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マジック・パレス  作者: 才谷草太
マルキトの解放
11/11

土龍契約

 スラムから仲間を数人引き連れ、ゼノはひたすら走っていた。その視線の先には白亜に光る宮殿を捉え、風水盤の如く張り巡らされた水路を渡り、1級貴族街から王宮警護兵士街へと入った。


 「何だこりゃ…」

 ゼノは走りながら、その周辺の有り様に驚きを浮かべつつ呟き、そして足を止めた。

 「ゼノさん、これってエクセルがやったんですかね?」

 「だろうな、奴しか居ねえだろ。譲ちゃんができる訳ねえしな」


 その周辺に広がるのは、基礎を残して姿を消した家屋や、気絶している兵士達。気が付いていても恐怖で身を屈め震える兵士。


 「おもしれぇ事が起きてるみてぇじゃねぇか」

 ゼノは何故か、心の奥から込み上げて来る期待感が、体を震わせた。

 「エクセルが言うにゃ、剣は地下にあるとか…。急ぐぜ」

 周りの仲間に言うと、再び走り出す。


 そして、そろそろ王宮護衛兵士街を抜けようとした時、地面が一瞬の揺れを伝えた。

 ゼノ達は条件反射のように足を止め、その揺れを確かめる様に地面を眺めた…瞬間だった。

 そこから僅か数メートルの地面に割れ目が生じ、軽く陥没した直後に火柱が上がる。


 轟音と共に放たれた火柱は、一瞬でその役目を終えたかのように消える。それを見たゼノの仲間は腰を抜かし、その場に崩れ去る。


 「は…ははっ。エクセルのヤツめ、花火を上げるってこの事かよ」

 ゼノは必至で笑顔を作り、恐る恐る火柱が生まれて消えた穴に近寄る。

 「ゼ…ゼノさん、危ねぇよ…」

 腰を抜かした仲間が止めようとするも、体が震えて動けない。ゼノはゆっくりと穴から下を覗き、恐る恐る声を出す。


 「おい…エクセルか? …そこに居るのか?」

 分厚い岩盤の奥には、微かな光が見えている。火事があったのだろうか、焦げ臭い匂いが広がっているのが分かる。最も、あれだけの爆発を引き起こすエネルギーがあるのだから、火事くらいあっても当然なのだが。

 「エクセル! 聞こえねえのか? そこに居ねえのか!?」

 ゼノは軽く咳き込んだ後、再び声を上げる。すると穴の中から声が聞こえる。


 「飛び降りて来て下さい。私が受け止めます」


 馬鹿じゃねぇか?岩盤だけでも数十メートルはありそうな穴だぞ?

