37_[お互いの呼び名]と[これから]
結局、そんないつものような過ごし方で時間は過ぎていき、本題である“これからどのような指導が新たに始まるのか”は一切わからず、というか想定すら出来ないまま夜は更けていったのでした。
それで翌日、昼前というにはまだ少し早い午前中の本社ビルにて。
いつも教室として使われている小会議室には今日も集められた四期生の四人の姿。それからいつもの講師の方々の代わりに四期生統括マネージャーのケーコさんと助手の量さんが入ってきます。どうやら時期的なタイミングから見ても、今日から四期生が『講習第二段階』に入るのは確定事項のようです。
「はーい、四人全員いんね? お知らせってかみんな分かってるとは思うけど、デビューまでの講習期間、今日から後半に入っちゃってんのね。つまり泣いても笑っても準備期間は残り半分! 今までの一ヶ月半いろいろ頭に詰め込んで来たっしょ? 今日からやんのはその知識の実践編ってこと。……てかま、ここまで事前に説明してたカリキュラム通りなんだけどさー」
相変わらずケーコさんはどこか呑気な、いわゆるギャルっぽい口調でざっくりと説明していきました。まだ本格的なマネジメント業務が始まっていないせいなのか、以前見たような常時敬語の“仕事モード”ではまだないようですが。
「で、そも実践編って何すんのかって話なんだけど。色々あっけどまずは手始めに、みんなの呼び名変えるとこから始めよっか」
む? 『呼び名を工夫する』というのはどこかで聞いた覚えが……。
「まず当たり前だけど、デビュー後に本名バレたらマズいじゃん? でも人間って不器用だから、必要な時だけ『役名』を使い分けるってことは出来ない。ううん、もっと正確に言うなら“今はまだ出来るだろうけど、いつか絶対にボロが出る”。だから普段からお互いのことを『役名』で呼んで未然に呼び間違いを防いじゃおう、ってワケ」
会議室のテーブルの上に置かれたスマートフォンから四人を眺めていて、カオルとめぐみさんが一瞬の目配せで確かに顔を見合わせたのを当プログラムは見逃しませんでした。やはり、これは二人が知り合ったときに話していた内容そのままです。つまりあの着眼点は間違っていなかったのでしょう。
一方のケーコさんはさらに言葉を続けます。
「それに、普段から呼び名を固定しとけば良いこともある。たとえば寝起きとか、勘違いとかでそもそも会話が配信に乗ってるって思ってないときとかね。特に裏だと思ってたら余計に色々言っちゃうモンでしょ? でも普段からずーっと『役名』で呼んどけば、少なくとも実名でうっかり呼ぶなんてことは無くなんの」
「あのー、質問いいですか? その呼び名を配信でのものと一緒にすることで逆に正体バレとかしないでしょうか。……そんな上手く隠せます?」
そこで手を挙げたのはサーナさんでした。よく見るとめぐみさんも小さく手を挙げようとしてから素早く下げたのが見えます。恐らく全く同じ質問をしようとしたのでしょう。しかしそんな二人の様子を見てもケーコさんは毅然と言葉を返します。それと、四人の中でも一番配信者としてキャリアのある(らしい)アメリさんは全く動じていませんでしたが。
「……四人とも身バレ対策講習、もう受けてんでしょ? “なるべく声は曇らせたりなんだりして配信の声を出さないように”。そりゃ最低限これには気をつけないとだけど、逆に言えばこの部分さえどうにか出来ればほぼ疑われずに済むってワケ。だって呼び名なんて誰がどう呼ぼうと自由だし、てか知らない他人のあだ名なんて誰もわざわざ気にしないってハナシね、そういうモンよ。気をつけてれば意外と何てことない」
いえ、むー……これは本当にそういうものなのでしょうか? 人間の事情はこの会議室にいる中で最も疎い“存在”であろう当プログラムからしましても、正直都合が良すぎる考えにも聞こえます。とはいえいくら呼び名が全く同じだろうと、名前を呼ぶ声自体が配信の声でないなら実際に問題無さそうにも思えますし……。
カオルはそんな話を聞きつつもバックパックの奥底のクリアファイルから、以前貰っていた同期たちのキャラクターデータの印刷された紙を取り出していました。データとしては当プログラムの内部にも記憶されています。
めぐみさんの設定が『ミヤビ・テレプシコラー』、サーナさんの設定が『歌楼羅』、アメリさんの設定が『夜差紗夜』。あと、カオルで言えば『祓戸シシィ』という名前も。お互いがお互いを、これらの名前に基づいたあだ名で呼べということのようです。
「ま、呼び名なんて急に全とっかえしようと思っても出来るモンでもないから、そこはゆっくりやってくとして……今日の本題。たぶんコレからみんなが一番やってくのは“ゲーム実況”だと思う。それに、ゲーム作ってる会社・クリエイターさんたちなんかもウチらの業界には注目してるのは有名でしょ? そりゃ最近じゃCM流したりとか雑誌とかで取り上げてもらうとかより、Vの子に実際に遊んでもらう方が宣伝になるってんだからね」
ケーコさんは今の配信業界・ゲーム業界について解説していきます。もちろん、業界人としてケーコさんは一人しかいないワケで、この視点にも個人的な考えは入っているのでしょうが……。
「で、プロデュースしていくJSBとしてはみんなの好きなゲームの傾向とかそういうの知っときたいの。もちろん無ければ無いでいいし、上手くなくてもいい。とはいえ、苦手なモン無理やりやらされたって宣伝にもなんないし上手く出来ないでしょ? だからまず“そこ”を教えて欲しい」
そのような流れで、今日の講習もまた始まったのでした。




