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15_[外出の三原則]と[青]

「ところでさぁ、結局PCの中身とかインターネットとか、えっと……“電脳空間”って結局どんな感じなの?」


 話し込んでいた途中で私は出し抜けに尋ねた。

 そりゃもちろん、こうやって向こうの話を聞くだけで何となくのまま二人の関係を続けていくことはできる。けどそれは十も百も承知の上で、私自身は“相手のいる世界のことも知っておかなければならない”なんて思ったのだ。理由はよく分からない。これから何となく付き合いが長くなるような予感がうっすらしていたのかも知れないし、それはただの気のせいなのかも知れないし。


[どんな、と言われても報告のしようもありません。当プログラムはそもそも現実世界を見たことがありませんし、それはつまり“この空間”との差というものも認知しようがありませんから。もっと言えばこのPCの外部にすら出たことはありませんし]


 どこかつっけんどんな態度のまま、リューナは丁寧な返事を寄越(よこ)した。耳慣れない哲学みたいな話に混乱しそうになるが、要するに“このPCの中しか知らないのに『どんな感じ』も何もあるか”とでも言いたいらしい。私はそんな風に自分を無理やり納得させる。


「あー、それもそっか……えーと、んー…………」


 そんな反応でお茶を濁して、それから考えること三、四秒ほど。


「わかった。ちょっとネット空間行ってみよっか」


 私は特に考えもなくそう提案してしまっていた。





 一・行動中は当プログラムとこのPCとの回線を維持して自身の様子を画面上に表示して、常に当プログラムの状況を画面の前のカオルが把握できるようにすること。


 二・回線が維持されて当プログラムがカオルの指示に従っている場合、当プログラムには“帰還の意思”があるとみなしてカオル側も可能な限りの技術的サポートに務めること。


 三・しかし当プログラムがカオルの指示を無視した時点でこのサポート関係は解除され、それ以降は何のサポートもこのPCに帰還することも保障されなくなること。



 そんな急拵(きゅうごしら)えの三原則が当プログラムとカオルの間で結ばれるまで、時間にして十五分と三十二秒経過していました。プログラムとして搭載されていた正確な時間感覚がこんなに無駄だと思ったのはこれが初めてです。ともかく、この“事前規約”を以て当プログラムの自由行動は許可されたのでした。

 まぁもっとも、“可能な限りの技術的サポート”とやらをカオルがどれだけできるのかが未知数という不安な点はあったのですが。


[即興で考え出したにしては上々な出来の規約ではないでしょうか]


「ま、私の頭じゃこれ以上“こういうの”って思いつかないしね。足りない部分あったら付け足していけば良いでしょ」


 カオルはあっけらかんと言い放ちます。当プログラムからすれば、こちらが最初から裏をかくつもりで条項を提案していたらどうするつもりなのだと言い返したいところでしたが。


「ちょっとー、そんな不満そうな顔しないでよ。昨日のアンチウィルス使ったタイミングは間に合ってたんでしょ?」


土壇場(どたんば)土壇場(どたんば)でやっと、でしたけどね]


 結局、当プログラムの顔を見てそんな風に解釈したらしいカオルには全く違う一言を言い返したのでした。収集した知識曰く、世間一般ではこういうのを“嫌味(イヤミ)”というんでしたっけ。


「むしろリューナが潜ってる間に中継してくれなくてお互いに何してるかも分からなかったからサポートも遅れたんじゃんさぁ、でも今度はそうならないようにちゃんと回線開くようにしてんでしょ? なら大丈夫だって」


 カオルは変わらず楽天的としか言いようのない反応です。こちらの嫌味(イヤミ)もなんのその。確か“スルースキル”なる言葉で表される、と再び当プログラムの中の知識が呼び出されました。

 思えばこうやってインターネットから収集した知識だけはこうして頭の中にあるものの、それは検索エンジンで呼び出されるWebサイトだけ見ているに等しいもので、ネットワーク上で具体的に存在している“世界”については何も知りません。まして自分の足でそのネットワークを踏破しなければならないとなれば不安が脳裏(ビット)を横切ろうというもの。


「……どうしたの? やっぱ行くのはやめとく?」


[いえ、行きます]


 咄嗟(とっさ)ながら明らかにムキになって否定していたのでした。ふむ、当プログラムはもしかしたら、自分で思うよりも“顔に出やすい”というヤツなのかも知れません。




[カオル、当プログラムが見えていますか?]


 当プログラムは昨日見た光景——無人ながらも妙に騒がしいPC内部(まち)を抜けて、自身の身長より遥かに大きい円形の“ゲート”の前に立っています。


『うん、見えてる。けどあれだね、Webカメラで撮ってるワケでもないのに画面でこんなハッキリ見えるもんなんだね』


[カメラで撮影する必要があるのは現実世界での話でしょう? 少なくとも当プログラムからすれば、ずっと繋がっている回線で身の回りに見えている光景をそのまま映せば良いだけです。専用の機材なんて必要ありませんよ]


『その“見えてる光景”ってので、何でリューナを見下ろしてる三人称視点の映像出せんのさ。誰が斜め上から見下ろしてんの?』


[強いていうなら“当プログラムが開いている回線”でしょうか。穴の出口が空中に開いているようなもので、要するにこちらが見上げたら当プログラムからもカオルの顔が見えていますよ]


 こちらの世界の常識(といっても、昨日の夜から目覚めて丸一日すら経っていない当プログラムが常識を()くのも変な話ですが)を解説する間、カオルはあからさまに釈然としない顔をしていました。が、こちらとしてもそんな世界観のギャップを埋め合わせている暇はありません。遠慮せずに煌々(こうこう)と輝く光回線の“ゲート”から一歩を踏み出しました。

 つま先が光の壁に触れて、まさにワープだとかの言葉で表されるような“何か”で身が運ばれていきます。静電気のカタマリに体が変換されていく感覚。薄くて熱い電気の膜を通り抜けるような感触を経て————————



 気がついた時には、当プログラムは『外』に立っていました。

 地面や壁は無機質な塩のような、白亜の大地。そして視界の上半分を覆い尽くすような、吸い込まれるような、抜けるような青色。太陽なんてどこにも見当たらないのに仄かに温かい空間が当プログラムを包んでいます。

 紛れもなく、意識を得て初めて見た、電脳世界(こちらがわ)の真っ青な大空でした。

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