12_[電子存在]と[電子存在]
当プログラムがあの部屋のモニターに帰還するより少しのことです(まぁ、当プログラムの居場所はずっと変わらずこの部屋のPC内部なので、本当は帰還するも何も無いのですが)。
自らの状況を説明すると、ただただ困惑していました。
[っぐぁっ!]
銃撃で撃ち砕いて粉々になったあの巨大眼球の残骸から、“小柄な人影”が目の前に落下したのでした。真っ白な画面を彷彿とさせるような曇りのない白い地面の上で、乱暴に吐き出されたその人影は勢いよく地面を転がって止まります。その後数秒ほど置いてからよろよろと立ち上がってその場にへたり込みました。……息が上がっているようでした。
何せ、当プログラムが画面越しでもなく初めて直接視認する誰かの人影です。そうでなくても当プログラムを攻撃してきた正体なのです。当プログラムは手元に握った攻性防壁付き拳銃を構えつつ人影に近付きました。
地面にへたり込んだままのその姿は動きません。外見自体は小柄ですが、当プログラムの姿よりやや幼い少年の姿のようです。なるほど、どうりで先ほどは小さな気配しか感じ取れなかったワケだ。少年はコートに近いくらいサイズの大きなウィンドブレーカーを着込んだ特徴的なシルエットでした。その裾の下の短パンからは細いヒザとゴツいブーツが覗いています。
一方の当プログラムは無言のまま、その背後に立って銃口で突いたのでした。
[……さすがに痛いな。あと悪いけど、その大仰なアンチウィルスプログラムは下げてよ]
こちらを見もせずにその人物は言葉を返してきます。甲高いながら落ち着いた印象のあるその声から敵意は感じませんが、だからと言ってこちらが従う道理もありません。
[あなたは何者で、なぜ当プログラムを襲ったのですか。これは尋問です、答えなさい]
[随分おっかないね。まぁ、襲撃したのは謝るけど見ての通り敵意はもうないよ。それとも手を上げて頭にでも付けたほうが良い? 二戦目がやりたいって話なら、出来れば遠慮したいけど]
こちらが問いただす声に少年は振り向きもせず、背後に向けてぶっきらぼうに喋り続けます。先ほど落ち着いていると思った声色は、どちらかというとやる気のない沈んだ声に近いのだと気付きました。ともあれ、追及の手を緩めるわけにはいきません。
[もう一度言います。これは尋問です、軽口を言う前に質問に答えなさい]
なるべく、声が冷徹な感じに聞こえるように。当プログラムはそんなイメージで呼びかけます。
[わかったって、質問に答える。でもその前に振り向いても良いかな]
[なら手は後頭部に回して振り返ること。従わないと頭を撃ちます]
念には念を入れて、下手な真似をしないよう強調しました。小柄な影はゆっくりと立ち上がった後、気だるそうながらも思いのほか素直に言葉に従って手を頭に付けつつ、ゆっくりとこちらに向き直ります。そしてあの眼球とそっくりな銀色の瞳と目が合いました。
色味というか異様に彩度がなくて灰色に近い肌と、対照的なオレンジ色でボサボサの短髪。そしてその上にはゴツいゴーグルが黒いベルトで括り付けられています。表情は憮然というのでしょうか、いかにも不機嫌な無表情でこちらを見ていました。見つめてきたり睨んできているワケではなくて、ただ“目の向いている方向にたまたま当プログラムがいた”とでも言うような視線。
[自己紹介が要るのか、厄介だな……不本意な立場だけど、僕は単なる“はぐれ”のプログラムだ。怪しい者じゃない]
[説明が足りていませんか、それとも『自己紹介』という概念が存在していないのですか? 自分が何のプログラムなのかと襲ってきた理由を説明しなさい]
“はぐれ”のプログラム?
そもそもプログラムがはぐれるって何でしょうか。
[はぐれってのは所有者に使われてないってことだよ、平たく言えば積みゲーってヤツさ]
思考に昇った疑問に答えるように少年は言います。
[積みゲー……つまりあなたはゲームファイルか何かなのですか? ゲームファイルだとして、なぜ当プログラムを襲う必要が?]
[そこは多分君と同じだよ、君と同じく“自分でもわからない”。君も元はと言えばVライバーのアバターか何かだろ? 何でそれが自分の意思で動いてる? ……君も答えられない、同じだ。つまり僕だって気がついたらこうなってて、なおかつ自分が何でこうなってるのか何も知らない]
[それは襲ってきた理由になっていません、それとなぜ当プログラムのことを知っているのですか]
[いや充分な理由だよ、ダウンロードされたまま忘れ去られて、僕はPC内部でじっとしてたら未知のプログラムが乗り込んできた。そりゃこっちだって抵抗するよね。あと、君のことを知ってる理由なら簡単、同じPC内部にいるプログラムである時点でいくらでも調べることは出来る]
……つまり、お互いに自身のこともお互いの正体のことも知りようがないということですか。
[まぁ、警戒するのは分かるし開示はしておこう。見ての通り、僕はデータを取り込んで作り替えることができる。技能というよりは機能といったほうが良いか。その産物がさっき見た目玉の操縦席とか赤いスライム状の体だったワケだ。……ある程度は話したよ、次はそっちの番]
少年は話をここまで続けて、それから“はあ疲れた”とでも言うように溜め息を一つつきました。
いや、待って。残念ながらまだ一つだけ聞けていないことがあります。
[全てではありません。まだそちらの名前を聞いていませんが]
[言ったろ、僕だって分からない]
[それでも今ここであなたが削除されないのなら、それはつまり今後も関係を続けると言うことです。便宜上でも呼び名を提示してください]
努めて冷静に、そして静かに理路整然と当プログラムは告げました。これまでの問答で判断できたことは“敵意はないこと”、“自身の正体を分からないと表明していること”、そして“この場で消えるつもりはないということ”。つまりこちらとしても引き続き警戒をする必要があると言うことです。
[呼び名……じゃあ僕の中身のキャラデータから拝借しておこう。僕の名前は“スー・ナクルフ”ってことにしといて。妙な名前だけど創作物なんてそんなもんだろ、呼ぶときは『スー』でいい]
こうして自分で自分をそう名付けた少年は肩を竦めたのでした。




