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[ねぇ……えっとその、ゆ、指輪とか適当なものにわたくしの力を込めるとかでも良い? そこから声を出せば会話するのだって大丈夫でしょ……?]


[良くありませんよ、私を人前で指輪に話しかける狂人に仕立て上げるつもりですか? 逃亡奴隷として身を隠しながら生活するよりも数倍過酷でしょうに。最悪、その指輪なり何なりを売り払っても良いんですか?]


 我々以外に誰もいなくなった入江の砂浜に当プログラムのツッコミが響き渡ります。そもそも古代ギリシャなんて世界観では無線通信なんて代物も無いでしょうし。

 対するエイデュイアは煮え切らない様子でした。彼女の声は明らかにまだ踏ん切りがつかないようで、如何にも渋々というか何とか代替案で誤魔化せないか苦心しているようです。……しかしそうは問屋(とんや)(おろ)さない、というヤツで。


[貴方本人が姿を見せないというのは私にとって負担が大きくなるんです。これからずっと人目を避けて暮らすワケにも行きませんし、でもいま言ったみたいに人前で見えない相手と会話するワケにも行きません。貴方の言葉を使うなら、それこそ“フェアじゃない”というヤツです]


 当プログラムだってなるべく容赦無く彼女を追い立てます。もちろん嫌がらせとかサディスティックにイジメるのが楽しいとか、そういうヤツではありません。先ほどの野盗は[ブツブツ何くっちゃべってんだ]と言いました。

 つまり、エイデュイアの声は当プログラム以外に聞こえてはいないということです。となれば当然、そんな状態で一方的に話しかけられても困るというもの。


[だぁもう、さすがに分かったわよ! うぅ……さっきも言ったけど笑わないでよ……?]


[そんなに自信が無いのですか?]


[あ、ぁ有ったらこんなに(シブ)ってるわけないじゃない!]


 そして彼女は苦し紛れの叫びを上げつつも、何も無い空間からその“小さい”姿を表したのでした。


 目の前に現れたのは20センチくらい、広げた手のひらより一回りくらい大きい程度の妖精……かと思うようなサイズ感の女神です。宙に浮かんで、空気の中を熱帯魚みたいに泳いでいます。実際、着ているドレスや被っているフードは水の女神らしく本当の熱帯魚のヒレのような淡い色合いのデザイン。そしてフードの下から覗く顔は声の印象の通りまだあどけなさが残る表情でした。




『えっ、えっ、何この子! かわいー‼︎』


[あぁなるほど……思っていたより“小柄”なのですね]


 この姿を見て納得しました。そうか、この女神は旅のマスコット枠キャラクターなのでしょう。

 しかし当のエイデュイアはすぐ涙目になり、如何(いか)にも不服そうな表情で猛抗議してくるのでした。それにこの様子、人によっては嗜虐心(しぎゃくしん)をそそられるかも知れませんが当プログラムは気にしません。わざわざ言及するあたり本当にそうなのか我ながら怪しくなっているのはさておき。


[ちょっと! 小柄って何よ‼︎ そ、そりゃわたくしは見ての通り、水の女神(オケアニデス)の三〇〇〇いる姉妹でも末っ子よ? でも魔術の腕だけでいえばその姉妹でも随一なんだから! 半人前扱いするってんならこの手であんたのこと呪ってやるわよ⁉︎]


『ちょっと待って、この子ほんとに可愛いって!』


[落ち着いてください、私はそんなこと言っていません]


 どうやらこの女神、見た目の小ささと幼さがコンプレックスになっているのは間違いないようです。そしてカオルもカオルで若干妙なことになっているようで……。当プログラムはあくまでゲーム内のエイデュイアに向けて、でも意味合いとしては双方に向けて言葉を発しました。


[……言ってない?]


[ええ、言っていませんよ。小柄としか]


[しっかり言ってるじゃない!]


[え? で、ですからそういう意味合いとしては——


[ほんと信じらんない、覚悟しなさい‼︎]


『あーあー、だめだこりゃ』


 カオルは画面を眺めながら呆れ半分好奇半分でケラケラ笑います。くっ、どうも他人事だと思っているのかどうにも頼れそうにありません。結局頼れるのは己自身だけということですか……。

 明らかに怒り心頭のエイデュイアは実際にこちらを呪殺(じゅさつ)でもしてきそうな勢いでした。そして先ほどからの受け答えから見ても(少なくともこの女神との会話においては)本当はあるハズの“筋書き”というモノですら実際にあるのかも分からないワケで。

 ともなれば、こちらがすることはたった一つ。どうにかして(なだ)めるしかありません。


[エイデュイア、この手を見てください!]


 こう一言叫びながら、右腕を目の前から右側へ振り抜きます。そうすると先ほどと同じように手の甲から水が噴き出て、遠心力によりその水飛沫は勢いよく正面に飛び散ったのでした。つまり手先から飛び出た水はエイデュイアに降り注ぎます。


[ちょっ、何よ一体どういうつも、ブフッ]


[落ち着いてください、いや本当に謝りますから! 申し訳ないです!]


 それなりの量の水を頭から被って混乱する彼女に、当プログラムは失礼なことをしつつ謝意を伝えるというあべこべな行動で相手の思考を停止させようとします。普通ならこんなことされれば火に油を注ぎそうですが……。


[あなたは水の女神! ですから、こうして濡れても不利益にはならないハズです‼︎]


 先ほど述べた通り、その服装の意匠は“熱帯魚のヒレ”のようなデザインでした。ということは乾燥が大敵になるのでは、と考えたワケです。そうでなくたって自分自身が水を司っている女神なのであれば不利益も不快感も薄いハズ。これは咄嗟(とっさ)の判断でしかありませんが……。


[ふぅん、気が効くじゃない?]


 エイデュイアは気を取り直したように一旦そう言って、


[……とはさすがにならないわよ、何考えてんの? バッカじゃない⁉︎]


 一呼吸置いてから当然のように怒鳴ったのでした。



[まぁでも、こんなワケ分かんないことされて頭は冷えたわよ……ってよりは“毒気を抜かれた”って言ったほうが正しいけどね。濡れても何でもないのは事実だし]


 しかし彼女はそう続けて一度抜いた矛を収めたのでした。当プログラムはほっと胸を()で下ろします。


[何にしてもお互い頭に血が上ってたのね、そのことについては謝るわ。……あなた名前は? これから共に行動することになる。(シブ)ってないで教えてよ]


 おっと、ここでようやくプレイヤー名の入力ターンですか。ということはここでやっとチュートリアル終了でしょうか?

 画面の前のカオルがカタカタと打ち込む音が聞こえます。


【 シ シ ィ 】


 そうしてカオルは表向きの配信者名“祓戸シシィ”の名前をカタカナ三文字で入力したのでした。

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