怖い。お転婆さんが少年を買い付けるとは思えないですよ」

 「あんた、私に何を期待してるの? 股間でも蹴り上げて上げようか?」

 「おい、アン。口が悪いぞ」

 バルジーが商人に向かって行くアンの身体を制し、自ら脚を踏みだす。

 「俺の娘を侮辱する事は許さんぞ? もう一度その軽口を叩いてみろ。即座に縫い付けてサソリの巣に投げ込むぞ」

 我が娘を侮辱されたバルジーは、流石に頭に来たのか、その迫力は今まで見た事が無い程だった。

 「じょ…冗談ですよ…奴隷反対のあんたが、そんな子供を連れてるのが新鮮で、つい…でも、そんな子供に手錠掛けて歩いてれば否が応でも目立ちますって…」


 言われてみれば当然である。奴隷は本来、買い取ったその時に手錠から解放され、左腕に鋼鉄製のバンドを付けられる。だが、それは衣服で隠れる為に目立たない。


 「やっぱり、手錠じゃ目立ち過ぎるわよね…」

 「両の手首を結ぶ鎖だけでも、切ってしまえば目立たないが…お詫びに切っても良いですよ」

 その言葉に、バルジーはウンウンと頷き、アンもそれならばと『エクセル』を見るが…ただ一人、その『エクセル』は両手を前に出し、首を激しく横に振る。

 「何? 切っちゃだめなの?」

 両手を隠し、背中を向けながら、大きく頷く『エクセル』。素振りは全くの少年である。その中身が二十五歳程の青年で、魔導士とは想像できないリアクションだ。


 「しかし、このままじゃ余りに目立ち過ぎる。鎖だけ切ろう」

 「でもキースさんは嫌がってるよ…」

 「なに、手首の枷を壊そうってんじゃ無いんだ、このまま手錠を付けてちゃこれから先も動きにくいんだ…、な、それだけは分かってくれないか?」

 子供になった『エクセル』への言葉遣いに多少混乱しながらも、何とか諭そうとする。しかしそれでも『エクセル』は悩んでいた。


 「あぁ!もう!」

 イライラしたアンは、『エクセル』の背中を押して鍛冶屋の店の中へと入って行く。

 「お…おい、アン!」

 その有無を言わさぬ行動に、流石の父親も驚き、鍛冶屋は愉快そうに笑っている。当の『エクセル』本人は困惑した表情のまま、押される背中に反抗しつつ店の中へ。


 遂に観念したのか、『エクセル』は大きな溜息を吐いて身を任せた。



 店から更に奥にある作業場へと入る。

 大きな炉があり、まだ火が入っている。その前には鉄を鍛える台やハンマーがあり、水桶・砥石等も整然と並んでいた。


 「じゃ、その子の鎖をこの台に置いて、両の手首にこの布を被せて下さい」

 そう言って鍛冶屋の男は濡れた厚手の布をアンに手渡す。

 外は冷えて来ているが、炉の火が灯った室内はチリチリとした暑さが肌を刺激する。濡れた布が心地良い。

 アンは言われたままに枷を包み込むように被せると、鍛冶屋は鎖の穴に焼けた鉄の棒を差し込む。

 「ちょっと熱いかも知れねえが、我慢してくれよ?」

 鍛冶屋は鎖を熱し、叩き切る手法を取るようだ。

 鎖が温まる間に、頑丈そうな分厚い刃の付いた小ぶりの斧を持って来る。


 「ちょっと…それで切るの?」

 余りに生々しいその武器に、激しく動揺するアン。

 「安心して下さい、こんなの振り回しちゃしませんから」

 鍛冶屋は笑いながら、鎖の上に置くと、反対の手に持つハンマーで斧の背を激しく叩きだした。


 「キャッ!」

 激しい金属音が鳴り響き、思わず耳を塞ぐアンとバルジー。

 しかし可哀そうなのは『エクセル』だった。至近距離で金属の音を長時間聞く嵌めになったのだ。

 夜が更けた商店街に金属音が鳴り響く。今までもそう言う事があったのか、それを不思議がる者が居なかったのは幸いではあるが…無気味な音が、暫く続いた。


 一時間。予想よりも頑丈な鎖で、熱しては叩き、叩いては焼く。そんな事を一時間繰り返した。


 そして、遂に鎖が切れる瞬間が来た。


 「ふんんんっ!」

 汗を滝の様に流している鍛冶屋は、渾身の力でハンマーを振り下ろすと、鎖が激しい金属音を響かせて砕けた。

 切れる筈の金属が、「砕けた」事に焦った鍛冶屋は、振り降ろしたハンマーをそのままに、一瞬動きを止めてしまう。

 同じく汗まみれのアンとバルジーも、茫然としていた。

 鎖が、徐々に塵と化して行く。その不思議な光景をただ茫然と眺めていた。現実では有り得ない金属の豹変ぶりに、専門家の鍛冶屋はさぞ驚いただろう。言葉を失い、ずっとその朽ちる様を見ていた。


