18_[聞き覚え]と[反射神経]
[カオル、遭遇しただけのタイミングであまり驚かないで下さい]
当プログラムはあからさまに慄いて固まっているカオルに呼びかけます。どうにも本当に霊的存在とか幽霊と呼ばれるような“オカルトじみた”存在が出てくると思っていなかったようで、こちらも二言目には呆れ声がはみ出ていました。
[その驚きようでこれから配信活動を始める気だったのですか?]
「う、ぅうるさいな……てかこんな怪奇現象に巻き込まれるとか思わんでしょ」
対するカオルはムキになったように(というより多分本当にムキになって)ほぼ泣き言みたいな返事を吐き捨てます。締め切って暗い部屋で、画面の白い光に浮かび上がる少女の顔は余計青ざめて見えて。……見るからに歯の根も噛み合わない様子でした。というかそこまで怯えなくても、と違和感すら覚えます。もっと前もって気構えだとか……。
[“騒霊”というワード自体は元から聞いていましたよね? なのに土壇場で今さら『想像してなかった』というのはいくら何でも——
「だからぁ、ぁ、あれは日本語訳とかそっ、そんなんの都合であってさぁ……制度にく、くっついてる字面だけの話だって、思ってたんだって……ぇ……」
と、返事の声まで震え出したカオルを見て感じたのは、更なる違和感でした。明らかに先ほどと比べても怯えが加速度的に強くなっている……? 出くわしたときはまだ流暢に喋れていたのに、最初の衝撃を乗り越えたタイミングで今さら声が震えるほど怯えるだろうか?
もしここで、電子で出来た当プログラムと現実世界の人間であるカオルで明確な違いがあるとするなら————。
[カオルしっかり、起きなさいカオル‼︎ ユーザーのサポートないと当プログラムも“祓”えません!]
ある可能性に思い当たった当プログラムはなるべく鋭く声を上げました。この霊的存在が出す“怨念”とやらが当プログラムには効かずとも、もし人間には悪影響があるとしたら。それこそ全く違う形で存在している“心”というものにだけ効果があるのだとしたら。
咄嗟に張り上げた当プログラムの声がきっかけになったのか、カオルは頭をぶんぶんと振ってからまた画面を見つめます。その目には先ほどとは違う意志の光が宿っていたような気がしました。
「——ごめん、ちょっと慌ててた。今のヤツのおかげで目ぇ覚めたかも」
その声にも先ほどのような震えはありません。当プログラムはひとまず息を吐いて軽口を一つ呟いてみます。
[お礼というなら後で短い動画ファイルでも支給してください、MP4で充分なので]
「乗った。にしてもホント、“AIがデータ食べる”ってどういうことなんだかね……」
そんな感じでこの後の食事を注文して、カオルも気を紛らわすためなのか本気で疑問だったのか、とにかく同じくらいの温度感と軽さで応じたのでした。まぁそうは言っても、こう返されるとそれはそれで困ることはあります。
[……当プログラムの出生や詳細に関しては埒が開かないので今度にして下さい。何度も言うようですが——
念のために今一度そう告げようとして、
「記憶がそもそもないんでしょ? 分かったって。……んじゃとっとと終わらせよ、リューナ」
頭を切り替えるようカオルに急かされたのでした。
……む、当プログラムが叫びかけるまでは怯え切っていたクセに。
目の前の“影”が反応したのはそれから直ぐでした。
接敵から今までの時間で猶予を許されていたのは、カオルへと大声で呼びかけたのが結果的に効いていたのでしょうか。まぁ、今さらそこは探りようもありません。とにかく“それ”は痺れを切らしたかのように動き出して、黒いまま宙を駆けて再び襲い掛かってきます。
[カオル! またあのアンチプログラムを‼︎]
『はいよォ!』
待ってましたとばかりにカオルが返事して、タタン、と短くキーボードを叩く音が聞こえました。そしてそれから、当プログラムの右手元に光の粒子のようなもの。昨日も土壇場で当プログラムを救ってくれた攻性防壁付きのあの十字弓風の銃器が姿を現します。今度はサポート役との意思疎通も取れているおかげで瞬時に来てくれました。
早速、銃器から左右に伸びている二つの攻性防壁を作動させます。
突起の先端から十字状にまた光の壁が展開されて、飛び掛かってきた“影”を弾こうとし——たところで、
[ッギギぃッっ]
“それ”は耳障りな音を発すると共に光の壁へ接触直前に身を捻って飛び退き、そのまま弧を描いてから一歩手前ほどに着地しました。……触れたらダメージを受ける攻性防壁相手に信じられない俊敏性です。足場もないのにどうやって反応したのでしょう、というか空中で動きの方向を操作したようにも見えます。
『え、ちょっ、はぁ⁉︎ なに今の動き!』
[なるほど、相手に不足はなさそうですね]
(そして自分自身でも得体の知れないことに)何故だか当プログラムはまた笑いそうになりながら、回線の向こうのカオルと一緒に“影”を凝視しました。




