花火
キースとアンは宮殿の入り口近くにまで達していたが、その頃になるとスラムの暴動が、王宮急襲の為の囮だと気付いた兵士も多く、次第に戦力が集まりつつあった。
「これは厄介ですね、予想よりも集まりが早い」
厄介だと言いながらも、閃光と空気弾で応戦しているキースが悠々と歩を進める様を見て、アンは相変わらずマントにしがみ付きながら言う。
「ね…ねえ、私達の周りに空気の壁とか、作れないの?」
その言葉に、キースは足を止める。
「今…何て言いました?」
足は止めているが、向かって来る兵士には容赦なく…いや、容赦はしていると思いたいが、次々に吹き飛ばされている。
「だ・か・ら! 風とかで私たちの周りに、壁を使えば良いんじゃないの?って!」
背中からアンが叫ぶ。その瞬間に風が巻き起こり、二人を包み込む。
「そうですね…これなら大丈夫ですか…」
キースは風を呼び、盾を作り出した。だがどうにも落ち付かない事は確かである。自分達に向かって斬りかかる、もしくは槍で突っ込んで来る兵士は尽く武器を粉砕され、吹き飛ばされている。そして、転がって気絶する兵士の鎧はボコボコに凹んでいる。
「キースぅ…何で…あんなになってんの?」
「風を纏えば、当然地面の石を巻き込みます。それによって武器が粉砕され、鎧も撃たれてるんでしょうね」
平然と言いながら歩いているキースに、更に怖い事を聞いてしまうアン。
「石が…鎧の無い所に当たったら?」
「そこまでのコントロールは出来ませんからね。当たれば骨も粉砕でしょうか」
アンは地面に転がって気絶している兵士たちを見て、慌てる。
「ちょ…キース!走って!」
背中をグイグイ押しながら王宮の門へと向かうアン。当然キースもそれに押されてグングン進んで行く。なるべく攻撃を受けないよう、早く入り口まで行きたかったのだろうが、完全に逆効果である。正面から突進して来る者は手当たり次第に吹き飛ばされ、立ち止っている者すらなぎ倒す、最早ハリケーンと化していた。
宮殿の入り口に到着した頃、兵士は彼らの通った道を挟むように倒れていた。
「突っ込んで来なきゃ、怪我しないで済んだのに…王宮兵士って、果敢な人達なんだね…」
キースの背後に隠れ、後ろから押していたアンにとっては、彼の前方で繰り広げられた惨劇を知る由も無い。ただ、キースは慌てながらも舞いあがる石を、風の力で何とかコントロールに成功し、致命傷だけは避けていたが。
「ハリケーンが自分目掛けて突っ込んで来れば、それをよける事すら難しいですけどね」
風の盾を解き、アンを見下ろすキース。
「もしもの為に張った防御を、武器として使うなんて…。まあ、とにかくここまで辿り着きました。後はこの宮殿の地下に入る訳ですが」
そう言うと、キースは宮殿の扉を押す。
「アンさん、この扉を開けて下さい」
グイグイと扉を押しながら、背後のアンに言う。
「え? 鍵も無いんだから…魔法で開ければ? 火で焼くとか」
「私は風の守護を受けている魔導師です。火の魔法は強くありませんし…時の封魔を使った鍵ですからね」
「時の封魔?」
アンは聞き慣れない言葉を聞きながら、自らも扉を押してみる。当然軋む音すら鳴らない。
「時間の流れを止める魔法です。動きを止める魔法では無く、そのものの風化や破壊を防ぐ魔法」
キースの解説に、ふぅ~んと感心しているアンだが、ハッと思って聞く。
「どうやって開けるの?」
「恐らく…この辺りではそこに寝てる門番しか、知りませんよ」
キースは無表情で、傍らで倒れている兵士を指さす。
「アンさんが私を押して突進する物だから、この人まで風に当たって…」
目が覚めるのを待ってると、他の兵士も目覚める。そんな事はアンでも分かった。苦笑いをしたまま固まるアンに、キースは溜息で返す。
「仕方ありませんね…アンさん、手枷を…リストバンドを外して下さい」
キースはそう言うと、両手をアンの前に差し出した。
それを見たアンは、少し困惑気味に問いかける。
「え…? 良いの?」
