千五百年前の真実
薄暗い地下室で、三人の男と一人の女がテーブルを囲んでいる。
白銀の髪を持つキースは、ランプの光に照らされながら、真実の序章を口にし始めた。
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全ての始まりは千五百年前だった。
遥か東にあった国「クルド」は、当時でも原始的な国であり、農耕民族・狩猟民族の集合体だった。
国は平和だった。ある旅人が来るまでは…。
遥か北に位置する王国「マスカル」からの逃亡者…彼を温厚な「クルド」の民族は受け入れ、国の民として生活を送っていた。しかしある日、その男が不思議な力を使う。何も無い所から火を起こしたのだ。
それだけでは無い、水を出し、風を起こし、自然万物を意のままに操ってみせたのだ。
「クルド」の民は怖れた。神で無ければ悪魔の使者だと。そして、彼を忌み嫌った。男は、自分を救ってくれた恩返しのつもりだったのだが、その距離はその後五年間、縮まる事は無かった。
男は、その五年間を国の外れで暮らしていた。
ある日、クルドの少年がその男の元を尋ねて来る。子供本来の好奇心だろうと、彼は受け入れなかった。だがその後一年間、毎日男の元に来る少年は、不思議な力を教えて貰う為に足を運んだ。
何故そこまで皆が忌み嫌う力を欲しがるのか? という質問を投げかけると、少年はこう口にした。
「誰かが頭の中で叫ぶ。炎を生み、風を纏い、人の助けとなれと」
十歳にも満たないであろう少年の腕には、契約者の証が刻まれていた。
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「腕に証?? その少年ってキースなの??」
アンが話しを止めて聞く。
「黙ってろ、お嬢ちゃん…」
「あ、ごめんなさい…」
ビクッと身体を反応させ、父の背後に隠れるアン。
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「マスカル」からの逃亡者は、ある運命を感じ、少年に力を教え、与えた、そして言う。
「これを魔法と呼び、忌み嫌う者は大勢居る。使い方を間違えば、幸福をもたらす力も不幸に変わる事になる。君は既に契約者であり、力を使うべき人間だ。その力は守る為に使え」と。
二人の出会いから更に五年。少年は力を付け、しかし国の民からは異能の者とされていた。
逃亡者は何度も訓練の中止をしようと説得したが、少年は止めなかった。まるで何かに引き付けられる様に、ただひたすら訓練を続けていた。
そんなある日、事件は起きた。
原始的な民族に、北の国「マルカス」が攻撃を仕掛けて来たのだ。
彼らの目的は、逃亡者の男。だが、彼を見付ける為に「クルド」の民を殺害して行った。人と戦う事を知らない彼等は、その数を日に日に減らして行く。何故襲われるのか分からない間に。
そして、逃亡者は彼らを守る為に一人、立ち向かう。目的が彼であれば、その捕縛だけで済む筈だったが、「マルカス」の兵士はその男が、この国で「力」を使った事で、全滅させるつもりだった。目撃者は消す。その為に一国を消すつもりだった。少年はその逃亡者の背中を隠れて眺める。
大勢の兵士も、当然の様に魔法を使い、逃亡者と異世界の戦いを繰り広げる。
だが、逃亡者は攻撃はしない。ひたすらに「クルド」の民を守ろうとする。
そんな戦いを見ていた「クルド」の民も、次第に戦いに加わる。逃亡者を助ける為に。
強烈な戦いの中で、逃亡者の服は焼け落ち、素肌が露わになる…。その肉体には無数のタトゥーが刻まれていた。少年は、自分達に刻印されている印とは、また異質のタトゥーに不思議な感覚を持つ。
そして戦いが数カ月続いた時、「クルド」の民に異変が訪れる。
異能の力を使う者が現れ出したのだ。
「マルカス」の兵士は動揺した。そして一年、戦いの日々が続き遂に「クルド」の民、全員が異能力者となった。その状況に驚いたのは逃亡者だった。
敵は北の本国へと戻り、態勢を立て直す。クルドの民は長い戦いに疲弊し、国の再建に時間が必要となる。
戦いから平和な日常となった時、逃亡者はクルドの民全員に刻印がある事に気付いた。
ある者は背中に、ある者は胸に、首に、脚に…。
「偉大なる魔導士の国」
逃亡者はそう言い、泣き崩れた。
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「東の国が魔法技術で栄えたんじゃないのか? 伝承と全く違うじゃないか…」
今度はバルジーが呟く。
「ええ、ですから伝承は口伝です。あらゆる影響を受けたのでしょう。この後、『マルカス』は近国に通達を出します。魔法都市を滅ぼせと」
「おいおい、魔法都市はその『マルカス』だろ?」
ゼノが眉間にシワを寄せる。
「『マルカス』の魔法技術は国外には出していませんでした。その為、逃亡者とその目撃者を抹殺しに来たのです」
「随分と都合の良い話しじゃねえか、クルドは良い迷惑だぜ…。その話しがこいつらの家に伝わる伝承にも影響を及ぼしたのか」
「ええ、元々戦闘を好む種族ではありませんでしたから、近国の襲撃にも防戦一方でした」
「酷い…」
