33_[暴走告解者]と[逆脅迫]
確かに大迷惑を被っているのは私だってのは言った。誤解とかそういうのじゃなくハッキリと、そこは間違いない。それはそうだけど、対してコイツは今なんと言った?
[当プログラムの発言は今にして思えばとても酷いものだったと、今になって気がつきました。問題の理解が遅すぎたのです、あまりに]
無表情にも思えるいつものナビっぽい口調はそのままに、しかし語っている内容のせいなのかリューナの声はイヤに悲壮感を帯びて感じられる。
[……今まで語彙や言い回しだけをインターネットから情報収集していて、肝心の“文章で何を伝えるか”ということ自体にはまるで気を払っていませんでした。どういうことを伝えれば失礼となるのか、それがいかに相手を傷つけ、尊厳を踏みにじることになるのか。あまりに、あまりに当プログラムは無知であり無恥だったといえます]
いやいやいや待った待った、とりあえずリューナが反省しているのはよく分かった。それこそ読んで字の如く“火を見るよりも明らか”ってヤツ、けど問題なのはこの後に続くであろうコイツの結論の部分だ。
[見ての通り、当プログラムはAIです。つまり人の感情の機微というモノには疎い自覚がありました。でも、それなのに当プログラムは自分の意志でそれに取り組もうとさえして来なかった。ただただカオルの優しさと柔軟さに甘え、それで今のような心労をかけていても気づかずにいたワケです。……繰り返しますように当プログラムはAI、ならば便宜上でも現在の所有者であるカオルの不利益になった時点でもはや存在価値はありません。カオルの手で直々に消していただくしか——
「イヤそこだよツッコミどころ!」
長い独白の末、リューナがさっき出したのと同じ結論にたどり着いたのを確認して同時に私はツッコミをいれる。てかなんで私がそんなこと。
「本当に、彼女思ってたより感情がジェットコースター? っていうか……」
さっきあれほど大泣きしていたハズのめぐみちゃんも今は涙を引っ込め、(どうにも凄まじく落ち込んでいるらしい)リューナ・イン・私のスマホをただ呆然と眺めていた。
どうも人間というものは、自分よりも取り乱している誰かを見ると素早く冷静になれるものらしい。そりゃ、それがAI相手でも同じなのかなんてのは知らないとして。
[ツッコミどころ? 当プログラムのような不良品の思考論理に何か?]
「そこまで卑下しといて自分では何も疑問湧かないんだ……すごいね」
[今のカオルの発言が“嫌味”というものなのは理解できますが、今の当プログラムにはお似合いの発言というヤツなのでしょう。そう言われ悪し様に扱われても仕方のない存在ですから]
「あーもー、普段じゃ考えらんないめんどくささ!」
ダメだ、もはや何を言っても今のリューナには話が通じる気がしない。さっきまでの私の涙を返せコイツ、と私はズピと鼻を少しすする。
「えーと、リューナ? 何でわざわざ削除されるのにカオルちゃんが実行する必要あるの?」
そう切り出すサーナも困惑気味だ。というか、彼女みたいに頭の良い人から見たらリューナみたいな自由すぎるタイプのことなんてまるで未知の存在なんだろう、というのは何となく分かった。だってもはや理屈ではどうなるのか予測がつかないのだから。今までを見ていても、というか今のリューナはこれまで以上にカオスの化身である。
[それは当プログラムのAIとしての存在そのものが関係しています。当プログラムはいくら自由意志を持っているとはいえ所詮はプログラムでしかありません。一個の電子存在、となると人間のように“自死”という選択を取ることが出来ないのです。当プログラムは道具、ならその道具が自分の意志でいなくなることは許されません。そう基底プログラムの段階から制御されています]
悲しみにくれているとは思えないくらい流暢にリューナは説明して見せる。ちょっととはいえ、見ていて何だか余計に腹が立ってくるのは内緒だ。で、そんな説明を受けたサーナはというと、
「なるほどそういうことかぁ。じゃ簡単だ、カオルちゃんは何があってもリューナを消さなきゃ良いんじゃん?」
そんな感じのことをいとも簡単に言ってのけた。
「だってそうでしょ? この先なにがあってもリューナは自分の力で消えることは出来ない。ならカオルちゃんがリューナを消さないように宣言さえすればそれは絶対になるわけじゃん。そうすればこの状況は解決なんじゃない?」
[な、なんてことを……なんということを!]
でもサーナの提案に対してリューナはむしろ憤っているらしかった。てかまるでAIらしくない、それこそ人間みたいな口籠もり方をしてたぞ……。
[当プログラムはあくまで『自らの意志で』消してほしいと述べていました。ここにいることは出来ないと……なのにサーナさんはそれを禁止すると言ったのです! 当プログラムに永遠の罪悪感を抱えてカオルに付き従えと……‼︎]
「そっか……ごめん、リューナには感情があるんだもんね。そこにこんなこと言ったら怒るよね……」
あ、今のでサーナが陥落したのが私にも分かった。陥落っていうか完落ちってヤツだ、もう城なのか犯人の自白なのか例えがめちゃくちゃな気もするけど。だって今まで活発に話していたハズの彼女が、今よくよく見たら目に涙を溜めている。
[飽くまでも手段をカオルに委ねているだけで、これを決めたのは当プログラムの自由意志です。カオルは大人しく従ってください]
「もうどっちがどっちを脅してんだよコレぇ……」
私は思わず頭を抱えた。そりゃもう物理的にも。
こっちとしちゃリューナの存在は作り直しの効かないアバターである。削除なんてタレントとしては出来るワケないし、仮に実行したら運営に対してケンカを売るに等しい。ってか最早テロ行為扱いされても文句は言えない。こんなのどうしろと……。
と、ずっと騒ぎを見守っていたアメリがボソッとこぼす。
「イヤあんたさ、スマホにインストールされてるって言うけど本体はカオルんちのPCでしょ? これネットワーク上で繋がってるだけの端末ってだけじゃん? ……ここから削除されたとして、あんた本当に消えられんの?」
……あ。
そしてこちらは同期たちも知らないことだが、そもそも家のPCにいるリューナ本体の方にはスーと影助という同居人もいる。彼らがあっさり消えさせてくれるだろうか?
「はい、少なくともすぐに消えられるわけじゃないんなら今は大人しくしときなさい。ほら、あたしらのこと心配したマスターがそこの衝立のトコでおたおたしてる」
事態が分からないなりに心配してくれていたらしいマスターが、すりガラスの影から申し訳なさそうに顔を覗かせて、それからバツが悪そうに笑った。