「これがあると、魔導の力が限定されてしまいます。本意ではありませんが」
キースの言葉が終わる前に、アンはさっさと解除呪文を口にする。
「キース・ガードナー・プロイス! 汝を呪縛より解放します!」
すると、鈍くキースの体が光り、黒髪が白銀に変わって行く。…見た目の変化はその程度だった。
「貴女には戸惑い、という感情が無いんですか?」
キースはそう言うと、呆れた様に扉の前に人差し指を当てる。するとその点を中心に、黒い渦が地面に発生し、その渦の中に次第にキースの体が埋もれて行く。
「さぁ、私の腕を掴んで!」
と、闇に沈みかけたキースがアンの腕を掴む。
「掴んで…って、あなたが私を掴んでるじゃない! や…ちょっと!やぁあ!」
恐怖に悲鳴を上げるアン。キースが腕を掴んだ瞬間から、闇はアンの足元へと広がり浸食するように呑み込んで行く。重く、抜けられない粘着質な闇に、次第に体の自由を奪われて行くアン。
「アンさん! 暴れると地面に埋まって一生を終えてしまいます! じっとしていて下さい!」
キースの言葉に、アンはピタッと動きを止める。闇に呑まれる恐怖。地面に生き埋めにされる恐怖。もう何が何だか分からない。
次第に体が闇へと沈んで行き、その視界すらも暗闇に支配されるアン…。
「うるさい!悪魔めが! この剣はワシら一族の物じゃ!」
「いいえ、その剣は私の物。そして受け継ぐべき者が現れた今、還して頂く」
「受け継ぐのはワシの息子ぢゃ! この地から外には出さん!」
「今の私に、あなたでは勝てません。話し合いで解決できるとは思いませんでしたが、大きな怪我を負わせる事も無いと思っていましたが…」
「面白い! 時の魔法を操るワシに勝てるつもりか!」
アンのも耳に、怒声が聞こえる。
どれ程の時間、眠っていたのか。目覚めたそこは広大な円形の場所。天井が岩盤であり、地下である事は分かるのだが妙に明るい。
その円形の地下庭園には草花が咲き、水路もある。
中心には妖しく光る剣が、地面に刺さっていた。その根元から水が湧き、水路を作り、潤いを与えていた。その剣の前には立派な装束で着飾った小太りの男が立って、叫んでいる。
アンには見覚えがあった。
この国の王。ダール・エル・マルキト、その人だ。
「あなたに魔法は使えない。魔力をこの国に与えているのは、その剣です」
どこまでも冷静なキースは、剣を指さして言う。
「最期の忠告です。その剣を還して下さい」
「何度言われようが答えは同じぢゃ!」
ダールの言葉にキースが答える事は無かった。代わりに右腕を横に伸ばし、ダールを見つめる。
すると、腕の『鎌鼬』の紋章が赤く光り、ゆっくりとその腕を包んで行く。
「キース!?」
目の前の光景に、思わず声を上げるアン。
「目が覚めましたか…もう少し待っていて下さい」
キースはそう言うと、右腕を前に伸ばし掌を開く。するとその腕に風が纏わり始め、左手に火を灯す。
「大魔導師…マルク・キラ・アルテミス…!」
ダール国王は憎しみの表情でキースを睨みながら、名を上げる。と、同時に剣の柄を握り引き抜こうとする。
「抜けませんよ、あなたには」
キースはそう言うと、右手に纏った風に、左手の火を刺し込む。
風はその火を吸収し、炎の嵐へと姿を変え、轟音を響かせながら渦を作る。
闇を抜けたキースは、気を失ったアンを抱えて地下へと抜け出した。
「ふぅ…この魔導力は無暗に体力を消耗しますね…」
ゆっくりとアンを地面に寝かせ、ゆっくりと辺りを見渡す。
『あの頃と何一つ変わっていない…』
草花が茂り、水を煌々と湛える地下空洞。その円形の空洞の中心に、自らがマルキト一族に渡した剣が刺さっている。
「マルキト一族の長に、一言伝えてから持ち去ろうと思ったんですが…仕方ないですか」
そう呟きながら剣に歩み寄ると、奥から叫び声が聞こえる。
「近寄るな賊!」
その声に、キースは振り向き姿を確認する。どうやらマルキト一族の長のようだった。それは身形から分かる、というよりもこの場所に入って来るのはその人しか居ない。
「マルキト…国王ですね?」
