20_[電子の少年]と[幽霊な子猫]
[はい、そこまで]
突然聞きなれない少年の声がモニターから響く。誰? 少なくとも今、私の耳に聞こえる人間の声なんて自分とリューナの声の二つしかないハズ……性別が男の声が出てくるなんて想定すらしてない。
[ったく、結局こうやって出てこなきゃならなくなるんなら前もってカオルにも接触しとくんだった。えーと、名付けられた呼称は“リューナ”だっけ? うん、なかなか良い名前だ]
そんなことを言いながら、その少年は画面の外からカットインしてきた。その出立ちは丈長のコートみたいな白いウィンドブレイカーに鮮やかなオレンジ色の髪、ゴツめのゴーグル、銀色のちょっとギョロッとした目を持っていて肌は妙な灰色をしている。なんだかゲームのキャラみたいな気取った見た目だと思った。
……というかホントに誰なのこの子。
[スー! 見てたんですか⁉︎]
リューナは“影”を組み伏せたままの這いつくばった体勢でちょっと意外な反応を見せる。いや、知ってんのかい。
[悪いけどちょっとね。まぁ、どっちかというと“駆けつけるのが遅れた”って言ったほうが的確なんだけどさ]
[なら早く手伝って下さい!]
[まぁまぁ、一人でも充分押さえられてるみたいだし、僕は僕で別のやることがあるからさ。カオルに自己紹介もしないとだしね]
リューナとその少年キャラのアバター? ……さっきリューナが『スー』と呼んでいた彼は軽口を叩き合っている。二人して丸っきり私を無視しているワケだが、だからと言ってこの少年に私が認識出来ていないようでもないらしい。
「き、急に出てきたアンタは誰なの?」
急に話を振られてどもりながらではあるけど、私は割に毅然と尋ねることができた。少年も待ってましたとばかりに自己紹介に入る。
[僕は貴方のPCに住まわせて貰ってる電子上の存在だ、そこのリューナと同じようにね。名前はスー・ナクルフって名乗らせて貰ってる]
「え? ……何その名前」
[あ、一応元ネタはある名前だから変だと思ったんならそっちに言って。リューナが配信用のアバターデータを元にしてるみたいに僕もPC内部に購入したまま放置されてたゲームデータを使わせて貰ったから、人間で言うところの“所有権”みたいなものは貴方に帰属するってことで良いのかな? そういうヤツ]
……私のPC内にこんなのが二体も? ペラペラと気前よく色々と自己紹介してくる少年にこっちは目を白黒させていた。だいたい、コイツが言ってることが事実ならこのPCのハードディスクとか圧迫されてるなんてものじゃなくなりそうだ。配信活動が始まったらどうなるのか想像もしたくない。てか、買ってダウンロードしてたゲームデータをコイツが食ったって、ガチで……?
「あれ放置ってか、忙しいから触るのはしばらく置いてただけだって! あれフルプライスで高かったのにー‼︎」
[はは、ソッチは大丈夫。ゲームデータの根幹はイジってないからまだ遊べるよ? 飽くまで参考にしたってレベルだから安心して。まぁ気が向いたら僕に声かけてよ。……で、何で僕がこうやって出てきたかって話なんだけど]
そう言って少年、スーは話を本来の方向に戻した。そういやどういう理由でワザワザ出てきて……?
彼は”影”に向けて手を差し出して、手中の何かを目の前にチラつかせた。……真っ平らで何か怪しい蒸気のようなモノが漂っている、妙に四角い“何か”だ。
[やぁ、子猫くん。残念だけど、どんなに暴れても君の親御さんは戻ってこないよ]
え。
[まず謝らせて欲しい、すまなかった……。君とはぐれた母猫の霊は凶暴化し過ぎていて、僕で退治・消去しないとPCの内部までクラッシュさせかねない状態にまでなってたんだ。いま僕の手のひらに乗ってる四角いものは彼女の残留データ、言うなれば肉片だ。君に返すよ]
[昨日見たそれってそういう……]
口ぶりからするに、“これ”自体は見たことがあるらしいリューナもどうやらこの話を聞くのは初めてだったようだ。暴れるのをやめてジッとしている“影”に向かって神妙な顔をしている。一方、風船の空気が抜けていくみたいに、”影”はみるみるうちに戦意を失って縮んでいった。白い地面の上にいるのは、今や黄色い目の煤みたいに真っ黒な子猫が一匹のみ。
[それともう一つ。“母猫の霊”って言ったように、もう子猫くんもとっくに死んでしまっている存在だ。野良猫だったか飼い猫だったかは分からないけど、君はもう生き返ることはない……抵抗はしないで成仏して欲しい。でないと僕らの手で君を殺さなきゃいけなくなる。……こんな言葉なんて元から理解できないかも知れないけどね、それこそ子猫なんだから]
スーは無表情なのか、そもそも何処を見ているのか分からないような何とも言えない顔つきのまま語りかけていた。ただ、その無表情がどこか物悲しげに見えたのは喋ってる内容のせいだろうか。
「待って、その……その子、どうにもならないの?」
思わず彼を呼び止めてまで尋ねてしまう。けど。
[多分ならない。だって子猫だよ? 母親を求めるのも当然だし、そもそも僕らの都合なんて理解できる訳がない、獣なんだから。だからこそ、母猫も落ち着かせる余地さえなく暴れててどうにもならなかったのさ。せめて自分で自分の処遇を選ばせてやるだけ“優しい”って、僕は思うけどね]
「で、でも!」
[じゃあこのPC内で飼ってみるかい? リューナに僕、それから子猫くん。三つも面倒見切れるかな? 勝手に住み着いた身としては少し申し訳ない言い方だけどさ]
スーはプログラムらしく冷酷に事実を突きつけて見せた。
確かに、霊なんだからエサ代みたいなものは掛からないかも知れない。でも人間一人としては既に未知の存在複数と共同生活を送らなければならないのだ。いきなりそんな負担を増やして私は大丈夫だろうか? もし親からのなけなしの借金で買ったこのPCが使えなくなったら、もし彼らのせいでVライバーをするのに無理が出てくるようなことがあったら。それも無いとは言い切れないかも知れないし、だいたい相手は人類でも私が初めて接してるような異質な存在かも知れないという大前提もある。下手したらコイツらの機嫌を損ねることで人類の未来が……なんてどこぞのSF映画みたいなことに繋がることだって、無いとは言い切れない。それをワザワザ彼らが自分から警告してきてくれているワケだ。
じゃあ、じゃあどうすべきなのか。
「い、いぃ……」
[どうするって?]
「い、ぃいぃ……ぃ良いよ‼︎ もう‼︎ やってやろうじゃん! それこそもう二体もいんのよ、今さら増えたって問題あるワケあるかっての! それに、見た感じその子猫も大人しくしてるし! ……まぁ、取り敢えず外付けのハードディスクとか買わなきゃかもだけどさ‼︎」
それこそ、子供が拾ってきた捨て猫を飼うか飼わないか決める親みたいな心境のまま、三体目の電脳居候を住まわせる許可を出してしまったのだった。バイトのシフトも増やしてもらう必要もありそうだ。
とにかく、こりゃ午後はまた電器屋だな……。




