44_[水飛沫]と[架空の竜]
さて、女神との協力関係成立、と来れば早速問題の対処です。
空間が正常に戻り、背景から薄青色だか浅葱色だかのレイヤーが外れて元通りになると、ずっと目の前で停止状態だった野盗がニヤニヤ笑いのまま動き出したのでした。目の前の色彩が戻ったせいなのか、水中のように重苦しかった空気が一気に軽くなったように思います。
【戦闘開始!】
気でも取り直したように再び戦闘開始のメッセージが表示されて、ようやくここからチュートリアル開始のようでした。先ほどと同じ展開を繰り返すという演出意図はよく分かりませんが……。
ともかく、何とかしなければ。
『やっと始まった、けど……あれ? もっとチート能力的な何か貰えるんじゃないの?』
[伊達にわたくしも女神と名乗っている訳ではありません、“水鏡”って名の由来を見せてや……じゃない、お見せしましょう。力をお貸しします!]
『お、きたきた』
困惑するカオルの声と会話でもしているみたいなタイミングで女神(自称)……いい加減名前で呼びましょうか、エイデュイアが真剣な声で呼びかけてきます。ついでにのように当プログラムも反応しておくことにしました。
[やはり何らかの力はお持ちなんですね、でしたら早く私に効果を適応してください。あと、無理があるようでしたら元の口調に戻していただいても構いませんよ]
[コーカをテキオー……? と、とにかく人の子がそう言うんなら普段の喋り方に戻すけど! 何よコイツ……力を貸してくれるのはともかく、さっきから何言ってるのかよく分かんないったら……人選間違えたかなぁ……?]
やはり女神の喋り方は相当無理を重ねた結果だったようです。
ただそれはともかくとして、やはりゲームに元々収録されている会話文としては不自然なまでに流暢でした。当プログラムの発言が事前にコントロールされた内容だとでもいうのならこんな芸当も可能かも知れませんが……当プログラムの介入のようなイレギュラーだらけの状況すらも事前に察知していたと? さすがに考えにくいでしょう。
しかし、それなら何故これほど会話が成立しているのか?
[さっきからブツブツ何くっちゃべってんだ、気持ち悪りィ! とっとと捕まってろよォ‼︎]
そうでした、今はコイツにも当プログラムの頭の中の声は聞こえていないんでした。無言でこちらを睨んでいた野盗は痺れを切らしたらしく、如何にも三下っぽいことを叫びつつ襲い掛かってきます。
と、ここで野盗の動作がスローモーションになり……、
【左クリック/構え “構え”中に左クリック/攻撃 Space/回避・しゃがみ】
非常にチュートリアルらしいメッセージと共に基本的な操作方法が表示されました。現在、当プログラムこと主人公は武器となる物を持っていないため、カオルによるメッセージ通りの操作でボクシングのような構えを取ります。
とはいえ、これで撃退してもそれはエイデュイアの力どころか自力で解決しているのに等しいのでは?
[素手で殴るのは負担がっ、大きいのですがッ!]
ダブルクリックに合わせて左腕で一発目、右腕で二発目。当プログラムはジャブとストレートを順番に打ち込みます。
すると手の甲や肘から勢いよく水が噴き出したのでした。
空中に水が迸り、宙に舞った水が腕の動きを強調するように飛び散って。
[どあっ⁉︎ なんだこっ、のォ⁉︎]
そして当然、水にも重さはあります。
つまり水が噴出した分だけ、拳には勢いが乗るということでもあり。
左右の拳は普通に殴った以上の威力で野盗の頬に突き刺さったのでした。
【ダッシュ/Shift長押ししながら移動 ダッシュ攻撃/ダッシュ中にクリック】
[わたくしだって水の女神なんだからッ! 海沿いでならこれくらいッ‼︎]
メッセージに補足情報が流れる中、(たとえ相手には聞こえなくとも)エイデュイアの声にもつい力が入ります。まぁ、当プログラムの耳からすればうるさいだけですが。
主人公は次のクリックで足を突き出します。そして踵からも飛び出た水が宙に弧を描き、
[グッ、てめぇ……!]
そのままつま先は野盗の脇腹に吸い込まれるように食い込んだのでした。
と。
【幻影/右クリック】
このようなメッセージが急に表示されます。
『は? “幻影”って何これ?』
[いきなり説明不足ですね]
カオルと当プログラムがほぼ同時にツッコみ、それでも言われると試したくなるのがプレイヤーの性というヤツで、
カチッ
特にカオルが思考する間も無く、右クリックは押されていたのでした。
ふわり
すると同時に視界の右の方に巨大な影が現れます。この飛び上がる影は——
[なっ、竜⁉︎ コイツどこから‼︎⁉︎]
しかし竜は火を吹くでもなく一瞬で消え去ったのでした。とはいえ近接戦闘においては、この一瞬が命取り。
【必殺技/Zを押したままクリック】
画面がまたスローになり、また【ここで入力しろ】とでも言わんばかりにメッセージが表示されたのでした。脊髄反射のような速度でカオルが入力すると、動画による激しい演出が流れ出します。
主人公は体を低くして身を左側に翻し、渾身の力を込めて右足を宙に躍らせました。
右足は円を描くように野盗の顎を擦り上げてさらに隙を作り出します。
主人公がそのままの勢いで相手の顔面に拳を叩き込み、
[ぐ、ふぅ……]
そして野盗はそんな声と共に昏倒したのでした。これまたゲームらしく、倒れた野盗はすぐに消えてそこの空間は何もなくなります。
あっという間でした。
[いまチラッと見えた幻もわたくしの権能ね。相手が望んだりするモノや恐れたりするモノの幻影を映し出せるってわけ。これが“水鏡”って異名の由来]
[なるほど、殴り合いのような場ではなかなか有効かも知れません]
[かも知れない、じゃなくて実際に有効よ。……おかげでこんな喧嘩っ早い性格になっちゃって、女神らしくないったら]
そんなウンザリするような口調でエイデュイアは吐き捨てます。まぁ、少なくともこの口調は女神らしくないというのは同意せざるを得ないかも知れません。声が幼いことだってそう。しかし、そんなことよりもいま解決すべき問題は……。
[そろそろ姿があるなら出てきてはくれませんか? 改めて名乗りつつ]
『えっと……あ、ヤバ、この女神サマの名前なんだっけ?』
ほら、プレイヤーだってこう言っていることですし。
[え、あ、う……そうよね、ずっとこれで喋ってちゃフェアじゃないわよね……って! 名前はさすがに
覚えてるでしょ! エイデュイアよ、エイデュイア! ったく、ドサクサ紛れに……]
[それで姿はどうしたのですか? 名前を呼ぶ対象が目に見えないと“人の子”は困るんですよ]
[うっ]
憤慨するエイデュイアに、当プログラムは冷水でもかけるように念押ししました。姿を見せるのことに明らかな抵抗があるようです。ですが、いくら抵抗があろうとこの先の展開は決まっているハズで。
[わ、分かったわよ、分かったったら! ……わ、笑わないでよね]
おずおずと彼女の声が響いて、辺りにまた薄青色の光が差し込みました。