アンはその光景を想像し、目を伏せた。
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その防衛戦は更に三年続いた。既に少年も立派な兵士と成り戦っていたが、兵糧も尽き、これ以上の戦闘は不可能となり始めていた頃、「マルカス」が再度攻撃に出て来た。しかも、魔法力を使い、近国もろとも潰す為に。
逃亡者は、「マルカス」兵士に向かって叫ぶ。
「世界を呑み込む悪しき力は、いずれ魔導の英知に滅ぼされるだろう…。我が魂を以って、お前達の祖国と共に闇に封じる!」
逃亡者の身体に刻まれる無数のタトゥーから、闇が広がる。そして、侵略者達を呑み込み、底の無い闇の球へと圧縮されて行く。そこに逃亡者の姿は無かった。
しかし、少年はその逃亡者からある事を託されていた。
この魔導の国を同じく封印し、闇の球が復活する時に備えろと。そして、その時までに力を付けそしてそれまで魔導士である事は知られるな、と。
少年は逃亡者が犠牲となる事を拒んだ。が、全ては自らが招いた戦だと譲らなかった。
闇が全てを包んだ後、クルドの男がその球を持ち、南へと旅立った。
そして、残った民は少年の元に集まる。全員が次にしなければいけない事を理解していた。民に伝わる紋章伝説の元に…。
少年は涙を流し、掌を胸の前で合わせ、光を呼ぶ。
風が渦を巻き、大地から一筋の青い光が、咆哮を上げながら天に昇る。
そして、少年を囲んでいた民達は姿を消す。ただ一人の少年を残して…。
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「キースはその球をここに運んだんだね…」
アンは悲しそうにキースを見る。だが、キースは無言で答える事はしない。
「でも、ヒビが入ってるって事は『クルド』が復活するんじゃ無いのか?」
バルジーがキースに向かって言う。
「いいえ…。例えあの球が砕けてもまだ、復活はしません」
「全部話しやがれ、面倒くせえ」
ゼノが全く無関係な表情でテーブルに尻を下ろして言うが、キースは首を横に振る。
「今は語る事はできません。それに、まだこの国を形作った話しが残っています」
「そう言えば、剣の話しが出て無いわよね?」
父の顔を見ながらアンが言う。
「手錠もな…」
「手錠は、伝承の通り私の魔導の力を封印する為の物です。ですから今解放するべき時では無いのです…」
そこまで聞いていたゼノが、両手を組み飽きたように口を開く。
「どうでも良いが、俺には関係のねえ話しじゃねえのか?」
その言葉に、キースはニッと笑い、一言…。
「南の国から来た戦士…、ゼクタ・ノキス・モラウス」
キースの言葉に、ゼノは一瞬で驚きの表情へと変わる。
「何で俺の本名を…」
「貴方の一族の名には、必ず『ノキス』か、『ウキス』の文字が入っている筈です」
ゼノは更に表情を強張らせる。
「何であんた、そんな事を! 誰にも話した事ねえんだぞ!」
「貴方はクルドから闇の球を運んだ男の末裔ですからね…」
アン・バルジー、そしてゼノ本人も言葉を失い、目を見開いている。
「宮殿に眠る剣は、元々貴方の祖先の持ち物なのです」
「いや、おかしいだろ! 戦闘民族じゃなかったクルドの民が、剣を持ってたなんてよ!」
「ええ、それはいずれお話ししますが…貴方も私と同じく、異能力者なのです」
唐突に突き付けられた真実に、当然の様に混乱し、否定と肯定がせめぎ合う。
「ね、ねぇ、私は? 私は何か所縁があるの?」
「貴女の祖先は、元々このオアシスで暮らしていた人です…」
キースは爽やかに言うが、ゼノはその表情の奥に何かを感じ取った。が、アンとバルジーは落胆と安堵が入り混じった複雑な表情を浮かべた。
「なんだ…単に宝玉を受け継いだだけか…」
バルジーはどちらかと言うと安堵の度合いが大きいらしい。ホッと息を洩らしていた。
「ちょっと待って…宮殿に眠る剣って言わなかった?」
アンはさらりと流した言葉を思い出した。
「ええ、あなた方の家に伝わる、もう一つの宝具は宮殿に在り、その一族は現在王族となっています」
「…何だか突拍子もねえ話しだが、その一言で納得できた気がするぜ…。ここ最近、何だか妙に王宮に呼ばれてる感覚があんだ…」
「ゼノさんがこの国の解放に拘るのも、恐らく一族の剣が発端でしょう」
「私…宝剣はてっきりキースさんの物だと…」
「私は魔導士だと言った筈ですよ? 武器は使えませんから。それに、あの剣はただの武器ではありません」
「そりゃそうだろ、宝剣って呼ばれる位なんだからよ」
妙に上機嫌となり、笑顔で話しを聞くゼノに対し、バルジーがボソッと呟く。
「さっきまで動揺してた癖に…単純な奴…」
「じゃあ、私は何で巻き込まれてんだろう…」
一人納得のできないアンを無視し、ゼノとキースは王宮攻略の方法を話し合っていた。
知らぬ間に陽は沈み、夜となった。
ゼノはこのスラムに残り、城壁の中に取り巻く勢力を纏め上げ、来るべき日まで準備を進める。
キースはその日まで力を封印する事となり、嫌がるアンに再び手錠を架けさせた。
スラム住民から期待の視線を注がれ帰路に付くのは、アン・バルジーに連れられた十二歳の『エクセル』だった…。