 そして、完全に鎖が黒い砂へと姿を変えた時、『エクセル』に向かって風が動き始める。それは、次第に強くなり、渦を巻く。

 炉に入っている火が、強風に巻かれて口から覗き出す。鍛冶屋とアン親子は、その強風の中、辺りを動揺しながら見渡す。


 「え? 何?? ちょっと、火が出て来てるよ!」

 アンは炉から吹き出す火に驚き、鍛冶屋に言うが、鍛冶屋はどうやら精根尽き果てた後の怪奇現象に思考が着いて行ってない様子。

 「お父さん、ねぇお父さん!」

 バルジーも…精根尽き果ててはいない筈だが、思考の範疇から既に飛び出した現象に戸惑っていた。


 少年を中心に集まった風は、目に見える程の風の渦を作り、中の少年を歪ませる。その中で少年は、手首を繋いでいた筈の、今はチリとなった鎖を眺め、何かを言っている様に見える。


 「キースさん…?」

 強風に耐えながら、その様子に気付いたアンは言葉を発すると、少年を守るように巻いた渦だけを残し、風が止まる。


 「何だ…何が起こるんだ…?」

 「知らねえぞ、俺は鎖を切っただけだ…」

 鍛冶屋と頼りない父親の動揺を見ながら、アンも動揺を隠しきれない。そんな三人の中心に居る『エクセル』が、渦の中から声を上げた。


 「皆さん、伏せて!」


 その声に驚いた三人は、言われるままにその場に伏せた。


 「…何も起きないじゃないか…」

 バルジーは伏せたまま、周りを見る。

 「はっ…鎖切っただけなんだ、これ以上何か起こってたまるか…」

 ゆっくりと中腰になる鍛冶屋。

 「おじさん、伏せてた方が…」

 アンが鍛冶屋に向かって言った瞬間、『エクセル』を取り巻いていた風が、一気に逆流して行く。

 最早爆発に近い空気の壁が三人を襲う。

 寝そべり、頭を抱えて悲鳴にならない叫びを発する親子。

 爆風で瞬時に掻き消される炉の火。


 あれだけの強風を身に纏い、一瞬で逆流させた爆風は、鍛冶屋の作業場にある物全てを四方の壁に吹き飛ばし、斧やハンマー、トング、桶、鍛えて終わった剣や包丁などが突き刺さした。


 爆風が収まり、アン親子は恐る恐る頭を上げ、周りを見渡すと、あれだけ整然としていた作業場の床には何一つ残っていなかった。テーブルなどの家具も壁に当たり粉砕。更に戦場かと思える程の武器や道具が壁に刺さっている。

 そして、その中心には二十歳程の青年が立っていた。


 「全く…だからダメだと言ったでしょう…」

 そう言いながら、一人吹き飛ばされ気を失っていた鍛冶屋を起こす。

 「キースさん…話せるようになったの?」

 相変わらず寝そべるアンは、キースに聞く。

 「ええ、姿も少し元の私に近付きましたね…」


 黒髪ではあるが、長くストレートの髪に、身長も百八十センチ程になっている。体躯も筋肉質で戦士らしい体つきになり、言葉も話している。

 その変貌ぶりに驚いたのは、誰でもない鍛冶屋だった。

 「あんた…何者だ」

 視点の定まらない泳いだ目で、アンとエクセルを見る。

 「私が何者なのかは、詮索しない方が貴方にとって得策です。鎖を切ってくれた事には、取り敢えず礼を言いますが、忘れた方が良いでしょう」

 冷ややかな目を持つ青年に言われ、思わずコクっと頷く鍛冶屋。


 「どうやら、鎖が放たれた事で…若干の力が使える様になりましたか」

 手首に残る、最早刻印入りのリストバンドと化した封印を眺めながら言う。そして、それを眺めながら立ち上がるアン。

 「でも、良かった。口が利けないとこの先が思いやられる所だったわ」

 あれだけの事を経験しておいて、まだ平然と口を開ける女性に、『キース』はニコリと微笑んだ。

 「さあ、帰りましょうキースさん、お父さん…お父さん?」


 バルジーは床に寝そべったまま、気絶していた。頭に大きなコブを作って…。


 「…当たったのは水桶ですか。刃物が刺さらなくて何よりです」

 平然と言ってのけるキースに、アンは背筋を震わせながら言う。

 「恐ろしい事を平然と言うんですね…」

 キースは、爽やかに笑いながら、野良仕事で鍛え上げた(?)バルジーを、軽々と抱え上げ、

 「さあ、あまり遅くなるといけません、帰りましょう」

 そう言うと、さっさと店から出て行く。

 壁にもたれ、立つ事も話す事もできない鍛冶屋は、バックリと口を開け、三人を見送る。


 「鍛冶屋さんも災難だったわね…」

 「止めても聞かないのが行けないんですよ? これからはちゃんと言う事を聞いて下さいね」

 キース達が店を出た頃、置くから叫び声が聞こえる。二度と来るなと。



 「じゃあ、お婆ちゃんにちゃんと説明して下さいね。その為に貴方に来て貰うんですから」

 「その為に鍛冶屋一件を休業にしてしまったのでしょう?」


 二人は冷え切った道を、グロッキーになった父親を抱えて歩いて行った。



 アンの祖母は、そんな三人を出迎え、興奮した状態で全てを聞き、涙を流しながら喜んでいた。


 只一人、ベッドに転がされたバルジーは二日間目を覚まさなかった…。

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