29_[喫茶店]と[老マスター]
カラン、という鈍めのベルの音をくぐった先。
思い切って四人で入ったカフェ・ガリアーノなる喫茶店の中は外観と違わぬシックで古風な、そしてちょっと手狭な感じの内装だった。良く言えばヴィンテージ、悪く言えばちょっと古クサい、まぁそんな感じ。というか、もしかしたら見たまま結構古くからあるタイプのお店なのかも知れない。
艶やかな飴色の木製家具にくすんだクリーム色の壁紙、時代を感じさせるすりガラス製ステンドグラスの衝立。多分マスターとかと顔を合わせることになるカウンター席もあるにはあるけど、そこ以外の各テーブル席はその衝立で仕切られている。席の外から中の様子をうかがうのは相当無茶だろう。つまり内緒話にはうってつけ、プライバシーはかなり守られているらしかった。にしても、まさかここまで“いま求めている喫茶店”が見つかるとは。渡りに船、なんてモンじゃない。
「へぇ、いいじゃん。……あとここ見つけたのあたしだからね、あたしの功績ってことで」
アメリさんがニヘッと笑いながら言う。実際ここの、ちょっと奥まってて目立たない店構えを指差したのは他でもない彼女だ。そこは間違いない。
「やー、ほんとナイスだったと思うよ? 駅前とはいえこんな奥まったトコじゃなかなか見つけられないし」
「そうだよねぇ、私だったら入るの尻込みしてたぶん近寄れなかったかもだし」
サーナとめぐみちゃんもその言葉にしみじみと同調して、功労者はヘヘンと見るからに得意げになっていた。どうもアメリさんには(少なくとも私よりは)ベテラン配信者としての貫禄を持ってるだけじゃなくて、見方によっては幼女っぽい無邪気さみたいなものもあるのかも知れない。
「お店の雰囲気もガチ落ち着いててさ、ホント今の需要そのまんまだよ! さすがアメリさん」
で、私も負けじと褒めちぎってこの妙齢の先輩を可愛がろうとして、
「ちょっとー、その“さん”って何さー。そもそも同期なんだし『アメリ』で良いって言ったよ? てかデビューしたら余計さん付けとかじゃ呼べなくなるって。同期不仲説でも流す気か〜?」
そんな風に嗜められてしまった。
「あ、すみま……じゃないや、ごめん。私高校出たばっかりで歳上の人を呼び捨てするの慣れてなくってさ……」
そういえばアメリさ、……アメリを心の中ではずっとアメリさんと呼び続けていたと指摘されて初めて思い出して私は取り繕うように謝る。言い訳がましい事情説明なんて挟んでしまったのは最後の抵抗みたいなものだろうか。
が、そのリアクションもまた予想していたのとはちょっと違うヤツで。
「ちょっ、待っ、え! ってことはまさかあんた未成年でいきなりここ応募して受かったの⁉︎ うっわー、“本物”じゃん……そらあんな自己紹介ブチ上げてくるワケだわ」
「ほ、“本物”⁉︎」
突然の思いもよらない言葉に反応してみる。
「バチバチびたびた『才能のカタマリ』ってこと! ンなオドオドしてないで良いから自信持ちなって‼︎ それよりもーどうしろってんだよー、先輩配信者とか名乗ったあたしがバカみたいじゃん……」
「あのさ、ところでカオルちゃん。一つ聞きたいんだけど、最初の自己紹介のときワタシ二六歳って年齢込みで言ってたよね? ……ワタシにはあっさり呼び捨て出来てたのって何でか聞いて良い?」
ひっ。
ちょっと暗い顔になったアメリに言葉を被せて、サーナからは配信界隈ではおなじみ“圧”ってヤツが飛んできた。イヤ本人としてはそんなつもりとかじゃない、ただの確認のつもりかも知んないくらい軽い聞き方ではあったけど!
でもだからって、本人を前に堂々と説明できる度胸が十九歳にあるわけもなく。
「えっ、えーとそれは……サーナってこう、面倒見のいいお姉さんっぽくて安心感あったっていうか……」
「……いらっしゃいませ、そろそろお通しする席をうかがってもよろしいでしょうか?」
助かった! しどろもどろに私が答える最中、いつの間にかこの喫茶店のマスターらしき老年男性が私たちの前に立っていた。バリスタ風の白いシャツに前掛けタイプのエプロンを着る背筋はしゃんと真っ直ぐに伸びている。
というか店員としては当然の対応で、むしろ店の入り口で突っ立ってだらだらと喋っていたこっちのほうが非常識なのは明白だ。しかも状況的に、わざわざタイミングを見計らっていてくれたらしいことは簡単に分かる。赤面なんてものじゃ済まないくらいには恥ずかしくなった。
「あ、すみません! こんな入口で長々突っ立っちゃって……」
アメリも申し訳なさそうに頭を下げる。
「いえいえ、顔をお上げください。確かに通常でしたら他のお客様のご迷惑になってしまうことですが、生憎いまは他にお客様がいませんので。この広さの喫茶店ですからここにおるのは私一人のみでございます。次からお気をつけくだされば結構」
対するマスターはシワだらけの笑顔であっさり私たちを許してくれた。なんて老紳士なんだろう、ウチの爺ちゃんじゃこうはいかなかったぞ。
そんな私の感動にも、マスターは構わず続ける。
「それで、お席はどちらになさいます? カウンター席とテーブル席がございますが」
「じゃあテーブル席でお願いします」
今度はサーナが明るく返して私たちはテーブル席に通された。席について見ると、やはり衝立のすりガラスで中と外はかなり輪郭がぼやける。でもガラスはガラスなので、向こう側の人の気配程度であれば簡単に分かる。本当に何もかも、やっぱり私たちが求める店にぴったりだった。
[ははぁなるほど、ここなら確かに集まるにはちょうど良さそうですね]
……え? イヤ待って待って。
「ちょっと、今の声って誰の声?」
「…………っ、っ⁉︎」
「カオルちゃんから聞こえたけど、聞いたことない声だったよね……?」
同期三人には当然のように動揺が走る。
[あ、こうして名乗るのが遅くなってしまいましたがご容赦下さい。今のようにタイミングを見計らう必要があったもので]
さっきまでスマホの中で息を潜めていたハズのリューナが、それこそ何事もなかったみたいに、冗談みたいなタイミングで彼女たちに喋り出した。




