17_[ちょっとした口論]と[絶影な影]
そんな調子で歩き出して数分後。
『リューナ、あのさ』
カオルが何か言いたげに話しかけてきます。
[どうしました?]
『歩き出したのは良いけど、これから行くアテってあるの?』
[まぁ、無いですね]
『無いんかい。ま、そんなこったろうとは思ったけどさぁ……』
そんな感じに呆れた返答があって、こちらは些かムッとしました。
というのも、
[なら尋ねたいのですが、この真っ平らで何もない場所のどこを目印にすれば良いのですか?]
……言葉の通り、眼前に広がるのは画用紙みたいに真っ白な大地、遥かなる電子の地平線、のみ。
なるほどPCの画面上のような、如何にもプレーンで好き勝手に広げられるワークスペースと言えるかもしれません。だからと言ってこれほど巨大な空間にこうも何もないと、それこそもはや創造性すらも何もないような気がしてくるのですが。
[このまま歩き続けたとして、何も見つからなければ帰還しても良いのではないでしょうか。まぁ、誰か……“何か”は最低限いると思うのですが]
そんなことを、当プログラムは目線の下に手をかざしつつ呟きます。白い地面からの強い照り返しを手で防ぎながら、昨日たまたま出会った電子存在の少年をふと思い出しながら。
そもそも彼がいるということは、(原因自体が一切不明とはいえ)取り敢えず”他の電子存在がいる”のは間違いないでしょう。当プログラムやスー・ナクルフと名乗ったあの少年だけがカオルのPCだけに偶然急に湧くなんて考えにくい。ましてこの巨大なネットワーク空間が目の前にあるなら尚更です。
しかし自分たち以外にも当プログラムのような電子存在が存在するとするなら、人間と同程度の知能が三つ以上も突然出現したということ。となれば余計に“何故そんなものが、一体何処から来たのか”という疑問にぶつかります。
——おっと、負荷が大きそうな疑問は無視無視。具体的な方法を人間から学んだのだから当プログラムも早速実践してみます。
『その“何か”って、昨日言ってた霊的存在とかいうヤツ? ……あのさぁ、一応昨日はフォローしたつもりだけど、あれ実際まだ信じてないからね? ポルターガイストっていうけど別にそっち方面の話じゃないっての』
[でしたら、それこそ昨日の議論の堂々巡りになると思いますが。私のような存在は信用するのに、一方で自分の身の回りの危険のほうは信じられないというのも可笑しな話だと思いますよ]
回線の向こうでブー垂れるカオルに、当プログラムは歩きながらもひとまずジャブを打っておきます。
視界は相変わらず、一向に変わり映えしない上半分の青と下半分の白だけ。多分この風景と同じく、この話も二人の主張はずっと平行線であると言われている気がします。
加えていうなら、現実世界では風なるものが吹いているようですが電子世界にそんなものはありません。静かで揺らぎもしない“空気”が熱で茹で上げられていくように思えました。
『イヤ、そういう問題ってかそれ以前の問題だからコレ……いきなりユーレイって何よ? なんか急にオカルト全開な話になるじゃんさー、信用も何も無いってこんなの!』
む、ジャブ不発かな?
[信用はそもそもしていないということですか?]
『信用ってよりは“同情”のほうが正しいかもね。あんなこと言い出したらそりゃ誰だって変な目で見てくるよ。ケーコさんだってモロに疑ってたでしょ? 私が説得してなかったらリューナ今ごろゴミ箱フォルダよ?』
[そんなにですか]
『一応言っとくけど、あんな話されて信用する人間なんて何処にもいないからねホント。それより何よりリューナみたいな科学の申し子みたいなヤツにそんな非科学的? なこと言われると余計にさぁ……』
[…………]
むぅ。どうも、当プログラムでは人間だとか世間というものへの理解がなっていないようです。というか“当プログラムが言うと余計に”というのはどういうことでしょう?
『モロ釈然としない顔してんなぁ……さっき言ってた「話し相手によって呼び名が変わる」って話と似たようなモンよ。人によって同じこと言われても受け止め方は変わるでしょ? そういうものなんだって』
[……そう言われてやっと少し理解出来たような気がします。PCでも、操作している者が所有者本人か別人かで対応が変わるというというようなものですね]
『ん、そうそう。多分そんな感じ』
当プログラムはカオルが“多分”と付けたのを聞き逃さなかったのですが(つまり当プログラムの例えが伝わったのか伝わってなかったのかは全くの不明だったのですが)、そのことについては触れずに置いておきました。
正確に言えば、集中していてそんな余裕はなかったと言ったほうが正確です。
視線の先の、あの黒い物体は————…………。
ビュンッ
視界にあった結構な距離すら飛び越えて“それ”は真っ直ぐに、一瞬で飛び掛かってきました。音すら置き去りにするような速度の前、確かにあの黒い何かと視線が合った瞬間の、何とも言えない“緊張感”が目の奥に残ります。
[ッわあぁアッとっ‼︎‼︎‼︎]
とはいえプログラム特有の正確な時間感覚と反射神経は健在です。当プログラムは咄嗟に体を捻って手の甲を影に叩き込みました。……触った一瞬で伝わってくる、身に覚えのあるイヤな感触。昨日カオルのPCで見せられたデータの欠片から漂っていたものと同じ“何か”が影から漂っているのでした。
その影は当プログラムの腰の高さよりは大きいくらいの塊です。何の塊なのかは例のオーラ的な“何か”のせいで輪郭がぼやけてよく分かりません。ただ、確かにさっき視線を交わした目だけは空間の歪みめいたそれをも貫いて爛々と輝いているのでした。
『っちょっ、え、待⁉︎ なにそのキモいの!』
[……これでカオルに信用はして貰えるかも知れませんね]
当プログラムは直立姿勢からわずかに腰を落として臨戦体勢になります。
[あれが昨日言っていたものの親戚みたいな、そういうヤツです]
もはや人の霊なのか、それとも獣とかもっと別の何かの霊なのかももはや分かりませんでしたが、とにかくあれがスーの言っていた“モノ”なのだと確信を持って答えました。




