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34_[梅雨の気配]と[カリキュラム]

 さて、カオルが同期の方々との初顔合わせを終えたあの日から、だいたい一ヶ月半ほどの日々はすぐに過ぎていきました。それはもう溶けるように、消えていくように。

 ……これはなんとなく、カオルのいつもの口調というか言い回しを真似てみただけですが。


 その一ヶ月半もの講習内容がこのように省かれている理由は簡単で、それはつまりVライバーとしての講習・訓練というものが我々の想像していたもの以上に真面目かつ忙しかったためです。要するに指導内容の情報量の都合、という事情なのでした。毎日数時間程度というかなりまとまって取られた時間で、カオルたちはそれこそ学生が学校でカリキュラムに沿った内容の授業を受けるように多くのことをみっちりと指導されていたワケで。

 さらに加えて述べるなら、そもそも講習において当プログラム(が振る舞っている“ごく普通の配信用アバター”として)の立ち位置は完全に『将来的に商売道具として扱うことになる教材』でしかありません。つまり当プログラムが彼女の体験した内容を記述しようにも、当然ながらアバターを使わない講習などは把握できない、という根本的な事情も含まれています。その点はご容赦ください。




「そろそろ梅雨入りだもんなー、あーキッツい……」


「カオルちゃんも天気が崩れると体調も引きずられちゃうタイプ? 最近はずっと晴れだったけど、明日あたりからはいよいよ雨で気圧も下降気味なんだって。空気湿ってる感じするのはそのせいかな?」


「うぇー…………」


 五月二十五日、午後四時を十数分ほど過ぎた時刻。カオルとめぐみさんの二人は、すっかり常連となったカフェ・ガリアーノの一席で今日も“休憩兼情報交換”なる恒例の時間を過ごしているところです。たまにいる他の利用客も今はいません。それと同期の他の二人の居場所も分かりませんが、どうもこの後ここで落ち合う予定にはなっているようでした。ここ一ヶ月ほどはそれが常でしたから。

 と、ここでカオルが一言。


「てか“四期クリエイト組”の二人はなんともないんだ? 今日も残って追加の勉強みたいだけどさ」


「こればっかりは体質とかの話だもん、仕方ないよー。まぁ毎日これだけガッチリ勉強した上で、さらに部活みたいに居残ってクリエイトの勉強、っていうのはやっぱり体調とか以上に本人がやりたいことっていうのもあるんだろうけどね」


 ……だそうです。

 つまり字面から考えて、この二人は今この場にいないサーナさん・アメリさんをクリエイターの卵としてそう呼び表しているようでした。実際これがどこまでタレント活動と並行できるかについては当プログラムにとっても未知ではありますが、考えてみればタレントとして欲しいツール・素材を作り出す(すべ)を学んでおくのは至極(しごく)合理的なようにも思いますし。


 あぁ、あとそれと。これは当然ではあるのですが、めぐみさんを含めて四期生全員に当プログラムの存在は知れ渡っているのはご存知の通りです。


[お二人の考えについて正確には分かりませんが、少なくともVライバーではイラストレーションの達者な人は通常よりも幾分か多い傾向にあるのは間違いないようですね。そもそもイラストレーターがVライバーとして活躍している事例も多い。参照した限りですが、物作りに取り組む姿勢というものと配信業界は相性が良いと各所で言及されているように思います]


 なのでこんな具合に、当プログラムもカオルのスマホ内から口を挟んで話に加わったりもするのでした。



 ちなみに一応補足しておきますと、この喫茶店の老マスターから当プログラムは“なぜか電話越しにしか会話に参加しない謎の人物”と受け止められているようです。

 もちろん以前カオルが当プログラムに向けて放ったあの叫び声は、当時店内にいたマスターにも筒抜けになってはいました。ですがあの時、怒り散らしながらもカオルから当プログラムの正体についての核心的な言葉は出なかったため、彼には普通に『電話越しの生きた人間に叫んでいた』ように見えていたようで。これはめぐみさんがマスター本人からそれとなく聞き出していたので間違いないハズです。


 その上で喫茶店のマスターでもある彼は、客である私たちのプライベートには詮索はせず、でも心配ではあるので盗み聞きも出来ない衝立の外でマゴついていたというのがあの時のマスターの動きだったとのことでした。まぁ、ここまでは飽くまで本人談であってけっきょくその言葉を信用するか否かということでしかないのですが、カオルは仮にこの老マスターに当プログラムのことを知られていたとしても職業柄から影響はないと判断したようです。

 カオル本人は頑なに否定していますが、それでもこの一件での割り切り方から見て、また普段から彼女の発言内容をアバターとして見ていて、当プログラムには彼女の言動には確かに知性が宿っているように思えて仕方がありません。今にして思えば、激情に駆られていたハズのあの瞬間ですら、心中では事情の仔細(しさい)が外部に漏れないよう細心の注意を払っていたのではないかと未だ疑っています。まぁ、それこそ閑話休題(かんわきゅうだい)というヤツではあるのですが。



「他ならぬリューナが、いっちょ前に業界分析してるの見るとちょっと感慨深いかも。タッグ組む身としてはパートナーの成長を実感するってヤツでさ」


 当プログラムの意見にカオルが、いかにもしみじみ感じ入ったように返して来ます。

 ……ちょっと失礼ですが、当プログラムが学んだ知識では今のような思考は中年の男性などによく見られる感情というのが思い起こされました。いえ、思い起こされたというよりは、


[カオルの今の意見ですが、中年男性によく見られる心理状態に近い、と学習した知識からヒットしました。カオルの基本データと大きく差異が見受けられますね]


「ッッ……あんたホンっっっトうるさい!」


 このように思ったのとほぼ同時に、カオルへはこのように言ってしまっていて既に憤慨(ふんがい)されていたワケですが。


「あはは、リューナちゃん日に日に人間らしくなってるね。まぁ取り敢えずさ、まだ私たちだけだけどカリキュラムの確認でもしておかない? 梅雨が来るのと同時くらいで新しい講習とか受けなきゃいけないんだったはずだし」


 それに対してめぐみさんは笑いながらそう言ったのでした。

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