「そうぢゃ! お前がスラムの者等を先導した輩か!」
国王は勇敢にも、腰の剣を引き抜き襲いかかって来た。見るからに高価そうな剣は、見事にキースの肩口を捉えた後…豪快に砕け散る。
「!!!?」
斬りかかった男の肩口で、何かが裂ける様な音を響かせて砕け散る我が剣。それを見た国王は、慌てて後ろに下がる。
「お前、何者じゃ!」
「マルキト家の口伝にある、白銀の魔導師です。口伝に従い、風の剣を返還して頂く為に参りました」
キースは国王に礼儀を示し、一礼した。だが国王は無視し、更に質問をする。
「どうやってここに入った…! 宮殿の扉は、ここに至る扉は全て封印しているはずぢゃ!」
「全てでしたか。どうやら空間転移を使ったのは正解でしたね」
「…空間…転移ぢゃと!?」
「あ、安心して下さい。空間転移と言っても、わたしの知らない場所にはもちろん、知っている物・人が無い場所には行けませんし、繋がっている場所にしか…」
キースが律義に説明をしていると、それを遮る国王。
「聞いておらん! 剣も還さん! それは悪しき魔導師から奪い、我等の御先祖が命がけで封印した剣ぢゃ!」
国王は砕けた剣の柄を振りまわしながら、後ずさりして行く。
「どうやら…こちらの口伝も、時と共に変わっていましたか。道理で国が酷くなった筈です」
キースは国王を無視して、剣に歩み寄ろうとすると、国王は慌てて追い越し剣の元へと走り寄る。そして、それを見たキースは国王に対して言う。
「その剣は私の魔導を注いだ剣。力をかき消せばただの剣になります…消しても宜しいか?」
「消せるのであれば既に消しておるだろう! 奪い返す口実に過ぎぬ!」
「消さないのは、それを必要とする者が居るからこそ。それはあなたでも、この国でもありません」
「うるさい!悪魔めが! この剣はワシら一族の物じゃ!」
アンが目を覚ます。
キースは右手に宿した業火と化した渦を、国王の足元に広がる草花へと放った。
燃え上がる草花は勢いを増して延焼して行く。だが不思議と熱さが無い。
アンがふと自分の体の下に視線を落とすと、自分の周りは延焼が避けて通る。それはキースも、国王も同じく。どうやらキースが空気の壁を作ったのだろう。ご丁寧に国王にまで…。
暫くはその炎に恐怖していた国王だが、どうやらその壁に気付いたらしく、平静を取り戻した。
密閉された地下空洞は、次第に空気を失い火も消えて行く。空気の壁を作っていなければ、焼け死ぬか窒息死…。火が消えた周辺を見まわし、国王もどうやらそれに気付いた様子。
「ま…待て、壁を消さないでくれ…」
「真空になってる訳じゃない。壁が無くなったと同時にこの部屋から出れば、助かる。命を取るか剣を取るか…。祖先が命を賭して作った時の封魔扉。あなたは命がけで守れますか?」
キースは妖しく笑いながら、今度は右腕を伸ばし、ゆっくりと掌を開いた。そのキースの行動を見たアンは、不思議に思った。
『今まで手を上げたり下げたり…キースって、そんな事しなくても魔法を使ってたのに…』
だが国王は違った。キースのそのポーズが空気の壁を消す動きだと思った。
恐怖に駆られた国王は腰を抜かし、剣の柄を掴んだままへたり込んでしまった。
「まぁ…それが正解ですね。気持ちはどうあれ」
キースは笑いながらそう言うと、腕を岩盤に突き上げた。すると天井から小石が落ちて来る。
「炎の魔法は然程使えませんが、応用すれば…こんな事もできるんです」
分厚い天井の岩盤が一部崩壊した瞬間、轟音を伴い炎が復活し岩盤を貫き天に昇る。
それはまさに『爆発』に近かった。
密室で酸素が無くなるまで燃えた炎は、一旦消えたと思えるほど静かになる。だが、熱の籠る空間とまだ燃える『餌』がある所に、更なる酸素が入れば、爆発的に延焼を繰り返し、酸素を求め膨張する。
その爆発は割れた岩盤から地上へと延び、宮殿の前に一瞬の火柱を生む。轟音と共に。
「花火…打ち上げさせて頂きました。もうそろそろ、その剣を求める後継者が来ます」
にこやかに、キースは国王に言った。