 ゼノは顔を青く染めながら、言葉を失った。そして、その後に聞いた事の無い男の声が響く。

 「やめろ!来るな!来ると殺すぞ!!」

 マルキト国王の言葉だが、ゼノは当然分からない。分からない上に『殺意』を向けられたのだ。荒くれ者を総べて来たゼノには、最も効果的な言葉だった。

 「何だとコノヤロウ! どこのどいつだ!待ってろ…今すぐ行って勝負してやる!」

 青ざめた顔は一気に血を取り戻し、紅潮させて穴に飛び込んだ。


 それを見たスラムの仲間達は、口々に叫ぶ。


 「ゼノさん!」

 「危ねぇ! 止めてください!」


 だが、彼らのテンションとは全く逆に、ゼノの体は穴の入口にフワフワと浮いていた。いや、浮いていると言うよりも突風に突き上げられるように、バタバタと煽られていた。


 「ぐへっ! い…息ができね…ぐふっ」


 あまりの強風で、吸いこもうとすると大量の空気が流れ込む。無意識に呼吸を止め、その体内への侵入を阻止している。

 そのゼノの体を受けとめる突風は次第に弱まり、ゼノの体が穴の中に消えて行った。



 「大丈夫ですか?」

 「げほげほげほげほ!」

 「あんまり大丈夫じゃ無さそうだよ…」

 「げほっ!ごほごほっ!」

 「くそ! ワシをここから出せ! 悪魔め!」

 「ぅえほっ!ぐほぐへっ!」


 四人はそれぞれに口から言葉を出すが、一向に噛み合わない。だが、国王を除き既に空気の壁は解放してあり、キース・ゼノ・アンは一カ所に集まっている。


 「さてマルキト国王。剣の継承者が下りて来ましたので、どうぞお譲り頂けませんか?」

 キースは国王に向かって話しかけると、咳が落ち付いたゼノが、アンに聞く。

 「ごほ…っ。国王? あいつがか?」

 「うん…そうみたい」

 「なるほどな…で、アイツが握ってるのがキースの剣って訳か」


 ゼノはゆっくりと立ち上がり、キースに向かって言う。

 「エクセルよ、国王にはちょいと借りがあるんだ。俺に任せてくれねえか?」

 「そうですね。彼は私とは生きた時代が違いますから、私が出るよりも貴方の方が適役ですね」

 キースはそう言うと、国王の壁を打ち消した。一瞬、国王の体が陽炎に包まれた様に揺れ、解放される。


 「国王さん。今スラムの四チームが王宮を目指して来てる」

 「そんなモノ、兵士が何とかする! それに王宮にはワシら王族が許可した者しか入れん!」

 「俺は許可してくれたのか?」

 ゼノは両手を広げ、自らが侵入した事をアピールしている。

 「勘違いするな。俺達は何も国を乗っ取ろうとしてる訳じゃねぇ。その才がある者が、治めてくれりゃ良いんだ」

 「知った風な口をきくな! 奴隷風情が!」

 国王の言葉に、ゼノはいきなり飛びかかり、左頬を殴りつけた。

 「2級貴族の中にも、不満を持ってる奴は五万と居る!」

 そう言うと、更に右頬を殴りつける。ヨロヨロとその場に崩れる国王。

 「衛兵…衛兵はどこだ! この男を捕えろ!」

 ズルズルと後ずさりし、水路にはまりながら衛兵を呼ぶが、誰も来ない。

 「ああ、申し訳ありません。この部屋への入り口はあの穴以外、全て塞ぎました」

 キースはニコッと微笑みながら、天井に開いた穴を指さす。


 「この国は腐ってる。生まれながらに働かなくても良い者と、権力を掴む者、また奴隷の者が決まり、日々贅を尽くし、外から来る者は招き入れ、出る時に金を要求する…。外からの商人は良い稼ぎになるだろうが、そいつらは俺達の様な護衛と引き換えに、安い奴隷を護衛にして国を去る」

 「良く出来て居るだろう! それもワシらマルキト一族の力があればこそだ!」


 この期に及んでも、権力をアピールできる図太さ。アンは心底憐れんだ。


 「ちなみに聞くが、この剣を抜くとどうなる?」

 ゼノは、大地に突き立てられた剣の柄を握る。


 「やめろ!貴様ごときに抜ける物では無い!」

 「良く言うぜ…お前には抜けなかったんだろう」

 ゼノはグッと力を入れると、剣が僅かに動く。その様子を見ていたキースは、クスッと笑いながら言う。

 「マルキト国王。その剣が抜かれれば、この白亜の宮殿が朽ち、国を守る鉄壁の壁も朽ちます。千年という時の流れを取り戻しますからね」

 その言葉を聞いたゼノと国王は、驚いてキースを見る。

 「おいエクセル! そこは聞いてねえぞ! 砦が無くなると国も平和を保てなくなるじゃねえか!」

 「やめろ! ワシの国が無くなる!」

 「あんたの国なんかじゃないわよ! 私達みんなの国なんだから!」

 アンもそれに便乗して口を開く。すっかり影が薄くなっているアン…。


 「そうでしょうか…? この国には既に、屈強な戦士で砦の内を守られていますよ。ゼノさんを筆頭にね」

 キースの言葉に、国王は水から這い出し、ゼノの足にすがる。

 「クーデターか! 反乱を起こしおったな…逆賊が!」

 そう言った後、国王の体が弾かれる様に飛んだ。

 「マルキト家に伝えた言葉…正確にお教えしましょうか?」

 キースの眼が妖しく光っている。どうやら彼が、国王を弾き飛ばしたのだろう。ゼノはキースを見て唖然としている。



 「時の剣を一族に託す。この剣を核とし、鉄壁を誇る城壁・そして剣を守護する宮殿が生まれる。千年後まで剣の守護契約を結べば、1年に1度、この日にその恩恵として水・火の加護を与える。更に一生に一度、物質の時を止める力を与えよう」

 「そうだ! ワシらはその契約を結び力を得た! その力で国を治め千年王国を築き上げたぢゃ! 何が悪い!」

 飛ばされながらも口にする言葉は、どこまでも悪人である。だが、キースは完全に無視して言葉を続ける。

 「ただし、その恩恵を独占する事は許さず、千年後に現れる白き魔導師に裁決を委ね、許されるのであれば国王に、許されざれば追放される。その時、剣の後継者に譲り渡し全ての答えを導く事」


