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42_[捨てゼリフ]と[兵士崩れ]

【逃げろ! /F連打】


 カオルはメッセージに従ってFキーを連打し始めました。



 さて、主人を見捨てて海に飛び込んだのは良いですが即刻自由とはいきません。なぜなら今の当プログラムの身分は“逃亡した奴隷”。なので、服装も当然ボロ布を体に巻きつけただけのようなものでしかなかったからです。要するに一目でバレます。

 それに初期装備としても、このゲームがRPGだというなら大問題なのはそう。


[ま、待て! 俺は歳なんだ、ここから岸までは泳げない、遠すぎる‼︎ そしてお前は奴隷だろう⁉︎ 主人を見捨てるつもりか⁉︎]


 ……インターネット経由の情報曰く、古代ギリシャ当時の奴隷には“逃亡奴隷専門の捕獲業者”とか“捕獲に対する懸賞金”というものもあったそうです。それに先ほどの旧主人が運良く生き残れば、彼がそういう業者を使うかも。


[なぁ頼む! 助けてくれたら特別手当てだ! えぇ、さ、30ドラクマ‼︎ 三〇日、一ヶ月分の稼ぎをやるぞ! どうだ、破格だろう⁉︎]


 となると、今後そういうものに警戒しなければならないのでしょう……が、所詮そのあたりは聞き(かじ)り知識。そしてこのゲームがそこまで正確に当時の文化を反映しているかは不明です。まぁ、結局はエンタメ作品なのでその辺りは無視しているかも知れませんが。


 そういえば絶えず船の残骸から旧主人の男はずっと叫んでいます。声が大きい設定なのか、遠ざかっても僅かにしか音量が下がらないくらい。


『んー、逃げたはいいけどさぁ、こういうのってバレたりしないの? 普通に逃げて大丈夫? 主人(アイツ)()っといたほうが良い気が……』


【速く泳ぐ /Shiftを長押ししながらF連打】


 で、カオルから(物騒な言葉と共に)そんな疑問が出たところで、タイミング良くメッセージが表示されたのでした。


『なぁんだ。こういうメッセージ出るんなら今そういうのは放っといて良いのか、逃げよ』


 瞬時に頭を切り替えて、カオルはすかさず左手をShiftキーに置き、右手でのFキー連打に切り替えます。

 というかそもそも、ゲームのプログラム上ではFキーとShiftキー以外の入力を一切受け付けていないという徹底ぶり。どうもこのゲームの制作者は余程プレイヤーに“海を泳いで逃げる”以外の展開を選ばせたくないようで。

 もはや軽い呆れのようなものを感じましたが、今はカオルからの指示通り動くことのほうを優先せねばなりません。ばしゃばしゃと軽快に海面をかいて主人公は進んでいきます。


[お、おい! 待てええええェェェェ!! 俺を助けろおおおおぉぉぉぉ…………]


『給料一ヶ月分しか出さないケチに用はないよーだ』


 そんなカオルの捨てゼリフ。

 泳ぎが加速していく背後で、旧主人からの叫びはまだまだ聞こえましたが、その情けない叫びは遠ざかっていくのに合わせて小さくなっていくだけでした。





 声が聞こえなくなってすぐ、シーンは切り替わって砂浜。場所はどこかの入り江でしょうか。

 おそらくここが逃げた先なのでしょう、奴隷用のボロ切れを(まと)うだけだった主人公こと当プログラムは海から陸へ向かって体を引きずるように上がっていくところです。とぼとぼという頼りない足取りでしたが、主人公が顔を上げて前を見据(みす)える眼差(まなざ)しには確かな“力”がありました。


『よし、逃げ切ったーっと。んーで問題はこっからどうなるかだよねぇ』


 遠泳シーンはカットされた手前、カオルは泳ぎきった達成感なんて感じることもなくそうマイクに語りかけます。


 海を泳いで乗り切ってきたおかげか、当プログラムの姿に汚れはあまり目立ちません。まぁ裏を返せば、他がボロボロなので肌の汚れ以外が目立ちすぎてそれどころではないとも言いますが。

 それよりも問題は武器が無いことでした。

 古代ギリシャといえば、人間は主に都市国家(ポリス)という点在する街を“国”として住んでいた時代。つまり、そこから一歩でも外に出てしまえば無法地帯に等しいワケです。それこそ海賊や山賊が横行し、略奪行為も相次ぐような。男女問わず危険、というかここでそれらの賊に捕まって売り渡されでもすれば奴隷に逆戻りしてしまいます。



 一方のカオルはというと。


『にしてもこんな格好で一人フラついてても夜越えらんないでしょ。これサバイバルとかそういうヤツかなぁ……?』


 当プログラムがネット空間から見聞きしてきた知識なんて当然知るハズもなく、これからストーリーがどう展開していくのかを待ちながらそんなことをブツブツと呟くのでした。

 イヤまぁ実際、RPGならこの姿勢が一番正しいと言えるのですが。


 と。


[おいおい、こんなとこに奴隷が一人でウロついてやがらぁ。“臨時収入”確定だな、奴隷商人にでも売り飛ばしてやるか]


 見ると少し離れた位置で粗暴そうな男がこちらをニヤつきながら見ています。筋骨隆々で剥き出しの上半身に、腰巻きや脛全体を巻きつくような革の防具を(まと)った下半身、帯で厳重に固定されたゴツめのサンダル。そして手には細長く鋭い(ナタ)

 古代ギリシャの兵士のデザインを大幅に崩したような姿の、ある意味で非常に分かりやすい野盗でした。……要するに。


『うわ出た』


【戦闘開始!】


 カオルが声で反応して、これまた分かりやすくメッセージがでかでかと表示されます。なるほど、これで戦闘のチュートリアルということのようです。

 とはいえ、この素手の状態で(ナタ)というれっきとした武器を持った野盗に立ち向かうのは相当無茶な気が……。


[お待ちなさい]


 ここで突然語りかけるような、そしてあまりに場違いと言われれば(うなず)きたくなるような、そんな女性の穏やかな声が響き渡ります。

 それからピシィッとガラスにヒビが入るような音が鳴って、周囲の空気が凍りついたような感覚が走ったのでした。


 ……なんというかこう、随分な急展開ですね。

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