 「水は…皆に与えておる。火も各地に置き自由に使わしておる!」


 「確かに、水路の整備、火種の確保はできてます。ですが不満を持っている者は多く、こうしてクーデターまで起こっている上に、貴方はここに来た」

 「ここに居て何が悪い!」

 「剣の力を以て、この騒乱を鎮めようとしましたね? 恐らく千年の間に貴方がた一族は気付いたのでしょう。この剣の力に」

 キースはそう言うと、ゼノの元に歩み寄り背中に手を当てる。


 「待て…エクセル、何を…」

 ゼノは剣を握ったまま、キースに問いかけようとした時、剣を中心に魔法陣が広がる。

 「我々クルト族は、聖獣と契約を結ぶ事で魔導師へとなります。この剣には1体の聖獣を宿し、後継者にその恩恵を与えていたのです」

 「やめろ、やめぬか!」

 慌てた国王は阻止しようとするが、足が震えて動けない。どうやら飛ばされた衝撃が強すぎたようだ。

 「後継者…俺か?」

 「今まではマルキト一族でしたが、剣の正統後継者では無く、クルト族でもないので契約はできなかった。だが貴方は私の子孫…、剣と共に、聖獣契約を結びます」


 「やめてくれ! それはワシのーーーーーー…」


 国王の悲痛な叫び声の中、魔法陣は茶色に光り、ゼノの体に吸収されて行く。


 「う…うおぉおおおお! 何だ! 何かが入って…!」

 ゼノは自らの体内・精神内に何者かが入って来る感覚に襲われ、恐怖と同時に暖かさを体で受け止める。



 『…誰だ、お前…』

 ゼノの視界には、暗闇に浮かぶ獣が浮かんでいた。

 『……モグラ? 聖獣ってのはお前か…?』

 『モグラか…随分と我を安く呼ぶな』

 毛むくじゃらで手足が短く、爪の鋭い獣だった。だが尻尾が長く、口には鋭利な牙が並んでいる。

 『龍? ってほど格好良くも無いか』

 『やれやれ、久方ぶりの契約者は口の効き方も知らぬのか。我は土龍クラッサム。主との契約を千年もの間待っておった』

 『どりゅう…クラッサム。やっぱり土竜もぐらじゃねえか』

 『…まぁ良い。我を受け入れるか、拒否するか、それはお主の自由だ。受け入れるのであれば、我が名とお主の名を結べ』



 「……マルキト国王。貴方は剣の力を使い、反する者を毎年葬って来ましたね?」

 魔法陣が消え、ゼノは生気を失ったまま立っている。それに全く興味を示さず、キースは国王に向かって歩いて行った。

 「護衛騎士団じゃ。ワシに従う者が反乱者を収めておったのじゃ!」

 「その恐怖から、貴方がた一族に刃向かう者は居なくなり、表面的には平和を装い国を成り立たせていた。2級貴族は、そんな反乱分子達に対する予防策。市民と名付けるよりも貴族と名付け、奴隷を置く事で不満も誤魔化した」


 「国の統治に、口を挟まれる覚えは無い!」


 反論できなくなった国王は、ついに結論を言ってしまった。


 「ええ、私は口出ししません。ですが、剣の後継者が現れた事により、過去からの契約通り還して頂きます。それに…国民は少なくとも、貴方を欲してはいません」


 キースの言葉に、国王は流石に口を閉ざした。


 ただ、ブツブツ言ってるゼノだけが…異変を露わした。


 「ゼクタ・ノキス・モラウス…我は土龍クラッサムと、魂の契約を結ぶ者なり」

 ゼノはそう言うと、一気に剣を引き抜いた。



 その瞬間、白亜の王宮は一気に色あせ、壁が崩れて行く。

 更に3キロ離れた、鉄壁を誇っていた巨大な城壁も崩れ始める。


 戦闘を繰り広げていた騎士と、スラムの闘士達は、あまりに突然の崩落に動きが止まり、四方を眺める。


 地面を揺らす程の轟音と共に、巨大な城壁が剥がれ落ち、中央に鎮座していた王宮も崩落を始める。それは王国の終焉を意味していた事が、誰の目にも分かった。


 歓声を上げるスラムの戦士達。膝を折りうな垂れる騎士たち。


 城壁を纏って来た巨石は落ち剥がれ、芯の土壁だけが残る。

 王宮は土の屋敷へと姿を変え、威厳も無く崩れ落ちる。


 土煙が城壁からスラム・2級貴族街を経て1級貴族街まで及ぶ。




 「止まっていた時間が流れ、朽ちたんですよ。最早鉄壁では無く、ただの壁です」

 キースはそう言いながら、ゼノの肩をポンと叩いた。

 「な…何だよ。これが契約なのか…?」

 ゼノの見た目は変わっていた。髪が茶色になり腰まで伸び、瞳の色も茶色になっている。

 「ええ、土龍クラッサム…。貴方の聖獣です。大地を統べる龍の力が、貴方に与えられました」

 「そうか…この時の剣の力で、大地の力を操り時を止めてたのか…」

 「ゼノさん、我々の足元の地面を隆起させ、地上高く持ち上げて下さい」

 キースはそう言いながら、上を指さす。

 「呪文が分からん」

 「必要ありません。呪文とは魔法使いが用いる契約の言葉。しかし我々は魔導師…契約した聖獣に念じるだけで、殆どの力を操れます」

 二人は会話を続ける。



 「ねぇ…私の事、忘れて…ないよねぇ…」


 アンは寂しそうにキースを見上げながら、マントを引っ張っていた。

 今起きている事象が呑みこめないが、それよりも自分の影の薄さが不安になっていた。

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